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日常
第三百三十話 釜めし
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「あー、もう文化祭終わったんだなあ」
咲良がしみじみとつぶやき、キャスター付きの椅子に座ってぼんやりと天井を見上げる。
校内はすっかりいつも通りの風景に戻り、図書館の片隅には返却を待つ着ぐるみが入った箱と、しわしわにしぼんでしまった風船やしまう場所に困っているらしい飾りが詰め込まれた衣装ケースがあった。
「なーんか、今回のは楽しかったからか、虚無感がすごいわあ」
「引きずり過ぎじゃないか。もう月曜だぞ」
「いや、引きずるって」
確かに当日は少々さみしい気分がしたけど、正直、寿司食ってきれいさっぱりなくなってしまったんだよなあ。
結局何皿食べたんだっけ。じいちゃんとばあちゃんがちょっと驚いてたんだよな。
「春都、なんかいいことあった?」
「何でだ」
「いや、なんかニマニマしてるし」
いかん。顔に出ていたか。
咲良はカウンターに頬杖をつくと、にやっと笑って言った。
「楽しんでたもんな。誰よりもノリノリだった」
「うん、まあ」
否定はできない。
「写真、できてるぞ」
詰所から出てきた漆原先生の手には、コルク色の封筒が握られていた。
「お、まじすか!」
「あの、最後に撮ったやつですね」
「それと、君たちが校内を回っているところを記録したやつだな」
え、いつの間に撮られていたんだ。
どうやら写真部の仕業らしい。気づかなかった。
「おおー、結構いい感じに写ってんね」
着ぐるみだし、自分自身の姿が写っているわけではないが、なんかうれしいな。しかし、ずいぶん圧迫感のある光景だ。こんな図体のでかい動物どもが廊下を練り歩いてたとは。子どもによっちゃ泣くぞ、これ。
「朝比奈、尻尾引っ張られてる」
「長いから引っ張りたくなるんじゃね? あ、これこれ。春都がめっちゃノリノリで子どもの相手してんじゃん」
「あー、そん時な。風船の強奪に遭いそうになった時だろ」
どうにかして子どもの意識を風船から逸らそうと必死だったんだよな。喋れない分、動きに出るんだ。
「先生、だいぶスタイリッシュなパンダっすね」
「だろう」
顔は見えないが、決め顔してるって感じがする。
「えー、これ、またやりたいっすね」
「いいな。今度はまた違った着ぐるみを着たいものだ」
「風船は控えめにしてもらいましょう」
詰所の、物置状態になっている机の上には、いまだ使いきれていない風船の束が、山のように積まれていたのだった。
今日は一日、雨が降っていた。昼間は結構激しく降ってたからどうなることかと思ったが、帰りは小降りだったのでよかった。
いやあ、でも、文化祭も楽しかったが、その後の寿司はものすごく楽しかった。ああいう学校行事の後にどっか飯食いに行くって、なんか好きだ。どこかで何かを買って、家で食うってのもいい。とにかく、作ったり片づけたりする手間が減るのがいいのだ。
「ただいまー」
「わうっ」
「おかえりなさい」
「あれ、ばあちゃん」
家に帰って出迎えてくれたのはうめずとばあちゃんだった。
「今日も来てたの」
「そう。お土産届けに来たの」
お土産? いったい何だろう。
「ただいま」
「春都。おかえり」
居間には父さんと母さん、そしてじいちゃんもいた。何だ何だ、今日も勢ぞろいじゃないか。そしてテーブルの上の、この、背の高い袋は何だ。
ばあちゃんはテーブルに近づきながら言った。
「今日は一日雨だったじゃない? だからね、じいちゃんと街の方に行ってきたのよ。ね?」
「ああ。食べたいものがあったからな」
「食べたいもの?」
「これよ、これ」
背の高い袋からばあちゃんが取り出したのは、小さいながらも立派な釜だった。釜……釜? もしかして。
「釜めし?」
「そう。お持ち帰りでね、使い捨ての入れ物もあったんだけど、せっかくだから」
この店、そういえば知ってる。
釜めしの老舗で、名前がなんていうか、ハイカラなんだよな。
「晩ご飯に食べましょう」
「うん、ありがとう」
いつもは麦茶だが、今日の晩飯に添えるのは温かい緑茶である。
「いただきます」
五目にそぼろ、鶏。ちょっとずつみんなで分けて食べる。
「春都。えび食べていいぞ」
「いいの? ありがとう」
五目釜めしのえびをじいちゃんがよそってくれた。
いろいろな具材のうま味を吸った米がうまい。しいたけの味わい、鶏の風味、さやいんげんの青さ、そしてえびからにじみ出る海の香り。やわらかくふわふわとした食感のえびは甘く、醤油の味が染みている。
そぼろは鶏と卵だ。黄色と茶色のコントラストがきれいである。真ん中に添えられたグリンピースがいいバランスだ。これは甘みが強いなあ。鶏は甘辛く炊かれていて、卵はふわふわだ。一緒にすくって食べるのは難しいが……うん、やっぱりこれは一緒に食べるのが一番うまい。
「鶏、五つあるから、春都が二つ食べて」
おや、そんなにいい思いをしていいのだろうか。
鶏はほろほろと甘く、皮目がジューシーだ。しみじみとしたうま味がご飯にも移って、なんともうまい。鼻に抜ける香りが上品だ。
温かい緑茶が合うことよ。
これ、釜はどうしようかな。
自分で釜めし炊いてみるとか? 炊けるのか? ああ、炊き込みご飯をこれによそってもよさそうだ。
