一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百二十一話 鶏のすき焼き

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 飯を食い終わって一段落し

 朝比奈の着ぐるみの注文番号を伝えると父さんは『三毛猫かあ、いいね』と笑った。

『届け先を聞いてなかったね』

「ああ、学校の方でよろしく」

 石上先生が事務室で受け取ってくれると言っていた。何でも、俺たちが試着する様子を見たいのだとか。

『ああ、それとね。父さんたち、今週末には帰ってくるから』

「そうなんだ。分かった。何か食べたいものとかある?」

『そうだなあ……』

 少しワクワクしたように呟いて、しばらく考え込んだ後父さんは言った。

『母さんと話してみるよ』

「了解」

 それから、一言二言話して通話を切る。

 するとすぐにスマホが震えた。母さんだ。

「はい、もしもし」

『もしもし~、元気?』

「まあ、ぼちぼち。母さんは?」

『元気よ~』

 それぞれの近況報告をすると、やはり母さんは、着ぐるみのことが気になったらしい。最近は電話の度にそのことを聞かれる。

『お父さんから聞いたよ。春都、クマなんだって?』

「あー、うん。クマ」

『絶対見に来るからね!』

「え、いや、そんな気合い入れんでも……」

 この勢いじゃ、絶対来るだろうなあ。まあ別にいいけど。

「それよりさ、週末帰ってくるんでしょ。何食べたい?」

『えー? 餃子』

「餃子」

 父さんと違って即答だな。

「分かった。準備しとく」

『ま、お父さんにも聞くよ』

「父さんもおんなじこと言ってた」

『あら、そう?』

 父さんに聞くと言うけれど、たぶん、餃子に決まるんだろうなあ。

 準備しとこ。



「聞いたよー、着ぐるみ着るんだって?」

 廊下でそう声をかけてきたのは百瀬だ。にやにやと笑い、ロッカーにもたれかかってこちらをのぞき込んでいる。

「なんか意外~、一条もそんなの着るんだ~」

「お前も着るか。今なら間に合うぞ」

「俺はいいや。見る専で」

 へえ~、そっかあ~、と百瀬はぶつぶつ言っている。

 こいつのことだから乗ってくるかとも思ったが、そうでもないのか。よく分からんやつだ。

「今年は出さないのか、ポップ」

「出すよー。絶賛製作中~」

 と、百瀬はピースサインを向ける。

 前回のやつのクオリティもなかなかだったからなあ。今度もちょっと楽しみだ。

「一条は? 出さないの?」

「俺はいいよ。準備だけで手いっぱいだ」

「もったいないなあ」

 何がもったいないのだろうか。気になったが百瀬は着ぐるみの方が気になるらしく、話題を変えた。

「まあ、準備が忙しいなら仕方ないよね。着ぐるみ着るならさ、バク転とかする?」

「着ぐるみ着てなくてもできねーよ」

 そんな、野球チームのマスコットキャラじゃねえんだから。

 百瀬は「そっかあ」と言うと、自分の教室の方に視線を向けた。

「あ、やべ。次移動だ。そんじゃね、一条」

「おー」

「楽しみにしてるからねー」

 この様子だと、噂はあっという間に広まりそうだ。

 俺がクマだってことは、黙っといた方がいいだろうなあ。まあ、でも、ばれるか。

「観月に言うのどうしよう……」

 あいつの学校の文化祭のこと聞くついでに、こっちのにも誘ってみようかなあ、と思っていたが、あまり大ごとになるのは面倒だ。

 ちょっと考えよう。



 なんか作るのしんどいけど、がっつり食いたい、という時に作る料理がある。

 鶏のすき焼き。これを卵と絡めてご飯にのっけるだけで十分な飯になるのだ。何なら翌日の朝ごはんにすらなる。

 鶏肉はもも肉を使う。野菜は白菜でもいいが、今日は大量にある玉ねぎで。それと豆腐。

 玉ねぎはかき揚げにするより少し厚めに切る。豆腐は味がちゃんと染みるようなぐらいに。

 まずは鶏を焼く。こんがり焼き目がついたら、砂糖、醤油、酒で味付け。ある程度火が通ったら、玉ねぎと豆腐を入れて煮る。

 フライパン一つで作れるっていうのもいい。

 最後に溶いた卵を回し入れ、好みの火の通り具合になったらご飯にのせる。今日はふわふわ、しっかり火が通った感じにした。

「いただきます」

 まずは鶏肉から。

 しっかり焦げ目をつけたから香ばしい。プリプリの身にはしっかり甘辛い味が染みていて、卵のふわふわとよく合う。卵は卵でしっかり味と汁を吸ってジューシーだ。

 玉ねぎの甘味と食感がたまらない。

 シャキシャキしているようで、ほくほくともしている。すっかり茶色く染まっていて、玉ねぎそのものの汁気と、甘辛い汁が合わさってなんともいえない香りである。

 豆腐はつるんと口当たりがいい。表面は確かに茶色く染まっているが、箸を入れると真っ白だ。すっかり甘辛い味になっている、というわけではなく豆腐の味もよく分かりつつ、他の具材とのバランスもいい。

 ご飯はつゆだくで、親子丼より濃い目の味である。

 明日の分は残ってないが、うまかった。また作ろう。



「ごちそうさまでした」

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