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日常
第三百四十二話 冷やし中華
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テレビや雑誌なんかでも「夏のグルメ特集」と銘打ったコーナーが増えてきたものだ。
ひんやりスイーツから激辛熱々料理まで。なんだかんだいって年中食べてるようなものだけど。
でもまあ、確かに、夏の暑い中で食べるかき氷とか辛い飯は違ったおいしさを感じるものだ。この季節になったからその料理を食べる、という感じではなく、味わいが変わる、という感覚の方が近いかもしれない。
当然、旬とかはあるけど。
『そしてこちらのお店の前には……見てください』
「冷やし中華始めました」
これまた夏になるとよく聞くフレーズだ。
コンビニにも夏の定番商品が並び始めたが、やはり一度は買ってしまう、冷やし中華。のせる具材はバリエーション豊かで、店によって結構違うんだ。うちで作るときもそう。冷蔵庫の具合とかにかなり左右される。
「あ、いかん。もうこんな時間か」
ぼーっとテレビを眺めながら準備をしていると、どうも時間感覚が狂う。
今日も蒸し暑くなりそうだなあ。
朝から天気がいいのは久しぶりかもしれない。
梅雨入りしたらしいけど、土砂降りの雨が降ることもなく、降りそうで降らないという感じの日が続いていた。どす黒い雲と真っ白い雲が共存する空はなんだか不気味だ。
ま、いつも降るのはもうちょい後の方か。案外梅雨入りしてすぐって、雨の日少ない気がする。
最近やっとクーラーが稼働しだしたが、朝課外前の教室は蒸し暑くてしょうがない。
先生が来るまでスイッチ入れちゃいけないらしいんだよなあ。おかげで汗だくだし、クーラーはいるとその汗が冷えてめっちゃ寒いし。
こう、ほどほどってもんがあるだろうよ、といつもながら思う。
中学校まではクーラーなかったし、それを思えば、空調設備が整ってるだけまだましか。
「あっつ……」
扇風機などはないので、下敷きをうちわ代わりにしてしのぐほかない。辺の長い方を持ち、できるだけ広範囲に風が来るようにする。
せめて除湿。除湿だけは許したいただきたいものだ。
「見て、これ買った」
「えーいいな。どこ?」
「百均」
そんな会話が聞こえる方を見れば、ハンディタイプの扇風機を持っているやつがいた。電池で動いているのだろうか。いいな、それ。風強いのかな。
「おはよー……って、蒸し暑っ。なんだこの教室、サウナか?」
先生が入ってきて、すかさず冷房をつける。ごぉー……っという音がしだすと、窓際に座るやつらが一斉に窓を閉め始めた。この連帯感、面白いな。
「外より暑いぞ、この教室。窓開けてこれか」
席替えで前の席になってから、先生に話しかけられることが多くなった。少々面倒だが、邪険にもできないので当たり障りのないことを言っておく。
「今日はほとんど風がないですから」
「確かに、それはそうだな。風無いとしんどいなー」
「そうですね」
だからもっと早めに冷房をつけてください、と言いたいところだが、話す気力もないので黙っておくことにする。
ああ、冷風が流れてきた。気持ちいい。
下敷きであおぐ音も、小さな扇風機のモーター音も、教室が涼しくなるにつれて減っていく。
チャイムが鳴るころにはもう、すっかり冷房の音だけになっていたのだった。
湿気が多いと時間が過ぎるのも遅くなるのだろうか、と思うほど今日は午前中の授業が長く感じた。やっと四時間目だ。
体育とか、だいぶ時間たっただろと思って時計を見てみれば、ものの五分しか過ぎていなかった。
幸いなのは、体育以外、移動教室がないことだろうか。
頭がぼーっとしてるときに移動教室とかあると、絶対忘れ物するんだよな。資料集とか、公式集とか。公式集なんて薄っぺらい上に小さいから、教科書の隙間に挟まってしょっちゅう見失う。
ああ、そういや今日、弁当持って来てねえから、学食行かないと。
学食は人の出入りが激しいからなあ。涼しいということはないんだろうなあ。
「……まさかここで目にするとは」
