374 / 843
日常
第三百五十九話 カレーうどん
しおりを挟む
「お」
朝、身支度を整えていたら、スマホが鳴った。父さんだ。
「わうっ」
「今日、帰ってくるってさ。母さんも一緒だって」
この時期は出張で出ずっぱり、というよりも、家からあっちこっち行ったりオンラインでやり取りしたり、というのが中心になるんだよな。忙しいときもあるけど、たいてい、夏場は家族がそろってるって印象だ。
「晩飯、カレーでいいかな」
もう材料買っちまったんだよなあ。ご飯も一人だし、冷凍でいいかと思ってたぐらいだから、家族全員分はまかなえない。
ま、いいや。何とかなるだろ。
とりあえず、今日の晩飯はカレーだということは送っておいた。
図書館は絶好の避暑地である。別荘地やらなにやら世間では騒がしいが、俺的には夏を過ごすにあたって、図書館というものは必要不可欠に思う。
昼休み、晩飯のことをつらつらと考えながら図書館に向かう。
「先生、カレーってどうやって食べます?」
カウンターのところまで椅子を持って来て、先生の隣に座る。先生は雑誌の付録抜きをしていたが、その手をいったん止めて答えた。
「そりゃあ……ご飯にかけて」
「ですよねえ」
「ああ、カレーにもよるが、ナンもうまいな」
ナン、か。ナンだったら野菜たっぷりのドライカレーとかが合いそうだ。しかし今日作る予定なのはがっつり日本式のカレーである。とろみがあって、まさしく白米に合うような、福神漬けやらっきょうが合うような。
「帰って炊くかあ」
「なんだ、晩飯の相談だったのか」
「材料はあるんですけど、ご飯が足りないんですよ。両親帰ってくるって、今朝知ったもので」
「カレーは決定事項なんだな」
「材料があるから、ってのもありますけど。何より今日はどうしてもカレーが食いたい気分なんです」
その気持ちは分かるなあ、と先生は付録抜きの続きを始めた。
「手伝いましょうか」
「お、いいのか? 助かる」
やけに粘着力のある袋なんだ、これが。引きちぎるようにして外袋を開け、付属のポーチを取り出す。ビニール臭い。
「カレーなあ。ものによっては、つまみになるな」
なるほど、それはお酒を飲む大人ならではの発想だ。それなら自分の分だけ米用意しとけばいいから、当初の予定通りでいい。
でもたぶん、二人のことだから、カレーだけじゃすまないだろうなあ。
何か雑誌に載っていないだろうか。ぺらぺらとめくるが、なんかよく分からんことばっかり書いてある。
「先生、この雑誌、付録ついてないですけど」
「ん、おや。混ざってたか。別にしておいてくれ」
「はい」
明るい色のその表紙には、いろいろなうどんの写真が載っている。ああ、これ、テレビでやってるやつだ。地元のうどん店特化型のグルメ番組とでもいうのだろうか、表紙に載っている人に見覚えがあった。
「あ、カレーうどん」
どうして今まで思い至らなかったのだろう。炭水化物は何も米やパンだけではないのだ。
「カレーうどんにします」
「そうか。解決してよかったな」
先生は言うと、付属のしおりを雑誌から丁寧に切り離した。
「カレーそば、というのもいいけどな。ラーメンもいける」
「悩ませないでくださいよ、せっかく決めたのに」
「はは、すまんすまん」
しかし今日はうどんだ。そう決めた。
「ただいまー」
カレーが程よく煮込めたところで、父さんと母さんは帰ってきた。
「おかえり」
「あー、いい香りねえ」
「春都、これお土産」
「ありがとう」
父さんが買ってきたのはとうもろこしのお茶だった。とうもろこしのお茶は結構好きだ。ほのかに甘くて、おいしい。せっかくだから、晩飯の時に飲もう。
「水で出してもいいけど、お湯の方が早いだろうね。入れようか?」
「よろしく。ご飯仕上げるから」
「じゃ、母さんはお風呂に入って来まーす」
うどんはレンジでチンして丼に。カレーは出汁を入れて引き伸ばしている。カレーを作って、次の日にカレーうどんにする、っていうのはよくやるけど、最初っからカレーうどんを作るなんてことは、そういえばあまりないかもしれない。
父さんも母さんも風呂から上がったタイミングでうどんにカレーをかける。
「はい、お待たせ」
具材は少し小さめに切ったので、だいぶとろけている。うまそうな香りだなあ。
「いただきます」
しっかり麺と絡めて、ひとすすり。
ああ、これこれ。このスパイスの香りともちもち食感の麺。玉ねぎの甘味でまろやかな口当たりだ。口いっぱいにカレーとうどんがあるのって、なんか幸せだ。
ニンジンもほろほろと甘い。こんなにうまかったっけ? ニンジンって。なんか今日はやけにうまく感じる。普段、なんでもないように食べているものが突然うまく感じることってたまにある。この現象、なんなんだろう。
ジャガイモはホックホクだ。とろけた表面とほこほこの中心、カレーの風味。やっぱカレーにジャガイモ、うまい。
「コーン茶、久しぶりに飲むなあ」
「春都が好きだったなあ、と思ってね。買ってきてみた。ここのはうまいんだ」
「あとで私にもちょうだい」
ん、これは……カレーに合う!
