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日常
第三百二十話 かき揚げ
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結局昨日、咲良は夕方ごろまで居座っていた。
「なんか疲れてない? 一条」
「あ?」
朝課外が終わった教室で声をかけてきたのは勇樹だ。
「どうした?」
「別に、何も」
「あ、そう?」
それ以上は何も聞かず、別のクラスメイトのところに行ってしまった。
英語の辞書に寄りかかり、ぼんやりと外を眺める。雲一つない空は青々としていて、これから暑くなるであろうことを予感させた。
遠くに見える幼稚園のグラウンドに園児の姿がちらほら見え始める。
案外ここからでも色々見えるものだ。立ち並ぶ住宅の一つでは、住民が二階の窓を開けている。今から掃除でもするのだろうか。それとも、ただ単に空気の入れ替えだろうか。その隣の家からは車が出て行った。
学生服を着た人も多く見受けられる。あの色合いは、うちの生徒ではないな。西高だろう。こんな遅くていいのだろうか。ああ、テスト期間中か。学校によっては時期が全然違うもんなあ。観月のとこは学期中一回しかないって言ってたな。
テスト期間もそうだけど、学校行事も学校によって特徴が出るよなあ……
「あ」
そうだ、着ぐるみ。
朝比奈の頼んでなくね?
「いや、俺はいいよ……」
昼休み、咲良に頼んで朝比奈を連れてきてもらった。カウンター内に誘い、咲良と揃って朝比奈と向かい合う。朝比奈は困惑したように首を横に振った。
「別に、どうでも……」
「そう言うなって」
咲良はパンフレットをめくりながら言う。
「いやー、俺らだけで盛り上がってて、ごめんな?」
「今からでも追加できるらしいし」
あまりにも気になって、休み時間、先生の目を盗んで父さんに確認したんだよな。そしたら『追加なら大歓迎だよ~』とありがたい言葉をもらったのである。
「え~……?」
興味半分、恥ずかしさ半分と言うような表情で朝比奈は咲良からパンフレットを受け取った。
「俺は普通でいいよ」
「せっかくなんだから着ようぜ。顔出ししないし、いいだろ?」
「うーん……」
どうしてもやりたくない、というのであれば構わない。一応「無理強いはしない」とは伝える。
「そっかぁ……」
はじめこそ、気乗りしない、というのが先行していた様子だったが、パンフレットを見るにつれ、興味が上回ったらしい。
「……お前らは何にすんの?」
そう聞かれ、咲良は嬉々として「俺はウサギ!」と答えた。
「一条は?」
「クマ」
「……先生も着るの?」
「パンダだな」
と、漆原先生が詰所から現れる。
「せっかくだ、君も頼め。これなんかどうだ?」
「え、なんですこれ。二足歩行のサメ?」
先生の妙なおすすめをそれとなくかわしながら、朝比奈はページを繰る。
「じゃあ……これで」
最終的に朝比奈が選んだのは猫だった。
「わー無難」
咲良が素直に感想を言う。
「三毛猫、いいなあ、と……」
「じゃ、それで頼むわ」
「よろしく……」
朝比奈は一仕事終えたというように、ふうっとカウンターにもたれかかった。
「着ぐるみって、思ったより種類あるんだな」
「な、俺もびっくりした」
咲良は朝比奈の隣に移動し、再びパンフレットを開いた。
「欲しいもん、俺」
「何に使うんだ」
「うーん、防犯? マネキンに着せて玄関先に立たせとけば、結構迫力あるんじゃね?」
確かに、あの感情のない着ぐるみの瞳は、ちょっと恐怖を感じる。
街灯の少ない、咲良の家の周りを思い浮かべ、そこに着ぐるみが立っている様子を想像してみる。ぼんやりと薄暗い中、人型があると思って見てみれば、どこを見つめているか分からない瞳の着ぐるみが……
「寿命が縮みそうだな」
同じように想像していたらしい朝比奈が言うと、咲良は「だなあ」とのんびり同意した。
さて、今日は玉ねぎを使うぞ。
ハンバーグ、肉じゃが、玉ねぎステーキ……いろいろ考えたが、今日はかき揚げにする。
二つほど玉ねぎを収穫……その表現が正しくないのは分かるが、ぶら下がっている玉ねぎを取るのは、収穫っぽい。
合わせるのは干しエビ。小さいながらもその香りは存在感がすごい。
てんぷら粉と水を混ぜたものに、切り分けた玉ねぎとエビを入れ、混ぜて、揚げる。分離しないように気を付けないとかき揚げではなくなってしまう。
カラッと揚がったら、どんぶり飯の上にのせる。食べる直前に醤油をかければ、完成だ。
「いただきます」
まずはサクッとしたところから。衣もいい薄さで、玉ねぎの食感もよく分かる。サクトロっとした食感に、刺激はなく、玉ねぎの甘みとさわやかさ、衣の香ばしさが口いっぱいに広がるのだ。
そこにぶわっと開くのはえびの風味。野菜味に海の香りがプラスされ、ずいぶん豊かな味になった。
これにはやっぱり醤油がよく合うのだ。香ばしさを際立たせ、素材の味を邪魔しない。
ホカホカのご飯で追いかけるのがたまらなくうまい。
そして少ししんなりしてきたところもまたよしである。衣の香ばしさが際立つようにも思える。玉ねぎもしんなりし、えびの噛み応えも分かる。
さて……まだまだ玉ねぎはたくさんある。
どうやって楽しもうかなあ。
「ごちそうさまでした」
「なんか疲れてない? 一条」
「あ?」
朝課外が終わった教室で声をかけてきたのは勇樹だ。
「どうした?」
「別に、何も」
「あ、そう?」
それ以上は何も聞かず、別のクラスメイトのところに行ってしまった。
英語の辞書に寄りかかり、ぼんやりと外を眺める。雲一つない空は青々としていて、これから暑くなるであろうことを予感させた。
遠くに見える幼稚園のグラウンドに園児の姿がちらほら見え始める。
案外ここからでも色々見えるものだ。立ち並ぶ住宅の一つでは、住民が二階の窓を開けている。今から掃除でもするのだろうか。それとも、ただ単に空気の入れ替えだろうか。その隣の家からは車が出て行った。
学生服を着た人も多く見受けられる。あの色合いは、うちの生徒ではないな。西高だろう。こんな遅くていいのだろうか。ああ、テスト期間中か。学校によっては時期が全然違うもんなあ。観月のとこは学期中一回しかないって言ってたな。
テスト期間もそうだけど、学校行事も学校によって特徴が出るよなあ……
「あ」
そうだ、着ぐるみ。
朝比奈の頼んでなくね?
「いや、俺はいいよ……」
昼休み、咲良に頼んで朝比奈を連れてきてもらった。カウンター内に誘い、咲良と揃って朝比奈と向かい合う。朝比奈は困惑したように首を横に振った。
「別に、どうでも……」
「そう言うなって」
咲良はパンフレットをめくりながら言う。
「いやー、俺らだけで盛り上がってて、ごめんな?」
「今からでも追加できるらしいし」
あまりにも気になって、休み時間、先生の目を盗んで父さんに確認したんだよな。そしたら『追加なら大歓迎だよ~』とありがたい言葉をもらったのである。
「え~……?」
興味半分、恥ずかしさ半分と言うような表情で朝比奈は咲良からパンフレットを受け取った。
「俺は普通でいいよ」
「せっかくなんだから着ようぜ。顔出ししないし、いいだろ?」
「うーん……」
どうしてもやりたくない、というのであれば構わない。一応「無理強いはしない」とは伝える。
「そっかぁ……」
はじめこそ、気乗りしない、というのが先行していた様子だったが、パンフレットを見るにつれ、興味が上回ったらしい。
「……お前らは何にすんの?」
そう聞かれ、咲良は嬉々として「俺はウサギ!」と答えた。
「一条は?」
「クマ」
「……先生も着るの?」
「パンダだな」
と、漆原先生が詰所から現れる。
「せっかくだ、君も頼め。これなんかどうだ?」
「え、なんですこれ。二足歩行のサメ?」
先生の妙なおすすめをそれとなくかわしながら、朝比奈はページを繰る。
「じゃあ……これで」
最終的に朝比奈が選んだのは猫だった。
「わー無難」
咲良が素直に感想を言う。
「三毛猫、いいなあ、と……」
「じゃ、それで頼むわ」
「よろしく……」
朝比奈は一仕事終えたというように、ふうっとカウンターにもたれかかった。
「着ぐるみって、思ったより種類あるんだな」
「な、俺もびっくりした」
咲良は朝比奈の隣に移動し、再びパンフレットを開いた。
「欲しいもん、俺」
「何に使うんだ」
「うーん、防犯? マネキンに着せて玄関先に立たせとけば、結構迫力あるんじゃね?」
確かに、あの感情のない着ぐるみの瞳は、ちょっと恐怖を感じる。
街灯の少ない、咲良の家の周りを思い浮かべ、そこに着ぐるみが立っている様子を想像してみる。ぼんやりと薄暗い中、人型があると思って見てみれば、どこを見つめているか分からない瞳の着ぐるみが……
「寿命が縮みそうだな」
同じように想像していたらしい朝比奈が言うと、咲良は「だなあ」とのんびり同意した。
さて、今日は玉ねぎを使うぞ。
ハンバーグ、肉じゃが、玉ねぎステーキ……いろいろ考えたが、今日はかき揚げにする。
二つほど玉ねぎを収穫……その表現が正しくないのは分かるが、ぶら下がっている玉ねぎを取るのは、収穫っぽい。
合わせるのは干しエビ。小さいながらもその香りは存在感がすごい。
てんぷら粉と水を混ぜたものに、切り分けた玉ねぎとエビを入れ、混ぜて、揚げる。分離しないように気を付けないとかき揚げではなくなってしまう。
カラッと揚がったら、どんぶり飯の上にのせる。食べる直前に醤油をかければ、完成だ。
「いただきます」
まずはサクッとしたところから。衣もいい薄さで、玉ねぎの食感もよく分かる。サクトロっとした食感に、刺激はなく、玉ねぎの甘みとさわやかさ、衣の香ばしさが口いっぱいに広がるのだ。
そこにぶわっと開くのはえびの風味。野菜味に海の香りがプラスされ、ずいぶん豊かな味になった。
これにはやっぱり醤油がよく合うのだ。香ばしさを際立たせ、素材の味を邪魔しない。
ホカホカのご飯で追いかけるのがたまらなくうまい。
そして少ししんなりしてきたところもまたよしである。衣の香ばしさが際立つようにも思える。玉ねぎもしんなりし、えびの噛み応えも分かる。
さて……まだまだ玉ねぎはたくさんある。
どうやって楽しもうかなあ。
「ごちそうさまでした」
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