一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百四十一話 麻婆豆腐

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「うわ、めっちゃ砂」

 廊下を掃除していた宮野が心底嫌そうな声を上げる。

 避難訓練の後は大体そうだよなあ。それとか、体育祭練習の後とか。なんか教室とかが全体的に埃っぽい。

「ちゃんと洗っていただきたいのだが」

「洗う場所限られてるし、面倒で洗わないやついるもんな」

「それと、中途半端に洗って、そのまま歩いて濡れた砂が落ちて、それが乾燥したとか」

「そうそう」

 教室の窓枠に寄りかかり、廊下をのぞき込む。うん、なんか白い。

 宮野は盛大にため息をつくと、集めた砂をちりとりに集めようとした。その時、換気のために開けられていた窓から風が吹き込み砂を散らし、雑談をしながら駆け抜けて行った二人組の風圧によって、集める前よりもさらに広範囲に砂が広がった。

 しばらくの沈黙の後、宮野は「ああーもう!」と座り込んでしまった。

「せっかく集めたのに。やり直しとか萎える」

「あはは、ドンマイ」

 しばらくうつむいていた宮野だったが、やれやれというように立ち上がると、再びちまちまと集め始めた。

 廊下掃除の人員は二人だけ。しかも今もう一人はごみ捨てに行っている。

 一方教室掃除はといえば、人数多すぎて飽和状態だ。確か事務室と校長室の掃除がないんだったかな。だからそこの掃除当番のやつらが教室にいるんだ。

「手伝うか?」

 そう聞けば宮野は「頼める?」と実に情けない声で言ったものだ。

「何すればいい」

「ほうきもう一本持ってきて、掃くの手伝って……」

「分かった」

 砂とは案外集めにくいもので、少々強く掃かなければいけない。それに、ほうきにまとわりつくので、きれいになったと思っても、ほうきから砂が落ちてきて堂々巡りなのだ。

 見ればよそのクラスも苦戦しているらしい。

「ちょっとずつ集めて捨てて、ってした方がよさそうだ」

 と、宮野はちりとりに砂を収めてごみ箱に捨てた。

「面倒だけど、また散らかされるよりはいい」

「それはそうだ」

 何とか片付くめどが立ったところで、宮野は安堵の息をついた。

「時間内に終わらなかったらさあ、結構先生たちうるさいでしょ? 何ならやり直しとかさせられるし」

 そういやうちの学年の先生の中に、やたらと掃除に命かけてる先生がいるんだよなあ。

「あー、あの先生だろ。ほら」

「そうそう。名前は出てこないけど、あの」

「廊下の番人」

 それはその先生の通称で、毎年、廊下掃除の監視役をしているからとか、通りがかりに過剰なほど注意していくからとか、いろいろないわれがある。

「はもったなあ」

 そう言えば宮野も楽しげに笑った。



 掃除が終われば後は帰るだけだ。なんとか時間内に終え、番人のチェックもつつがなく突破し、帰りのホームルームである。

「来週からはテスト期間だからな。テスト範囲もそろそろ出るし、予習復習はしっかりするように」

 テスト範囲って、どうしてテスト一週間前にしか出ないんだろう。もうちょっと早めに出してくれれば対処のしようがあるのになあ、と思わなくもない。特に期末とか、範囲広いし。

 まあ、期末テストはこの際どうだっていい。問題は……

「それと、体育祭の練習も始まるから、その辺も頭に置いておくように」

 きたよ体育祭。あー、やりたくねえー。

 まかり間違っても何かしらの役にはなりたくない。あ、でもちょっとさぼれそうなやつがあるならいいなあ。体育祭の熱気自体はまあ、強要さえされなければ眺めている分には嫌いじゃないし。

 合法的にさぼれる係があるんなら、やってみたいものだな。

「以上。他に連絡事項のあるやつはいるか?」

 地味に日が照る中、一時間ほど防災教室を受けた後、そこそこの休み時間を経て、古文、数学、極めつけに体育の授業を受けたのだ。教室中がだるい空気に満ちている。たとえ連絡事項があったとしても、明日の朝でいいだろうという雰囲気である。

「ないな? それじゃ、解散」

 先生が言い終わるや否や、誰からともなく立ち上がり、部活に向かうやつら以外は荷物を持ってそそくさと帰っていく。

 ま、俺もそのうちの一人なんだけどな。



 疲れはしたが、飯はしっかり食いたいものである。

 というわけで今日は麻婆豆腐を作る。しかもレトルトじゃなくて、自分で調味料調合して作るやつだ。コチュジャンとか豆板醬とかはある。母さんが色んな調味料を集めるのが好きで、色々揃ってんだ。たまにゲテモノ買ってくるけど。

 こないだ味噌で代用して作って、麻婆豆腐? って感じになったからな……リベンジしたかったんだ。

 まずは、油をひいたフライパンで豚肉をにんにく、しょうが、ネギと一緒に炒めていく。豆板醤も加えて……って、どんぐらい入れりゃいいんだ。うーん、よく分からないから、調べたレシピの分量より少し少なめに。

 炒めたら、酒、コチュジャン、醤油、鶏がらスープの素、砂糖、水を入れてひと煮立ち。砂糖も気持ち少なめにしておこう。

 そんで、賽の目切りした豆腐を入れて、ぐつぐつ煮る。とろみは水溶き片栗粉でつける。

 匂いはいい感じだが、果たして味はどうだろう。仕上げにねぎを散らしごま油を垂らしたら、完成だ。

「いただきます」

 熱々なので、気を付けないと。

 ん、意外と辛くない? いや、あとから来るな、この辛さは。でも嫌な辛さじゃない。なんだか爽やかというか、しつこくないのだ。油っぽくもないし、濃くやうま味もしっかりあっておいしい。キレがいい、という表現が合うかもしれない。

 豆腐にもしっかり味が染みている。淡白な豆腐のうま味はそのままに、中華の調味料の辛さとコクが染み染みだ。

 豚肉のうま味もしっかり効いてる。濃い味付けに負けない肉の食感と味、脂身の甘味。

 これをご飯にかけて食べる贅沢よ。味噌で代用したのもうまかったけど、麻婆豆腐っつったらこの辛さだよな。うん、やっぱコチュジャンとか豆板醤って大事だ。

 ネギのさわやかさもおいしさに一役買っている。ごま油の香りもいい。

 しっかり辛く、うま味もあるのに、脂っこくなくてもったりしない。手作り麻婆豆腐、いいなあ。

 また作ろう。

 大成功だ。



「ごちそうさまでした」
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