一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
366 / 854
日常

第三百五十一話 アメリカンドッグ

しおりを挟む
 あいつほんと、テストの度に呼び出されてんなあ、咲良。
「今日は俺だけじゃないもん!」
 とは言っていたが、どちらにせよ成績か提出物かどちらか、あるいは両方の状況が悪いから、呼び出されたんだろうに。
 おかげで今日は一人で学食にいる。さて、何を食べようか。
 今日は暑いし、冷たいものが食いたい。とすれば冷やしうどんか冷やし中華か。悩みどころだなあ。……よし、冷やし中華にしよう。冷やし中華は期間限定だし、酸味があると食が進むしな。
「はい、冷やし中華、大盛りね」
「ありがとうございます」
 さて、座る場所は……真ん中の方しか空いてないか。まあいい。
「いただきます」
 相変わらずうま味と酸味のバランスがいいたれだ。みずみずしい野菜と、チャーシューの食べ応えがいい。つるつるとした口当たりの麺がうまい。
「おっ、一条じゃん」
 頭の上から声をかけられ、見上げれば早瀬がいた。ニパッと明るく笑うその口元では、鋭い八重歯が光っている。
「よぉ、早瀬」
「井上は?」
「呼び出しくらってる」
 早瀬は向かいに座って食事を始めた。大盛りの冷やしうどんに肉をトッピングしているようだった。それはそれでうまそうだ。
「お前らさあ、仲いいよなあ。中学から一緒なん?」
「いや、高一で初めて会った」
「あ、そーなん。ずいぶん仲よさそうだから、付き合い長いんだとてっきり」
 そんなに仲良さげに見えるかね。よく分からん。
 早瀬は早々に話題を変えた。
「そういやさあ、活動報告だっけ? あれ、どーするよ。やっぱ集まって話した方がいいかね?」
「あー……そうだなあ……」
 プチトマトを口に放り込み、少し転がして、噛む。パチッとはじける爽やかな風味が暑さに嬉しい。
「でもお前、部活あるだろ」
「やーでも途中で抜けるぐらい出来るし。そりゃ、連日休んだら先生に怒られっけど」
 気持ちのいい食べっぷりと話し方の早瀬に、思わず気が緩む。
「正直、そこまで一生懸命やんなくてもいいと思うんだよなあ」
 頬杖をついてそうこぼせば、早瀬は豪快に笑ったものだ。
「言えてる。つーか、先生がやる気ないっしょ? 怒られない程度でいいなら、悩む時間がもったいねーよな!」
 なんというか、話せば話すほど、初見の印象とはかけ離れていく奴だ。
 愛想はいいが腹の底の読めないやつ、という認識が早々に崩れつつある。
「てか俺はそれよりもさ」
 早瀬は声を潜めると、周囲に先生たちがいないのを確認して、いたずらっぽく笑って言ったものだ。
「ショッピングモールの方が興味あるんだよね」
「それは同感」
「だろー? やっぱ気になるよなあ! あそこさあ、最近リニューアルしたらしいじゃん。いろんな店入ってるらしいんだよね。フードコートとかもう広いのなんのって」
「フードコート、それはいいな」
 ああいうとこで食う飯って、なんか特別感あるんだよな。普段見ないような食べ物とか、限定品とかもあって、選ぶのに一苦労する。しかし、そんな時間も楽しいというもので。
 食に特化したエンターテインメント施設、って感じかな。
 まだ見ぬフードコートに思いをはせていると、早瀬が話を続けた。
「映画館もあるし、ゲーセンもあるし、スーパーもあるんだってよ。めっちゃ楽しそうじゃね?」
「そうだな」
「しかも海沿いだろ~。あー、夏だし、泳ぎてえ~」
 そういうわけにもいかないか、と言って、早瀬は最後の一口をすすった。
「ごちそうさまでした」
 食器を返却し、食堂を出る。じっとりとまとわりつくような空気と湿気の多い暑さに、思わず顔をしかめる。
「ぐあー、ヤな天気。やっぱ朝に雨降って昼から晴れると、湿気が半端ねぇ~」
 早瀬は制服のシャツをパタパタとして空気を送り込む。
 そういえばそろそろ梅雨明けだと天気予報で言っていた。早いなあ。こんな天気の日は、人口密度の高い教室にはなるべくいたくないものだ。となれば。
「図書館行こ」
「お、いいな。俺も行くー」
 図書館は「本のために」という大義名分のもと、室内の温度が適温に保たれている。
 行かないって選択肢は、ないよなあ。

 昼間怒られたことなどすっかり忘れた様子の咲良に引き連れられ、遠回りをして帰る。小腹が空いたとかで、コンビニに強制連行だ。
「昼飯、ろくに食えなくてさー」
「それはお前が、提出物の丸付けを忘れ、挙句赤点ギリギリの点数をたたき出したからだろう」
「自信あったんだけどなあ」
 しょっちゅう面倒な状態になる咲良だが、その立ち直りの早さよ。なんかもう、あきれるのを通り越して尊敬の念すら湧く。
 そんな咲良を横目にレジへ直行する。
「あ。アメリカンドッグください」
「はい」
 レジ横の保温機に陳列されている商品には、抗えない魅力というものがある。
 咲良は結局、焼き鳥を買ったようだった。ビッグつくねとかいうやつらしいが、確かにでかい。
「いただきます」
 ケチャップとマスタードをバランスよくかける。パキッと割るタイプのやつは、結構扱いが難しい。マスタードとケチャップの粘度が違うからだろうか。
 最初の一口は生地だけだ。サクもちっとした食感が好きだな。香ばしく、ほのかに甘い生地は、ホットケーキをほうふつとさせる。まあ、うちで作るときはホットケーキの素使うからそうか。
 ケチャップの甘味とマスタードの酸味を感じながらソーセージにたどり着く。やわらかめの食感のソーセージは、癖はないが食べ応えがある。マスタードのプチプチもいい感じだ。
「あー、うま。腹減ってると、うまいもんがよりうまく感じるよなあ」
 と、咲良。よっぽど腹減ってたんだろうな。もう半分も食っている。
「それは分かる」
「なー、昼飯の時間が無くなったのは腹立つけど、このうまさで半減した」
「消滅はしてないんだな」
 食べ物の恨みというのは、恐ろしいものである。
 俺は……楽しみにしているアメリカンドッグの、串にまとわりついたカリカリの部分、捨てられたら、いやだなあ。ここ、うまい。
 この部分だけを再現したスナック菓子とか作ったら売れるんじゃね? それとも、俺が見つけきれてないだけで、実はあるのか?
 まあでも、アメリカンドッグ本体食ったからこそ、うまい、ってのもあるよな。
 ケチャップとマスタードの余韻と、ソーセージの風味が残ったまま、カリカリを食べる。
 うん、やっぱうまい。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...