一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百二十五話 おかき

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 お、入ってる入ってる。

 今日の弁当は母さんが作ってくれた。昨日買ったチキンナゲット、入れてくれたみたいだ。

「お、豪華じゃん。今日の弁当」

 そう言って向かいに座るのは咲良だ。今日はこいつが弁当を持って来ていないので学食で食っている。

「まあな」

「いいなあ~。ま、俺にはかつ丼があるからいいんだけど」

 ほんと、飽きもせず食ってるよなあ。

「いただきます」

 チキンナゲットにはケチャップがかかっている。弁当にはこの酸味がよく合うのだ。

 もちろん他のおかずもうまい。小松菜とベーコンを炒めたのはみずみずしく、心地よい塩気とベーコンの脂のうま味がおいしい。プチトマトも酸味がちょうどいい。

 卵焼きの甘さが相変わらずほっとする。

「おや、お二人さん」

「ん?」

 隣にやってきたのは石上先生だった。

「あ、石上先生! こんにちは~」

「こんにちは」

「ああ、こんにちは。ちょうどよかった。君たちに用があったんだ」

 石上先生は日替わり定食を頼んだらしい。今日のメニューは……生姜焼きか。

「用ってなんすか」

「着ぐるみが届いたんだ。それを伝えようと思ってね」

 おお、届いたのか。

 そりゃそうか。今週末が文化祭だもんなあ。

「おお~! 早く見たい!」

「図書館に届けてあるよ。放課後にでも試着してみるかって言っていた」

「楽しみだなあ~」

 写真では見ているが、実物はいったいどんなものなのだろうか。ちょっとそわそわするな。



「なあ、一条君。この大量の風船は何だい?」

 漆原先生は少し困惑したように笑って聞いてきた。隣にいる石上先生は腕を組んで黙ってしまった。

 箱を開けるなり、現れたのは着ぐるみではなく、大量のカラフルな風船だった。膨らむ前のものではあるが、ずいぶんかさばっている。

「百個入りが一、二、三……うわ、いっぱいある」

 朝比奈が一つ一つ取り出していく。よく見ればハート形やら星型やら、丸以外にもいろいろあるみたいだ。

「あー、おまけらしいです」

「奮発しすぎじゃないか?」

「飾りつけにでも使えばいいじゃないっすか。何なら配りましょーよ」

「うわ、メルヘン」

 咲良の提案にそう突っ込むのは百瀬だ。

「なんでお前がいる?」

「試着の時来るって言ったじゃん。楽しそーだし」

「別におもしろくもなんともねーだろ」

 さて、本来の目的である着ぐるみはどこだ。

 緩衝材やら風船やらをどかし、掘り起こしてやっと出てきた。

「えー、結構立派じゃーん」

 咲良は薄桃色のウサギの着ぐるみを抱える。頭にかぶるやつは別の箱か。

「怖くね?」

「生首……」

 ちょっと薄暗いところに置かれていたので余計に怖い。感情のない瞳……こっち見んな。

 クマの着ぐるみは思った通りの焦げ茶色だった。

「三毛猫もいいじゃん」

「頭、なかなか重いなあ」

 漆原先生はもうつなぎの方を身に着けている。手に持っていた頭をかぶり、先生は軽くポーズをとった。

「どーよ」

「似合う似合う」

 石上先生はケラケラ笑いながらデジカメで写真を撮っている。なんでも、記録用に撮っておけとお達しがあったらしい。

「じゃあ、あんまふざけらんねーな」

 咲良が少し残念そうに言うと、石上先生は頼もしく言った。

「大丈夫だ。提出してよさそうなやつを選ぶから。じゃんじゃんふざけてくれ」

「お、マジすか」

「備品は壊すなよ」

 さて、俺も着てみるか。

 いやまさか自分が着ぐるみを切ることになろうとは。何が起きるか分からないものだな。

「お、いいじゃん春都~」

「結構見えるもんだな」

「謎の安心感がある」

「みんなよく似合ってるよ」

 百瀬が楽しそうに言う。

 それからあれこれ撮影してみたり、どれくらい動けるか試してみたりしていたら、結構な時間が経っていたようだ。

「疲れた……」

 頭だけ外し、椅子に座る。尻尾が邪魔でうまく座れんな。

「これ、すごいな。テーマパークの人たちとか、これで踊ったりアクロバットしたりすんだろ? プロだわ……」

「真夏とか地獄だろうな」

 朝比奈に至っては黙ってしまっている。漆原先生は俺たちよりも先にダウンしていたようだ。

「まあ、当日はそこまでハードな動きはせんだろうから、大丈夫だろう」

 あれ。そういえば石上先生がいないな。

 どこに行ったのだろうかと漆原先生に聞こうとしたとき、扉が開いて、石上先生は戻ってきた。手には銀色の箱を持っている。

「差し入れだ」

 どうやらそれはおかきの詰め合わせらしい。

「ありがとうございます。いただきます」

 醤油、塩、ザラメとシンプルなものだが、うまそうだ。

 まずは……塩から。そこそこ大きいので食べ応えがありそうだ。うま味のある粒が大きめの塩がついている。サクサクで、米の風味がよく分かる。

「これ、高いやつじゃないですか?」

 朝比奈が聞けば、石上先生は「アウトレット商品なんだ」と言った。

「形は不揃いだが、味は変わらんぞ」

 さて、次は醤油。のりが巻いてある。

 このパリパリ食感がいいんだ。磯の香りも豊かで、醤油は香ばしい。ほんのり甘みのある醤油なんだなあ。

 ザラメはちょっと口をけがしそうである。がりがりしていて、歯ごたえがいい。

 口に広がる甘みは砂糖だ。少し醤油の風味があるので、独特な風味でもある。砂糖醤油であるが、餅につけるのとは違う、おかきならではの味だ。

「で、風船はどうするんだ、漆原」

「ポンプとかあるだろう」

「ヘリウムガスとか準備出来たらなあ」

「浮かばせなくても十分だろうよ」

 なんだか、大人たちの方が楽しそうである。

 子ども四人、視線を交わすと、思わず笑ってしまったのだった。



「ごちそうさまでした」

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