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日常
第三百五十七話 桃
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母さんからの荷物が、店の方に届いた。
「あらあら」
包みを開いたばあちゃんは楽しそうに笑う。
「春都、おいで。これ、春都宛てよ」
「俺?」
長方形の箱に入っていたのは、紺色の浴衣だった。白く細い線で大ぶりのチェック柄が入っていて、帯は白だ。
「浴衣」
「ほら、手紙も入ってる」
ばあちゃんに手渡されたのは小さなメモ紙だった。そこには母さんの字があった。
『春都に似合いそうな浴衣を見つけたので送ります。着付けは、ばあちゃんにしてもらってね』
なるほど、だから店の方に送ってきたのか。
「確かに、春都に似合いそうね」
「いつ着る?」
「花火大会とか、いいんじゃないの? 着付けなら任せて」
実に頼もしく腕まくりをするばあちゃんである。
浴衣なあ……小さい頃はちょくちょく着てたような記憶もあるけど、ここ数年は袖を通してすらない。
「これ、うちで預かっておこうね。着るときは店に来なさい」
「ん、んー。分かった」
母さんからの荷物はもう一つあった。こっちは箱を見ると何が入っているのか分かった。桃だ。
「あら、いっぱい。春都、持って帰って」
「ありがとう」
桃かあ。あんま長持ちしないよな、たぶん。
どうやって食おうかなあ。
「浴衣? 俺、持ってるよ」
翌日、何気なく浴衣が届いたことを咲良に話してみれば、あっけらかんとそう言うではないか。
今日の昼食は、ばあちゃん手製の弁当だ。豚肉の天ぷらにちくわの磯部揚げ、ピーマンを炒めたものにフライドポテト、卵焼き。ご飯には梅干しがのっかっている。豚肉の天ぷら、にんにく醤油の香ばしさがよく、冷めてもジューシーだ。
咲良も今日は弁当だった。卵焼きをほおばって、笑う。
「ばあちゃんが仕立ててくれたんだよなー」
「仕立ててもらったのか」
「そう。ばあちゃん、裁縫が趣味でなあ。自分の洋服縫うのも飽きたっつって、作ってくれた」
ちくわの磯部揚げは、ひんやりとして衣がもちもちになっている。青のりの風味がよく分かるなあ。卵焼きもうまい。甘みが、暑さで疲れた体に染み入るようだ。
「結構かっこいいんだぜー。柄物でなあ、おしゃれ」
「色々あるんだなあ」
サクサクした食感のポテトには、強めの塩とケチャップがかかっている。弁当らしい、濃い味だ。うまい。ピーマン炒めも程よい苦みが心地よい。梅干し、酸っぱいけどうま味がある。
「花火大会に着てくかあ」
「夏にあるといいな」
「前は冬だったっけ? あれはあれできれいだけどなー」
「冬に浴衣は寒い」
昼食を終え、午後からの授業の準備をするために廊下に出る。咲良も小テストがあるとかで、単語帳を凝視していた。
「あーっついねえ。アイスがうまい季節だぁ」
そう言いながらやってきたのは百瀬だ。手にはメロンソーダのペットボトルがある。ロッカーにもたれかかり、百瀬はぼんやりとする。
「クリームソーダ食いてえ」
「そうだ、百瀬。お前に聞きたいことがあったんだ」
「んえ? なにー?」
「大量に桃をもらったんだが、どうやって食うのがうまいかと思ってな」
そう聞けば百瀬は「なるほど」と少し考えこむと、楽しげに答えてくれた。
「加工するのもうまいけど、桃だったら俺はそのまま食うのが好きだなあ。あとは、凍らせるとか」
「凍らせる。どうやって?」
「もうそのまんま、冷凍庫にぶち込む。ひと月ぐらいはもつよ。食べるときは水かけたら、気持ちいいくらいに皮がむけるよ」
お湯に通したら皮がむきやすい、とは聞いたことがあるが、凍らせてもいいのか。
それに、なんだかうまそうだ。
「なるほど。やってみる」
翌日、そろそろ食べごろだろう。
前の日のうちに冷凍庫に桃を入れておいて、晩飯の楽しみにしていたんだ。
「おお、かちかち」
このまま釘が打てるんじゃないか? いや、それはないか。
教わった通り、水をかけて……お、おお。すげー、きれいにむける。
「気持ちいいな、これ」
さて……これを切り分けないといけないわけだが、かたいなあ。
このままかぶりついてもいいが、ちょっと包丁入れてみるか。……なんかこういう料理あったような。あ、ケバブだ。そぎ落とす感じがケバブっぽい。
切れるとこまで切ったら、あとはかぶりつこう。
「いただきます」
まずは切ったやつから。
うわー、めっちゃ冷えてる。体の芯から冷えるようで気持ちいい。
甘みは少し控えめなようにも感じるが……シャリシャリの部分を少し噛むと、ジュワアッと溶けて果汁が広がる。少し溶けかかったところは果肉らしい食感で、この食感の違いがたまらなくいい。
口いっぱいに広がった果汁はももの香り豊かで、程よく甘い。これ、ヨーグルトとかアイスに添えてもうまいだろうなあ。買ってきとけばよかった。
種の周りは、かじってみよう。
おお、歯に伝わるシャリシャリ。シャーベットを食べているみたいだ。いや、これはもう上等なシャーベットだろう。
うまいなあ、これ。凍らせるの。なんで今まで思いつかなかったんだろう。
まだまだ桃はあることだし、今度はバニラアイスでも買ってこようか。
