377 / 843
日常
第三百六十一話 かき氷
しおりを挟む
忘れ物はないだろうかと確認する。教科書、ノート、今日提出のプリントに単語帳。弁当も忘れてはいけない。体操服も準備した。あとは、何もないかな。えーっと、今日の予定は……
「あ」
そういえばあれ、言ってたっけ。
「どうした、春都」
コーヒーをすすりながらテレビを見ていた父さんに尋ねられる。
「夏休みの最初の方、図書委員でちょっと行かなきゃいけないところあるの思い出して。言ってたっけ?」
「聞いてないなあ」
「なになに、また何かやるの?」
ベランダに出ていた母さんが話声を聞いて戻ってくる。
「そんな楽しいことじゃないよ」
報告会のことを話しながら、そういえば体育祭の練習やら暑さやらで色々忘れていたなあ、と思う。原稿、全然作ってないんだけど。漆原先生も急かすようなそぶりはないし……あの先生のことだから、忘れてるってことはないだろうな?
まあ、今日の放課後に集まる予定だし、そん時確認すればいいか。
「すっかり忘れてたわ、報告会のこと」
そうあっけらかんと笑うのは咲良だ。図書館の椅子に座り、一番近くにあった雑誌を手に取ると、ぺらぺらとめくって元に戻した。その様子を見ていた朝比奈が咲良に聞く。
「読まねえのか」
「うーん、あんまよく分かんねーから。それよりさ、早瀬は?」
「部活」
集まりといっても、今日は資料の配布があるだけとのことだったので、早瀬の分は朝比奈が預かることにしたらしい。
「やあ、お待たせ」
詰所から出てきた先生の手にはレジュメが人数分あった。
受け取って見てみれば、発表原稿のひな型と、使用する写真が並んでプリントされていた。
「これ、原稿できてません?」
朝比奈が聞けば、先生はいつものように笑って頷いた。
「うん。君たちに任せようと言っておきながら、先生方はひどく注文が多くてね。こちらから頼まずとも、作ってきてくれたのさ。しかも、映像まで」
「なんかラッキーっすね」
「気になってたことが一気に解決したな」
「……楽になった」
口々にそう言えば、先生は笑って「君たちならそう言ってくれると思ったよ」と言った。
「早瀬君には渡しておいてくれ」
「分かりました」
今なら部室である視聴覚室にいるらしい。なるべく早めに渡しておいた方がいいだろうと意見が一致したので、三人そろって届けに行くことにした。
窓が開け放たれた廊下には、生ぬるい風が吹いている。外を見れば、水泳部がプールで軽やかに泳いでいる。プールサイドに日陰はわずかしかない。
そういやこないだ一年生が「プールの水が、お湯だった」っつってたなあ。
視聴覚室の扉は重々しい。なんとなく、病院にありそうな雰囲気でもある。レントゲンとか、そういうとこの扉。やっぱ音が漏れないように、こうも厳重なのだろうか。
「なんか入りづれー」
あの咲良がそう言うので、俺はもとより朝比奈もなんとなく手出しができない。と、タイミングよく扉が開いた。
「お、なんだお前ら。どうした」
「早瀬! ナイスタイミング!」
しかも出てきたのが早瀬だったものだから、一同揃ってほっとした。
「なんか入りづらくてな」
「ああ、分かる。俺も最初の方はそうだった」
早瀬にレジュメを渡し、原稿が出来上がった経緯を話すと、早瀬は屈託なく笑った。
「あー、なんかそうなる気はしてた! いやあ、よかったよかった。やること減ってラッキーだよ」
早瀬は腕時計を確認すると言った。
「そろそろ部活も終わるし、お前らが良ければ一緒に帰ろうぜ」
「ああ。ずいぶん早いんだな」
朝比奈が聞くと、早瀬は首を縦に振って答えた。
「今のところ、準備に大きな問題はないし。それに、この暑さで参ってるやつも多くてな。今日は早く帰って休めって言われたんだ」
階段で早瀬を待っていたのはほんの数分ぐらいだったが、それでもじっとりと汗をかくような温度と湿度だ。
「こうも暑いと、冷たいものが食いたくなるなあ」
早瀬のその言葉に、ふと思い出す店があった。どうやら咲良も朝比奈も同じ店を思いついたらしい。
「行くか?」
「そうだな」
「しゅっぱーつ!」
「え? どこに?」
戸惑う早瀬を連れて向かったのは、あのかき氷屋だ。七月からはかき氷のテイクアウトが始まるとのことだったので、いつ行こうかと考えていたのだ。
「こんな店あったんだなあ」
早瀬は楽し気にメニュー黒板を見る。
「どれにしようかなー」