それにしても、短い間にこんな楽しい思いが何度もできるとは。
ついてるな、俺。
「ごちそうさまでした」
咲良がしみじみとつぶやき、キャスター付きの椅子に座ってぼんやりと天井を見上げる。
校内はすっかりいつも通りの風景に戻り、図書館の片隅には返却を待つ着ぐるみが入った箱と、しわしわにしぼんでしまった風船やしまう場所に困っているらしい飾りが詰め込まれた衣装ケースがあった。
「なーんか、今回のは楽しかったからか、虚無感がすごいわあ」
「引きずり過ぎじゃないか。もう月曜だぞ」
「いや、引きずるって」
確かに当日は少々さみしい気分がしたけど、正直、寿司食ってきれいさっぱりなくなってしまったんだよなあ。
結局何皿食べたんだっけ。じいちゃんとばあちゃんがちょっと驚いてたんだよな。
「春都、なんかいいことあった?」
「何でだ」
「いや、なんかニマニマしてるし」
いかん。顔に出ていたか。
咲良はカウンターに頬杖をつくと、にやっと笑って言った。
「楽しんでたもんな。誰よりもノリノリだった」
「うん、まあ」
否定はできない。
「写真、できてるぞ」
詰所から出てきた漆原先生の手には、コルク色の封筒が握られていた。
「お、まじすか!」
「あの、最後に撮ったやつですね」
「それと、君たちが校内を回っているところを記録したやつだな」
え、いつの間に撮られていたんだ。
どうやら写真部の仕業らしい。気づかなかった。
「おおー、結構いい感じに写ってんね」
着ぐるみだし、自分自身の姿が写っているわけではないが、なんかうれしいな。しかし、ずいぶん圧迫感のある光景だ。こんな図体のでかい動物どもが廊下を練り歩いてたとは。子どもによっちゃ泣くぞ、これ。
「朝比奈、尻尾引っ張られてる」
「長いから引っ張りたくなるんじゃね? あ、これこれ。春都がめっちゃノリノリで子どもの相手してんじゃん」
「あー、そん時な。風船の強奪に遭いそうになった時だろ」
どうにかして子どもの意識を風船から逸らそうと必死だったんだよな。喋れない分、動きに出るんだ。
「先生、だいぶスタイリッシュなパンダっすね」
「だろう」
顔は見えないが、決め顔してるって感じがする。
「えー、これ、またやりたいっすね」
「いいな。今度はまた違った着ぐるみを着たいものだ」
「風船は控えめにしてもらいましょう」
詰所の、物置状態になっている机の上には、いまだ使いきれていない風船の束が、山のように積まれていたのだった。
今日は一日、雨が降っていた。昼間は結構激しく降ってたからどうなることかと思ったが、帰りは小降りだったのでよかった。
いやあ、でも、文化祭も楽しかったが、その後の寿司はものすごく楽しかった。ああいう学校行事の後にどっか飯食いに行くって、なんか好きだ。どこかで何かを買って、家で食うってのもいい。とにかく、作ったり片づけたりする手間が減るのがいいのだ。
「ただいまー」
「わうっ」
「おかえりなさい」
「あれ、ばあちゃん」
家に帰って出迎えてくれたのはうめずとばあちゃんだった。
「今日も来てたの」
「そう。お土産届けに来たの」
お土産? いったい何だろう。
「ただいま」
「春都。おかえり」
居間には父さんと母さん、そしてじいちゃんもいた。何だ何だ、今日も勢ぞろいじゃないか。そしてテーブルの上の、この、背の高い袋は何だ。
ばあちゃんはテーブルに近づきながら言った。
「今日は一日雨だったじゃない? だからね、じいちゃんと街の方に行ってきたのよ。ね?」
「ああ。食べたいものがあったからな」
「食べたいもの?」
「これよ、これ」
背の高い袋からばあちゃんが取り出したのは、小さいながらも立派な釜だった。釜……釜? もしかして。
「釜めし?」
「そう。お持ち帰りでね、使い捨ての入れ物もあったんだけど、せっかくだから」
この店、そういえば知ってる。
釜めしの老舗で、名前がなんていうか、ハイカラなんだよな。
「晩ご飯に食べましょう」
「うん、ありがとう」
いつもは麦茶だが、今日の晩飯に添えるのは温かい緑茶である。
「いただきます」
五目にそぼろ、鶏。ちょっとずつみんなで分けて食べる。
「春都。えび食べていいぞ」
「いいの? ありがとう」
五目釜めしのえびをじいちゃんがよそってくれた。
いろいろな具材のうま味を吸った米がうまい。しいたけの味わい、鶏の風味、さやいんげんの青さ、そしてえびからにじみ出る海の香り。やわらかくふわふわとした食感のえびは甘く、醤油の味が染みている。
そぼろは鶏と卵だ。黄色と茶色のコントラストがきれいである。真ん中に添えられたグリンピースがいいバランスだ。これは甘みが強いなあ。鶏は甘辛く炊かれていて、卵はふわふわだ。一緒にすくって食べるのは難しいが……うん、やっぱりこれは一緒に食べるのが一番うまい。
「鶏、五つあるから、春都が二つ食べて」
おや、そんなにいい思いをしていいのだろうか。
鶏はほろほろと甘く、皮目がジューシーだ。しみじみとしたうま味がご飯にも移って、なんともうまい。鼻に抜ける香りが上品だ。
温かい緑茶が合うことよ。
これ、釜はどうしようかな。
自分で釜めし炊いてみるとか? 炊けるのか? ああ、炊き込みご飯をこれによそってもよさそうだ。
それにしても、短い間にこんな楽しい思いが何度もできるとは。
ついてるな、俺。
「ごちそうさまでした」
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