人が多くなる前に、と急いで学食に向かう。その学食の入り口に、見慣れない張り紙がされていたので見てみれば、今朝テレビで見た文字がそのままあった。
「冷やし中華始めました」
とうとう学食でも始めたのか、冷やし中華。
夏季限定か……これは頼むほかないだろう。
「大盛りにできるのか」
なんでも、大盛りにしたら煮卵がサービスされるらしい。普通盛で別に煮卵を頼んでもいいが、今日は腹減ってるし、大盛りにしよう。
「はーい、冷やし中華の大盛りね」
「ありがとうございます」
おお、これは目に鮮やかだ。
黄色い中華麺は涼し気な皿に盛られ、きらきらしている。錦糸卵にプチトマト、キュウリもハムも細切りにしてある。きくらげやもやしものっているではないか。そして真ん中に鎮座する煮卵。卵と卵が被っているが、これもまたよしである。
「いただきます」
爽やかな香りのするタレはポン酢に一工夫加えたものらしい。
しっかり絡めて、まずは一口。ああ、なるほど、ごま油か。酸味のあるたれに香ばしい香りが花開く。冷やし中華らしい味わいだ。
キュウリの青さともやしのみずみずしさ、そこにもちもちとした中華麺。もやしもナムルのようになっているみたいでおいしい。キュウリのシンプルな味もいい感じだ。
ハムの塩気もちょうどいい。唯一の肉っ気、これぐらいが程よいのである。
プチトマトは酸味が強めかと思いきや、思いのほか甘い。凝縮されたような味わいで、口の中が様変わりする。
錦糸卵もたれを吸ってジューシーだ。ほのかな甘みがほっとする。
そんで煮卵。しっかり黄身まで火が通っている、かための茹で具合だ。プリプリとした白身は、甘い醤油味が染みている。モチモチとしたような独特な食感の黄身には、たれをしっかりつけて食うのもうまい。
全部の具材を合わせて食べれば、香りもうま味も口の中にジュワッと広がる。
ん? なんか爽やかな感じがした。何だろう。あ、紅しょうがもあったんだ。これはいい。いろいろな味が合わさって濃いなと少し思ったところに、紅しょうがが来ればきりっと爽やかになる。
この夏は、何度冷やし中華を食べるだろう。
氷が入った麦茶を飲み干す。本格的な夏は、すぐそこまで来ている。
「ごちそうさまでした」
ひんやりスイーツから激辛熱々料理まで。なんだかんだいって年中食べてるようなものだけど。
でもまあ、確かに、夏の暑い中で食べるかき氷とか辛い飯は違ったおいしさを感じるものだ。この季節になったからその料理を食べる、という感じではなく、味わいが変わる、という感覚の方が近いかもしれない。
当然、旬とかはあるけど。
『そしてこちらのお店の前には……見てください』
「冷やし中華始めました」
これまた夏になるとよく聞くフレーズだ。
コンビニにも夏の定番商品が並び始めたが、やはり一度は買ってしまう、冷やし中華。のせる具材はバリエーション豊かで、店によって結構違うんだ。うちで作るときもそう。冷蔵庫の具合とかにかなり左右される。
「あ、いかん。もうこんな時間か」
ぼーっとテレビを眺めながら準備をしていると、どうも時間感覚が狂う。
今日も蒸し暑くなりそうだなあ。
朝から天気がいいのは久しぶりかもしれない。
梅雨入りしたらしいけど、土砂降りの雨が降ることもなく、降りそうで降らないという感じの日が続いていた。どす黒い雲と真っ白い雲が共存する空はなんだか不気味だ。
ま、いつも降るのはもうちょい後の方か。案外梅雨入りしてすぐって、雨の日少ない気がする。
最近やっとクーラーが稼働しだしたが、朝課外前の教室は蒸し暑くてしょうがない。
先生が来るまでスイッチ入れちゃいけないらしいんだよなあ。おかげで汗だくだし、クーラーはいるとその汗が冷えてめっちゃ寒いし。
こう、ほどほどってもんがあるだろうよ、といつもながら思う。
中学校まではクーラーなかったし、それを思えば、空調設備が整ってるだけまだましか。
「あっつ……」
扇風機などはないので、下敷きをうちわ代わりにしてしのぐほかない。辺の長い方を持ち、できるだけ広範囲に風が来るようにする。
せめて除湿。除湿だけは許したいただきたいものだ。
「見て、これ買った」
「えーいいな。どこ?」
「百均」
