一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百九十七話 都会のカフェ

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 橘が行きたいと言ったところは、フィギュアの専門店だった。当然、これも駅の施設内にあった。

「よく分からんが、すげーいっぱいあるな」

 と、咲良が店内を眺める。正直、フィギュアは俺もよく分かっていない。推しのフィギュアがユーフォーキャッチャーの景品であれば何回か挑戦してみる程度だ。ただ、一つはしっかりしたフィギュアを買ってみたいとは思っている。

「あの、ちょっと見てきていいですか」

 橘は少々興奮気味に言った。

「こんなとこ、めったに来ないもので」

「おー、見て来い見て来い」

「俺らのことは気にすんな。ある程度時間たったら連絡するしさ」

「ありがとうございます!」

 言うが早いか、橘はあっという間に目的の場所へ行ってしまった。

「好きなんだなあ」

 その後ろ姿を見送りながら、咲良が笑った。

 何もしないでいるのもあれなので、せっかくだからと店内を一周してみることにした。

「ラジコンあるぞ、ラジコン。結構な値段すんなあ」

「おもちゃも売ってるぞ。ほれ、あっち」

「わ、ホントだ。なんか見てるだけでもワクワクするなー」

 いまいち遊び方が分からない、海外のボードゲームらしきものを手に「なんだこれ」と箱の側面やら何やらを見ている咲良の隣で、カードゲームの種類の豊富さに感心していたが、少々退屈になってきた。

 何か他のところ、できれば近くに何かないだろうかと店の外にちょっと出てみる。

 人が多い。この波に流されようものなら、迷子になる。そんでもって咲良のことだから、迷子センターで放送でも頼みかねん。

『……ご来店中のお客様に迷子のお知らせをいたします』

 そう、まさに今、かかっている迷子の放送のように。ぼんやりと人波を眺めていたら、咲良がやってきた。

「どしたー? 春都」

「いや、どっか別の店行こうかなーとも思ったけど、この人混みの中行くのが面倒でな」

「迷子になったら放送してやるよ」

『黄色のフード付きの上着に紺色のズボン、赤いスニーカーを履いた六歳の……君をお連れ様が探していらっしゃいます。お心当たりの方……』

「そうそう、こんなふうに……」

 大人の人波にまぎれて、小さい子どもが俺たちの前を横切っていく。一人でこんなとこ来る子どもがいるのか? いや、おかしいだろ。

 黄色のパーカー、紺の半ズボン、真っ赤なスニーカーが目にまぶしい……

「お?」

「あれ、もしかして」

 考えるよりも先に体が動いていた。それは咲良も同じようで「ちょ、ちょっと、おーい」とその子どもを呼び止めた。ためらいがちに振り返った子どもの体は、わずかに震えていた。必死にこらえようとはしているが、つぶらな瞳からは水滴が零れ落ちている。

「えーっと、誰君だっけ?」

 小声で咲良が聞いてくるが、さっきの放送、名前が聞き取れなかったんだよな。

「名前は分からん、でも、迷子だろ」

「だよなあ」

 咲良が少年の視線に合わせるようにしゃがみ込む。

「お父さんとお母さんは?」

 少年のたどたどしい説明を聞くあたり、おもちゃ屋に親と一緒に来ていたが、会計のタイミングで両親とはぐれたということだ。

 ちょうど橘も来たので事情を話すと「ああ、さっきの」とすぐに納得してくれた。お目当ての品はゲットできたらしく、手にはでかい袋が握られている。

「レジの近くにはそれっぽい人いませんでしたし……じゃあ、向こう行きましょう。あそこが一番近いサービスカウンターだと思います」

「おー、そっか」

 子どもがまたどこかへ行ってしまわないようにに三人でそれとなく包囲しながら話していたら、不安そうに子どもが俺を見上げてきた。そうだよなあ、不安だよな。不安っつーか、怖いというか、さみしいというか。いろいろごちゃごちゃするよな。

 しゃがみ込んで視線を合わせる。子どもはどうも苦手だが、そんなこと、行ってられる状況じゃない。

「大丈夫だ。お父さんもお母さんも探してるって言ってた。兄ちゃんたちが連れてってやるから安心しとけ」

 そう言えば少年は大きく一つ頷いて目をこすった。

「よし、いい子だ」

 サービスカウンターまでの道中は、橘が少年の相手をしていた。どうやら少年が好きなキャラクターのキーホルダーがバッグについていたらしく、それで少し緊張を解いたのだとか。

 サービスカウンターに少年の両親はいなかったが、とりあえず係員の人に声をかける。

 最初はひどく不審がられた気もするが、少年の姿を見、状況を説明すると「ありがとうございます」と言われた。

「まさか迷子に遭遇するとは」

 サービスカウンターから離れたところにある休憩所のベンチに座り込む。大した距離を歩いたわけではないが、なんだか疲れている。咲良は続けて言った。

「甘いもん食いたい」

「そーだな」

「なんかありますかねえ」

 こんだけ店があるんだからなんかあるだろうと思っても、いざ、何かが欲しいとなると見つけるのに苦労する。なんかもう近場で手に入るもんでいいんだが。

「あ、あれどうです?」

 橘が指さした先には、都会の象徴的なカフェがあった。

「よっしゃ、そこにしよう」

 せっかくだから、と店内で食うことにした。

 おしゃれな店内、病院の待合室みたいなBGM、客層も地元じゃ見ないような人たちばかりだ。

 季節限定とかあるが、なんとなく目を引かれたキャラメルマキアートにした。アイスかホットか悩むが、アイスで。サイズを選ぶのにちょっと手こずった。

 窓際のカウンター席に座る。店内からは外がよく見えるが、外から店内はよく目を凝らさないと見えないくらいである。

「いただきます」

 おや、思ったよりも甘くない。エスプレッソ? だったかな、なんかメニューに書いてあった。それの苦みが、バニラの芳香とキャラメルソースの甘さによく合う。ミルクのコクもあっておいしい。

 甘いのだが、甘すぎない。ちょうどいいな。

 しっかり混ぜて飲んでみる。口当たりもいいんだよなあ。なめらかで、するする飲める。でもせっかくだし味わいたいものだ。でものど越しいいし、うまいからつい飲んでしまう。

「あー、甘い。おいしい~」

 咲良はイチゴミルクみたいなやつにホイップクリームトッピングして、チョコソースときたもんだ。すーげえ甘そう。

「都会の味ですね!」

 無邪気に笑う橘は、シンプルなカフェラテを注文している。

「キャラメルうまい?」

「うまいぞ」

「抹茶とかも気になりますよね」

 そういや、フラペチーノだとかラテだとか、他にもいろいろあったなあ。今度は別のものも飲んでみたい……が、そういう機会はあるのだろうか。そもそも最寄りの店舗が遠いんだよなあ、などと思っていたら、館内放送が聞こえてきた。

『先ほどの迷子……無事、お連れ様のところに……』

 とぎれとぎれにしか聞き取れなかったが、無事、家族と合流できたらしいことは分かった。

「よかったな」

「安心ですね」

「いいことしちゃったなー、俺達」

 まあ、そういうふうに思うのも悪くないか。

 そんなことをぼんやり思いながら、名残惜しいが、最後の一口を飲み込んだ。



「ごちそうさまでした」

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