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第三百話 からあげ
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夕暮れ時。晩飯まで変に時間が空いてしまった。
明日は大型連休の初日。テレビもネットも話題は観光地やら新規オープンのことばかり。同じような情報が繰り返されるので、早々にテレビは消したしスマホも見飽きてしまった。
そういやこないだ映画見に行った街の方じゃ、大型連休の数日、祭りがあるんだったか。人混みはこの間の比ではないだろう。小学生の頃一度だけ通りがかったことがあるけど、もみくちゃにされて大変だった。野球もそれと連動したイベントがあるんだよなあ。
まあ、行かないんだけど。
ずいぶん日が長くなったものだなあ、と思いながら窓辺に近づく。室内は少々ひんやりしているが、外はそこまでない。ふわりと吹いた風はほんのりと太陽のぬくもりをはらんでいる。
「気持ちいいなあ」
「わふっ」
気づけばうめずが足元に来ている。
あ、そういえば最近散歩に行ってないな。せっかく時間あるし、行くか。
この時間に散歩をしている人は案外多いらしい。
のらりくらりと歩いていたら川沿いの通りに出た。家路へ向かうかこれから仕事なのか分からないが、車の通りが多い。ヘッドライトの列を見ているとなんだか落ち着かないのは何だろう。
しかしちょっと裏道に行けば、車の量は途端に減る。時折、地元の人だろうか、通り抜けというか近道として通る車と数台すれ違うばかりだ。
古い建物の多い通りで、普段からどこかさみし気な雰囲気の漂う場所だが、夕暮れ時になると余計にさみしさが増し、少しの怖さもある。遠くに見える工場の黒々とした姿が、錆きって動かなくなってしまったロボットの残骸に見える。
「ちょっと不気味だよなあ……」
「分かる。ちょっと怖いよね」
返ってくるはずのない相槌に、思わず、その声の主がいるであろう方を振り返って後ずさる。突然のその動きにうめずもびっくりしたか「えっ、何」みたいにうろうろしている。
声の主は屈託のない笑みを浮かべ、手をひらひらと振っていた。
「あはは、そんなに驚かなくても」
「観月……お前なあ」
「やー、うめず。久しぶり」
「わうっ」
混乱していたうめずだが、観月の姿を見ると、やがて、尻尾を振り出した。
「散歩?」
「ああ、最近行ってなかったからな。お前は?」
「なんか小腹空いてね。コンビニまで」
そう言って掲げられた観月の手には確かにコンビニの袋が握られている。
「妙にコンビニのフライドチキンが食べたくて」
「そういうときあるよな」
「最後の一個だったからラッキー」
いい香りが漂っているのか、袋に興味津々のうめずが観月の足元にすり寄る。
「おい、うめず」
「あはは。お前は食べちゃダメだぞー。春都においしいものでも作ってもらえ」
「わうぅ」
並んで歩きながら大型連休の話をしていれば、話題は夏休みのことになった。
「春休みは楽しかったよねえ、花見」
「そうだな」
「また集まりたいよね。春都んち集まっちゃう? 広いし」
「お前の家も広いじゃねえか」
そう言い返せば「確かに」とハッとしたようだった。
「でもどっか遊びに行きたいね。海とか?」
「海なあ……海の家の飯って、どうなんかな」
「当たりはずれありそうだよねえ」
しばらく歩いていたら十字路に差し掛かる。まっすぐ行けば観月の家、左に行けばうち、という感じなので、そこで別れることにした。
裏道を選んで選んで、家に向かいながら思う。というか、フライドチキンの話を聞いてずっと思っていた。
からあげ、食いたい。
そんなわけで仕込みをする……が、鶏肉は冷凍なのですぐ食えるわけではない。せいぜい明日の朝、といったところだ。
凍った鶏肉をボウルに入れ、醤油、白だし、レモン汁、酒をかけておく。とりあえずまあ、こんな感じで。冷蔵庫に入れておこう。
