339 / 854
日常
第三百二十六話 ごほうびアイス
しおりを挟む
文化祭の準備も本格化してきた。今日は午後から授業がなく、委員会や部活ごとに分かれて準備を進める。特に所属してないやつらは、大掃除に駆り出されるらしい。
「一条君、井上君、朝比奈君、ちょっといいか」
図書館内を掃除していたら漆原先生に呼ばれた。
今年は館内も開放するらしいので、飾りつけなんかが忙しいのだ。漆原先生は何やら資料を見ながら言った。
「これから買い出しに行かなきゃいけないんだが、ついてきてくれないか」
「いいっすよ~、喜んで!」
咲良はそわそわと掃除道具を片付ける。
「何買うんですか?」
「飾りつけとかだな。それと、ポンプ」
「ポンプ?」
聞き返せば、先生はジェスチャーをしながら言った。
「風船に空気入れるやつだよ」
「ああー」
ということは、これから風船の準備もしないといけないというわけだ。
骨が折れそうだ。
制服のまま授業時間中に先生の車で買い出しに行く、というのはなんだか非日常的で面白い。
たどり着いた先は百円ショップだ。
「なんだ、百円じゃない商品もあるんだ」
「今はいろいろあるもんなあ」
「あ、見てよこれ。似合う?」
と、咲良が首からかけているのはハイビスカスの首飾りだ。
「似合うなお前」
「着ぐるみに合うかな~」
ハイビスカスを身に着けたウサギか。
なかなか斬新でいいんじゃないか。
「じゃあ、春都は黄色で、朝比奈はピンクな」
「俺たちも着けるのか」
「百円ショップって、いろいろ売ってんだな……初めて来た」
興味深そうに店内を眺める朝比奈である。
「ほれ、お前たち。買い出し頼むぞ」
先生に渡されたメモ通り、飾りや必要な備品をそろえていく。思いのほかかさばるので、三人でも手が足りないと思うぐらいだ。
学校に帰りついたら早速、風船の準備である。
「当日までに、できるだけ作ろう」
「はーい」
ポンプで風船に空気を入れるのは、なかなかの重労働である。腕が筋肉痛になりそうだ。
「ねえ、なんでこんな風船あんの?」
「知らない」
「ねー、これめっちゃ疲れるんだけど~」
他の学年のやつらが口々に言っているのを聞いて、咲良がほくそ笑む。
「その理由を知っているのは俺らだけ」
「なんとなく優越感あるな」
と、朝比奈も手際よく風船を膨らませながらいうものだから、つい、笑ってしまう。なんとなくいたたまれない気分だったが、どうでもよくなってしまった。
「なあ、三人で競争しようぜ。誰が一番早く風船を膨らませられるか」
ワクワクした様子で咲良が言う。
「えー、それ疲れるやつ」
「やだ」
朝比奈と揃って拒否するが、咲良はあきらめた様子でもなく「まーまー、いいじゃないの」と勝手に話を進める。
「みんな同じ数、手元に残ってんじゃん。競争するにはうってつけだろ」
「口より手を動かせ」
「薄情な」
あれこれ言い合いをしながらやっていると、詰め所で黙々と作業をしていた先生が出てきた。
「よーし、お前ら。そろそろ時間もあれだし、区切りのいいところで帰ってくれていいぞー」
時計を見ればもうすでに下校時間になっている。確か今日はこのまま下校してよかったんだった。「案外夢中になるもんだねー」と口々に皆話しているところに、先生は言った。
「それと、帰りがけに食堂に寄るといい。いいものを用意しているぞ~」
含みのあるその言葉に、図書館がざわつく。
三人、目配せをし、手元にある風船を見て、誰も何も言っていないのに、競うようにして風船を膨らませたのだった。
結局、最後の方に帰ることになってしまったが、先生の言葉がなければもうちょっと遅くなっていたかもしれない。
「お、来たな。着ぐるみ三人衆」
「石上先生」
食堂には発泡スチロールの箱を持った石上先生がいた。
「なんか漆原先生が食堂に行ってみろって言ってたんすけど、なんか知ってます?」
「これだよ、これ」
先生は箱のふたを開け、中身を見せた。そこにあるのは、そこそこお高いカップアイスであった。
「頑張ったご褒美だと。買い出しに行ったときに買ってたみたいだぞ」
「え、いつの間に」
気づかなかった。
味はいろいろあったらしいが、最後なのでバニラしか残っていない。いやいや、十分だろう、これは。
「ここで食って帰れよ」
「はーい」
木製の平たいスプーンをもらい、席に着く。
「いただきます」
ふたを開け、ビニールをはがす。おお、バニラビーンズが見える。高いアイスならではの見た目だな。
ほんのり溶けかかっているので食べやすそうだ。
くちどけはなめらかで、濃いミルクの風味とバニラの香りが高級感を醸し出す。じめっとした気候なので、この冷たさと甘さがなんともありがたい。
すっかり溶けてしまったところはシェイクみたいでもある。
まだしっかりかたまっているところは、少し噛んで、舌の上でじんわりと溶かし、味わう。口の中がだんだん冷たくなっていくので溶けづらくなっている気がする。それはそれで、鋭い冷たさが味わえていいのだ。
「静かだな、お前ら」
石上先生の笑いを含んだ声にハッとする。
ちょっと高級なアイスを目の前にすると、つい、黙って食べてしまうのは何だろう。それに、学校で先生がおごってくれるアイスって、なんか特別な感じがするのだ。
しっかり味わうとしよう。
