一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百五十一話 アメリカンドッグ

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 あいつほんと、テストの度に呼び出されてんなあ、咲良。
「今日は俺だけじゃないもん!」
 とは言っていたが、どちらにせよ成績か提出物かどちらか、あるいは両方の状況が悪いから、呼び出されたんだろうに。
 おかげで今日は一人で学食にいる。さて、何を食べようか。
 今日は暑いし、冷たいものが食いたい。とすれば冷やしうどんか冷やし中華か。悩みどころだなあ。……よし、冷やし中華にしよう。冷やし中華は期間限定だし、酸味があると食が進むしな。
「はい、冷やし中華、大盛りね」
「ありがとうございます」
 さて、座る場所は……真ん中の方しか空いてないか。まあいい。
「いただきます」
 相変わらずうま味と酸味のバランスがいいたれだ。みずみずしい野菜と、チャーシューの食べ応えがいい。つるつるとした口当たりの麺がうまい。
「おっ、一条じゃん」
 頭の上から声をかけられ、見上げれば早瀬がいた。ニパッと明るく笑うその口元では、鋭い八重歯が光っている。
「よぉ、早瀬」
「井上は?」
「呼び出しくらってる」
 早瀬は向かいに座って食事を始めた。大盛りの冷やしうどんに肉をトッピングしているようだった。それはそれでうまそうだ。
「お前らさあ、仲いいよなあ。中学から一緒なん?」
「いや、高一で初めて会った」
「あ、そーなん。ずいぶん仲よさそうだから、付き合い長いんだとてっきり」
 そんなに仲良さげに見えるかね。よく分からん。
 早瀬は早々に話題を変えた。
「そういやさあ、活動報告だっけ? あれ、どーするよ。やっぱ集まって話した方がいいかね?」
「あー……そうだなあ……」
 プチトマトを口に放り込み、少し転がして、噛む。パチッとはじける爽やかな風味が暑さに嬉しい。
「でもお前、部活あるだろ」
「やーでも途中で抜けるぐらい出来るし。そりゃ、連日休んだら先生に怒られっけど」
 気持ちのいい食べっぷりと話し方の早瀬に、思わず気が緩む。
「正直、そこまで一生懸命やんなくてもいいと思うんだよなあ」
 頬杖をついてそうこぼせば、早瀬は豪快に笑ったものだ。
「言えてる。つーか、先生がやる気ないっしょ? 怒られない程度でいいなら、悩む時間がもったいねーよな!」
 なんというか、話せば話すほど、初見の印象とはかけ離れていく奴だ。
 愛想はいいが腹の底の読めないやつ、という認識が早々に崩れつつある。
「てか俺はそれよりもさ」
 早瀬は声を潜めると、周囲に先生たちがいないのを確認して、いたずらっぽく笑って言ったものだ。
「ショッピングモールの方が興味あるんだよね」
「それは同感」
「だろー? やっぱ気になるよなあ! あそこさあ、最近リニューアルしたらしいじゃん。いろんな店入ってるらしいんだよね。フードコートとかもう広いのなんのって」
「フードコート、それはいいな」
 ああいうとこで食う飯って、なんか特別感あるんだよな。普段見ないような食べ物とか、限定品とかもあって、選ぶのに一苦労する。しかし、そんな時間も楽しいというもので。
 食に特化したエンターテインメント施設、って感じかな。
 まだ見ぬフードコートに思いをはせていると、早瀬が話を続けた。
「映画館もあるし、ゲーセンもあるし、スーパーもあるんだってよ。めっちゃ楽しそうじゃね?」
「そうだな」
「しかも海沿いだろ~。あー、夏だし、泳ぎてえ~」
 そういうわけにもいかないか、と言って、早瀬は最後の一口をすすった。
「ごちそうさまでした」
 食器を返却し、食堂を出る。じっとりとまとわりつくような空気と湿気の多い暑さに、思わず顔をしかめる。
「ぐあー、ヤな天気。やっぱ朝に雨降って昼から晴れると、湿気が半端ねぇ~」
 早瀬は制服のシャツをパタパタとして空気を送り込む。
 そういえばそろそろ梅雨明けだと天気予報で言っていた。早いなあ。こんな天気の日は、人口密度の高い教室にはなるべくいたくないものだ。となれば。
「図書館行こ」
「お、いいな。俺も行くー」
 図書館は「本のために」という大義名分のもと、室内の温度が適温に保たれている。
 行かないって選択肢は、ないよなあ。

 昼間怒られたことなどすっかり忘れた様子の咲良に引き連れられ、遠回りをして帰る。小腹が空いたとかで、コンビニに強制連行だ。
「昼飯、ろくに食えなくてさー」
「それはお前が、提出物の丸付けを忘れ、挙句赤点ギリギリの点数をたたき出したからだろう」
「自信あったんだけどなあ」
 しょっちゅう面倒な状態になる咲良だが、その立ち直りの早さよ。なんかもう、あきれるのを通り越して尊敬の念すら湧く。
 そんな咲良を横目にレジへ直行する。
「あ。アメリカンドッグください」
「はい」
 レジ横の保温機に陳列されている商品には、抗えない魅力というものがある。
 咲良は結局、焼き鳥を買ったようだった。ビッグつくねとかいうやつらしいが、確かにでかい。
「いただきます」
 ケチャップとマスタードをバランスよくかける。パキッと割るタイプのやつは、結構扱いが難しい。マスタードとケチャップの粘度が違うからだろうか。
 最初の一口は生地だけだ。サクもちっとした食感が好きだな。香ばしく、ほのかに甘い生地は、ホットケーキをほうふつとさせる。まあ、うちで作るときはホットケーキの素使うからそうか。
 ケチャップの甘味とマスタードの酸味を感じながらソーセージにたどり着く。やわらかめの食感のソーセージは、癖はないが食べ応えがある。マスタードのプチプチもいい感じだ。
「あー、うま。腹減ってると、うまいもんがよりうまく感じるよなあ」
 と、咲良。よっぽど腹減ってたんだろうな。もう半分も食っている。
「それは分かる」
「なー、昼飯の時間が無くなったのは腹立つけど、このうまさで半減した」
「消滅はしてないんだな」
 食べ物の恨みというのは、恐ろしいものである。
 俺は……楽しみにしているアメリカンドッグの、串にまとわりついたカリカリの部分、捨てられたら、いやだなあ。ここ、うまい。
 この部分だけを再現したスナック菓子とか作ったら売れるんじゃね? それとも、俺が見つけきれてないだけで、実はあるのか?
 まあでも、アメリカンドッグ本体食ったからこそ、うまい、ってのもあるよな。
 ケチャップとマスタードの余韻と、ソーセージの風味が残ったまま、カリカリを食べる。
 うん、やっぱうまい。

「ごちそうさまでした」
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