晩飯を食って、寝る前に、もう一度鶏肉の様子を見る。ちょっと溶けてるな。
ここにニンニクを入れて揉みこんでまた冷蔵庫に入れておく。こりゃ、明日にはしっかり味が染みててうまいだろうなあ。もう調味料の香りだけでご飯が食べられそうだ。
明日が楽しみだ。
「おっしゃ」
鶏肉、いい感じに解凍されている。しっかり調味料をなじませて、片栗粉をつけて揚げていく。朝からからあげ、とはなんと豪華だろう。ジュワジュワ、ぱちぱちと油が跳ねる音、香ばしい匂い。
「あー、いい」
そういえば野菜、どうしよう。なんもない。
まあいいか。炊き立てのご飯があるだけでよしといえるだろう。レモン汁とポン酢、マヨネーズも準備して。
ああ、そうだ。わかめスープでも飲もう。ピリ辛のやつがあったなあ。
「よし……いただきます」
揚げたてのうちにまず一つ。からあげって、一口目こそ至高だよな。大事にしたい一口だ。
……んー、これこれ。カリッカリの衣にジューシーな肉。香ばしい醤油の風味とニンニクの芳香がたまらない。皮目もいい感じに揚がっている。肉とはまた違った、ちょっとぐにっとした食感、脂の味、これが朝から食えるなんて幸せだなあ。
しっかり味が染みてるし、こりゃ理想的なからあげだな。
そんでもって、この味にマヨネーズが合わないわけがないんだよなあ。まろやかな口当たりに、よく染みた醤油の味、それによって引き立てられる肉のうま味。
ご飯に合うことこの上ない。
お、辛いスープともいい感じだ。ピリッとして鶏肉の淡白な感じとよく合う。つるんとしたわかめの口当たりもいい。
レモン汁をかけると一転、爽やかな心地だ。少し衣がしんなりしたのもまたよしである。ちょっとお弁当っぽくなる。
ポン酢は爽やかさだけでなく、コクも加わった感じである。手羽先のからあげにかけるのがうまいが、これはこれでおいしいのだ。
しかしずいぶんたっぷり揚げてしまったな。こりゃ、昼まで食べられるな。昼飯のおかずに……
いや、たぶん、おやつとしてちまちま食ってたらあっという間だな。
まあそれはそれでいい。食いたい時に食うのが、一番うまいからな。
「ごちそうさまでした」
明日は大型連休の初日。テレビもネットも話題は観光地やら新規オープンのことばかり。同じような情報が繰り返されるので、早々にテレビは消したしスマホも見飽きてしまった。
そういやこないだ映画見に行った街の方じゃ、大型連休の数日、祭りがあるんだったか。人混みはこの間の比ではないだろう。小学生の頃一度だけ通りがかったことがあるけど、もみくちゃにされて大変だった。野球もそれと連動したイベントがあるんだよなあ。
まあ、行かないんだけど。
ずいぶん日が長くなったものだなあ、と思いながら窓辺に近づく。室内は少々ひんやりしているが、外はそこまでない。ふわりと吹いた風はほんのりと太陽のぬくもりをはらんでいる。
「気持ちいいなあ」
「わふっ」
気づけばうめずが足元に来ている。
あ、そういえば最近散歩に行ってないな。せっかく時間あるし、行くか。
この時間に散歩をしている人は案外多いらしい。
のらりくらりと歩いていたら川沿いの通りに出た。家路へ向かうかこれから仕事なのか分からないが、車の通りが多い。ヘッドライトの列を見ているとなんだか落ち着かないのは何だろう。
しかしちょっと裏道に行けば、車の量は途端に減る。時折、地元の人だろうか、通り抜けというか近道として通る車と数台すれ違うばかりだ。
古い建物の多い通りで、普段からどこかさみし気な雰囲気の漂う場所だが、夕暮れ時になると余計にさみしさが増し、少しの怖さもある。遠くに見える工場の黒々とした姿が、錆きって動かなくなってしまったロボットの残骸に見える。
「ちょっと不気味だよなあ……」
「分かる。ちょっと怖いよね」
返ってくるはずのない相槌に、思わず、その声の主がいるであろう方を振り返って後ずさる。突然のその動きにうめずもびっくりしたか「えっ、何」みたいにうろうろしている。
声の主は屈託のない笑みを浮かべ、手をひらひらと振っていた。