いくら日本のカレーとはいえ、食べ進めていくと少しスパイスがきついかな? って思うタイミングがある。
そんな時にこのコーン茶をすする。甘みでスパイス特有のきつさがスッと引いて、一気に食べやすくなるのだ。だからといってうま味も流されるかといえばそうではなく、むしろさっきまでスパイスで隠れていた野菜のうま味が、鼻の奥と口の中に残って、香りと味、両方で楽しめるのだ。
これはうまい。はまってしまいそうだ。
「春都。浴衣は見た?」
母さんが楽し気にビールを飲みながら言う。
「見た。まさか浴衣が届くとは思わなかった」
「似合うと思ったのよね~」
「あ、そん時一緒に届いた桃、凍らせてるからあとで切ろう」
「凍らせた桃? 何それ、すごくおいしそうじゃない」
「お酒にも合いそうでいいじゃないか」
カレーの後の、いい口直しになりそうだな。
「ごちそうさまでした」
朝、身支度を整えていたら、スマホが鳴った。父さんだ。
「わうっ」
「今日、帰ってくるってさ。母さんも一緒だって」
この時期は出張で出ずっぱり、というよりも、家からあっちこっち行ったりオンラインでやり取りしたり、というのが中心になるんだよな。忙しいときもあるけど、たいてい、夏場は家族がそろってるって印象だ。
「晩飯、カレーでいいかな」
もう材料買っちまったんだよなあ。ご飯も一人だし、冷凍でいいかと思ってたぐらいだから、家族全員分はまかなえない。
ま、いいや。何とかなるだろ。
とりあえず、今日の晩飯はカレーだということは送っておいた。
図書館は絶好の避暑地である。別荘地やらなにやら世間では騒がしいが、俺的には夏を過ごすにあたって、図書館というものは必要不可欠に思う。
昼休み、晩飯のことをつらつらと考えながら図書館に向かう。
「先生、カレーってどうやって食べます?」
カウンターのところまで椅子を持って来て、先生の隣に座る。先生は雑誌の付録抜きをしていたが、その手をいったん止めて答えた。
「そりゃあ……ご飯にかけて」
「ですよねえ」
「ああ、カレーにもよるが、ナンもうまいな」
ナン、か。ナンだったら野菜たっぷりのドライカレーとかが合いそうだ。しかし今日作る予定なのはがっつり日本式のカレーである。とろみがあって、まさしく白米に合うような、福神漬けやらっきょうが合うような。
「帰って炊くかあ」
「なんだ、晩飯の相談だったのか」
「材料はあるんですけど、ご飯が足りないんですよ。両親帰ってくるって、今朝知ったもので」
「カレーは決定事項なんだな」
「材料があるから、ってのもありますけど。何より今日はどうしてもカレーが食いたい気分なんです」
その気持ちは分かるなあ、と先生は付録抜きの続きを始めた。
「手伝いましょうか」
「お、いいのか? 助かる」
やけに粘着力のある袋なんだ、これが。引きちぎるようにして外袋を開け、付属のポーチを取り出す。ビニール臭い。
「カレーなあ。ものによっては、つまみになるな」
なるほど、それはお酒を飲む大人ならではの発想だ。それなら自分の分だけ米用意しとけばいいから、当初の予定通りでいい。
でもたぶん、二人のことだから、カレーだけじゃすまないだろうなあ。
何か雑誌に載っていないだろうか。ぺらぺらとめくるが、なんかよく分からんことばっかり書いてある。
「先生、この雑誌、付録ついてないですけど」
「ん、おや。混ざってたか。別にしておいてくれ」
「はい」
明るい色のその表紙には、いろいろなうどんの写真が載っている。ああ、これ、テレビでやってるやつだ。地元のうどん店特化型のグルメ番組とでもいうのだろうか、表紙に載っている人に見覚えがあった。
「あ、カレーうどん」
どうして今まで思い至らなかったのだろう。炭水化物は何も米やパンだけではないのだ。
「カレーうどんにします」