パフェっぽくしてみようかなあ。
「ごちそうさまでした」
「あらあら」
包みを開いたばあちゃんは楽しそうに笑う。
「春都、おいで。これ、春都宛てよ」
「俺?」
長方形の箱に入っていたのは、紺色の浴衣だった。白く細い線で大ぶりのチェック柄が入っていて、帯は白だ。
「浴衣」
「ほら、手紙も入ってる」
ばあちゃんに手渡されたのは小さなメモ紙だった。そこには母さんの字があった。
『春都に似合いそうな浴衣を見つけたので送ります。着付けは、ばあちゃんにしてもらってね』
なるほど、だから店の方に送ってきたのか。
「確かに、春都に似合いそうね」
「いつ着る?」
「花火大会とか、いいんじゃないの? 着付けなら任せて」
実に頼もしく腕まくりをするばあちゃんである。
浴衣なあ……小さい頃はちょくちょく着てたような記憶もあるけど、ここ数年は袖を通してすらない。
「これ、うちで預かっておこうね。着るときは店に来なさい」
「ん、んー。分かった」
母さんからの荷物はもう一つあった。こっちは箱を見ると何が入っているのか分かった。桃だ。
「あら、いっぱい。春都、持って帰って」
「ありがとう」
桃かあ。あんま長持ちしないよな、たぶん。
どうやって食おうかなあ。
「浴衣? 俺、持ってるよ」
翌日、何気なく浴衣が届いたことを咲良に話してみれば、あっけらかんとそう言うではないか。
今日の昼食は、ばあちゃん手製の弁当だ。豚肉の天ぷらにちくわの磯部揚げ、ピーマンを炒めたものにフライドポテト、卵焼き。ご飯には梅干しがのっかっている。豚肉の天ぷら、にんにく醤油の香ばしさがよく、冷めてもジューシーだ。
咲良も今日は弁当だった。卵焼きをほおばって、笑う。
「ばあちゃんが仕立ててくれたんだよなー」
「仕立ててもらったのか」
「そう。ばあちゃん、裁縫が趣味でなあ。自分の洋服縫うのも飽きたっつって、作ってくれた」
ちくわの磯部揚げは、ひんやりとして衣がもちもちになっている。青のりの風味がよく分かるなあ。卵焼きもうまい。甘みが、暑さで疲れた体に染み入るようだ。
「結構かっこいいんだぜー。柄物でなあ、おしゃれ」
「色々あるんだなあ」
サクサクした食感のポテトには、強めの塩とケチャップがかかっている。弁当らしい、濃い味だ。うまい。ピーマン炒めも程よい苦みが心地よい。梅干し、酸っぱいけどうま味がある。
「花火大会に着てくかあ」
「夏にあるといいな」
「前は冬だったっけ? あれはあれできれいだけどなー」
「冬に浴衣は寒い」
昼食を終え、午後からの授業の準備をするために廊下に出る。咲良も小テストがあるとかで、単語帳を凝視していた。
「あーっついねえ。アイスがうまい季節だぁ」
そう言いながらやってきたのは百瀬だ。手にはメロンソーダのペットボトルがある。ロッカーにもたれかかり、百瀬はぼんやりとする。
「クリームソーダ食いてえ」
「そうだ、百瀬。お前に聞きたいことがあったんだ」
「んえ? なにー?」
「大量に桃をもらったんだが、どうやって食うのがうまいかと思ってな」
そう聞けば百瀬は「なるほど」と少し考えこむと、楽しげに答えてくれた。
「加工するのもうまいけど、桃だったら俺はそのまま食うのが好きだなあ。あとは、凍らせるとか」
「凍らせる。どうやって?」
「もうそのまんま、冷凍庫にぶち込む。ひと月ぐらいはもつよ。食べるときは水かけたら、気持ちいいくらいに皮がむけるよ」
お湯に通したら皮がむきやすい、とは聞いたことがあるが、凍らせてもいいのか。
それに、なんだかうまそうだ。
「なるほど。やってみる」
翌日、そろそろ食べごろだろう。
前の日のうちに冷凍庫に桃を入れておいて、晩飯の楽しみにしていたんだ。
「おお、かちかち」
このまま釘が打てるんじゃないか? いや、それはないか。
教わった通り、水をかけて……お、おお。すげー、きれいにむける。
「気持ちいいな、これ」
さて……これを切り分けないといけないわけだが、かたいなあ。
このままかぶりついてもいいが、ちょっと包丁入れてみるか。……なんかこういう料理あったような。あ、ケバブだ。そぎ落とす感じがケバブっぽい。
切れるとこまで切ったら、あとはかぶりつこう。
「いただきます」
まずは切ったやつから。
うわー、めっちゃ冷えてる。体の芯から冷えるようで気持ちいい。
甘みは少し控えめなようにも感じるが……シャリシャリの部分を少し噛むと、ジュワアッと溶けて果汁が広がる。少し溶けかかったところは果肉らしい食感で、この食感の違いがたまらなくいい。
口いっぱいに広がった果汁はももの香り豊かで、程よく甘い。これ、ヨーグルトとかアイスに添えてもうまいだろうなあ。買ってきとけばよかった。
種の周りは、かじってみよう。
おお、歯に伝わるシャリシャリ。シャーベットを食べているみたいだ。いや、これはもう上等なシャーベットだろう。
うまいなあ、これ。凍らせるの。なんで今まで思いつかなかったんだろう。
まだまだ桃はあることだし、今度はバニラアイスでも買ってこようか。
パフェっぽくしてみようかなあ。
「ごちそうさまでした」
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