340 / 854
日常
第三百二十七話 煮込みハンバーグ
しおりを挟む
体育館の準備はたいそう面倒くさい。シートを引いて、椅子並べて、それで……なんだっけ。
「こんなに人数がいるもんかね」
ところどころに人だまりができている体育館を隅の方で眺める。率先して椅子を並べているのは運動部ばかりで俺が出る幕はない。まあ、運動部の中でも嫌々やってるやついるけど……例えば、宮野みたいに。
「暇そうだなー、春都」
「咲良」
「体育館の準備に、こんだけの人が必要なのかな~」
そう言って咲良は隣に来て壁にもたれかかった。空気の入れ替えのために薄くあいた扉からは、生ぬるい風が吹き込んでくる。扉はすっかり錆びついてこれ以上開かないらしい。これだけ開けるにも、ひどく軋んだ。
「図書館行きて~」
咲良の言葉に、なにげなく「あー、いいなあ」と同意する。
ここにいても何もすることはないのだから、図書館で黙々と風船を作っていたい。文化部は部活ごとに集まって準備をしているのだから、委員会だって集まっていいじゃないか。
「そういや、準備の手が足りんって、漆原先生嘆いてたぞ」
「そうか」
「行こうぜ」
「言うと思った」
しかし本当に行ってもいいものだろうか。あとでこっぴどく怒られやしないか。
「一応担任に言っときゃいいだろ」
「それで許してもらえるか?」
「漆原先生に頼まれてたって言やいいさ」
なるほど、その手があったか。
こいつ、こういう時はよく頭が回るんだなあ。
「で、抜け出してきたのか」
図書館で一人飾りつけをしていた先生は、黄色い星型の風船を手に、俺たちを見て笑った。
「やるなあ、君たち」
「そういうわけなんで、うまいこと話、合わせてくれるとありがたいっす」
「分かったよ。そういうのは任せておけ」
漆原先生は頼もしく笑って言うと、さっそく仕事を回してきた。
飾りつけは先生一人でできるようだが、風船を膨らませなければいけないらしい。
「そんなにいります?」
聞けば先生は渋い顔をして答えた。
「校内の飾り付け用に膨らませろとのお達しだ」
「えー、そういうの生徒会がすりゃいいじゃないっすか」
まあそのおかげで図書館に来られたからいいけど、と咲良はぼそりと付け加える。
「お、黒い風船。見てー、春都。黒い星!」
「おお、珍しいな」
「闇落ちした星」
「文化祭に似つかわしくない言葉だ」
空気を入れる音、風船が膨らむ音、先生が飾りつけをする音、それらの音だけが響き、時折、咲良と先生の会話が聞こえ、俺にもたまに声がかかる。
そうそう、こういう空間で作業がしたかった。
「あ、そういや、風船ってどうやって配るんです?」
作業が一段落したところで先生に聞く。先生も同じ机に着き、風船を膨らませていた。
「この間の買い出しで、大きめのかごを買っただろう? あれに入れて配る」
「そのためのかごでしたか」
「ちびっことか結構来るし、喜びそうっすね」
ヘリウムガスとかを入れたら浮かぶんだろうけど、これはこれでいいものだ。跳ねさせるのが楽しい。風船は、手に当たると特徴的な音を立てて、ゆったりと跳ね上がりゆらゆらと落ちてくる。
ボールみたいに当たると痛い、ということもないので運動音痴にはうれしい。
ふと思いついて、咲良の方を見る。咲良も膨らませた風船を弾ませて遊んでいた。その風船に狙いを定めて、それっ。
「あっ」
「あう」
風船じゃなくて咲良の頭に直撃した。大した衝撃はないが、咲良は驚いたようにこちらに視線を向けた。
「何で急に攻撃してきた?」
「いや、当てるつもりはなかった」
「おもっくそ当たってるんですけど?」
「風船に当てるつもりだった」
そう言うと、咲良もこちらに向かって風船を放り投げてきた。スピードも緩いのでつかみやすそうだが、軌道が読みづらいので結構つかむのに苦戦する。地味に焦るな。
「なんか、微妙な恐怖が迫ってくるな」
「分かる~。風船ってなんか怖いよね」
「破裂もするしなあ」
と、先生も言う。見ればパンパンに空気を入れている最中ではないか。
「どこまでいけるかと思ってな」
「やめてください」
二人そろって言えば、先生は笑って、風船を少し縮ませたのだった。
今日の晩飯は……ご飯にかかった茶色い……デミグラスソース? でも、ハヤシライスではないなあ。
「ハンバーグ?」
「そう。手作りよ」
どうやら煮込みハンバーグをカレーみたいに、ご飯と一緒によそっているらしい。いいな、うまそうだ。
「いただきます」
メインのハンバーグにスプーンを入れてみる。
「うっわ、柔い」
「本当だ。とろとろしてるね」
父さんも驚いたように言うと、母さんは、ふふ、と笑った。
「でしょう? ご飯と合わせるとおいしいかなーと思って」
なるほど、これならなじみやすそうだ。
しかし一口目はソースたっぷりにハンバーグだけで。コクのあるソースにほろほろ、とろりと崩れるハンバーグ、広がる肉のうま味、玉ねぎの甘味。食感もよく、口当たりは最高だ。ソースもいい感じのとろみである。
それでは、ご飯を一緒に。
うんうん、これはいい。ハヤシライスとはまた違った味わいだ。デミグラスソースの濃いうま味に肉の味わいが合わさって、たまらなくうまい。
「文化祭の準備頑張ってるんでしょ?」
母さんがハンバーグをほぐしながら言う。
「しっかり食べて、元気でいないとね」
そう言って笑い、父さんも隣で頷いている。
なるほど。これなら頑張れそうだ。ありがたいなあ。
