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日常
第三百四十八話 フライドポテト
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教室後ろの黒板に今回のテスト範囲が張り出されたが、これは嫌な予感がする。
「どうした春都」
「なんか嫌なものでも見たか」
テスト範囲表の前でしばらくじっとしていたら、勇樹と宮野が声をかけてきた。二人に挟まれると、地味に圧迫感がある。
「……これから嫌なことが起きそうだ」
「は?」
揃って困惑する勇樹と宮野に示すのは、とある教科の範囲。
「英語?」
「おう」
「勉強してないのか?」
勇樹の問いに、首を横に振る。
「今回の範囲、理系と一緒だろ」
「あー、そういやそうだね」
宮野はそう言うと「で? それが?」と聞いてくる。
「多分、あいつが来る」
「あいつ?」
二人が声をそろえて言った時だった。
騒がしい足音が近づいて来たかと思えば、勢いよく俺のところまで、やつがやってきたのだ。
「春都!」
「ほらきたぁ……」
範囲広いし、ワークは提出だし、そんで文系と範囲が一緒となれば、こいつが泣きついてこないはずがない。
思わずげんなりしてしまったが、咲良はそんなことなどお構いなしに俺の両肩をつかんで揺さぶってきた。やめろ、酔う。
「こんなに範囲が広いとかありかよ~。ぜんっぜん勉強してないんだけど⁉」
「知るか、それはお前がやらなかったってだけで俺には一切責任ない」
やっとのことで揺さぶられることからは解放された。勇樹と宮野は「ああ、これか……」というような表情を向けると、それぞれ俺の背中を憐れむように叩いて、部活に行ってしまった。
あー、見捨てるなー。
しかしそんな心の叫びもむなしく、二人の姿はあっという間に見えなくなってしまった。
「お前、今回はいける気がするって、言ってなかったか」
「言ったっけ? いや、言ってない! 俺がそんな自信満々にいうわけないじゃん!」
「言ってたよ」
まあ、こうなることはなんとなく予想ついていたけど。
「まあ頑張れ。応援はしてやるよ」
さっさと帰ろうと自分の席に戻るが、咲良がぴったりとついてくる。
「……何」
「助けて」
実にシンプルなお願いである。しかしこのお願いをこれまで何度聞いてきたことか。
「毎回俺に頼ってたら不便だろうに……」
「一人で勉強するよりずっといいもん」
もん、じゃない。まったく、懲りないやつだなあ。
結局この日は、一時間だけ、図書館で勉強することになったのだった。
「そもそもお前は、単語の意味をよく理解してないんだな」
「フィーリングでどうにかやってきたもので」
「限界がある、限界が」
多少の感覚というものは必要だろうが、すべてを感覚で解けたら苦労はしない。というか、こいつの場合、実力に裏打ちされた感覚や経験による勘というより、ギャンブルなんだよな。鉛筆転がして答えを決める、みたいな。
「これさあ、どうやって時制が分かるわけ?」
「だから、これは主語が三人称で……」
逐一教えていたら、自分の勉強がままならない。今日はこいつに教えることだけを考えるしかないか。
そう思っていたら、咲良の隣に漆原先生がするりと座ってきた。
「英語か」
「これ意味わかんないっす。なんすかこれ、何の話っすか」
「授業でやったんじゃないのか」
「忘れました」
先生は咲良のワークをのぞき込むと「ふむ」と楽しげに笑った。
「本当だ。単語の意味がいまいちなようだな?」
「難しいんすよ」
「しかしこれなんか惜しいじゃないか。スペルミスだ。まずは、そういうミスをなくすことだな」
それからは先生も手伝ってくれたので、何とか自分の勉強もすることができた。
テストギリギリまで授業は進むからな。予習も一苦労なのだ。
勉強が終わって帰るころ。まだ空は明るく、日が長くなったなあといつものことながら思う。
「お礼におごる!」
という咲良の申し出に、遠慮なくのっかることにした。
コンビニには夏の新商品がずらりと並んでいた。爽やかな色合いの商品が多い。夏らしい店内の装飾、BGM。なんだか夏休みっぽいが、まだ梅雨も明けていない。
どれにしようかと思ったが、無性にポテトが食べたかったので、それにした。
店内に飲食スペースはないので、外で食べる。
「いただきます」
今は増量中らしい。確かに、普段見かけるポテトより、盛りがいい。
まずはそのまま。うちで揚げるのとも、ファストフード店のものとも違う食感と味付けだ。塩だけじゃなくて、ほのかにスパイスも聞いているようである。
少し皮が残っている部分は、ものすごく芋っぽい。サクサクカリカリ、というより、ほくほくだな。隅の方はカリッとしていながら、ぎゅうっとした歯触りで、うま味が凝縮しているようでもある。
ケチャップをつけると、より違った味わいになる。
甘めのケチャップは鮮やかな赤だ。薫り高いポテトの、ほくほくとろとろ食感によく合う。
「これから先もしばらく世話になると思うからさ」
咲良は揚げ鶏を食べながら笑った。それもうまそうなんだよな。
「その辺も合わせて、って感じのお礼」
少ししんなりしてきたポテトを咀嚼する。ねっとりした口当たりで、甘みを強く感じる。
「そうかよ」
「うわ、これ思ったより辛い」
「何味?」
「柚子胡椒」
まあ、俺としてはお礼とか別にいいのだがなあ。
「で、明日なんだけど」
