一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百三十六話 調理実習

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 家庭科室で紺のエプロンと三角巾を身にまとって調理器具を洗っている。

 今年はだいぶ去年と変わったみたいで、二年生でも家庭科があるらしい。ただ、一年生の頃とは違って頻度は少なく、隔週で授業が行われる。

 で、今日は調理実習だと。ちょっと楽しみだ。

「春都のお手並み拝見だな!」

 そう笑って言うのは勇樹だ。

 班分けは自分たちで組んでいいとのことで、どうしようかと思っていたのだが、勇樹や宮野に誘われ、三人で組むことにした。

「で、今日は何作るんだっけ?」

 シンプルな水色のエプロンと三角巾は、姉のおさがりらしい。勇樹はごそごそとプリントを探す。

「僕、家庭科室の棚の匂い、苦手なんだよなあ……」

 乗り気ではないらしい宮野は黒一色のエプロンで、三角巾は青のペイズリー柄だ。ん、待てよ、そのエプロン。

「アニメコラボのじゃね?」

「分かる人にはわかる、コラボ商品」

 宮野は少しどや顔をして頷いた。

「これでテンション上げてく」

「うん、そういうのは大事だな」

「食材貰いに行ってくるね~」

 楽し気な足取りで勇樹は先生のもとに食材を取りに向かった。

 しかし、二年生になって調理実習をするとはなあ。去年よりはまともに作れるようになっているだろうか。

「親子丼とみそ汁なあ」

 ほい、と勇樹が材料を調理台に置く。

 鶏肉はすでに細切れのやつが用意されている。みそ汁の具はわかめと豆腐。まあ、何とかなりそうだな。調理器具もコンロもいつも使ってるやつじゃないから、その辺だけは気を付けないとな。

「お前ら、料理の経験は?」

 聞けば二人とも首を横に振る。うん、なんとなく予想通りだ。いつもは全部一人でやってるから役割分担が難しい。

「なんなら一条だけで作ってくれてもいいんだけど」

 宮野は半分本気、というような口調で言う。

「うまい飯にありつけそう」

「そう、それな!」

「そういうわけにもいかんだろう」

 みそ汁は作ったことあるらしいので、そっちを任せよう。

「ねー春都。豆腐って、どうやって切る?」

「うん、まずはその勇ましい包丁の持ち方をやめようか」

 包丁の持ち手を握りしめる勇樹をなだめながら考える。掌の上にのせて……と言いたいところだが、慣れていないとたぶん悲惨なことになるよなあ。

「まな板の上で、賽の目切りに」

「賽の目……細かい四角? 縦から切る? 横?」

「細切れにはするなよ。横から切った方がやりやすい」

「なあ、味噌ってもう入れていいのか」

 コンロの方を見れば、なみなみと水を張った鍋をコンロにかけ、味噌を手にする宮野の姿があった。

「まず出汁。出汁をとってくれ」

「え、これだけで作れねーの? みそ汁って」

「うん。そうだな」

 みそ汁は作ったことあるんじゃなかったのか? まあ、小学校の頃に一度だけと入っていたが……ううむ、やはり、慣れてないとそうなるんだろうなあ。

 何とか二人の質問に答えながら、親子丼の準備を進めていく。

 玉ねぎは薄切り。鶏の量は少ないが、玉ねぎだけは妙に多いな。切るのも一苦労だ。

「手際いいなあ」

 と、勇樹がまじまじと手元を見つめてくる。みそ汁は何とかうまいこといきそうだ。

 鶏と玉ねぎを一人分ずつに分け、卵は各々で混ぜる。場所が限られているから一人ずつ作らなければいけないらしい。

「一条って、片手で卵割れるん?」

「まあ、うん」

「すげーね」

 高確率で殻が入るけどな。

 まずは手本を見せろ、と二人に言われ、最初に作ることになった。

 鍋ではなく、丼物の上を作るときに使うあの道具、親子鍋というらしいが、それを使う。初めてだなあ。ちょっとワクワクだ。あ、どんぶりにご飯よそっとかないと。

 味付けは、醤油、みりん、砂糖、出汁。ちょっとうちのとは違うんだなあ。温めたところに鶏と玉ねぎを入れ、火が通ったら、溶いておいた卵を回し入れる。いい感じに火が通ったら、ご飯に盛り付けて……

「よし、完成……」

「おおー」

 なんだ、周りに人がいっぱいだ。いつの間に。

「一条って料理出来たんだなー」

「すごーい」

 ああ、やめてくれ、そういうのは。なんかちょっと、居心地悪い。

 ただ俺は、作り慣れてるってだけなんだから。



 さて、片付けは食ってから、ということでさっそく実食である。

「いただきます」

 うちで作る親子丼とは香りが違う。

 味もちょい甘め、というか濃いな。いかにも調理実習で作りました、って感じの味だ。うん、うまい。とろりとした卵の口当たりに、シャキシャキ食感の残った玉ねぎ、少し柔らかいご飯。

 なるほど、分量通り作るとこうなるのか。これはこれでうまいな。家ではやんないだろうけど。

 みそ汁の出汁はかつお節。うま味がよく効いている。豆腐は少々小さめだが……味が染みてうまい。わかめはつるつるだな。出汁はうちと同じだが、味噌が違うだけでこうも味わいが変わるものなのだなあ。

「どうよ? みそ汁、うまい?」

 勇樹が聞いてきて、その隣で宮野もそわそわしている。

「うん、うまい」

「そっかあ、よかったあ」

「ねえ、僕の親子丼、すっごいそぼろなんだけど。一条みたいなの作りたかった」

「あ、それは俺も思った」

 いや、俺のもだいぶしっかり火が通ってるし、ふわふわではあるが、そんなお手本のような親子丼ではないのだが。

 まあ、味はうまいことできたな。

 しかし、こういう食べ慣れた料理のよその味を食べると、うちの味が恋しくなってくるよなあ。



「ごちそうさまでした」

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