俺はイチゴにしよう。かき氷を食うと思ってから、もう心に決めていた。
お、なんか器が前と違う。コップじゃなくて、プラスチック製のカラフルなやつだ。花みたいな形をしている。
「いただきます」
きれいに盛られた氷の山は赤く染まり、崩すのが惜しいようだ。
先がスプーン状になっているストローで、サクッと山を崩す。光を受けて、きらきらしている。
過度にふわふわでもなければ粗っぽくもない、程よい口当たりの氷だ。甘いシロップはイチゴの香りが豊かで、次々口に運んでしまう。
あー、ひんやり。涼しい。その清涼感を味わいたいからといって一気に食べると危ない。
「うー! 来た来た、頭痛い!」
ほら見ろ。
コーラを頼んだらしい咲良は、ラムネのシュワシュワも加勢して一気に食べたばっかりに、頭を抱えてしまっている。
「あー、痛かった」
回復した咲良は、今度は慎重に食べ進める。
「一気に食うから……」
少し呆れたように笑う朝比奈はオレンジを頼んでいた。オレンジは食ったことないなあ。
早瀬は迷いに迷った結果、レインボーにしたらしい。
「いろんな味が楽しめてお得だな!」
なんと鮮やかな色だろう。そして、早瀬の屈託のない笑みがその鮮やかさとよく似合う。
ん、底の方に果肉たっぷりのソースが入っている。こっちは少し酸味があって、食べ終わりに爽やかだ。鼻に抜ける、シロップとも生のイチゴとも違う、しっかり砂糖と煮込まれて、そして冷やされたイチゴの独特な香り。プチプチ、ムニムニとした食感の果肉。いいね。
しかし……前まで売っていた器ではもう売らないのだろうか。あのシロップの味が濃いやつも好きだったんだけどなあ。
……あ、なんだ。いろいろ選べたのか。黒板の隅の方、写真もなく文字だけで書かれていたので気が付かなかった。
今度来たときは、そっち頼んでみようかな。
あー、でもこの果肉と氷の感じも捨てがたい。
悩ましいなあ。
「ごちそうさまでした」
「あ」
そういえばあれ、言ってたっけ。
「どうした、春都」
コーヒーをすすりながらテレビを見ていた父さんに尋ねられる。
「夏休みの最初の方、図書委員でちょっと行かなきゃいけないところあるの思い出して。言ってたっけ?」
「聞いてないなあ」
「なになに、また何かやるの?」
ベランダに出ていた母さんが話声を聞いて戻ってくる。
「そんな楽しいことじゃないよ」
報告会のことを話しながら、そういえば体育祭の練習やら暑さやらで色々忘れていたなあ、と思う。原稿、全然作ってないんだけど。漆原先生も急かすようなそぶりはないし……あの先生のことだから、忘れてるってことはないだろうな?
まあ、今日の放課後に集まる予定だし、そん時確認すればいいか。
「すっかり忘れてたわ、報告会のこと」
そうあっけらかんと笑うのは咲良だ。図書館の椅子に座り、一番近くにあった雑誌を手に取ると、ぺらぺらとめくって元に戻した。その様子を見ていた朝比奈が咲良に聞く。
「読まねえのか」
「うーん、あんまよく分かんねーから。それよりさ、早瀬は?」
「部活」
集まりといっても、今日は資料の配布があるだけとのことだったので、早瀬の分は朝比奈が預かることにしたらしい。
「やあ、お待たせ」
詰所から出てきた先生の手にはレジュメが人数分あった。
受け取って見てみれば、発表原稿のひな型と、使用する写真が並んでプリントされていた。
「これ、原稿できてません?」
朝比奈が聞けば、先生はいつものように笑って頷いた。
「うん。君たちに任せようと言っておきながら、先生方はひどく注文が多くてね。こちらから頼まずとも、作ってきてくれたのさ。しかも、映像まで」
「なんかラッキーっすね」
「気になってたことが一気に解決したな」
「……楽になった」
口々にそう言えば、先生は笑って「君たちならそう言ってくれると思ったよ」と言った。
「早瀬君には渡しておいてくれ」
「分かりました」
今なら部室である視聴覚室にいるらしい。なるべく早めに渡しておいた方がいいだろうと意見が一致したので、三人そろって届けに行くことにした。
窓が開け放たれた廊下には、生ぬるい風が吹いている。外を見れば、水泳部がプールで軽やかに泳いでいる。プールサイドに日陰はわずかしかない。
そういやこないだ一年生が「プールの水が、お湯だった」っつってたなあ。
視聴覚室の扉は重々しい。なんとなく、病院にありそうな雰囲気でもある。レントゲンとか、そういうとこの扉。やっぱ音が漏れないように、こうも厳重なのだろうか。
「なんか入りづれー」
あの咲良がそう言うので、俺はもとより朝比奈もなんとなく手出しができない。と、タイミングよく扉が開いた。
「お、なんだお前ら。どうした」
「早瀬! ナイスタイミング!」
しかも出てきたのが早瀬だったものだから、一同揃ってほっとした。
「なんか入りづらくてな」
「ああ、分かる。俺も最初の方はそうだった」
早瀬にレジュメを渡し、原稿が出来上がった経緯を話すと、早瀬は屈託なく笑った。
「あー、なんかそうなる気はしてた! いやあ、よかったよかった。やること減ってラッキーだよ」
早瀬は腕時計を確認すると言った。
「そろそろ部活も終わるし、お前らが良ければ一緒に帰ろうぜ」
「ああ。ずいぶん早いんだな」
朝比奈が聞くと、早瀬は首を縦に振って答えた。
「今のところ、準備に大きな問題はないし。それに、この暑さで参ってるやつも多くてな。今日は早く帰って休めって言われたんだ」
階段で早瀬を待っていたのはほんの数分ぐらいだったが、それでもじっとりと汗をかくような温度と湿度だ。
「こうも暑いと、冷たいものが食いたくなるなあ」
早瀬のその言葉に、ふと思い出す店があった。どうやら咲良も朝比奈も同じ店を思いついたらしい。
「行くか?」
「そうだな」
「しゅっぱーつ!」
「え? どこに?」
戸惑う早瀬を連れて向かったのは、あのかき氷屋だ。七月からはかき氷のテイクアウトが始まるとのことだったので、いつ行こうかと考えていたのだ。
「こんな店あったんだなあ」
早瀬は楽し気にメニュー黒板を見る。
「どれにしようかなー」
俺はイチゴにしよう。かき氷を食うと思ってから、もう心に決めていた。
お、なんか器が前と違う。コップじゃなくて、プラスチック製のカラフルなやつだ。花みたいな形をしている。
「いただきます」
きれいに盛られた氷の山は赤く染まり、崩すのが惜しいようだ。
先がスプーン状になっているストローで、サクッと山を崩す。光を受けて、きらきらしている。
過度にふわふわでもなければ粗っぽくもない、程よい口当たりの氷だ。甘いシロップはイチゴの香りが豊かで、次々口に運んでしまう。
あー、ひんやり。涼しい。その清涼感を味わいたいからといって一気に食べると危ない。
「うー! 来た来た、頭痛い!」
ほら見ろ。
コーラを頼んだらしい咲良は、ラムネのシュワシュワも加勢して一気に食べたばっかりに、頭を抱えてしまっている。
「あー、痛かった」
回復した咲良は、今度は慎重に食べ進める。
「一気に食うから……」
少し呆れたように笑う朝比奈はオレンジを頼んでいた。オレンジは食ったことないなあ。
早瀬は迷いに迷った結果、レインボーにしたらしい。
「いろんな味が楽しめてお得だな!」
なんと鮮やかな色だろう。そして、早瀬の屈託のない笑みがその鮮やかさとよく似合う。
ん、底の方に果肉たっぷりのソースが入っている。こっちは少し酸味があって、食べ終わりに爽やかだ。鼻に抜ける、シロップとも生のイチゴとも違う、しっかり砂糖と煮込まれて、そして冷やされたイチゴの独特な香り。プチプチ、ムニムニとした食感の果肉。いいね。
しかし……前まで売っていた器ではもう売らないのだろうか。あのシロップの味が濃いやつも好きだったんだけどなあ。
……あ、なんだ。いろいろ選べたのか。黒板の隅の方、写真もなく文字だけで書かれていたので気が付かなかった。
今度来たときは、そっち頼んでみようかな。
あー、でもこの果肉と氷の感じも捨てがたい。
悩ましいなあ。
「ごちそうさまでした」
23
お気に入りに追加
252
あなたにおすすめの小説
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。
誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。
でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。
「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」
アリシアは夫の愛を疑う。
小説家になろう様にも投稿しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる