一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百十四話 エビフライ

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 日曜の朝、ソファに座ってうめずの相手をしていたら電話がかかってきた。

「もしもし」

『春都、久しぶりに声聞くなあ。元気?』

「元気だよ。父さんは?」

『まあ、ぼちぼち』

 電話の向こうで父さんは笑った。

『来月ごろには帰れそうだから、連絡しとこうと思って』

「あー、そうなんだ。今回結構長かったね」

『そうだねえ。結構立て込んでて』

 しばらくはうめずも電話に興味津々だったが、今はおもちゃに意識が向いている。

『はっきり日程が分かったら、また連絡するよ』

「分かった」

 うめずがおもちゃをくわえてソファに飛び乗ると、ソファが少し軋む。こいつ、だいぶでかくなったなあ。俺の隣でおとなしくおもちゃと戯れ始める。

『学校はどう?』

「あー……今試験前で、文化祭の準備も始まってる」

『文化祭かあ。いつある?』

「来月」

『それって一般開放あったよね。行ってみようかな』

 両親ともにうちの学校の卒業生ではないので、校内が気になるらしい。確か母さんのお姉さん二人はうちの学校出身だったようだけど。まあ、姉妹だからって学校には行かないか。それに、最近建て替わってるから昔とはずいぶん違うだろうし。

「俺、有志発表とか出ないけど」

『あ、そうなんだ。じゃあ、見るだけ?』

「いや。図書館のイベント手伝いかなあ」

『そっかそっか』

 それはそれで大事な仕事だ、と父さんは言うと、少し間をおいてとんでもないことを提案した。

『咲良君と有志発表したら?』

「え、なんで。ていうか何しろって言うの」

『バンド演奏とか?』

「無理無理。ギターに触ったこともないし、歌うのも無理」

『せっかくなんだからやればいいのに~』

 からかい半分、本気半分、といったような口調で父さんはそう言って笑う。

『まあ、無理はしなくていいんだけどね。ちょっとくらい羽目外してもいいんじゃない?』

「え~……?」

 楽しそうだなあ、とは思うが、自分でやろうとは思わないなあ。図書館のイベント手伝いですら乗り気じゃないのに。

「図書館じゃポップコンテストあるんだけどさ」

『うん』

「投票箱持って立ってるんだけど、そん時、着ぐるみ着てもいいかなとは思う」

『あはは。確かに、顔見えないもんね。それに、しゃべらなきゃ誰だか分かんないか』

「しゃべっても分かりづらいと思う。名前呼ばれでもしなけりゃ」

『着ぐるみの貸し出し、してくれるところ知ってるよ。あとで知り合いに資料取り寄せてもらうよ』

 えっ。何もそんな本気にしなくても。

 しかし父さんがやけに楽しそうだったので遠慮できなかった。

「提案してみるよ」

『イベントごとで使う道具の貸し出しをしてるところでね。結構古くからの知り合いだから、良くしてくれると思うよー』

 なるほど。いや、でもそれで採用されなかったら申し訳ないのだが。

 そう言う前に、父さんは先回りするように言った。

『利用しなかったらどうしよう、とか気にしなくていいからね』

「あ、そう」

『気楽にしてていいよ』

 そう言って父さんは笑うと『あ、そうだ』と話を変えた。

『知り合いで思い出した。冷凍のエビフライたくさんもらったから、送ってるよ。今日ぐらいに着くんじゃないかな』

「エビフライをたくさん」

『そう。知り合いにね、春都がご飯食べるの好きって話したら、もらっちゃって。たくさんあるし、すぐ悪くなるものでもないから、よかったら食べて』

「ありがとう」

 エビフライか。

 タルタルソースとかキャベツとか、準備しとかないとな。



 父さんが言ったとおり、その日の昼、エビフライは届いた。

「エビフライ……仰々しいな」

 しっかり冷凍された、箱詰めのエビフライ。やけに高そうだ。高級品なのでは?

 大ぶりだし、衣もきれいで、箱にはでっかいえびの絵が描かれている。スーパーではまず見かけないような代物だ。

 ちなみに、着ぐるみの資料は明日届くらしい。仕事が早い。

 立派なエビフライは、今日の晩飯とする。といってもまだまだ量はあるので、しばらくエビフライには困らないな。

 たっぷりの油を鍋に注ぐ。温まったところでエビフライを……

「重い」

 ずっしり、しっかりと重みがある。あ、尻尾もきれいだな。

 じゅぅわあぁ、と油に沈み込むエビフライは、なんか、すごく迫力がある。でかいえびから気泡が立つ様子は、調理中とは思えない何かを感じる。鼻腔をくすぐる香ばしい匂いが、かろうじてそれが食材であることを教えてくれる。

「こんなもんか」

 何とかして引き上げる。うん、ちゃんとエビフライだ。

 レモン汁も用意しよう。

「いただきます」

 とりあえず、タルタルソースをかけてみる。市販のを買ってきたが……量は足りるだろうか。それぐらいエビがでかい。

 衣は厚めで、ざくざくっと食感がいい。そして、その衣の分厚さに負けないほど立派なえびだ。プリプリ通り越してんな、これ。

 食感と大きさに驚いてしまったが、味もかなりのものだ。

 凝縮されたえびの香りが、歯を入れることではじけだす。噛み応えのあるえびはジューシーで、衣の香ばしさもたまらない。高いエビフライの味だが、いつものタルタルソースのまろやかな酸味がよく合う。

 レモンもかけてみる。さっぱりとした風味がいい。

 ちょっと箸休めに千切りキャベツ。ドレッシングの味と、食べ慣れたキャベツの青さがほっとする。

 そしてもう一度、エビフライに挑む。

 衣がしんなりとしたところは、よりえびの食感を感じやすい。こんなにえびを感じるエビフライは初めてだ。

 ご飯をかきこむ。うん、合う。

 エビフライなら弁当に入れてもいいなあ、と思ったが、これ、入らんだろ。

 ああ、でもエビフライ丼みたいな感じにすればいけるか。……いけるか? まあ、今度試してみよう。入らなかったときは、朝飯のおかずにすればいい。

 今度は、パンで食ってみてもいいかもな。



「ごちそうさまでした」

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