一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百五十四話 朝ごはん

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「わふっ」
 今日はうめずの一声で目を覚ました。
「なんだ……今、何時?」
 外はうすら明るいが、まだ熱気はない。スマホで時間を確認すれば、午前五時であった。こんな時間にもう明るくなるのかあ。夏が近づいて来たなあ。
「わう、わうっ」
「なんか今日元気だな、うめず。二度寝しようぜ」
「うぅっ」
「えー、いや? なんで?」
 どうしても体を動かしたいらしい。まあ、最近暑すぎてなかなか散歩行けないもんなあ。それにしたって落ち着きがないな。
「分かった、分かったよ」
 仕方ない。行くしかないか。
 今ならまだ暑くないだろうし、今日は少し雲もある。散歩するにはもってこいだ。
「あら、春都おはよう。今日は早いね」
「おはよう」
 じいちゃんとばあちゃんも、もう起きている。じいちゃんは新聞を読み、ばあちゃんは朝ごはんの準備をしていた。
「おはよう……」
「休みでしょ? まだ寝てればいいのに」
「うめずが散歩行きたいみたいだから、ちょっと行ってくる」
 足元で尻尾をバタバタ振っているうめずを見て、ばあちゃんは笑った。じいちゃんも少し微笑んでいる。
「そう、行ってらっしゃい」
「人通りが少ないから、気を付けてな」
「うん。行ってきます」
 うめずに急かされるようにして外に出る。
 早々に梅雨が明け、昼間はうだるような暑さだが、朝はそこまでない。そよぐ風が心地よく、空もまぶしすぎない。
「さ、どこ行こうか」
 まあ、この時期の散歩コースはたいてい決まっている。
 とりあえず川沿いへ行こう。そして観月の家の近くをぐるりと回って、帰ってくる。それぐらいがちょうどいいのだ。
 じいちゃんが言っていた通り、車も人も少ない。大通り沿いの店も開いておらず、二十四時間営業のコンビニ以外、生活の気配がない。まあ、この辺は平日でもそうか。昼間は病院も開いてごちゃごちゃっとした雰囲気になるものだが。
 大通りといっても都会のようなきらびやかなものではない。高い建物はなく、昔は繁盛したのであろうなあ、という空き店舗が並んでいる。
 そんな中でずっと長いことやってるうちの店は、すごいなあと思う。
 変わることも大変だが、変わらず維持し続けるということもまた、並大抵の気持ちではできないものである。
 観月の家の周りは特に人が少ない。道路の真ん中で、スズメたちが早朝会議をしているみたいだ。ちょこまかしていてなんかかわいい。冬はふっくらとしていた羽毛も、今はすっきりしている。
「今年は花火大会、夏にあるといいなあ」
「わうっ」
「いっそ、観月の家で見るってのもありか。それなら、うめずも一緒に行けるかもな」
「わふ、わふっ」
 今度観月に聞いてみよう。誘うとするなら誰がいいかな。咲良は絶対来たがるだろうし、それなら守本も来るだろう。あんまり大勢で押しかけてもあれだし……
 なんか、不思議だ。誰かと一緒に遊ぼうなんて、めったに考えなかったのに。
 人って変わるよなあ。ま、それがいい変化であれば何もいうまい。ちょっとむずがゆいけど、一緒にいて楽しいと思えるやつらがいるのはまあ、悪くない。
 まったく、いつもと違うことをすると、柄にもなく色々考えるな。
「ふあ~ぁ……、あー眠ぃ」
「わう」
「今日は昼寝しようなあ」
 家に帰りつく頃になれば、徐々に町も動き始める。
 きっと扉をくぐれば、朝飯のいい香りが待っていることだろう。見知らぬ家の横を通ったとき、ほのかに料理の香りがして、そう思う。
 誰かが飯を作って待ってくれてるって、幸せだ。
「ただいまー」
「おかえり」
 ほら、すごくいい匂い。
 うめずは奥の部屋まで走って行った。かと思えば、また居間に戻ってくる。そしてじいちゃんとばあちゃんの足元をうろうろした後、大人しく窓際に伏せをした。
「朝ごはん何ー?」
「アジの開き。それと卵焼きに大根おろし。みそ汁はオクラよ」
「オクラのみそ汁、いいね」
 配膳を手伝う。じいちゃんは箸やら湯飲みやらを準備していた。
 朝日の中できらめく湯気、みそ汁の表面。なんか、落ち着くし、嬉しくなる光景だ。
「いただきます」
 まずは焼きたてのアジの開きから。
 パリパリの身の表面に箸を入れ、ほぐす。ああ、いい、湯気が立つ。プリッと、とも、ほくっと、とも形容できる身。程よい塩加減に凝縮されたうま味、魚の風味が鼻に抜け、ジュワジュワと味が染み出す。
 そこに醤油を垂らした大根おろしを添える。うん、さっぱり。アジの開きって、どうして大根おろしが合うんだろう。
 卵焼きにも大根おろしは合う。甘さとしょっぱさのバランスがいい。
「オクラのみそ汁、春都、好きでしょ?」
「うん、めっちゃ好き」
「夏らしくていいな」
 と、じいちゃんがおいしそうにみそ汁をすする。
 このねばねばがいいんだよなあ。口当たりはつるんとしていて、ザクザクとした食感に、夏らしい青い風味がいい。種がぷちっとはじけるみずみずしさがたまらない。
 炒めたのもいいけど、こうやって熱を通したのもいいんだよなあ。ネギとの相性も良しである。
 そろそろ夏野菜が本格的に出回るころか。
 いろんな楽しみ方ができるといいなあ。あとでばあちゃんに聞いてみようかな。

「ごちそうさまでした」
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