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日常
第三百十話 釜揚げうどん
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図書館で今日も仕事にいそしんでいたら、百瀬と遭遇した。
「結局、本はあったのか?」
返却された本を本棚にしまいながら聞けば、百瀬は「あったあった」と苦笑した。
「司書の人に話しかける勇気がないって、呼び出しくらったの」
閉架書庫の本を出してもらうには、司書さんに言わないといけないもんなあ。ちょっと緊張する、その気持ちは分かる。
「妹さん、いくつ?」
「小五。もうちょっと自分で何とかしてくれるといいんだけどねー」
「なんの話してんの? 俺も混ぜろ」
と、やってきたのは咲良だ。
「まあ、年を重ねたからって急に何でもできるようになるわけじゃないか」
なんともまあタイミングよく発せられた百瀬の言葉に思わず吹き出してしまうと、咲良は「なに? なんで俺急にディスられた?」ときょとんとしている。
百瀬は「ああ、違う違う」と笑った。
「妹の話」
「ああー、そういうね」
いや、あながち咲良に当てはまらないこともないと思うのだが。まあ、これ以上言うと面倒なことになりそうなので言わない。
百瀬は本を一冊引き抜いて、ページをめくりながら言った。
「そういえば、妹にうめずのこと聞かれたよ」
「あ?」
「なになに。どうしたの」
「昨日さぁ……」
百瀬が昨日のことを話すと、咲良は「へえ」と興味深そうな様子で相槌を打った。
「えー、俺も行けばよかったー。なんか面白そう」
「で、妹さんがなんだって」
「そうそう。犬好きだからさあ、あいつ。で、ついでに、話してた人誰って」
俺はうめずのついでか。
まあ、別にいいけど。やっぱうめず人気だなあ。
「うめず元気?」
咲良の問いに、ばらばらに並んでいた本の順番を並べ替えながら答える。
「元気元気。よく飯食ってる」
「俺一回散歩してみたいんだよなあ。な、今度うめずの散歩連れてかせてよ」
「お前そのためだけに来るつもりか?」
「おう」
と、咲良は笑っているが、マジで来る可能性があるぞ、こいつ。
うめずの散歩のためだけにうちに来るとか……
「暇かよ」
「ひどい!」
「あっはは……あ、これ借りてこよ~」
「楽しそうだな」
そう言ってやってきたのは漆原先生だ。手には山積みの本がある。
先生はにこにこしながら、その山を俺と咲良に預けた。百瀬はするりと先生の横を抜けて、カウンターに向かっている。
先生はにっこり笑ったまま言った。
「片付け、頼むぞ」
「えー俺当番じゃないですー」
ぶつぶつと文句を垂れる咲良に先生は「その元気があれば何とかなるだろう」と言って、カウンターの方に戻ってしまった。百瀬はもういなかった。
「ちぇー、百瀬あいつ、逃げやがって」
「まあどうせこれは俺の仕事だし。むしろ、お前がやってくれることで仕事が半分になってうれしい」
「俺だけ損してる」
解せぬ、としばらくはすねていた咲良だったが、仕事自体は真面目にやっていた。こういうところ、律儀だよなあ。
「お前、面倒だって押し付けてこねぇんだな」
そう聞けば咲良は「ん~? うん」と、ぎちぎちにつまった本を並べ直しながら言った。
「だって頼まれたこと放り出したら後がめんどくさそうじゃん」
「漆原先生はあんま言ってこねーと思うけど」
「まあ、怒られる怒られないもそうだけどさ……あー、これ棚違う。どうりで入らないわけだ」
咲良はいったん本を棚の上に置き、一つ息をついて続けた。
「頼まれたこと放り出したなーとか、悪かったかなあーとか、あとで気にすんのいやじゃん」
普段は面倒なやつだが、こういうとこあるんだよな。