「明日も教えないといけないのか……」
ポテト一つ分の世話は、ずいぶん過酷なようである。
「ごちそうさまでした」
「どうした春都」
「なんか嫌なものでも見たか」
テスト範囲表の前でしばらくじっとしていたら、勇樹と宮野が声をかけてきた。二人に挟まれると、地味に圧迫感がある。
「……これから嫌なことが起きそうだ」
「は?」
揃って困惑する勇樹と宮野に示すのは、とある教科の範囲。
「英語?」
「おう」
「勉強してないのか?」
勇樹の問いに、首を横に振る。
「今回の範囲、理系と一緒だろ」
「あー、そういやそうだね」
宮野はそう言うと「で? それが?」と聞いてくる。
「多分、あいつが来る」
「あいつ?」
二人が声をそろえて言った時だった。
騒がしい足音が近づいて来たかと思えば、勢いよく俺のところまで、やつがやってきたのだ。
「春都!」
「ほらきたぁ……」
範囲広いし、ワークは提出だし、そんで文系と範囲が一緒となれば、こいつが泣きついてこないはずがない。
思わずげんなりしてしまったが、咲良はそんなことなどお構いなしに俺の両肩をつかんで揺さぶってきた。やめろ、酔う。
「こんなに範囲が広いとかありかよ~。ぜんっぜん勉強してないんだけど⁉」
「知るか、それはお前がやらなかったってだけで俺には一切責任ない」
やっとのことで揺さぶられることからは解放された。勇樹と宮野は「ああ、これか……」というような表情を向けると、それぞれ俺の背中を憐れむように叩いて、部活に行ってしまった。
あー、見捨てるなー。
しかしそんな心の叫びもむなしく、二人の姿はあっという間に見えなくなってしまった。
「お前、今回はいける気がするって、言ってなかったか」
「言ったっけ? いや、言ってない! 俺がそんな自信満々にいうわけないじゃん!」
「言ってたよ」
まあ、こうなることはなんとなく予想ついていたけど。
「まあ頑張れ。応援はしてやるよ」
さっさと帰ろうと自分の席に戻るが、咲良がぴったりとついてくる。
「……何」
「助けて」
実にシンプルなお願いである。しかしこのお願いをこれまで何度聞いてきたことか。
「毎回俺に頼ってたら不便だろうに……」
「一人で勉強するよりずっといいもん」
もん、じゃない。まったく、懲りないやつだなあ。
結局この日は、一時間だけ、図書館で勉強することになったのだった。
「そもそもお前は、単語の意味をよく理解してないんだな」
「フィーリングでどうにかやってきたもので」
「限界がある、限界が」
多少の感覚というものは必要だろうが、すべてを感覚で解けたら苦労はしない。というか、こいつの場合、実力に裏打ちされた感覚や経験による勘というより、ギャンブルなんだよな。鉛筆転がして答えを決める、みたいな。
「これさあ、どうやって時制が分かるわけ?」
「だから、これは主語が三人称で……」
逐一教えていたら、自分の勉強がままならない。今日はこいつに教えることだけを考えるしかないか。
そう思っていたら、咲良の隣に漆原先生がするりと座ってきた。
「英語か」
「これ意味わかんないっす。なんすかこれ、何の話っすか」
「授業でやったんじゃないのか」
「忘れました」
先生は咲良のワークをのぞき込むと「ふむ」と楽しげに笑った。
「本当だ。単語の意味がいまいちなようだな?」
「難しいんすよ」
「しかしこれなんか惜しいじゃないか。スペルミスだ。まずは、そういうミスをなくすことだな」
それからは先生も手伝ってくれたので、何とか自分の勉強もすることができた。
テストギリギリまで授業は進むからな。予習も一苦労なのだ。
勉強が終わって帰るころ。まだ空は明るく、日が長くなったなあといつものことながら思う。
「お礼におごる!」
という咲良の申し出に、遠慮なくのっかることにした。
コンビニには夏の新商品がずらりと並んでいた。爽やかな色合いの商品が多い。夏らしい店内の装飾、BGM。なんだか夏休みっぽいが、まだ梅雨も明けていない。
どれにしようかと思ったが、無性にポテトが食べたかったので、それにした。
店内に飲食スペースはないので、外で食べる。
「いただきます」
今は増量中らしい。確かに、普段見かけるポテトより、盛りがいい。
まずはそのまま。うちで揚げるのとも、ファストフード店のものとも違う食感と味付けだ。塩だけじゃなくて、ほのかにスパイスも聞いているようである。
少し皮が残っている部分は、ものすごく芋っぽい。サクサクカリカリ、というより、ほくほくだな。隅の方はカリッとしていながら、ぎゅうっとした歯触りで、うま味が凝縮しているようでもある。
ケチャップをつけると、より違った味わいになる。
甘めのケチャップは鮮やかな赤だ。薫り高いポテトの、ほくほくとろとろ食感によく合う。
「これから先もしばらく世話になると思うからさ」
咲良は揚げ鶏を食べながら笑った。それもうまそうなんだよな。
「その辺も合わせて、って感じのお礼」
少ししんなりしてきたポテトを咀嚼する。ねっとりした口当たりで、甘みを強く感じる。
「そうかよ」
「うわ、これ思ったより辛い」
「何味?」
「柚子胡椒」
まあ、俺としてはお礼とか別にいいのだがなあ。
「で、明日なんだけど」
「明日も教えないといけないのか……」
ポテト一つ分の世話は、ずいぶん過酷なようである。
「ごちそうさまでした」
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