372 / 854
日常
第三百五十七話 桃
しおりを挟む
母さんからの荷物が、店の方に届いた。
「あらあら」
包みを開いたばあちゃんは楽しそうに笑う。
「春都、おいで。これ、春都宛てよ」
「俺?」
長方形の箱に入っていたのは、紺色の浴衣だった。白く細い線で大ぶりのチェック柄が入っていて、帯は白だ。
「浴衣」
「ほら、手紙も入ってる」
ばあちゃんに手渡されたのは小さなメモ紙だった。そこには母さんの字があった。
『春都に似合いそうな浴衣を見つけたので送ります。着付けは、ばあちゃんにしてもらってね』
なるほど、だから店の方に送ってきたのか。
「確かに、春都に似合いそうね」
「いつ着る?」
「花火大会とか、いいんじゃないの? 着付けなら任せて」
実に頼もしく腕まくりをするばあちゃんである。
浴衣なあ……小さい頃はちょくちょく着てたような記憶もあるけど、ここ数年は袖を通してすらない。
「これ、うちで預かっておこうね。着るときは店に来なさい」
「ん、んー。分かった」
母さんからの荷物はもう一つあった。こっちは箱を見ると何が入っているのか分かった。桃だ。
「あら、いっぱい。春都、持って帰って」
「ありがとう」
桃かあ。あんま長持ちしないよな、たぶん。
どうやって食おうかなあ。
「浴衣? 俺、持ってるよ」
翌日、何気なく浴衣が届いたことを咲良に話してみれば、あっけらかんとそう言うではないか。
今日の昼食は、ばあちゃん手製の弁当だ。豚肉の天ぷらにちくわの磯部揚げ、ピーマンを炒めたものにフライドポテト、卵焼き。ご飯には梅干しがのっかっている。豚肉の天ぷら、にんにく醤油の香ばしさがよく、冷めてもジューシーだ。
咲良も今日は弁当だった。卵焼きをほおばって、笑う。
「ばあちゃんが仕立ててくれたんだよなー」
「仕立ててもらったのか」
「そう。ばあちゃん、裁縫が趣味でなあ。自分の洋服縫うのも飽きたっつって、作ってくれた」
ちくわの磯部揚げは、ひんやりとして衣がもちもちになっている。青のりの風味がよく分かるなあ。卵焼きもうまい。甘みが、暑さで疲れた体に染み入るようだ。
「結構かっこいいんだぜー。柄物でなあ、おしゃれ」
「色々あるんだなあ」
サクサクした食感のポテトには、強めの塩とケチャップがかかっている。弁当らしい、濃い味だ。うまい。ピーマン炒めも程よい苦みが心地よい。梅干し、酸っぱいけどうま味がある。
「花火大会に着てくかあ」
「夏にあるといいな」
「前は冬だったっけ? あれはあれできれいだけどなー」
「冬に浴衣は寒い」
昼食を終え、午後からの授業の準備をするために廊下に出る。咲良も小テストがあるとかで、単語帳を凝視していた。
「あーっついねえ。アイスがうまい季節だぁ」
そう言いながらやってきたのは百瀬だ。手にはメロンソーダのペットボトルがある。ロッカーにもたれかかり、百瀬はぼんやりとする。
「クリームソーダ食いてえ」
「そうだ、百瀬。お前に聞きたいことがあったんだ」
「んえ? なにー?」
「大量に桃をもらったんだが、どうやって食うのがうまいかと思ってな」
そう聞けば百瀬は「なるほど」と少し考えこむと、楽しげに答えてくれた。
「加工するのもうまいけど、桃だったら俺はそのまま食うのが好きだなあ。あとは、凍らせるとか」
「凍らせる。どうやって?」
「もうそのまんま、冷凍庫にぶち込む。ひと月ぐらいはもつよ。食べるときは水かけたら、気持ちいいくらいに皮がむけるよ」
お湯に通したら皮がむきやすい、とは聞いたことがあるが、凍らせてもいいのか。
それに、なんだかうまそうだ。
「なるほど。やってみる」
翌日、そろそろ食べごろだろう。
前の日のうちに冷凍庫に桃を入れておいて、晩飯の楽しみにしていたんだ。
「おお、かちかち」
このまま釘が打てるんじゃないか? いや、それはないか。
教わった通り、水をかけて……お、おお。すげー、きれいにむける。
「気持ちいいな、これ」
さて……これを切り分けないといけないわけだが、かたいなあ。
このままかぶりついてもいいが、ちょっと包丁入れてみるか。……なんかこういう料理あったような。あ、ケバブだ。そぎ落とす感じがケバブっぽい。
切れるとこまで切ったら、あとはかぶりつこう。
「いただきます」
まずは切ったやつから。
うわー、めっちゃ冷えてる。体の芯から冷えるようで気持ちいい。
甘みは少し控えめなようにも感じるが……シャリシャリの部分を少し噛むと、ジュワアッと溶けて果汁が広がる。少し溶けかかったところは果肉らしい食感で、この食感の違いがたまらなくいい。
口いっぱいに広がった果汁はももの香り豊かで、程よく甘い。これ、ヨーグルトとかアイスに添えてもうまいだろうなあ。買ってきとけばよかった。
種の周りは、かじってみよう。
おお、歯に伝わるシャリシャリ。シャーベットを食べているみたいだ。いや、これはもう上等なシャーベットだろう。
うまいなあ、これ。凍らせるの。なんで今まで思いつかなかったんだろう。
まだまだ桃はあることだし、今度はバニラアイスでも買ってこようか。
パフェっぽくしてみようかなあ。
「ごちそうさまでした」
「あらあら」
包みを開いたばあちゃんは楽しそうに笑う。
「春都、おいで。これ、春都宛てよ」
「俺?」
長方形の箱に入っていたのは、紺色の浴衣だった。白く細い線で大ぶりのチェック柄が入っていて、帯は白だ。
「浴衣」
「ほら、手紙も入ってる」
ばあちゃんに手渡されたのは小さなメモ紙だった。そこには母さんの字があった。
『春都に似合いそうな浴衣を見つけたので送ります。着付けは、ばあちゃんにしてもらってね』
なるほど、だから店の方に送ってきたのか。
「確かに、春都に似合いそうね」
「いつ着る?」
「花火大会とか、いいんじゃないの? 着付けなら任せて」
実に頼もしく腕まくりをするばあちゃんである。
浴衣なあ……小さい頃はちょくちょく着てたような記憶もあるけど、ここ数年は袖を通してすらない。
「これ、うちで預かっておこうね。着るときは店に来なさい」
「ん、んー。分かった」
母さんからの荷物はもう一つあった。こっちは箱を見ると何が入っているのか分かった。桃だ。
「あら、いっぱい。春都、持って帰って」
「ありがとう」
桃かあ。あんま長持ちしないよな、たぶん。
どうやって食おうかなあ。
「浴衣? 俺、持ってるよ」
翌日、何気なく浴衣が届いたことを咲良に話してみれば、あっけらかんとそう言うではないか。
今日の昼食は、ばあちゃん手製の弁当だ。豚肉の天ぷらにちくわの磯部揚げ、ピーマンを炒めたものにフライドポテト、卵焼き。ご飯には梅干しがのっかっている。豚肉の天ぷら、にんにく醤油の香ばしさがよく、冷めてもジューシーだ。
咲良も今日は弁当だった。卵焼きをほおばって、笑う。
「ばあちゃんが仕立ててくれたんだよなー」
「仕立ててもらったのか」
「そう。ばあちゃん、裁縫が趣味でなあ。自分の洋服縫うのも飽きたっつって、作ってくれた」
ちくわの磯部揚げは、ひんやりとして衣がもちもちになっている。青のりの風味がよく分かるなあ。卵焼きもうまい。甘みが、暑さで疲れた体に染み入るようだ。
「結構かっこいいんだぜー。柄物でなあ、おしゃれ」
「色々あるんだなあ」
サクサクした食感のポテトには、強めの塩とケチャップがかかっている。弁当らしい、濃い味だ。うまい。ピーマン炒めも程よい苦みが心地よい。梅干し、酸っぱいけどうま味がある。
「花火大会に着てくかあ」
「夏にあるといいな」
「前は冬だったっけ? あれはあれできれいだけどなー」
「冬に浴衣は寒い」
昼食を終え、午後からの授業の準備をするために廊下に出る。咲良も小テストがあるとかで、単語帳を凝視していた。
「あーっついねえ。アイスがうまい季節だぁ」
そう言いながらやってきたのは百瀬だ。手にはメロンソーダのペットボトルがある。ロッカーにもたれかかり、百瀬はぼんやりとする。
「クリームソーダ食いてえ」
「そうだ、百瀬。お前に聞きたいことがあったんだ」
「んえ? なにー?」
「大量に桃をもらったんだが、どうやって食うのがうまいかと思ってな」
そう聞けば百瀬は「なるほど」と少し考えこむと、楽しげに答えてくれた。
「加工するのもうまいけど、桃だったら俺はそのまま食うのが好きだなあ。あとは、凍らせるとか」
「凍らせる。どうやって?」
「もうそのまんま、冷凍庫にぶち込む。ひと月ぐらいはもつよ。食べるときは水かけたら、気持ちいいくらいに皮がむけるよ」
お湯に通したら皮がむきやすい、とは聞いたことがあるが、凍らせてもいいのか。
それに、なんだかうまそうだ。
「なるほど。やってみる」
翌日、そろそろ食べごろだろう。
前の日のうちに冷凍庫に桃を入れておいて、晩飯の楽しみにしていたんだ。
「おお、かちかち」
このまま釘が打てるんじゃないか? いや、それはないか。
教わった通り、水をかけて……お、おお。すげー、きれいにむける。
「気持ちいいな、これ」
さて……これを切り分けないといけないわけだが、かたいなあ。
このままかぶりついてもいいが、ちょっと包丁入れてみるか。……なんかこういう料理あったような。あ、ケバブだ。そぎ落とす感じがケバブっぽい。
切れるとこまで切ったら、あとはかぶりつこう。
「いただきます」
まずは切ったやつから。
うわー、めっちゃ冷えてる。体の芯から冷えるようで気持ちいい。
甘みは少し控えめなようにも感じるが……シャリシャリの部分を少し噛むと、ジュワアッと溶けて果汁が広がる。少し溶けかかったところは果肉らしい食感で、この食感の違いがたまらなくいい。
口いっぱいに広がった果汁はももの香り豊かで、程よく甘い。これ、ヨーグルトとかアイスに添えてもうまいだろうなあ。買ってきとけばよかった。
種の周りは、かじってみよう。
おお、歯に伝わるシャリシャリ。シャーベットを食べているみたいだ。いや、これはもう上等なシャーベットだろう。
うまいなあ、これ。凍らせるの。なんで今まで思いつかなかったんだろう。
まだまだ桃はあることだし、今度はバニラアイスでも買ってこようか。
パフェっぽくしてみようかなあ。
「ごちそうさまでした」
22
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる