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日常
第三百二十三話 餃子
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土曜課外が終わったら、やらなきゃいけないことがある。
今日は父さんと母さんが帰ってくるので、晩飯の餃子を作らなければならないのだ。冷凍とか買ってきてもいいけど、手作りの方がコスパいいんだよなあ。
「春都はもう帰るのか?」
「おー。お前らは部活か」
勇樹と宮野はでかいエナメルバッグを抱えていた。
部活で統一されているらしいジャージは、ちょっとあこがれる。
「早く帰りたいよ、僕は」
そうため息をつくのは宮野だ。
「周回したいのに」
華奢で小柄で、白磁の肌。サラサラの黒髪の下に覗く瞳は、そんな外見も相まって、見る人が見れば愁いを帯びて見えるのだろう。しかし俺には虚無と怠惰しか見えない。なんというか、勇樹とは正反対だ。
「あれ? 周回終わったって言ってなかった?」
屈託なく勇樹が聞けば、宮野は「三周目だよ」とだるそうに言った。
「ふーん? 大変なんだ」
自分で聞いておいて興味なさげな勇樹である。
「お前はほんと何で運動部に入ってるんだ」
純粋な疑問を口にしてみる。宮野はエナメルバッグを抱えなおしながら答えた。
「なんとなく、流れで」
「流れ」
「勇樹に誘われたんだよ。そしたらなんか、やめるタイミング逃した」
「あ、そういう」
宮野は勇樹に連れていかれるようにして、のそのそと部活に向かって行った。
大変だなあ。
「さて……」
それじゃ、さっそく作るかね。
まずはキャベツをみじん切りにする。フードプロセッサーを使いたいが、餃子の時は手で切った方がおいしんだよな。
「ふー……」
塩もみして水気を切ったら、次はにんにくを刻む。にらは入れない。
ボウルにひき肉を入れ、しっかり混ぜる。粘り気が出たらキャベツとにんにくを入れてさらに混ぜる。味付けは醤油、塩コショウ、オイスターソース、酒。
よし、タネはできた。あとは……
「わうっ」
「ん? どうした、うめず」
うめずが急かすように、廊下につながる扉の前をうろうろしている。父さんと母さんが帰ってくるにはまだ早い時間だが。
「散歩には行かないぞー?」
そう言いながらも扉を開ければ、うめずは玄関に向かう。お行儀よくお座りをして玄関扉を見つめているが、まさか……
「おや、連絡してないのによく分かったね。ただいま」
「父さん。おかえり、早かったね」
「思ったより早く仕事が片付いてね。先に帰ることにしたんだ」
「ああ、そうなんだ。ちょうど、晩飯の準備してたところだった」
そう言えば父さんはありがたいことに「手伝うよ」と言ってくれた。
二人で包めばはかどるだろう。
「中身はこれぐらいでいいの?」
「うん。別に売り物じゃないし、食べたいように作ってよ」
「了解」
思いのほか父さんは手先が器用らしい。ほとんど同じような形で整列している。
「こういう作業は嫌いじゃないんだ。うまいもんだろ?」
と、父さんは子どもっぽく笑った。
「上手」
「でしょう」
それから、父さんが行った地方の話や俺の近況を話しながら作っていたら、あっという間に作り終えてしまった。
「ホットプレートを出そうね」
「うん」
「どこだったかなー」
テーブルの準備をある程度済ませ、あとは焼くだけ、という状態にしたとき、再びうめずが扉にせっつき始めた。
「母さんが帰ってくるか?」
「わう」
うめずが玄関にたどり着く前に、玄関の扉が開いて「ただいま~!」という元気のいい声とともに母さんが帰ってきた。
「おかえり」
「春都~、元気にしてた?」
「母さんほどじゃないけどね」
「はいこれ、お父さん」
俺の後ろに控えていた父さんに母さんが渡したのはビールだった。さすがに、こればっかりは買えないもんなあ。
風呂に入ったらさっそく焼いていく。
ホットプレートに油をひいたら餃子を並べ、蓋をする。
「楽しみねー」
そう言いながら母さんは愛用のコップにビールを注ぐ。
さて、そろそろ焼けただろうか。
「いいんじゃない?」
「うん、いい感じ」
「じゃ、いただきます」
ひっくり返してみる。おお、いい色。
まずはポン酢で一つ。うん、安定のさわやかさとうまさ。カリッとした焼き目が香ばしく、肉もジューシーに仕上がっている。にんにくの風味もいい。
「キャベツたっぷりなのね」
「うん。野菜たくさんの方がおいしいから」
肉だけじゃない、野菜のうま味とみずみずしさがおいしいんだ。
さて、次は酢とポン酢を合わせたたれで。んー、酸味がすごい。のどに突き刺さるような刺激だが、この味は癖になる。
一口で食べるのもいいが、かじって、肉ダネの部分にたれをつけて食うのもうまい。しっかり味が染みて、濃く、白米が進むのだ。ほろほろと崩れる肉がおいしい。
ご飯の、たれがついた部分をかきこむ。うま味が染みていていい。
「文化祭はいつなの、春都」
「来週の土曜」
「楽しみだなあ」
そんな楽しみにされても何もしないのだがなあ……
まあ、文化祭のことはまた今度考えよう。今は、焼きたての餃子のうまさを味わうことが先だ。