咲良が本棚から引っ張り出した本はちょうど今から向かう棚にしまうものだったので、通りすがりに受け取った。
「お、サンキュー」
「なんか今日多いな」
「たまにあるじゃん。延滞してるやつらが一気に返すとか」
「この調子じゃ、放課後も多いんだろうなあ」
返却された本を一時的に置いておく棚には、今も次々と本が置かれているのだった。
予想は当たり、放課後のほとんどの時間は配架業務に費やした。
大型連休中に借りていた本を大量に返却した人もいたので、いつもより量が多かったらしい。しかも時間があるから普段は読まないようなハードカーバーをと考えているやつらが多くて、やたら分厚い本ばかりだったのもこたえた。
そんな一週間弱の休みでハードカバーを何冊も読めるものだろうか。
「まあいいや、飯」
疲れたらがっつり飯を食う。しかし準備する気力がない。どうする。
なんて、実はもう決まっている。昨日のうちにうどんを買っていたので、釜揚げうどんにしようと思う。といってもうどん茹でて、そのまんまお湯につかった状態で食卓に置き、その都度引き上げて麺つゆにつけて食うだけだ。
麺つゆにはネギをたっぷり入れる。
「いただきます」
湯につかったうどんは何だかふわふわして見える。
つるつる滑ってつかむのが難しい。うまいこと麺つゆが入った器に入れて、思いっきりすする。麺つゆの甘味と出汁のうま味がまず来て、噛むほどに小麦を感じる。もちもちしたような、トロッとしたような食感がいい。
ネギをたっぷり絡めて食べるのがおいしい。シャキシャキとした食感もさることながら、爽やかな風味が加わってうまいんだ。
天かすも入れてみる。
サクサクと香ばしい天かす。うどんのやわやわ触感との違いが面白い。麺つゆを吸ってやわらかくなったのもいい。うどん麺になじんで食べやすくなる。でも、香ばしさはそのまま、いや、つゆを吸ってより引き立つ。
うどんはどっしりと腹にたまるようだが、消化も早いんだよな。
まあ今は満腹なので満足であるがな。
「ごちそうさまでした」
「結局、本はあったのか?」
返却された本を本棚にしまいながら聞けば、百瀬は「あったあった」と苦笑した。
「司書の人に話しかける勇気がないって、呼び出しくらったの」
閉架書庫の本を出してもらうには、司書さんに言わないといけないもんなあ。ちょっと緊張する、その気持ちは分かる。
「妹さん、いくつ?」
「小五。もうちょっと自分で何とかしてくれるといいんだけどねー」
「なんの話してんの? 俺も混ぜろ」
と、やってきたのは咲良だ。
「まあ、年を重ねたからって急に何でもできるようになるわけじゃないか」
なんともまあタイミングよく発せられた百瀬の言葉に思わず吹き出してしまうと、咲良は「なに? なんで俺急にディスられた?」ときょとんとしている。
百瀬は「ああ、違う違う」と笑った。
「妹の話」
「ああー、そういうね」
いや、あながち咲良に当てはまらないこともないと思うのだが。まあ、これ以上言うと面倒なことになりそうなので言わない。
百瀬は本を一冊引き抜いて、ページをめくりながら言った。
「そういえば、妹にうめずのこと聞かれたよ」
「あ?」
「なになに。どうしたの」
「昨日さぁ……」
百瀬が昨日のことを話すと、咲良は「へえ」と興味深そうな様子で相槌を打った。
「えー、俺も行けばよかったー。なんか面白そう」
「で、妹さんがなんだって」
「そうそう。犬好きだからさあ、あいつ。で、ついでに、話してた人誰って」
俺はうめずのついでか。
まあ、別にいいけど。やっぱうめず人気だなあ。
「うめず元気?」
咲良の問いに、ばらばらに並んでいた本の順番を並べ替えながら答える。
「元気元気。よく飯食ってる」
「俺一回散歩してみたいんだよなあ。な、今度うめずの散歩連れてかせてよ」
「お前そのためだけに来るつもりか?」
「おう」
と、咲良は笑っているが、マジで来る可能性があるぞ、こいつ。
うめずの散歩のためだけにうちに来るとか……
「暇かよ」
「ひどい!」
「あっはは……あ、これ借りてこよ~」
「楽しそうだな」
そう言ってやってきたのは漆原先生だ。手には山積みの本がある。
先生はにこにこしながら、その山を俺と咲良に預けた。百瀬はするりと先生の横を抜けて、カウンターに向かっている。
先生はにっこり笑ったまま言った。
「片付け、頼むぞ」
「えー俺当番じゃないですー」
ぶつぶつと文句を垂れる咲良に先生は「その元気があれば何とかなるだろう」と言って、カウンターの方に戻ってしまった。百瀬はもういなかった。
「ちぇー、百瀬あいつ、逃げやがって」
「まあどうせこれは俺の仕事だし。むしろ、お前がやってくれることで仕事が半分になってうれしい」
「俺だけ損してる」
解せぬ、としばらくはすねていた咲良だったが、仕事自体は真面目にやっていた。こういうところ、律儀だよなあ。
「お前、面倒だって押し付けてこねぇんだな」
そう聞けば咲良は「ん~? うん」と、ぎちぎちにつまった本を並べ直しながら言った。
「だって頼まれたこと放り出したら後がめんどくさそうじゃん」
「漆原先生はあんま言ってこねーと思うけど」
「まあ、怒られる怒られないもそうだけどさ……あー、これ棚違う。どうりで入らないわけだ」
咲良はいったん本を棚の上に置き、一つ息をついて続けた。
「頼まれたこと放り出したなーとか、悪かったかなあーとか、あとで気にすんのいやじゃん」
普段は面倒なやつだが、こういうとこあるんだよな。
咲良が本棚から引っ張り出した本はちょうど今から向かう棚にしまうものだったので、通りすがりに受け取った。
「お、サンキュー」
「なんか今日多いな」
「たまにあるじゃん。延滞してるやつらが一気に返すとか」
「この調子じゃ、放課後も多いんだろうなあ」
返却された本を一時的に置いておく棚には、今も次々と本が置かれているのだった。
予想は当たり、放課後のほとんどの時間は配架業務に費やした。
大型連休中に借りていた本を大量に返却した人もいたので、いつもより量が多かったらしい。しかも時間があるから普段は読まないようなハードカーバーをと考えているやつらが多くて、やたら分厚い本ばかりだったのもこたえた。
そんな一週間弱の休みでハードカバーを何冊も読めるものだろうか。
「まあいいや、飯」
疲れたらがっつり飯を食う。しかし準備する気力がない。どうする。
なんて、実はもう決まっている。昨日のうちにうどんを買っていたので、釜揚げうどんにしようと思う。といってもうどん茹でて、そのまんまお湯につかった状態で食卓に置き、その都度引き上げて麺つゆにつけて食うだけだ。
麺つゆにはネギをたっぷり入れる。
「いただきます」
湯につかったうどんは何だかふわふわして見える。
つるつる滑ってつかむのが難しい。うまいこと麺つゆが入った器に入れて、思いっきりすする。麺つゆの甘味と出汁のうま味がまず来て、噛むほどに小麦を感じる。もちもちしたような、トロッとしたような食感がいい。
ネギをたっぷり絡めて食べるのがおいしい。シャキシャキとした食感もさることながら、爽やかな風味が加わってうまいんだ。
天かすも入れてみる。
サクサクと香ばしい天かす。うどんのやわやわ触感との違いが面白い。麺つゆを吸ってやわらかくなったのもいい。うどん麺になじんで食べやすくなる。でも、香ばしさはそのまま、いや、つゆを吸ってより引き立つ。
うどんはどっしりと腹にたまるようだが、消化も早いんだよな。
まあ今は満腹なので満足であるがな。
「ごちそうさまでした」
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