一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百十五話 豚骨ラーメン

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「中間テストも今日で終わりだなー」

 朝、教室で提出物のチェックをしていたら咲良がやってきて、それはもう開放感に満ちた表情をしていた。

「まだ終わってねーぞ」

「数時間後にはもう終わってるから、実質もう終わり」

「意味わからん」

 咲良は鼻歌交じりに、机の上に置いていた俺の英語のワークを手に取った。

「提出物? 大変だなぁ。理系はないぜ」

「あ? そんなことねーだろ」

「いやマジで。俺も嘘だーって思って何回も範囲見直したけど、文系のとこにしか書いてなかったもん」

「あ、そう」

 なんだか嫌な予感がしなくもない。

「……もっかい確認してきたら?」

「え~? 大丈夫だって」

 渋る咲良を急かして教室に向かわせる。これで提出物があるとなれば、被害を受けるのは俺だ。提出するのはたいてい放課後だから、その時に助けを請われても面倒だ。

 ものの数分して、咲良は血相を変えて戻ってきた。

「どうだった」

「昨日まではなかったはずなのに」

「見間違いでなく?」

「今回ばかりは、違う」

 なんでも、担当の先生がミスをしていたらしい。しかしテストだからみんなやってくるだろうと踏んで、提出にしても大丈夫だろうと追加で張り出したのだとか。

「みんながみんな、ワークすると思うなよぉ」

「いや、やれよ。テスト範囲だろうが」

「勝手にやったら先生に怒られることあるじゃん!」

 それはまあ、そうだ。

「なんだ。今日提出なのか?」

「いや、持って来てない人もいるみたいだから、明日の放課後までだって」

 少々慈悲のある先生だったようだ。先生によっては、持って来ているのが当然と思って、提出の指示がなかったワークを提出しろと言うからな。忘れたら「怠慢だ」ってさ。

「よかったじゃん」

「よくねえよぉ。俺、一ページも手ぇ付けてないもん」

「それは大変なこって」

「うぅ~……」

 せっかくテスト最終日なのにぃ、と情けない声を上げ、咲良はとぼとぼと教室を出て行った。

「ちょっとだけでもやってくる……」

「おう、頑張れ」

 どさくさに紛れて持っていかれそうになった俺のワークは、しっかり取り返しておいた。



 今日、俺にとって幸いだったのは、理系の方がテスト科目が一教科多かったことだ。おかげで咲良につかまることなく、とっとと帰ることができた。

「昼飯どうすっかな~……」

 天気がいいので外は暑いくらいだ。いや、蒸し暑いと言った方がいいかもしれない。

 冷蔵庫の中に何があったかなあ、とか、もうカップ麺でいいかなあ、とか考えながら帰路を行く。

「あ~一条君」

「お、今帰り?」

「はい」

 エントランスホールから二人、見慣れた姿が現れたと思ったら田中さんと山下さんだった。

「早くない?」

「テスト期間なんですよ。今日が最終日でしたけど」

「へーっ、そっかぁ。お疲れぇ」

 山下さんがへらっと笑って言う。と、田中さんが聞いてきた。

「一条君、お昼は?」

「? まだです」

「それじゃあ、一緒に食べに行かないか?」

「えっ」

 思いがけない申し出に戸惑っていると、山下さんが「いいねえ、それ」と賛成した。

「お兄さんたちがおごってあげようじゃないか」

「いや、そんな。悪いですよ」

「いいのいいの。ほら、前にスコーンごちそうになったでしょ。そのお礼と思ってさ」

 ああ、そんなこともあったような……

 沈黙を肯定と受け取ったか、山下さんは「今すぐ行っても大丈夫な感じ?」と確認してきた。

「まあ、はい。大丈夫です」

「じゃあ、行こうか」

 かくして、大学生二人とともに、昼飯を食いに行くことと相成ったのである。



 その店はずいぶん前に来たことのあるラーメン屋だった。

「一条君さ、アレルギーとかない?」

「ないです」

「よーし」

 店内は狭く、座敷席が二席とカウンターが四席だけしかない。他に客はおらず、厨房には老夫婦がいた。

「あら、いらっしゃいませ」

「どうもぉ」

 座敷席の窓際に座ると、隣に山下さんが来て、向かいに田中さんが座った。

「兄弟でお食事? いいわねえ」

 と、注文を取りに来た老婦人に言われ「はあ、まあ」とごまかしておく。詳しいことを説明するのは面倒だ。

「はーい、お待たせ」

 メニューはそんなに多くなかったので、ラーメンを頼んだ。それと、餃子は三人で分ける。

「いただきます」

 真っ白なスープに細麺、チャーシュー、きくらげ、ねぎ、そしておまけの煮卵。うまそうだ。

 まずはスープを一口。ん、口当たりはまろやかで、濃厚な感じにも思えるが、味自体はすっきりしている。麺にしっかりスープを絡ませて食べてみる。おいしい。うま味がじんわりと染み出してきて、ほっとするような味だ。

 チャーシューも結構ジューシーで、きくらげの食感がいい。

「餃子も食べなよ」

 田中さんがたれと小皿を渡してくれた。

「あ、はい、いただきます」

「ここのうまいんだよね~」

 山下さんの言うとおり、餃子、かなりうまい。たっぷりのタネはコクはあるが癖がなく、野菜たっぷりで食べやすい。ニラとか、にんにくの風味がないからかな。

 そんで煮卵。半熟で、ほんのり醤油風味である。スープとの相性がいい。

 普段行くチェーン店のとはまた違うおいしさがある。これはうまい。

「おいしそうに食べるな、一条君」

 向かいに座る田中さんが笑いながら言うと、山下さんも「それ思ったぁ」と言って笑った。

「おごりがいがあるね」

「本当~」

 むう、そんなに顔に出ていただろうか。

 しかしうまいのでしょうがない。また来るとしよう。



「ごちそうさまでした」
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