しかし……アイスとは、儚い食べものだなあ。
「ごちそうさまでした」
「一条君、井上君、朝比奈君、ちょっといいか」
図書館内を掃除していたら漆原先生に呼ばれた。
今年は館内も開放するらしいので、飾りつけなんかが忙しいのだ。漆原先生は何やら資料を見ながら言った。
「これから買い出しに行かなきゃいけないんだが、ついてきてくれないか」
「いいっすよ~、喜んで!」
咲良はそわそわと掃除道具を片付ける。
「何買うんですか?」
「飾りつけとかだな。それと、ポンプ」
「ポンプ?」
聞き返せば、先生はジェスチャーをしながら言った。
「風船に空気入れるやつだよ」
「ああー」
ということは、これから風船の準備もしないといけないというわけだ。
骨が折れそうだ。
制服のまま授業時間中に先生の車で買い出しに行く、というのはなんだか非日常的で面白い。
たどり着いた先は百円ショップだ。
「なんだ、百円じゃない商品もあるんだ」
「今はいろいろあるもんなあ」
「あ、見てよこれ。似合う?」
と、咲良が首からかけているのはハイビスカスの首飾りだ。
「似合うなお前」
「着ぐるみに合うかな~」
ハイビスカスを身に着けたウサギか。
なかなか斬新でいいんじゃないか。
「じゃあ、春都は黄色で、朝比奈はピンクな」
「俺たちも着けるのか」
「百円ショップって、いろいろ売ってんだな……初めて来た」
興味深そうに店内を眺める朝比奈である。
「ほれ、お前たち。買い出し頼むぞ」
先生に渡されたメモ通り、飾りや必要な備品をそろえていく。思いのほかかさばるので、三人でも手が足りないと思うぐらいだ。
学校に帰りついたら早速、風船の準備である。
「当日までに、できるだけ作ろう」
「はーい」
ポンプで風船に空気を入れるのは、なかなかの重労働である。腕が筋肉痛になりそうだ。
「ねえ、なんでこんな風船あんの?」
「知らない」
「ねー、これめっちゃ疲れるんだけど~」
他の学年のやつらが口々に言っているのを聞いて、咲良がほくそ笑む。
「その理由を知っているのは俺らだけ」
「なんとなく優越感あるな」
と、朝比奈も手際よく風船を膨らませながらいうものだから、つい、笑ってしまう。なんとなくいたたまれない気分だったが、どうでもよくなってしまった。
「なあ、三人で競争しようぜ。誰が一番早く風船を膨らませられるか」
ワクワクした様子で咲良が言う。
「えー、それ疲れるやつ」
「やだ」
朝比奈と揃って拒否するが、咲良はあきらめた様子でもなく「まーまー、いいじゃないの」と勝手に話を進める。
「みんな同じ数、手元に残ってんじゃん。競争するにはうってつけだろ」
「口より手を動かせ」
「薄情な」
あれこれ言い合いをしながらやっていると、詰め所で黙々と作業をしていた先生が出てきた。
「よーし、お前ら。そろそろ時間もあれだし、区切りのいいところで帰ってくれていいぞー」
時計を見ればもうすでに下校時間になっている。確か今日はこのまま下校してよかったんだった。「案外夢中になるもんだねー」と口々に皆話しているところに、先生は言った。
「それと、帰りがけに食堂に寄るといい。いいものを用意しているぞ~」
含みのあるその言葉に、図書館がざわつく。
三人、目配せをし、手元にある風船を見て、誰も何も言っていないのに、競うようにして風船を膨らませたのだった。
結局、最後の方に帰ることになってしまったが、先生の言葉がなければもうちょっと遅くなっていたかもしれない。
「お、来たな。着ぐるみ三人衆」
「石上先生」
食堂には発泡スチロールの箱を持った石上先生がいた。
「なんか漆原先生が食堂に行ってみろって言ってたんすけど、なんか知ってます?」
「これだよ、これ」
先生は箱のふたを開け、中身を見せた。そこにあるのは、そこそこお高いカップアイスであった。
「頑張ったご褒美だと。買い出しに行ったときに買ってたみたいだぞ」
「え、いつの間に」
気づかなかった。
味はいろいろあったらしいが、最後なのでバニラしか残っていない。いやいや、十分だろう、これは。
「ここで食って帰れよ」
「はーい」
木製の平たいスプーンをもらい、席に着く。
「いただきます」
ふたを開け、ビニールをはがす。おお、バニラビーンズが見える。高いアイスならではの見た目だな。
ほんのり溶けかかっているので食べやすそうだ。
くちどけはなめらかで、濃いミルクの風味とバニラの香りが高級感を醸し出す。じめっとした気候なので、この冷たさと甘さがなんともありがたい。
すっかり溶けてしまったところはシェイクみたいでもある。
まだしっかりかたまっているところは、少し噛んで、舌の上でじんわりと溶かし、味わう。口の中がだんだん冷たくなっていくので溶けづらくなっている気がする。それはそれで、鋭い冷たさが味わえていいのだ。
「静かだな、お前ら」
石上先生の笑いを含んだ声にハッとする。
ちょっと高級なアイスを目の前にすると、つい、黙って食べてしまうのは何だろう。それに、学校で先生がおごってくれるアイスって、なんか特別な感じがするのだ。
しっかり味わうとしよう。
しかし……アイスとは、儚い食べものだなあ。
「ごちそうさまでした」
23
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる