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日常
第三百五話 カレー
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「休みが終わってしまった……」
昼休みの屋上で、咲良が紙パックに入ったヨーグルト風味のジュースのストローをくわえたままそうぼやいた。その声はひどく無気力で、天に向けられた目はすがすがしい青空ではなく虚無を映していた。
「まあ、いつかは終わるよな」
「そんな元も子もないことを」
視線を下に戻した咲良は深くため息をつき、その息にのせて呟いた。
「どうして休みというのは平日よりも早く過ぎていくのだろうか」
「なんでだろうなあ」
学食で売っていた、小さいチュロスの詰め合わせ。紙コップに八個入っていて、ココアとシナモンがそれぞれ四つずつある。シナモンは風味がいい。カリッとした表面にもちもちの中身、なんとなく映画館の香りだ。
「てかさー、特に長期連休となると体感めっちゃ早い気ぃするんだけど」
「分からんでもないが」
「だろー?」
咲良は不満そうに嘆息するとゴロンと仰向けに寝転がった。
ココアの方はほろにがで、甘すぎないのがいい。シナモンの香りも少し移っているのがいい。これと牛乳がよく合う。
「あーあ、早く夏休み来ねーかなあ」
太陽の眩しさに目をすぼめながら、咲良が言う。
「でも夏休みは夏休みで課題大量なんだよなあ。こないだの課題だけで十分だっつーの」
「その課題も、俺らが手を貸してやっと終わったんだもんな」
「うー」
紙コップの底にたまった砂糖とシナモンをザラッと口に入れる。んー、なかなか刺激的な口当たり。砂糖多めだったので幾分かマイルドではあるが、それでもやはりシナモンというのはなかなかの存在感だ。
「ごちそうさま」
腕時計を確認する。さて、そろそろカウンター当番に行かないと。
「図書館行くけど、そのまま日光浴しとくか?」
「これは光合成ですー」
「お前いつの間に葉緑体を……」
「冗談だっての」
よっ、と弾みをつけて咲良は起き上がった。
外の温かさに比べて、室内は結構ひんやりしている。これが夏になると暑くなるんだから、不思議なもんだよなあ。
「夏かぁ、今年は何しようかな~」
「観月が海でも行くかっつってたぞ」
屋上から降りる階段は声も足音もよく響く。咲良は「いいな!」と発した自分のその声にびっくりしていた。
「声がでけえ」
「や、自分もびっくりした。思いのほかでけえ声出た」
へへ、と咲良は笑うと頭の後ろで手を組んだ。
「海かぁ。海は俺、荒れたのしか思い浮かばないんだよね」
図書館の戸を開け、カウンターにつく。
「こんにちは」
「おお、久しぶりだね」
漆原先生はいつもと変わらない様子で悠々と椅子に座っていた。
なぜか咲良もカウンター内に来るが、まあいつものことである。
「で、荒れたのってなんだ」
「それがさあ。今まで三回海に行ったんだけど、毎回急に天候が悪くなって海が大荒れすんだよ。だから近くにある屋外プールで、荒れ狂う海を眺めながら泳いだ記憶しかない」
「プールでは泳げたんだな」
「いや、でもあんまり天候悪すぎて、三回行ったうち二回はプールも閉鎖されたし、閉鎖されなかった一回も少し浸かったぐらいですぐ上がったよ」
散々だな、と咲良は笑った。
「俺がついてったらまた荒れるかも」
「まあ、そん時はそん時だろ。別のとこ行きゃいい」
何も夏に楽しめるものは海だけではない。
「てか海に行くって決まってないけどな」
「それもそうだ。こういうのを杞憂っていうのか?」
「お、難しい言葉知ってるな、偉い偉い」
「その言い方腹立つわぁ」
そう言いながらも咲良は笑っている。
「楽しみだな、夏休み!」
「気が早いなぁ。その前にテストとか、いろいろあるぞ」
「うっ」
一瞬、顔がこわばった咲良だったが、夏の予定を考える楽しみの方が勝ったらしい。
「まあ、頑張れば良し!」
きっとテスト直前になればまた泣きついてくるのだろうなあ、と思いながら、いつも通りにぎやかな咲良に、思わず俺も笑ってしまった。
当然休みも好きだが、いつも通りの日々というのも嫌いじゃない。
ほとんど全自動で動くような、実に手慣れた日々が心地いいと思うのだ。そしてその流れのなかで食う飯がうまいのだ。
今日はカレーを作ろう。シンプルなカレーだ。
まずは豚肉を炒め、程よい厚さに切った玉ねぎ、にんじん、ジャガイモの順に鍋に入れて炒めていく。ある程度炒めたら水を注ぎ少し煮込む。
そしてルーを入れる。どぼん、っていい音がすんだよな。かたまりが残らないようにしっかり混ぜる。
「あー、いい匂い」
らっきょうはもう準備している。
それと温泉卵。ご飯にたっぷりのカレーをよそったら、その上に温泉卵をのせる。いいね、いい眺めだ。
「いただきます」
まずはカレーだけで一口。
甘口だがスパイスが効いていて結構ひりひりする。ご飯の甘味と食感、カレーのスパイシーさがよく合う。まさしくカレー、という味わいだ。おいしい。
ニンジンはほくほくと甘く、ジャガイモはとろとろだ。玉ねぎの存在感も結構ある。
カレーはらっきょうと一緒に食べるのが好きだ。じゃくじゃくとしたらっきょうの食感に酸味、みずみずしさ、それとカレーの風味やとろみがよく合うのだ。幾分か辛さがマイルドになり、その代わり、らっきょうの風味がぶわっと前面に出てくる。らっきょう酢を垂らすのもいい。爽やかな感じになる。
さて、卵を割ってみよう。
おおー、いい色。なじませて食べれば、とてもまろやかな口当たりになる。卵は少し冷たいので温かいカレーとの差が面白い。
豚肉もいい味出てる。ポークカレー、たまに猛烈に食いたくなるんだよ。豚にしかないうま味を味わいたくなるんだ。
明日の朝もカレーになるわけだが、朝は何をトッピングしようかな。
「ごちそうさまでした」
昼休みの屋上で、咲良が紙パックに入ったヨーグルト風味のジュースのストローをくわえたままそうぼやいた。その声はひどく無気力で、天に向けられた目はすがすがしい青空ではなく虚無を映していた。
「まあ、いつかは終わるよな」
「そんな元も子もないことを」
視線を下に戻した咲良は深くため息をつき、その息にのせて呟いた。
「どうして休みというのは平日よりも早く過ぎていくのだろうか」
「なんでだろうなあ」
学食で売っていた、小さいチュロスの詰め合わせ。紙コップに八個入っていて、ココアとシナモンがそれぞれ四つずつある。シナモンは風味がいい。カリッとした表面にもちもちの中身、なんとなく映画館の香りだ。
「てかさー、特に長期連休となると体感めっちゃ早い気ぃするんだけど」
「分からんでもないが」
「だろー?」
咲良は不満そうに嘆息するとゴロンと仰向けに寝転がった。
ココアの方はほろにがで、甘すぎないのがいい。シナモンの香りも少し移っているのがいい。これと牛乳がよく合う。
「あーあ、早く夏休み来ねーかなあ」
太陽の眩しさに目をすぼめながら、咲良が言う。
「でも夏休みは夏休みで課題大量なんだよなあ。こないだの課題だけで十分だっつーの」
「その課題も、俺らが手を貸してやっと終わったんだもんな」
「うー」
紙コップの底にたまった砂糖とシナモンをザラッと口に入れる。んー、なかなか刺激的な口当たり。砂糖多めだったので幾分かマイルドではあるが、それでもやはりシナモンというのはなかなかの存在感だ。
「ごちそうさま」
腕時計を確認する。さて、そろそろカウンター当番に行かないと。
「図書館行くけど、そのまま日光浴しとくか?」
「これは光合成ですー」
「お前いつの間に葉緑体を……」
「冗談だっての」
よっ、と弾みをつけて咲良は起き上がった。
外の温かさに比べて、室内は結構ひんやりしている。これが夏になると暑くなるんだから、不思議なもんだよなあ。
「夏かぁ、今年は何しようかな~」
「観月が海でも行くかっつってたぞ」
屋上から降りる階段は声も足音もよく響く。咲良は「いいな!」と発した自分のその声にびっくりしていた。
「声がでけえ」
「や、自分もびっくりした。思いのほかでけえ声出た」
へへ、と咲良は笑うと頭の後ろで手を組んだ。
「海かぁ。海は俺、荒れたのしか思い浮かばないんだよね」
図書館の戸を開け、カウンターにつく。
「こんにちは」
「おお、久しぶりだね」
漆原先生はいつもと変わらない様子で悠々と椅子に座っていた。
なぜか咲良もカウンター内に来るが、まあいつものことである。
「で、荒れたのってなんだ」
「それがさあ。今まで三回海に行ったんだけど、毎回急に天候が悪くなって海が大荒れすんだよ。だから近くにある屋外プールで、荒れ狂う海を眺めながら泳いだ記憶しかない」
「プールでは泳げたんだな」
「いや、でもあんまり天候悪すぎて、三回行ったうち二回はプールも閉鎖されたし、閉鎖されなかった一回も少し浸かったぐらいですぐ上がったよ」
散々だな、と咲良は笑った。
「俺がついてったらまた荒れるかも」
「まあ、そん時はそん時だろ。別のとこ行きゃいい」
何も夏に楽しめるものは海だけではない。
「てか海に行くって決まってないけどな」
「それもそうだ。こういうのを杞憂っていうのか?」
「お、難しい言葉知ってるな、偉い偉い」
「その言い方腹立つわぁ」
そう言いながらも咲良は笑っている。
「楽しみだな、夏休み!」
「気が早いなぁ。その前にテストとか、いろいろあるぞ」
「うっ」
一瞬、顔がこわばった咲良だったが、夏の予定を考える楽しみの方が勝ったらしい。
「まあ、頑張れば良し!」
きっとテスト直前になればまた泣きついてくるのだろうなあ、と思いながら、いつも通りにぎやかな咲良に、思わず俺も笑ってしまった。
当然休みも好きだが、いつも通りの日々というのも嫌いじゃない。
ほとんど全自動で動くような、実に手慣れた日々が心地いいと思うのだ。そしてその流れのなかで食う飯がうまいのだ。
今日はカレーを作ろう。シンプルなカレーだ。
まずは豚肉を炒め、程よい厚さに切った玉ねぎ、にんじん、ジャガイモの順に鍋に入れて炒めていく。ある程度炒めたら水を注ぎ少し煮込む。
そしてルーを入れる。どぼん、っていい音がすんだよな。かたまりが残らないようにしっかり混ぜる。
「あー、いい匂い」
らっきょうはもう準備している。
それと温泉卵。ご飯にたっぷりのカレーをよそったら、その上に温泉卵をのせる。いいね、いい眺めだ。
「いただきます」
まずはカレーだけで一口。
甘口だがスパイスが効いていて結構ひりひりする。ご飯の甘味と食感、カレーのスパイシーさがよく合う。まさしくカレー、という味わいだ。おいしい。
ニンジンはほくほくと甘く、ジャガイモはとろとろだ。玉ねぎの存在感も結構ある。
カレーはらっきょうと一緒に食べるのが好きだ。じゃくじゃくとしたらっきょうの食感に酸味、みずみずしさ、それとカレーの風味やとろみがよく合うのだ。幾分か辛さがマイルドになり、その代わり、らっきょうの風味がぶわっと前面に出てくる。らっきょう酢を垂らすのもいい。爽やかな感じになる。
さて、卵を割ってみよう。
おおー、いい色。なじませて食べれば、とてもまろやかな口当たりになる。卵は少し冷たいので温かいカレーとの差が面白い。
豚肉もいい味出てる。ポークカレー、たまに猛烈に食いたくなるんだよ。豚にしかないうま味を味わいたくなるんだ。
明日の朝もカレーになるわけだが、朝は何をトッピングしようかな。
「ごちそうさまでした」
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