一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百二十七話 煮込みハンバーグ

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 体育館の準備はたいそう面倒くさい。シートを引いて、椅子並べて、それで……なんだっけ。

「こんなに人数がいるもんかね」

 ところどころに人だまりができている体育館を隅の方で眺める。率先して椅子を並べているのは運動部ばかりで俺が出る幕はない。まあ、運動部の中でも嫌々やってるやついるけど……例えば、宮野みたいに。

「暇そうだなー、春都」

「咲良」

「体育館の準備に、こんだけの人が必要なのかな~」

 そう言って咲良は隣に来て壁にもたれかかった。空気の入れ替えのために薄くあいた扉からは、生ぬるい風が吹き込んでくる。扉はすっかり錆びついてこれ以上開かないらしい。これだけ開けるにも、ひどく軋んだ。

「図書館行きて~」

 咲良の言葉に、なにげなく「あー、いいなあ」と同意する。

 ここにいても何もすることはないのだから、図書館で黙々と風船を作っていたい。文化部は部活ごとに集まって準備をしているのだから、委員会だって集まっていいじゃないか。

「そういや、準備の手が足りんって、漆原先生嘆いてたぞ」

「そうか」

「行こうぜ」

「言うと思った」

 しかし本当に行ってもいいものだろうか。あとでこっぴどく怒られやしないか。

「一応担任に言っときゃいいだろ」

「それで許してもらえるか?」

「漆原先生に頼まれてたって言やいいさ」

 なるほど、その手があったか。

 こいつ、こういう時はよく頭が回るんだなあ。



「で、抜け出してきたのか」

 図書館で一人飾りつけをしていた先生は、黄色い星型の風船を手に、俺たちを見て笑った。

「やるなあ、君たち」

「そういうわけなんで、うまいこと話、合わせてくれるとありがたいっす」

「分かったよ。そういうのは任せておけ」

 漆原先生は頼もしく笑って言うと、さっそく仕事を回してきた。

 飾りつけは先生一人でできるようだが、風船を膨らませなければいけないらしい。

「そんなにいります?」

 聞けば先生は渋い顔をして答えた。

「校内の飾り付け用に膨らませろとのお達しだ」

「えー、そういうの生徒会がすりゃいいじゃないっすか」

 まあそのおかげで図書館に来られたからいいけど、と咲良はぼそりと付け加える。

「お、黒い風船。見てー、春都。黒い星!」

「おお、珍しいな」

「闇落ちした星」

「文化祭に似つかわしくない言葉だ」

 空気を入れる音、風船が膨らむ音、先生が飾りつけをする音、それらの音だけが響き、時折、咲良と先生の会話が聞こえ、俺にもたまに声がかかる。

 そうそう、こういう空間で作業がしたかった。

「あ、そういや、風船ってどうやって配るんです?」

 作業が一段落したところで先生に聞く。先生も同じ机に着き、風船を膨らませていた。

「この間の買い出しで、大きめのかごを買っただろう? あれに入れて配る」

「そのためのかごでしたか」

「ちびっことか結構来るし、喜びそうっすね」

 ヘリウムガスとかを入れたら浮かぶんだろうけど、これはこれでいいものだ。跳ねさせるのが楽しい。風船は、手に当たると特徴的な音を立てて、ゆったりと跳ね上がりゆらゆらと落ちてくる。

 ボールみたいに当たると痛い、ということもないので運動音痴にはうれしい。

 ふと思いついて、咲良の方を見る。咲良も膨らませた風船を弾ませて遊んでいた。その風船に狙いを定めて、それっ。

「あっ」

「あう」

 風船じゃなくて咲良の頭に直撃した。大した衝撃はないが、咲良は驚いたようにこちらに視線を向けた。

「何で急に攻撃してきた?」

「いや、当てるつもりはなかった」

「おもっくそ当たってるんですけど?」

「風船に当てるつもりだった」

 そう言うと、咲良もこちらに向かって風船を放り投げてきた。スピードも緩いのでつかみやすそうだが、軌道が読みづらいので結構つかむのに苦戦する。地味に焦るな。

「なんか、微妙な恐怖が迫ってくるな」

「分かる~。風船ってなんか怖いよね」

「破裂もするしなあ」

 と、先生も言う。見ればパンパンに空気を入れている最中ではないか。

「どこまでいけるかと思ってな」

「やめてください」

 二人そろって言えば、先生は笑って、風船を少し縮ませたのだった。



 今日の晩飯は……ご飯にかかった茶色い……デミグラスソース? でも、ハヤシライスではないなあ。

「ハンバーグ?」

「そう。手作りよ」

 どうやら煮込みハンバーグをカレーみたいに、ご飯と一緒によそっているらしい。いいな、うまそうだ。

「いただきます」

 メインのハンバーグにスプーンを入れてみる。

「うっわ、柔い」

「本当だ。とろとろしてるね」

 父さんも驚いたように言うと、母さんは、ふふ、と笑った。

「でしょう? ご飯と合わせるとおいしいかなーと思って」

 なるほど、これならなじみやすそうだ。

 しかし一口目はソースたっぷりにハンバーグだけで。コクのあるソースにほろほろ、とろりと崩れるハンバーグ、広がる肉のうま味、玉ねぎの甘味。食感もよく、口当たりは最高だ。ソースもいい感じのとろみである。

 それでは、ご飯を一緒に。

 うんうん、これはいい。ハヤシライスとはまた違った味わいだ。デミグラスソースの濃いうま味に肉の味わいが合わさって、たまらなくうまい。

「文化祭の準備頑張ってるんでしょ?」

 母さんがハンバーグをほぐしながら言う。

「しっかり食べて、元気でいないとね」

 そう言って笑い、父さんも隣で頷いている。

 なるほど。これなら頑張れそうだ。ありがたいなあ。



「ごちそうさまでした」
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