一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百六十四話 エビマヨ

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「そういや、今日は山笠だな」
 扇風機だけが回る美術室は教室より暑いが、日差しがあまりないせいか、不快に思うほどの暑さではない。扇風機だけで十分なくらいだ。
「あー、そういや朝テレビでやってたわ」
 咲良がジュースのペットボトルを首に当てて言う。
「あれさー、行こうと思えば行けるけど、実際、見に行ったことないよな」
「そうそう。でも、テレビで見るだけでもなんかこう、血が騒ぐじゃん?」
 そう言う百瀬はスケッチブックにいろいろな絵を描いていた。
「一回くらい、生で見てみたいよねー」
 それはよく分かる。あの熱気を感じてみたいものだ。
「エビチリが食いたい」
 唐突な朝比奈の言葉に、咲良は飲もうとしていたペットボトルの蓋をぎゅっと締め、百瀬は明後日の方向にペンを走らせ、俺は開けようとしていたはずの窓の鍵を閉めた。
 わしゃわしゃとアブラゼミの鳴き声が降りしきる中、初めに口を開いたのは咲良だった。ジュースを一口飲み、ちゃんとふたを閉めて言う。
「どうした。頭、やられたか」
「なんでだよ」
 朝比奈は読んでいた教科書を閉じてテーブルに置いた。百瀬はあらぬ方向に伸びた線を消しながら聞く。
「嫌だって急にエビチリとか言うし。一条ならともかく」
「いやなんでだよ」
 今度は俺がそう言う番である。
 窓を開け、教室の後ろから持ってきた椅子に座る。
「何の脈絡もなくエビチリの話をしたことがあるか? 俺が」
「エビチリじゃなくても、飯の話を突然しだすとこあるじゃん」
 百瀬は言い、咲良は笑う。
「……それより朝比奈。何で急にエビチリ?」
 話をそらすために聞けば、朝比奈は少しすねたように言った。
「だって春都が山笠とか言うから」
「えっ、俺のせい?」
「朝比奈、エビチリが食いたいのか?」
 咲良が百瀬と扇風機の争奪戦を繰り広げながら聞く。朝比奈は少し機嫌を直して頷いた。
「山笠で通る道沿いに、うまい中華料理屋があるんだ。それで思い出した」
「あ、そういう」
 だからといって俺のせいにしなくてもいいじゃないか。まあ、別にいいけど。
「井上、扇風機よこせ。暑い」
「えー? お前、紙がめくれるから風こっち向けんなっつったじゃん」
「言ってない」
 エビチリかあ。学食には売ってなかったよなあ。スーパーとかでたまに見かけるくらいで、中華料理屋なんてめったに行かないしなあ。だったらもう、家で作るほかないじゃん。えび、値は張るけど、朝比奈の家だったら余裕だろ。
「作ればいいんじゃないか、家で」
 そう言うと朝比奈は少し呆れたようにこちらを見、咲良と百瀬も言い争いをやめてこちらを向いた。
「え、なに」
「あのさあ、春都。みんながみんな料理作れるってわけじゃないんだぜ?」
 咲良にそんな呆れた物言いをされるのはなんとなく腹立つ。
「今はネットで調べれば作り方は出てくるし、レトルトの調味料だってあるだろ」
「それでも作れないこともあるんだって。例えばお前、ネットで足が速くなる方法分かったからって、早く走れるか?」
「他のやつらはともかく、俺には無理だ」
「それと一緒だって」
 むう、そんなものなのか。
 結局扇風機は首振りで妥協することにして、百瀬は涼みながら言った。
「俺、えびだったら何が好きかな。えびカツバーガーとか」
「あー分かるそれ。一時期はまってて、そればっかずっと食べてた!」
 と、咲良は笑う。確かに、えびカツバーガーは突然自分の中でブームが来る。
「でも俺はエビフライが一番好きかなー。タルタルとエビフライって、最強だろ」
「あー、タルタルはうまいよな」
「醤油とかソースもいいんだけど、やっぱタルタルが好きだなー」
 えびかあ……えびなら、俺は何が好きだろう。
 もちろんエビチリもうまい。えびカツバーガーも、エビフライもいい。
「春都はたいていのもん好きだろ」
「だよねー」
「なんでもうまそうに食う」
 褒めているんだかけなされているんだか分からんが、まあいい。
「俺は、えび天がいい」
「あっえび天。それがあったか! えび天うどんとか贅沢だよな」
「たまに衣ばっかりでえびが小さいことある。甘エビサイズ」
 朝比奈の言葉に咲良は「言えてる」と笑った。
「でも衣は衣でうまいだろ」
「それはそう」
「弁当とかに入ってる、小さいえび天もうまい」
「あっ、分かる。麺つゆで食べるとおいしいよねー」
 百瀬の言う通り麺つゆで食うのもうまいが、塩もうまい。尻尾まで食べられるやつとかだと、せんべい食ってる感じがしてお得な気がする。
 こんなこと話してたらえび食いたくなってきた。晩飯なんだろうなあ。

「あっ、なるほど。それもあったか」
 家に帰るなり台所をのぞき込んで言えば「なにが?」と母さんに不思議そうな顔を向けられる。
「いや、エビマヨっていう選択肢もあったなあ、と」
 学校での会話を話すと、母さんは得意げに笑った。
「ふふ、きれいなえびが安くて売ってたから、これはいい! と思ってね。どう、お母さん、ファインプレーでしょ」
「うんうん」
「お、春都帰ってたのか。おかえり」
「ただいま」
 ちょうど父さんが風呂から上がったところらしい。
「お風呂入ってらっしゃい」
「はーい」
 エビマヨは久しぶりだなあ。楽しみだ。
 えびは冷凍で大量にパックされていたらしく、腹いっぱい食えそうな量である。さすがに全部は使いきれてないみたいで、まだ残っているらしい。
「いただきます」
 からっと揚がった衣に薄黄色いマヨネーズがまとわりついている。もう見た目と香ばしい香りだけでご飯が食えそうだ。
 サクサクっとした歯触りを感じたかと思えば、すぐにぷりっぷりのえびにたどり着く。大ぶりのえびで食べ応えは抜群だ。衣の香ばしさとマヨネーズのまろやかな酸味と甘み、えびからにじみ出るうま味が相まってご飯が進む進む。
 下に敷かれたキャベツもえびの味とマヨのまろやかさを一身に受けてうまい。
 少ししんなりとしてきたら、衣とえびの密着度が上がる。また違った香ばしさが感じられていいものだなあ。
「えび残ってるから、明日何かしようか。何がいいかな?」
 母さんの問いに、父さんはビールをあおって答えた。
「八宝菜とかもいいよね。えび入り、うずら入りって滅多にしないでしょ」
「あ、いいね。春都は?」
「えび天」
 即答すると、父さんも母さんも笑った。
「そうね、それもいい。えびはたっぷりあることだし、両方作っちゃおうか。えび天は余ればお弁当に入れられるしね」
 よっしゃ、それはうれしい。
 明後日の昼まで楽しみが続くのは、いいなあ。

「ごちそうさまでした」
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