一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百十二話 鮭の塩焼き

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 寝起き後はつい布団の中でしばらくぼーっとしてしまう。

 朝飯何にしようかなあ、まあ、卵かけごはんかな。あとは、昼飯の弁当。おかずは……冷蔵庫にあるもの、なんだっけ、何を入れるつもりだったかなあ。

「あ、そうだ」

 今日はとっておきがあったんだ。鮭の切り身。分厚いのが二枚、朝ごはんと昼の弁当に入れるのに焼こうと思ったのだ。

 これはのんびりしている暇はないな。

 手早く身支度を済ませ、台所に立つ。アルミホイルを敷いた魚焼きグリルに鮭を二切れのせて焼いていく。その間に卵焼きを作ろう。

 卵焼きの他に弁当に入れるのはつくね、それと野菜炒めだ。野菜は小松菜が安かったので、それを塩コショウで炒める。野菜炒めというか、小松菜炒めだな。そんで、つくねは冷凍のやつ。手作りもいいんだけど、冷凍もなかなかうまい。

 ぱちぱちと油がはじける音がして、グリルを開けばふわあっと香ばしい鮭の香りが漂ってくる。

 これはいい朝ごはんになりそうだ。

「いただきます」

 キムチを買っていたので、卵かけごはんの味変に準備しておく。

 まずは焼きたての鮭から。表面はパリっと、中はふっくらとしている。程よい塩気に鮭の風味、これはご飯に合う。焼きたての鮭はなんだかジューシーだな。皮もうまい。焦げはちょっとよけて、マヨネーズをつけるのが好きだ。そのままの香りもいいが、マヨネーズをつけると香ばしさが際立って臭みが抑えられる。

 卵焼きもうまく焼けたみたいだ。ふかふか、プルプルしてる。甘い。

 つくねも一個余ったので食べる。二つ串にささっているのだが、その二つがくっついている境目のたれが、焦げ焦げでうまいんだ。肉も臭みが少なくていい。

 卵かけごはんはシンプルに醤油でもいいが、キムチを加えると味に変化があって面白い。まろやかな黄身に包まれたキムチの辛みが最高にうまいんだ。

 小松菜を炒めたのはみずみずしい。食感がいいんだよね。

「ごちそうさまでした」

 さて、今日も一日、何とか乗り越えるとしますか。



「どっちがいいと思う?」

 二時間目と三時間目の間の休み時間。読書の邪魔をしてきたのは言わずもがな、咲良だ。

「何が」

「学食の弁当を買ってくるかどうか」

 その問いを聞き、一旦本から外していた視線を元に戻す。文字を追っていたら、咲良は本を取り上げ、しっかりしおりを挟んで閉じて机に置いた。そこまで気が使えるのなら、読書の邪魔をしないでいただきたいものである。

「何」

「買ってきた方がいいと思う?」

「知らん。お前の好きにすればいいだろう」

 そう言えば咲良は「だってさあ~」と腕を組んで身をよじる。

「今日は学食のつもりだったんだけど、クラスのやつが買ってきた弁当、妙にうまそうでなあ。揺らぐ~」

「じゃあ買ってくればいい」

「行くのしんどいなあ、と」

「だったら買わなくていいんじゃないか」

「財布は一応持って来てんだよぉ」

「お前はどうしたいんだ、いったい」

 それを相談してるんじゃん、と咲良は少しむくれたように言う。

「好きにしろ。そうとしか言えん」

「むぅ、そうだけど~」

「弁当の内容は何なんだ」

 悩むぐらいだから、よっぽどうまそうなのだろう。そう思って聞くと、咲良は財布をいじりながら答えた。

「カツとじのせたやつ」

「……結局食うもん一緒じゃねえか」

 食堂に行けばかつ丼、弁当であればカツとじのせたの。結局食うものはあまり変わらないのではなかろうか。

 しかし咲良にとっては厳密に違いがあるらしい。

「弁当はしんなりしてるけど、学食で食ったらサクサクもあるんだよ」

「お前、今どっちが食いたい」

「……買ってくる」

 他人を巻き込んだ長考の末、咲良は食堂へ向かった。

「人騒がせな……」

 そうつぶやけば、前の席で勇樹が噴き出した。勇樹は振り返ると、笑いをこらえながら聞いてきた。

「お前は咲良の親かよ」

「子持ちになった覚えはないが」

「大変だなあ」

 まあ実際、でかい子ども相手にしてるようなもんだよな。



 結局あいつは弁当を買ってきたので、教室で食うことになった。

「最後の一個でさあ、ラッキーだった!」

「そーかよ」

 ずいぶんご機嫌そうな咲良である。

「いただきます」

 さあ、お待ちかねの弁当だ。

 どんと居座る鮭の塩焼きの存在感がすごい。それにつくねと卵焼きが寄り添い、隙間には小松菜が忍んでいる。ご飯には何もかけていない。鮭があるので十分だろう。

 焼きたてよりも身はかたく、ほぐす感じで箸を入れる。まずは鮭だけで食べてみる。気持ち、塩気が濃くなった気もする。でもその分、うま味もギュッと凝縮されていて、噛むほどに染み出してくる。

 これを白米で追いかければ完璧な焼鮭弁当である。

 皮はもっちりした感じになっている。この食感も嫌いじゃない。

 つくねはひんやりしていて、より肉の味を感じるというもんだ。境目の焦げ目は相変わらずうまい。食感がちょっとねっちりしてんだよな。

「うん、弁当うまいなあ」

 咲良は満足げに頷きながら箸を進めている。

「味はかつ丼と一緒か」

「一緒だって。でもなんか違う感じする」

「同じ料理でも盛り付けによって感じ方変わるもんな」

 卵焼きは弁当に入るとその魅力を発揮するようである。じんわりとした甘さと、ほんの少しの香ばしさ。これを食うと弁当って感じがする。

 小松菜のみずみずしさとほのかな苦みは濃い味付けのおかずの中で、いい感じの立ち位置にある。

 そしてもう一度、鮭。今度はかぶりついてみる。んー、皮と身のバランスがいい。香ばしく、魚のうま味が口いっぱいに広がる。いつまでも味わっていたいほどだ。ご飯をかきこんで合わせるともう最高だな。

 また買っておこう。今度は違う魚も買ってみようかな。それでも、鮭は必須だな。



「ごちそうさまでした」

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