一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

番外編 百瀬優太のつまみ食い②

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 両親もきょうだいも出払った休日、家にいるのは自分だけ。
 台所に差し込む朝陽は眩しく、薄く開けた窓からは静かに風がそよいでいる。天気もいいし、家の周りは静かだ。
 こんな日は気分がいい。そうだ、お菓子作ろう。
 最近作れてなかったからなあ。何にしよう。ケーキか、パイか、マカロンか……うーん、どうしよっかなあ。
「あ、そうだ」
 クッキーにしよう。それもただのクッキーじゃない。アイシングクッキー。これなら、差し入れにもできる。
 貴志たち、今度の文化祭で着ぐるみ着るって言ってたもんなあ。
 頑張ってるみたいだから、何か持って行ってあげようではないか。
「俺、優しくね?」
 あいつらの似顔絵でも作っちゃおうか。といってもデフォルメだけど。それとあとは……動物! 着ぐるみモチーフの作ってみよう。
 クッキー生地はプレーンで、型抜きして、焼く。
 アイシングの材料は百均で買ってきている。最近は種類も豊富ですごいんだよなあ。型もいっぱいあるからカップケーキとかも作るのが楽しい。
「何着るんだっけ、あいつら」
 型がたくさん入ったケースを見ながら考える。
 貴志はネコだって言ってた。三毛猫。井上はウサギで、一条はクマ。よし、全部型あるな。あ、そういや漆原先生はパンダだったっけ。うーん、クマの型を応用して作ってみようか。
 生地を広げ、型抜きして、クッキングシートを引いた鉄板に並べていく。型を抜く場所がなくなったらもう一度こねて、平たくして……はあ、この時間、楽しいなあ。あ、オーブン予熱しとかないと。
 よし、こんなもんかな。二回焼けば十分だろう。
 アイシングはクッキーが冷めなきゃできないので、焼き終わった後はしばらく暇だ。
 器具の片づけをして、あとはデコレーションだけの状態にしておく。としても十分時間が余っている。
「ふー……」
 鉛筆とスケッチブックを持ってソファに座る。さて、どんな顔にしようかな。
 貴志は怖そうに見えて実は穏やかな目をしているんだ。たぶん、あの印象は長めの髪から来るものだろう。一度風紀検査で引っかかって短く切ったときは、クラスが色めき立っていたのを覚えている。眼鏡をかけてるときも、なかなかだったなあ。
 井上は全体的に色素が薄い気がするなあ。ふわふわの髪は光にあたると結構茶色いし、瞳もカラメルっぽいし、肌も白い。顔小さいよなあ、あいつ。女子受けしそうな見た目、というか、実際受けてるんだけど。
 一条は全体的にパキッとしている印象だ。井上とは正反対ともいえる。だからバランスがいいのかな。黒髪で、目は切れ長。ぱっと見は愛想がないようだけど、笑うとそれなり。一部の女子たちには人気みたいだ。
 どいつもこいつも無自覚みたいだけど。好意とか嫌悪って、分かりやすい感情じゃないかなあ。
 漆原先生はあまり話したことない。どんな人だったっけ。まあ、パンダだけでいいか。
「そろそろいいかなあ」
 さて、クッキーが冷めたらアイシングの準備をする。粉状になっているので、それに水を数滴たらして混ぜるのだ。縁取り用とべた塗り用、二つのかたさを用意する。絞り袋は付属しているものを使おう。
 アイシングはたくさん練習した。思い通りにかけなくてイライラすることもあったけど、今は何とか描きたいものは描けるようになった。複雑なのとか芸術性重視のものはまだ無理だけど。
 飴細工もしてみたいんだよな。複雑じゃなくてもいい。クッキーで枠を作って飴を流し込んで、窓を作ってみたい。それでお菓子の家を作ったら楽しいだろうなあ。
 中に砂糖菓子とかを閉じ込めるのもいいなあ。
「お、いい感じじゃない?」
 似顔絵、案外うまくできたみたいだ。
 ふふ、なんかかわいい。よっしゃ、この調子で動物も作るぞー。

 翌日、屋上で四人集まった中心にあるのは、箱詰めのクッキーだ。
「いやあ、つい、調子が出ちゃって」
 あの後、結局全部のクッキーにデコレーションしちゃったんだよなあ。何なら三毛猫なんてみんな柄が違う。
「あ、これ皆の顔ね」
 それぞれにラッピングしたのを渡せば、井上がまず「おおー!」と反応した。
「すげー、なんか、俺って分かるわ! ありがとなー」
 一条も興味深そうにまじまじと眺めている。
「アイシングって、使いこなせばこんななるんだな」
「使いこなすって……そこまですごくないよ~」
 貴志は「自分で自分の顔を食べるのか」とつぶやいている。
 三人とも律儀にお礼を言ってくれた。
「へへ、味はそれなりだと思うからさ。食べてみてよ」
「おう、それじゃ……」
「いただきます」
 俺も一つ食べよう。
 アイシングクッキーは砂糖のジャリッとした感じがいいんだよな。クッキー生地のバター風味の甘さと、砂糖の純粋な甘みがなんともいえない組み合わせなんだ。
「相変わらずうまいなあ」
 一条はクマのクッキーを食べながら言った。
「そう? ありがとー」
「なんかキャラメルの風味する」
「ああ、それね、アイシングについてるフレーバー。よく分かったね」
 色ごとにほんのり風味がついているのだが、よく味わおうとしないと分からないぐらいほのかなものだ。
 それに気づくとは。さすが一条。
 一条は頬を緩めると「うまいな」ともう一度こぼすように呟いた。
「なー、あとで漆原先生んとこ行こうぜ」
 そう提案するのは井上だ。パンダのクッキーを手に取り、笑う。
「これ、先生だろ?」
「正解」
「先生なら喜んで食うだろうな」
 貴志がそう言うと、一条も頷いた。
「お返し、期待していいと思うぞ」
「まじ? ラッキー」
 自分のために作るお菓子もうまいけど、誰かのために作るのも、悪くないかもな。

「ごちそうさまでした」
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