「ごちそうさまでした」
「こんなに人数がいるもんかね」
ところどころに人だまりができている体育館を隅の方で眺める。率先して椅子を並べているのは運動部ばかりで俺が出る幕はない。まあ、運動部の中でも嫌々やってるやついるけど……例えば、宮野みたいに。
「暇そうだなー、春都」
「咲良」
「体育館の準備に、こんだけの人が必要なのかな~」
そう言って咲良は隣に来て壁にもたれかかった。空気の入れ替えのために薄くあいた扉からは、生ぬるい風が吹き込んでくる。扉はすっかり錆びついてこれ以上開かないらしい。これだけ開けるにも、ひどく軋んだ。
「図書館行きて~」
咲良の言葉に、なにげなく「あー、いいなあ」と同意する。
ここにいても何もすることはないのだから、図書館で黙々と風船を作っていたい。文化部は部活ごとに集まって準備をしているのだから、委員会だって集まっていいじゃないか。
「そういや、準備の手が足りんって、漆原先生嘆いてたぞ」
「そうか」
「行こうぜ」
「言うと思った」
しかし本当に行ってもいいものだろうか。あとでこっぴどく怒られやしないか。
「一応担任に言っときゃいいだろ」
「それで許してもらえるか?」
「漆原先生に頼まれてたって言やいいさ」
なるほど、その手があったか。
こいつ、こういう時はよく頭が回るんだなあ。
「で、抜け出してきたのか」
図書館で一人飾りつけをしていた先生は、黄色い星型の風船を手に、俺たちを見て笑った。
「やるなあ、君たち」
「そういうわけなんで、うまいこと話、合わせてくれるとありがたいっす」
「分かったよ。そういうのは任せておけ」
漆原先生は頼もしく笑って言うと、さっそく仕事を回してきた。
飾りつけは先生一人でできるようだが、風船を膨らませなければいけないらしい。
「そんなにいります?」
聞けば先生は渋い顔をして答えた。
「校内の飾り付け用に膨らませろとのお達しだ」
「えー、そういうの生徒会がすりゃいいじゃないっすか」
まあそのおかげで図書館に来られたからいいけど、と咲良はぼそりと付け加える。
「お、黒い風船。見てー、春都。黒い星!」
「おお、珍しいな」
「闇落ちした星」
「文化祭に似つかわしくない言葉だ」
空気を入れる音、風船が膨らむ音、先生が飾りつけをする音、それらの音だけが響き、時折、咲良と先生の会話が聞こえ、俺にもたまに声がかかる。
そうそう、こういう空間で作業がしたかった。
「あ、そういや、風船ってどうやって配るんです?」
作業が一段落したところで先生に聞く。先生も同じ机に着き、風船を膨らませていた。
「この間の買い出しで、大きめのかごを買っただろう? あれに入れて配る」
「そのためのかごでしたか」
「ちびっことか結構来るし、喜びそうっすね」
ヘリウムガスとかを入れたら浮かぶんだろうけど、これはこれでいいものだ。跳ねさせるのが楽しい。風船は、手に当たると特徴的な音を立てて、ゆったりと跳ね上がりゆらゆらと落ちてくる。
ボールみたいに当たると痛い、ということもないので運動音痴にはうれしい。
ふと思いついて、咲良の方を見る。咲良も膨らませた風船を弾ませて遊んでいた。その風船に狙いを定めて、それっ。
「あっ」
「あう」
風船じゃなくて咲良の頭に直撃した。大した衝撃はないが、咲良は驚いたようにこちらに視線を向けた。
「何で急に攻撃してきた?」
「いや、当てるつもりはなかった」
「おもっくそ当たってるんですけど?」
「風船に当てるつもりだった」
そう言うと、咲良もこちらに向かって風船を放り投げてきた。スピードも緩いのでつかみやすそうだが、軌道が読みづらいので結構つかむのに苦戦する。地味に焦るな。
「なんか、微妙な恐怖が迫ってくるな」
「分かる~。風船ってなんか怖いよね」
「破裂もするしなあ」
と、先生も言う。見ればパンパンに空気を入れている最中ではないか。
「どこまでいけるかと思ってな」
「やめてください」
二人そろって言えば、先生は笑って、風船を少し縮ませたのだった。
今日の晩飯は……ご飯にかかった茶色い……デミグラスソース? でも、ハヤシライスではないなあ。
「ハンバーグ?」
「そう。手作りよ」
どうやら煮込みハンバーグをカレーみたいに、ご飯と一緒によそっているらしい。いいな、うまそうだ。
「いただきます」
メインのハンバーグにスプーンを入れてみる。
「うっわ、柔い」
「本当だ。とろとろしてるね」
父さんも驚いたように言うと、母さんは、ふふ、と笑った。
「でしょう? ご飯と合わせるとおいしいかなーと思って」
なるほど、これならなじみやすそうだ。
しかし一口目はソースたっぷりにハンバーグだけで。コクのあるソースにほろほろ、とろりと崩れるハンバーグ、広がる肉のうま味、玉ねぎの甘味。食感もよく、口当たりは最高だ。ソースもいい感じのとろみである。
それでは、ご飯を一緒に。
うんうん、これはいい。ハヤシライスとはまた違った味わいだ。デミグラスソースの濃いうま味に肉の味わいが合わさって、たまらなくうまい。
「文化祭の準備頑張ってるんでしょ?」
母さんがハンバーグをほぐしながら言う。
「しっかり食べて、元気でいないとね」
そう言って笑い、父さんも隣で頷いている。
なるほど。これなら頑張れそうだ。ありがたいなあ。
「ごちそうさまでした」
23
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる