一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百十七話 コロッケ

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「着ぐるみですか」

 図書館にやってきた橘が、パンフレットを興味深そうに眺める。

「着るんですか」

「らしいなあ」

 カウンターに頬杖をついてそう答えれば、橘は笑って聞いてくる。

「どれ着るんです?」

「うーん、無難にパンダとか?」

「せっかくなら顔が出るタイプの着ぐるみとかどうですか」

「絶対やだ」

 フード付きのつなぎの形をしたタイプのやつを言っているのだろうが、それだけは勘弁だ。

「ペンギンとか、かわいいですよ」

「無理。絵面もやばいだろ」

「そんなことないですよー。モテモテだと思います」

「珍しいもの見たさだ、それは」

 あれこれと話をしていたら、漆原先生が戻ってきた。石上先生も一緒だ。

「一条君、パンフレットを見せてくれるか?」

 漆原先生に言われ、ちょうど手元に戻ってきていたパンフレットを渡す。

 パンフレットには漆原先生がつけた付箋と、咲良がつけた付箋が入り乱れている。

「これこれ、こういうの」

「ほお、また本格的な」

「いいだろう。でな、俺のおすすめはだな……」

「おすすめってなんだよ」

 大人たちの方が盛り上がってしまっている。

 実際、着るとするなら何がいいだろう。犬、猫、鳥……うーん、どれもぴんと来ないなあ。あ、熊とか面白そう。

「井上先輩はどれ着るんですか?」

 配架業務から戻ってきた咲良に橘が聞く。こいつ、相方が今日休みだからって、無理やり俺を連れて来やがったんだ。まあ、他にやることもないし、いいんだけど。

「俺? 俺なあ」

 咲良は楽しげに笑うと嬉々として答える。

「最初は珍しいの着ようかなーって思ってたんだけど、今はウサギが着たい」

「ウサギですか。似合いそうです」

「春都は決めた?」

「熊」

「あはは。ぽいなぁ」

 咲良は少し考えこむと、妙案を思いついたというように言った。

「リアルな熊の着ぐるみにしたら? そしたら投票箱、鮭の形にする」

「近寄りたくなくなるわ」



 今日は店の方に帰る。うめずは昼間のうちに来ていて、今は裏の部屋でのんびりと寝そべっていた。

「あ、もしもし、父さん?」

 うめずを見ながらソファにもたれかかり、父さんに電話をかける。

『どうした、春都?』

「着ぐるみのことなんだけどさ、今、いい?」

『いいよ~、どうだった』

「みんなノリノリ。許可も取れたみたいだから、頼もうって話になった」

 そう言えば父さんは『そうかそうか』と少しうれしそうに言った。

『どれにするとか決めた?』

「決めた」

『聞いとこうか』

 えーっと、なんだっけ。パンフレットを取り出し、挟んでおいたメモを見る。

「パンダと、熊と、ウサギ」

『すごい組み合わせだね』

「各々が好きなやつってなったら、こうなった」

『いいねぇ。サイズは?』

 注文に必要な情報をひと通り伝えると父さんは、それで頼んでおくと言った。郵送で届くらしい。便利だなあ。

『ちなみに、春都は何着るの?』

「熊」

『あはは。ピッタリかもね』

 リアルに寄せた熊もまあ、悪くはなかったのだが、文化祭向きではないよな。

 何でも早期に注文したらおまけがもらえるらしい。

『風船とかどう? 配ったら?』

「あー、それいいかも。飾りつけとかにも使えそう」

『たぶん通常のおまけの量よりサービスしてくれると思うよ』

 それだけ来訪する客が多いとは思えないが、まあ、何とかなるだろう。

「ありがとう。よろしく」

『はーい。文化祭、楽しみにしてるよ』



 今日の晩飯はばあちゃん手製のコロッケだ。

「じゃがいもと……?」

 作っている様子を横から眺める。

「ベーコン、玉ねぎ。味付けは塩コショウ」

「おいしそう」

「揚げたてを食べてね」

 付け合わせはキャベツの千切り。コロッケ一つ一つがでかく、それが二つも皿にのれば迫力はすごいものである。

「いただきます」

 まずは何もかけずにそのままで。

 サク、ほくっとした箸の通り具合、香るベーコン、立ち上る湯気。やけどしないように口に含む。ああ、これこれ、おいしい。ばあちゃんのコロッケの味だ。シンプルなジャガイモにはしっかり塩コショウで味がついており、ベーコンのうま味と、玉ねぎの甘味がふわあっと広がる。衣も香ばしく、程よい揚げ具合である。

 このままでもおいしいのだが、今度はソースをかけてみる。

 シンプルなうま味にソースの酸味とコクが加わって、よりジャガイモの口当たりとおいしさが伝わる。少ししんなりした衣もいい。

「おいしい」

「いっぱい食べなさい」

 じいちゃんは酒と一緒にうまそうに食っている。

 付け合わせのキャベツにはマヨとソースを。お好み焼きっぽい風味だ。ソースをかけるとキャベツの青さが際立つ。

 もう一個のコロッケに手を付ける。ちょっと持ち上げてみたけど、結構ずっしり。食べ応えがあっていい。

 これ、コロッケサンドにしてもうまいんだよなあ。

 ソースひたひた、キャベツも一緒に挟んで、パンは少しトーストする。

「明日もコロッケ食べたいって言ったら、困る?」

 そう言えばばあちゃんは「全然」と頼もしく笑って言ってくれた。

「気に入ってくれたんなら、いくらでも作るよ」

「ありがとう」

 それじゃあ明日はコロッケサンドが食えるぞ、やったね。

 今は、ご飯との最高の組み合わせを堪能するとしよう。ソースたっぷりのコロッケは、ご飯にもよく合うのである。



「ごちそうさまでした」

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