そんな会話が聞こえる方を見れば、ハンディタイプの扇風機を持っているやつがいた。電池で動いているのだろうか。いいな、それ。風強いのかな。
「おはよー……って、蒸し暑っ。なんだこの教室、サウナか?」
先生が入ってきて、すかさず冷房をつける。ごぉー……っという音がしだすと、窓際に座るやつらが一斉に窓を閉め始めた。この連帯感、面白いな。
「外より暑いぞ、この教室。窓開けてこれか」
席替えで前の席になってから、先生に話しかけられることが多くなった。少々面倒だが、邪険にもできないので当たり障りのないことを言っておく。
「今日はほとんど風がないですから」
「確かに、それはそうだな。風無いとしんどいなー」
「そうですね」
だからもっと早めに冷房をつけてください、と言いたいところだが、話す気力もないので黙っておくことにする。
ああ、冷風が流れてきた。気持ちいい。
下敷きであおぐ音も、小さな扇風機のモーター音も、教室が涼しくなるにつれて減っていく。
チャイムが鳴るころにはもう、すっかり冷房の音だけになっていたのだった。
湿気が多いと時間が過ぎるのも遅くなるのだろうか、と思うほど今日は午前中の授業が長く感じた。やっと四時間目だ。
体育とか、だいぶ時間たっただろと思って時計を見てみれば、ものの五分しか過ぎていなかった。
幸いなのは、体育以外、移動教室がないことだろうか。
頭がぼーっとしてるときに移動教室とかあると、絶対忘れ物するんだよな。資料集とか、公式集とか。公式集なんて薄っぺらい上に小さいから、教科書の隙間に挟まってしょっちゅう見失う。
ああ、そういや今日、弁当持って来てねえから、学食行かないと。
学食は人の出入りが激しいからなあ。涼しいということはないんだろうなあ。
「……まさかここで目にするとは」
人が多くなる前に、と急いで学食に向かう。その学食の入り口に、見慣れない張り紙がされていたので見てみれば、今朝テレビで見た文字がそのままあった。
「冷やし中華始めました」
とうとう学食でも始めたのか、冷やし中華。
夏季限定か……これは頼むほかないだろう。
「大盛りにできるのか」
なんでも、大盛りにしたら煮卵がサービスされるらしい。普通盛で別に煮卵を頼んでもいいが、今日は腹減ってるし、大盛りにしよう。
「はーい、冷やし中華の大盛りね」
「ありがとうございます」
おお、これは目に鮮やかだ。
黄色い中華麺は涼し気な皿に盛られ、きらきらしている。錦糸卵にプチトマト、キュウリもハムも細切りにしてある。きくらげやもやしものっているではないか。そして真ん中に鎮座する煮卵。卵と卵が被っているが、これもまたよしである。
「いただきます」
爽やかな香りのするタレはポン酢に一工夫加えたものらしい。
しっかり絡めて、まずは一口。ああ、なるほど、ごま油か。酸味のあるたれに香ばしい香りが花開く。冷やし中華らしい味わいだ。
キュウリの青さともやしのみずみずしさ、そこにもちもちとした中華麺。もやしもナムルのようになっているみたいでおいしい。キュウリのシンプルな味もいい感じだ。
ハムの塩気もちょうどいい。唯一の肉っ気、これぐらいが程よいのである。
プチトマトは酸味が強めかと思いきや、思いのほか甘い。凝縮されたような味わいで、口の中が様変わりする。
錦糸卵もたれを吸ってジューシーだ。ほのかな甘みがほっとする。
そんで煮卵。しっかり黄身まで火が通っている、かための茹で具合だ。プリプリとした白身は、甘い醤油味が染みている。モチモチとしたような独特な食感の黄身には、たれをしっかりつけて食うのもうまい。
全部の具材を合わせて食べれば、香りもうま味も口の中にジュワッと広がる。
ん? なんか爽やかな感じがした。何だろう。あ、紅しょうがもあったんだ。これはいい。いろいろな味が合わさって濃いなと少し思ったところに、紅しょうがが来ればきりっと爽やかになる。
この夏は、何度冷やし中華を食べるだろう。
氷が入った麦茶を飲み干す。本格的な夏は、すぐそこまで来ている。
「ごちそうさまでした」
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