一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百二十四話 揚げ物

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 今日は朝から車に揺られている。

 梅雨間近の重苦しい曇り空の下に広がる景色は薄暗く、街はまだ深い眠りの中にいるようにも見えた。

「春都は業務用スーパーは初めてよね」

 後部座席から母さんが声をかけてくる。

「大型スーパーは行ったけど、業務用は行ったことない」

「業務用スーパーね、楽しいよ~。ね、お父さん」

「そうだなあ。冷凍食品がいっぱいあるなあ」

 多分、花見の帰りに朝比奈と百瀬が寄った店だろう。気になっていたのでちょっと……いや、だいぶワクワクする。

 冷凍食品が多いのかあ。じゃあ、店内は寒いのだろうか。業務用だからなあ、きっと量が多いのだろう。他には何があるんだろうなあ。

 楽しみな気持ちを携えてもう一度外に視線をやる。

 雲の切れ間から、わずかに光が差し込んでいるのが見えた。



「あ、ここか」

 こちらの街に車で行くときにいつも通りがかる店だ。ここ、業務用スーパーだったのか。案外小さいんだな。駐車場も狭い。

「車、停められてよかったね。すぐ満車になるんだ、ここ」

 父さんが言うように、既に駐車場は空きが一つしかなくなっていた。

 外観は確かに普通のスーパーか、あるいはそれよりも質素な感じであったが、中はなんというか、ぎっちりと物が詰まっている感じがした。窮屈というわけではない。密度が高い感じだ。

「おお、ちょっとひんやり」

 いやな寒さではないのでよかった。

 へえ、確かに冷凍のショーケースが多いな。精肉コーナーもある。製菓コーナーも結構充実しているんだなあ。だから百瀬は行きたがっていたのか。

 こっちは……漬物?

「うわ、なんだこれ」

 それは凶器にもなりそうな木の棒……もとい、たくあんである。

 こんな大量に誰が食うんだ。ああ、そうか。ここ、業務用だった。すげーなあ……

「びっくりするよねー」

 カラカラとカートを押しながら母さんが来た。

「こっち来て。すごい肉あるよ」

「どれ。あ、カート押すよ」

「ありがとー」

 精肉コーナーには見慣れた形でパッキングされた肉もずらりと並んでいたが、異彩を放つ影がいくつか視界の端に映っている。

「……これか」

 骨付き肉の塊に、これは……牛タンか。ほぼそのままの形なのでは。

 なんというか、迫力がすごい。

「さすが業務用」

「ねー。すごいよね。あ、冷凍はこっちよ」

 冷凍コーナーへ向かうまでにもいろいろな商品が並ぶ棚があった。海外の調味料、一般的なスーパーでは見ないようなお菓子、使い切るまでにどれだけの時間を要するのだろうかと思うほどのドレッシング。

 あ、なんだ。普通サイズもあるじゃん。でもちょっと割高なんだな。

 冷凍コーナーにはすでに父さんがいた。

「見てよ、これ。アメリカンドッグだって。エビフライもあるよ」

「どれもこれも量が多い」

「冷凍だから、すぐ悪くなることはないでしょ。どれ買おうか」

 コロッケだけでも色々な種類があるのだなあ。メンチカツとかもある。

 こっちは魚介系か。エビフライ、えび天、白身のフライ、魚のつみれ……お、イカリングあるじゃん。

「ねー、イカリング食べたい」

「いいねー。買っていいよ」

「春都、これはどうだ?」

 父さんが見せてきたのはうずらの卵を串にいくつか刺して衣をつけたやつ。

「うまそう」

「買おうか」

「うん」

「こっちはからあげとかあるよ~」

 からあげはどうしても母さんが作ったのが一番うまいんだよなあ。冷凍のも嫌いじゃないけど。

「他に何かないの」

「チキンナゲット。これおいしいのよ」

 ばあちゃんが食べるくらい、と母さんが言う。

 それはすごい。ばあちゃんはチキンナゲットとかそういうのあんまり食べない人だから、そのばあちゃんが食べるのなら、おいしいこと間違いない。

「食べたいね」

「よし、買うよ」

 冷凍食品をいくつか買って帰ることにした。

 さすがに業務用サイズの漬物や、生々しいほどの牛タンは使いこなせそうにないよなあ。



 早速、昼ご飯に食べることにした。

「うずら何本ぐらい食べるかなー?」

 油の準備をしながら母さんが聞く。

「うーん、ほどほど」

「チキンナゲットも揚げるからねえ。あ、イカリングは?」

「食べたい」

 それじゃ、こっちはソースとかの準備をしようかな。醤油と、トンカツソースと、マヨネーズとか。焼肉のたれにケチャップを混ぜて、なんちゃってバーベキューソースも作る。

「はーい、揚がったよ。持って行ってー」

「おおー」

 ずらりと並んだ揚げ物の数々。ワクワクするなあ。

「いただきます」

 まずはうずらからいってみるか。

 これは醤油がいい。一本の串に四つも刺さってる。中身がかなり熱いだろうから、そっと口に入れる。

 サックサクの衣は細かく歯切れがいい。少しもちっとしてもいるんだ。うずらの卵はプチッと食感で、黄身はとても濃厚。ほのかに甘みがあるのはうずらの卵か衣なのか、どっちなんだろうなあ。醤油で際立つ香ばしさがいい。

「イカリング、熱々のうちに食べてみて」

 母さんが皿をこちらに押しやってくれた。

 これはこのままで食べてみる。イカの味が濃いので十分いける。サク、ぐにっとしたいい食感に、染み出すうま味と香り。おいしい。

 ソースもかけてみよう。濃い味がよく合う。マヨもいい感じの酸味が加わっていい。

「このソース、おいしいね」

「焼肉のたれとケチャップ混ぜただけだよ」

 チキンナゲットによく合う。

 クリスピーな触感、という表現がぴったりだろう。サクサクの衣に香辛料の効いた肉の味。これは冷めてもおいしそうである。

「弁当にいいな、これ」

「明日入れようね」

 業務用スーパー。侮れんな。



「ごちそうさまでした」
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