手作りの餃子を焼ながら食うなんて一人じゃやんないからなあ。
ああ、うまい。
「ごちそうさまでした」
今日は父さんと母さんが帰ってくるので、晩飯の餃子を作らなければならないのだ。冷凍とか買ってきてもいいけど、手作りの方がコスパいいんだよなあ。
「春都はもう帰るのか?」
「おー。お前らは部活か」
勇樹と宮野はでかいエナメルバッグを抱えていた。
部活で統一されているらしいジャージは、ちょっとあこがれる。
「早く帰りたいよ、僕は」
そうため息をつくのは宮野だ。
「周回したいのに」
華奢で小柄で、白磁の肌。サラサラの黒髪の下に覗く瞳は、そんな外見も相まって、見る人が見れば愁いを帯びて見えるのだろう。しかし俺には虚無と怠惰しか見えない。なんというか、勇樹とは正反対だ。
「あれ? 周回終わったって言ってなかった?」
屈託なく勇樹が聞けば、宮野は「三周目だよ」とだるそうに言った。
「ふーん? 大変なんだ」
自分で聞いておいて興味なさげな勇樹である。
「お前はほんと何で運動部に入ってるんだ」
純粋な疑問を口にしてみる。宮野はエナメルバッグを抱えなおしながら答えた。
「なんとなく、流れで」
「流れ」
「勇樹に誘われたんだよ。そしたらなんか、やめるタイミング逃した」
「あ、そういう」
宮野は勇樹に連れていかれるようにして、のそのそと部活に向かって行った。
大変だなあ。
「さて……」
それじゃ、さっそく作るかね。
まずはキャベツをみじん切りにする。フードプロセッサーを使いたいが、餃子の時は手で切った方がおいしんだよな。
「ふー……」
塩もみして水気を切ったら、次はにんにくを刻む。にらは入れない。
ボウルにひき肉を入れ、しっかり混ぜる。粘り気が出たらキャベツとにんにくを入れてさらに混ぜる。味付けは醤油、塩コショウ、オイスターソース、酒。
よし、タネはできた。あとは……
「わうっ」
「ん? どうした、うめず」
うめずが急かすように、廊下につながる扉の前をうろうろしている。父さんと母さんが帰ってくるにはまだ早い時間だが。
「散歩には行かないぞー?」
そう言いながらも扉を開ければ、うめずは玄関に向かう。お行儀よくお座りをして玄関扉を見つめているが、まさか……
「おや、連絡してないのによく分かったね。ただいま」
「父さん。おかえり、早かったね」
「思ったより早く仕事が片付いてね。先に帰ることにしたんだ」
「ああ、そうなんだ。ちょうど、晩飯の準備してたところだった」
そう言えば父さんはありがたいことに「手伝うよ」と言ってくれた。
二人で包めばはかどるだろう。
「中身はこれぐらいでいいの?」
「うん。別に売り物じゃないし、食べたいように作ってよ」
「了解」
思いのほか父さんは手先が器用らしい。ほとんど同じような形で整列している。
「こういう作業は嫌いじゃないんだ。うまいもんだろ?」
と、父さんは子どもっぽく笑った。
「上手」
「でしょう」
それから、父さんが行った地方の話や俺の近況を話しながら作っていたら、あっという間に作り終えてしまった。
「ホットプレートを出そうね」
「うん」
「どこだったかなー」
テーブルの準備をある程度済ませ、あとは焼くだけ、という状態にしたとき、再びうめずが扉にせっつき始めた。
「母さんが帰ってくるか?」
「わう」
うめずが玄関にたどり着く前に、玄関の扉が開いて「ただいま~!」という元気のいい声とともに母さんが帰ってきた。
「おかえり」
「春都~、元気にしてた?」
「母さんほどじゃないけどね」
「はいこれ、お父さん」
俺の後ろに控えていた父さんに母さんが渡したのはビールだった。さすがに、こればっかりは買えないもんなあ。
風呂に入ったらさっそく焼いていく。
ホットプレートに油をひいたら餃子を並べ、蓋をする。
「楽しみねー」
そう言いながら母さんは愛用のコップにビールを注ぐ。
さて、そろそろ焼けただろうか。
「いいんじゃない?」
「うん、いい感じ」
「じゃ、いただきます」
ひっくり返してみる。おお、いい色。
まずはポン酢で一つ。うん、安定のさわやかさとうまさ。カリッとした焼き目が香ばしく、肉もジューシーに仕上がっている。にんにくの風味もいい。
「キャベツたっぷりなのね」
「うん。野菜たくさんの方がおいしいから」
肉だけじゃない、野菜のうま味とみずみずしさがおいしいんだ。
さて、次は酢とポン酢を合わせたたれで。んー、酸味がすごい。のどに突き刺さるような刺激だが、この味は癖になる。
一口で食べるのもいいが、かじって、肉ダネの部分にたれをつけて食うのもうまい。しっかり味が染みて、濃く、白米が進むのだ。ほろほろと崩れる肉がおいしい。
ご飯の、たれがついた部分をかきこむ。うま味が染みていていい。
「文化祭はいつなの、春都」
「来週の土曜」
「楽しみだなあ」
そんな楽しみにされても何もしないのだがなあ……
まあ、文化祭のことはまた今度考えよう。今は、焼きたての餃子のうまさを味わうことが先だ。
手作りの餃子を焼ながら食うなんて一人じゃやんないからなあ。
ああ、うまい。
「ごちそうさまでした」
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