「あはは、そんなに驚かなくても」
「観月……お前なあ」
「やー、うめず。久しぶり」
「わうっ」
混乱していたうめずだが、観月の姿を見ると、やがて、尻尾を振り出した。
「散歩?」
「ああ、最近行ってなかったからな。お前は?」
「なんか小腹空いてね。コンビニまで」
そう言って掲げられた観月の手には確かにコンビニの袋が握られている。
「妙にコンビニのフライドチキンが食べたくて」
「そういうときあるよな」
「最後の一個だったからラッキー」
いい香りが漂っているのか、袋に興味津々のうめずが観月の足元にすり寄る。
「おい、うめず」
「あはは。お前は食べちゃダメだぞー。春都においしいものでも作ってもらえ」
「わうぅ」
並んで歩きながら大型連休の話をしていれば、話題は夏休みのことになった。
「春休みは楽しかったよねえ、花見」
「そうだな」
「また集まりたいよね。春都んち集まっちゃう? 広いし」
「お前の家も広いじゃねえか」
そう言い返せば「確かに」とハッとしたようだった。
「でもどっか遊びに行きたいね。海とか?」
「海なあ……海の家の飯って、どうなんかな」
「当たりはずれありそうだよねえ」
しばらく歩いていたら十字路に差し掛かる。まっすぐ行けば観月の家、左に行けばうち、という感じなので、そこで別れることにした。
裏道を選んで選んで、家に向かいながら思う。というか、フライドチキンの話を聞いてずっと思っていた。
からあげ、食いたい。
そんなわけで仕込みをする……が、鶏肉は冷凍なのですぐ食えるわけではない。せいぜい明日の朝、といったところだ。
凍った鶏肉をボウルに入れ、醤油、白だし、レモン汁、酒をかけておく。とりあえずまあ、こんな感じで。冷蔵庫に入れておこう。
晩飯を食って、寝る前に、もう一度鶏肉の様子を見る。ちょっと溶けてるな。
ここにニンニクを入れて揉みこんでまた冷蔵庫に入れておく。こりゃ、明日にはしっかり味が染みててうまいだろうなあ。もう調味料の香りだけでご飯が食べられそうだ。
明日が楽しみだ。
「おっしゃ」
鶏肉、いい感じに解凍されている。しっかり調味料をなじませて、片栗粉をつけて揚げていく。朝からからあげ、とはなんと豪華だろう。ジュワジュワ、ぱちぱちと油が跳ねる音、香ばしい匂い。
「あー、いい」
そういえば野菜、どうしよう。なんもない。
まあいいか。炊き立てのご飯があるだけでよしといえるだろう。レモン汁とポン酢、マヨネーズも準備して。
ああ、そうだ。わかめスープでも飲もう。ピリ辛のやつがあったなあ。
「よし……いただきます」
揚げたてのうちにまず一つ。からあげって、一口目こそ至高だよな。大事にしたい一口だ。
……んー、これこれ。カリッカリの衣にジューシーな肉。香ばしい醤油の風味とニンニクの芳香がたまらない。皮目もいい感じに揚がっている。肉とはまた違った、ちょっとぐにっとした食感、脂の味、これが朝から食えるなんて幸せだなあ。
しっかり味が染みてるし、こりゃ理想的なからあげだな。
そんでもって、この味にマヨネーズが合わないわけがないんだよなあ。まろやかな口当たりに、よく染みた醤油の味、それによって引き立てられる肉のうま味。
ご飯に合うことこの上ない。
お、辛いスープともいい感じだ。ピリッとして鶏肉の淡白な感じとよく合う。つるんとしたわかめの口当たりもいい。
レモン汁をかけると一転、爽やかな心地だ。少し衣がしんなりしたのもまたよしである。ちょっとお弁当っぽくなる。
ポン酢は爽やかさだけでなく、コクも加わった感じである。手羽先のからあげにかけるのがうまいが、これはこれでおいしいのだ。
しかしずいぶんたっぷり揚げてしまったな。こりゃ、昼まで食べられるな。昼飯のおかずに……
いや、たぶん、おやつとしてちまちま食ってたらあっという間だな。
まあそれはそれでいい。食いたい時に食うのが、一番うまいからな。
「ごちそうさまでした」
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