「そうか。解決してよかったな」
先生は言うと、付属のしおりを雑誌から丁寧に切り離した。
「カレーそば、というのもいいけどな。ラーメンもいける」
「悩ませないでくださいよ、せっかく決めたのに」
「はは、すまんすまん」
しかし今日はうどんだ。そう決めた。
「ただいまー」
カレーが程よく煮込めたところで、父さんと母さんは帰ってきた。
「おかえり」
「あー、いい香りねえ」
「春都、これお土産」
「ありがとう」
父さんが買ってきたのはとうもろこしのお茶だった。とうもろこしのお茶は結構好きだ。ほのかに甘くて、おいしい。せっかくだから、晩飯の時に飲もう。
「水で出してもいいけど、お湯の方が早いだろうね。入れようか?」
「よろしく。ご飯仕上げるから」
「じゃ、母さんはお風呂に入って来まーす」
うどんはレンジでチンして丼に。カレーは出汁を入れて引き伸ばしている。カレーを作って、次の日にカレーうどんにする、っていうのはよくやるけど、最初っからカレーうどんを作るなんてことは、そういえばあまりないかもしれない。
父さんも母さんも風呂から上がったタイミングでうどんにカレーをかける。
「はい、お待たせ」
具材は少し小さめに切ったので、だいぶとろけている。うまそうな香りだなあ。
「いただきます」
しっかり麺と絡めて、ひとすすり。
ああ、これこれ。このスパイスの香りともちもち食感の麺。玉ねぎの甘味でまろやかな口当たりだ。口いっぱいにカレーとうどんがあるのって、なんか幸せだ。
ニンジンもほろほろと甘い。こんなにうまかったっけ? ニンジンって。なんか今日はやけにうまく感じる。普段、なんでもないように食べているものが突然うまく感じることってたまにある。この現象、なんなんだろう。
ジャガイモはホックホクだ。とろけた表面とほこほこの中心、カレーの風味。やっぱカレーにジャガイモ、うまい。
「コーン茶、久しぶりに飲むなあ」
「春都が好きだったなあ、と思ってね。買ってきてみた。ここのはうまいんだ」
「あとで私にもちょうだい」
ん、これは……カレーに合う!
いくら日本のカレーとはいえ、食べ進めていくと少しスパイスがきついかな? って思うタイミングがある。
そんな時にこのコーン茶をすする。甘みでスパイス特有のきつさがスッと引いて、一気に食べやすくなるのだ。だからといってうま味も流されるかといえばそうではなく、むしろさっきまでスパイスで隠れていた野菜のうま味が、鼻の奥と口の中に残って、香りと味、両方で楽しめるのだ。
これはうまい。はまってしまいそうだ。
「春都。浴衣は見た?」
母さんが楽し気にビールを飲みながら言う。
「見た。まさか浴衣が届くとは思わなかった」
「似合うと思ったのよね~」
「あ、そん時一緒に届いた桃、凍らせてるからあとで切ろう」
「凍らせた桃? 何それ、すごくおいしそうじゃない」
「お酒にも合いそうでいいじゃないか」
カレーの後の、いい口直しになりそうだな。
「ごちそうさまでした」
23
お気に入りに追加
252
あなたにおすすめの小説
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。
誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。
でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。
「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」
アリシアは夫の愛を疑う。
小説家になろう様にも投稿しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる