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日常
第三百五十六話 ミニケーキ
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日曜日ではあるが、店は当然のように開く。
「よっ、と」
相変わらずテントは重い。中古車や貸し出し用の自転車を表に出す。今日は幾分日差しが弱いが、蒸し暑いことには変わりがない。
店に冷房はなく、扇風機が二台、フル稼働している。金魚に餌をやれば、勢いよくくらいついてきた。こんな暑いのに元気なことで。おいおい、あまりの勢いで餌食べられてないじゃないか。落ち着いて食え。
「おはようございまーす」
と、さっそく客が来た。じいちゃんは別の自転車を取りに行っているので、ばあちゃんが相手をする。
「あら、稲永さん。おはようございます。どうされました?」
やってきたのは、ばあちゃんと同い年くらいの老婦人。昔からうちに来ているらしかった。
「タイヤがパンクしちゃって、後ろなんだけど」
「最近暑かったですもんねえ。ああ、すっかりすり減ってる。交換した方がいいですね」
「やっぱりそうよね。お願いします」
「はい」
稲永さんは、金魚の水槽の前でしゃがみ込んでいた俺にも話しかけてきた。
「おはよう」
「おはようございます」
「大きくなったねえ。いくつ?」
「高校二年生です」
「あらあ、もうそんなになるの。そりゃ、私たちも年取るわけだわ」
朗らかにばあちゃんと笑いあう様子は、まだ若いように思うが。というか、最近のお年を召した方々は、高校生よりも溌溂としているように見える。
「違う自転車、貸しておきましょうか?」
「大丈夫よ、歩いて行くわ。修理はどれくらいでできる?」
「一時間もあればできますよ」
「それじゃあ、また一時間後に来るわね」
ワインレッドの電動自転車は、ずいぶん使い込まれているようで、だいぶ汚れていた。
「修理、見る?」
「見る」
ばあちゃんは手際よく後輪のねじを緩め、自転車をひっくり返す。電動自転車は特に重いので、二人でやる。
「後ろにかごが付いてるから、台は使わなくていいでしょう」
「おっも……これ、いつも一人でひっくり返してんの?」
「そりゃそうよ。見て、だからこの腕よ」
と、ばあちゃんは袖をまくり上げる。俺なんかよりずっと立派な筋肉がついている。たくましいなあ。
「力加減が難しくてねえ。こないだなんて、卵を少し握っただけで割っちゃったの」
「え、怖……」
「最近の卵、カルシウム不足なんじゃない?」
てきぱきとスタンドを外し、こまごまとしたネジや部品を取り、車輪を外す。
タイヤを外したら新しいタイヤと交換するのだが、これまた重労働だ。タイヤとチューブをはめる、といえば簡単そうに聞こえるが、気を付けないといけないことはたくさんある。
「チューブが挟まると空気を入れた時に破裂するからね。それと口金なんだけど……」
慣れた手つきでやっていくものだから、自分にもできそうな気がしてくる。しかし、一度やってみたことがあるが、力も技術もいる。すげえ仕事だなあと思う。
「そしたらまた組んでいくよ」
車輪がまっすぐになるように組んで、またひっくり返す。
「これ、よろしく」
「はい」
チェーンケースのネジを留めるとか、ブレーキワイヤーの先端に小さなカバーをつけるとか、そういうのだけ、俺の仕事だ。
しかし、ずいぶん汚れているなあ。
「ね、磨いてもいい?」
「いいよ~。ありがとねえ」
自転車を磨くのは昔からよくやっている。
泥とかの汚れは水で落として、他の汚れはパーツクリーナーで落とす。こすったような汚れが取れていくのは気持ちがいい。仕上げは油でひと拭き。油がついてはいけないところもあるので気を付ける。
「こんにちは~」
「こんにちは。できてますよ」
ちょうど一時間して稲永さんは自転車を取りに来た。何やら大荷物だ。自転車を見るなり「あらあ~!」と歓声を上げる。
「きれいになってるわ!」
「孫が磨いてます」
「あらあら、ありがとうねえ」
「いえ」
そうやって喜んでもらえると嬉しいものである。
「それじゃあ、これ」
稲永さんは荷物のうちの一つをばあちゃんに渡した。
「これ、おいしそうだからって買い過ぎちゃったの。お礼に、よかったら食べて」
「いいんですか? ありがとうございます」
「ありがとうございます」
素直に礼を言うと、稲永さんは嬉しそうに笑った。
「こちらこそありがとうね。いやあ、立派になったわ~」
そして、代金を支払うと、颯爽と走って行った。軽やかだなあ。
「ただいま」
「おかえり、じいちゃん」
ちょうどじいちゃんも帰ってきたので、お茶にすることにした。
「春都が自転車磨いてくれたから、もらったの」
「ほお。そりゃすごい」
もらったのは小さなケーキの詰め合わせだった。ショートケーキにチョコレート、モンブランやベリーのムース、プリンまである。
「いただきます」
「春都、好きなの食べていいよ」
「それじゃあ……」
ショートケーキ、食うか。
甘さが控えめのクリームで、間に挟まったイチゴジャムの酸味がいいアクセントになっている。少し果肉が残っている感じがいい。上にはしっかりイチゴがのっていて、ゼリーのようなものでコーティングされている。ジューシーで、甘い。
それと……ベリーのムース。プルプルとした濃い紫色のゼリーと薄紫色のシュワっとしたムースの層が鮮やかだ。酸味は控えめで、甘味とベリーの香りが強い。上に載ったクランベリーがとてつもなく酸っぱかった。
紅茶が合うなあ。程よい渋みと豊かな香りが、ケーキに風味を足してくれる。
「もっと入るんじゃないか。遠慮なく食べろ」
「そうよ。春都がもらったものなんだから」
じいちゃんとばあちゃんは小さなシュークリームを食べている。
それじゃあ、お言葉に甘えて。チョコレート。コク深く、ほろ苦い。ふりかかったココアパウダーの苦みと、チョコレートの濃い甘さのバランスがいい。チョコチップが挟まっていて、食感も最高だ。上にのったチョココーティングのパフもうまい。
プリンは、なんかプリンアラモードみたいになっている。キウイと黄桃のシロップ漬けがのっていて、バニラの香りが豊かだ。カラメルのほろ苦さもいい。なんだかフルーティでもある。
モンブランは口当たりまろやかで、濃厚な甘みが特徴的だ。スポンジと生クリーム、そして栗のペーストを一緒に食べると、口の中がもこもこする。細かく刻まれた栗がのっていて、風味がいい。でかい丸ごとの栗だと風味が強すぎるが、これはちょうどいいな。
いやあ、気まぐれに自転車を磨いてこんないい思いができるとは。
また磨こう。
「ごちそうさまでした」
「よっ、と」
相変わらずテントは重い。中古車や貸し出し用の自転車を表に出す。今日は幾分日差しが弱いが、蒸し暑いことには変わりがない。
店に冷房はなく、扇風機が二台、フル稼働している。金魚に餌をやれば、勢いよくくらいついてきた。こんな暑いのに元気なことで。おいおい、あまりの勢いで餌食べられてないじゃないか。落ち着いて食え。
「おはようございまーす」
と、さっそく客が来た。じいちゃんは別の自転車を取りに行っているので、ばあちゃんが相手をする。
「あら、稲永さん。おはようございます。どうされました?」
やってきたのは、ばあちゃんと同い年くらいの老婦人。昔からうちに来ているらしかった。
「タイヤがパンクしちゃって、後ろなんだけど」
「最近暑かったですもんねえ。ああ、すっかりすり減ってる。交換した方がいいですね」
「やっぱりそうよね。お願いします」
「はい」
稲永さんは、金魚の水槽の前でしゃがみ込んでいた俺にも話しかけてきた。
「おはよう」
「おはようございます」
「大きくなったねえ。いくつ?」
「高校二年生です」
「あらあ、もうそんなになるの。そりゃ、私たちも年取るわけだわ」
朗らかにばあちゃんと笑いあう様子は、まだ若いように思うが。というか、最近のお年を召した方々は、高校生よりも溌溂としているように見える。
「違う自転車、貸しておきましょうか?」
「大丈夫よ、歩いて行くわ。修理はどれくらいでできる?」
「一時間もあればできますよ」
「それじゃあ、また一時間後に来るわね」
ワインレッドの電動自転車は、ずいぶん使い込まれているようで、だいぶ汚れていた。
「修理、見る?」
「見る」
ばあちゃんは手際よく後輪のねじを緩め、自転車をひっくり返す。電動自転車は特に重いので、二人でやる。
「後ろにかごが付いてるから、台は使わなくていいでしょう」
「おっも……これ、いつも一人でひっくり返してんの?」
「そりゃそうよ。見て、だからこの腕よ」
と、ばあちゃんは袖をまくり上げる。俺なんかよりずっと立派な筋肉がついている。たくましいなあ。
「力加減が難しくてねえ。こないだなんて、卵を少し握っただけで割っちゃったの」
「え、怖……」
「最近の卵、カルシウム不足なんじゃない?」
てきぱきとスタンドを外し、こまごまとしたネジや部品を取り、車輪を外す。
タイヤを外したら新しいタイヤと交換するのだが、これまた重労働だ。タイヤとチューブをはめる、といえば簡単そうに聞こえるが、気を付けないといけないことはたくさんある。
「チューブが挟まると空気を入れた時に破裂するからね。それと口金なんだけど……」
慣れた手つきでやっていくものだから、自分にもできそうな気がしてくる。しかし、一度やってみたことがあるが、力も技術もいる。すげえ仕事だなあと思う。
「そしたらまた組んでいくよ」
車輪がまっすぐになるように組んで、またひっくり返す。
「これ、よろしく」
「はい」
チェーンケースのネジを留めるとか、ブレーキワイヤーの先端に小さなカバーをつけるとか、そういうのだけ、俺の仕事だ。
しかし、ずいぶん汚れているなあ。
「ね、磨いてもいい?」
「いいよ~。ありがとねえ」
自転車を磨くのは昔からよくやっている。
泥とかの汚れは水で落として、他の汚れはパーツクリーナーで落とす。こすったような汚れが取れていくのは気持ちがいい。仕上げは油でひと拭き。油がついてはいけないところもあるので気を付ける。
「こんにちは~」
「こんにちは。できてますよ」
ちょうど一時間して稲永さんは自転車を取りに来た。何やら大荷物だ。自転車を見るなり「あらあ~!」と歓声を上げる。
「きれいになってるわ!」
「孫が磨いてます」
「あらあら、ありがとうねえ」
「いえ」
そうやって喜んでもらえると嬉しいものである。
「それじゃあ、これ」
稲永さんは荷物のうちの一つをばあちゃんに渡した。
「これ、おいしそうだからって買い過ぎちゃったの。お礼に、よかったら食べて」
「いいんですか? ありがとうございます」
「ありがとうございます」
素直に礼を言うと、稲永さんは嬉しそうに笑った。
「こちらこそありがとうね。いやあ、立派になったわ~」
そして、代金を支払うと、颯爽と走って行った。軽やかだなあ。
「ただいま」
「おかえり、じいちゃん」
ちょうどじいちゃんも帰ってきたので、お茶にすることにした。
「春都が自転車磨いてくれたから、もらったの」
「ほお。そりゃすごい」
もらったのは小さなケーキの詰め合わせだった。ショートケーキにチョコレート、モンブランやベリーのムース、プリンまである。
「いただきます」
「春都、好きなの食べていいよ」
「それじゃあ……」
ショートケーキ、食うか。
甘さが控えめのクリームで、間に挟まったイチゴジャムの酸味がいいアクセントになっている。少し果肉が残っている感じがいい。上にはしっかりイチゴがのっていて、ゼリーのようなものでコーティングされている。ジューシーで、甘い。
それと……ベリーのムース。プルプルとした濃い紫色のゼリーと薄紫色のシュワっとしたムースの層が鮮やかだ。酸味は控えめで、甘味とベリーの香りが強い。上に載ったクランベリーがとてつもなく酸っぱかった。
紅茶が合うなあ。程よい渋みと豊かな香りが、ケーキに風味を足してくれる。
「もっと入るんじゃないか。遠慮なく食べろ」
「そうよ。春都がもらったものなんだから」
じいちゃんとばあちゃんは小さなシュークリームを食べている。
それじゃあ、お言葉に甘えて。チョコレート。コク深く、ほろ苦い。ふりかかったココアパウダーの苦みと、チョコレートの濃い甘さのバランスがいい。チョコチップが挟まっていて、食感も最高だ。上にのったチョココーティングのパフもうまい。
プリンは、なんかプリンアラモードみたいになっている。キウイと黄桃のシロップ漬けがのっていて、バニラの香りが豊かだ。カラメルのほろ苦さもいい。なんだかフルーティでもある。
モンブランは口当たりまろやかで、濃厚な甘みが特徴的だ。スポンジと生クリーム、そして栗のペーストを一緒に食べると、口の中がもこもこする。細かく刻まれた栗がのっていて、風味がいい。でかい丸ごとの栗だと風味が強すぎるが、これはちょうどいいな。
いやあ、気まぐれに自転車を磨いてこんないい思いができるとは。
また磨こう。
「ごちそうさまでした」
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