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第二百九十六話 餃子定食
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見たい映画が公開されている劇場が街の方にしかないという話をしたら「俺も一緒に見に行きたい!」と咲良が言ったので、日曜に約束を取り付けた。
「……なんか一人増えてるぞ」
待ち合せの駅に着くと、咲良は一人ではなく見覚えのある誰ぞと二人で待っていた。
「なんで橘がここに?」
「いやあ、それが……」
へへ、と眉を下げて笑う橘の代わりに、心底楽しそうな表情をする咲良が説明した。
「途中で会って、暇だって言うからさ。連れてきた」
「そんなノリで……橘お前、断れなかったってことはないのか」
「一緒に連れて行ってくださるのであればやぶさかではないのですが、お二人のお邪魔になるのでは、とは思います」
と、流れるように言う橘。まあ、要するに、喜んで着いてきた、ということだな。
「別についてくるのは構わんが」
「よーし、じゃあ、しゅっぱーつ!」
咲良に急かされるようにして電車に乗りこむ。
なんだか慌ただしい一日になりそうだ。
混みあった電車を降りても、駅構内にはこれまた大量の人がいる。
「えーと、劇場はどこかな」
ここは駅そのものが巨大な街みたいなものである。土産物店はもちろん、生活用品が売ってある施設、クリニック、金融機関、郵便局。天高くそびえたつ建物の上の方には住居スペースもオフィスもある。娯楽施設もあるし、本当、なんでもあるんだよなあ。
「こっちだ、こっち」
と、早々に目的地までの道筋を見つけた咲良が手招きをする。それに素直についていくと、橘が不思議そうに言った。
「なんか意外です。一条先輩が引っ張っていくものだと」
「あー、こういう場所は咲良の方が慣れてんだ。いつも行くような場所なら何とかなるけど、年に何回も行かないようなこういう場所は、俺、無理。地図読めない」
「確かに。春都は突拍子もない方向行くことあるよな」
並んで歩く咲良が言うと、橘は少し興味を示すようにして「例えば?」と聞いてきた。咲良はそれに嬉々として答える。
「こことはまた別の駅に行ったときだったかなあ。ほら、でっけえ画面があるとこ」
「ああ、はい。分かります」
「そこからちょっと離れたとこ、でも、バスとか地下鉄に乗るほどには離れていないとこ……まあ、歩いて行かなきゃいけないところに用があって、一緒に行ってたんだけどさ」
その時のことを思い出しているのか、咲良は少し笑っている。なんとなく癪だったのでぺしっと肩を叩いてやれば「暴力反対~」とふざけたように言う。
「で、どうしたんですか?」
「いや、それがさ。目的地に行くまでの道をちゃんと確認したのにさ、春都が行こうとする道、目的地とは明らかに違う方角なわけ。明らかに通らない歩道橋渡ろうとしたり、曲道逆だったり……」
「そんな違わなかっただろ」
「いや、あの時の俺の苦労、知らねえだろ?」
うーん、そんなにかなあ。まあ、確かにちょっとは違ったかもしんないけどさあ。
「へえ、一条先輩も苦手なことってあるんですね」
橘はそう言って笑う。
「そりゃ人間だしな」
「てっきり、一条先輩は完璧超人だと思ってました。何でもスマートにこなすものだと」
スマート、という言葉とは縁遠いのではなかろうか、俺は。
たどり着いた映画館はなんというか、高級な感じだ。いつも行ってる映画館はファミリー向けって感じで、朝比奈とか百瀬も一緒に行ったショッピングモールの中にある映画館はスタイリッシュだったが、やっぱ場所によって雰囲気違うなあ。
「ポップコーンとか買う?」
券売機の行列に並ぶ直前に咲良が聞いてくる。
「どっちでもいいぞ」
「みんなでシェアしません?」
「じゃあ味どうしようか。塩か、キャラメルか、それ以外か」
飲食物の販売コーナーに目を向ける。今はそこまで人は多くないが、今から増えるだろうなあ。
「決めてくれたら、俺、買ってくる」
そう申し出れば橘が「あ、僕が行きますよ」と慌てたように言う。
「先輩は待っててください」
「気を遣わなくていい」
結局、塩とキャラメルのハーフにした。
席順は端から俺、橘、咲良。何もしなかったのでせめてポップコーンは持ってます! と橘が言ったのでそうなった。
小柄な体に大きなポップコーンの器。なんかいつもより幼く見える。
楽しそうな表情でスクリーンへ向かう橘を見、咲良と視線を合わせる。二人して思わず笑ってしまった。
昼飯は施設内にある、一番リーズナブルな店にした。中華料理のチェーン店だ。
「何にすっかな~」
と、咲良が楽しそうにメニューを見、橘もそわそわした様子だ。
さて、俺は何が食いたい。まずはやっぱり餃子だろう。それとご飯。麺は……今日はいいかなあ。なら、餃子定食でいいか。スープとあと一品、おかずが選べる。
ここは麻婆豆腐にしよう。こないだ食ってうまかったんだよなあ。
「決めた? 俺、ラーメン定食にする」
「はい、決めました! 僕はチャーハン定食で!」
「俺は餃子定食」
中華料理屋は注文してから提供までの間が短い気がする。うどん屋もそうだな。待つ時間も楽しいが、早く出てきてくれるのもまたうれしい。
「いただきます」
まずは餃子からだろう。餃子のたれにしっかりつけて食べる。
熱々の餃子。焦げ目は香ばしくカリサクッとしていて、もちもちの部分との歯触りの違いがいい。肉のうま味がジュワっと噛むたびに染み出し、野菜のみずみずしさも損なわれず、たれとしっかりマッチしている。
これを白米で追いかける幸せたるや。
麻婆豆腐はピリッと辛い。これがまたご飯に合うんだ。豆腐にもしっかり味が染みて、肉も臭みがなくておいしい。
「餃子、にんにく増しとかあったな」
気になるよなあ、と咲良はメニューに目を向ける。
「にんにく抜きもありましたね」
「それはそれでうまそうだよな!」
「にんにく抜きのやつは、しょうが多めになってんだな」
スープはワンタンが入っている。つるっとしていて、のど越しがいい。うま味がじわあっと広がるスープの味がたまらない。
そしてもう一度餃子を。少し冷えているが脂っこくない。むしろうまみが凝縮するようだ。ラー油もつけると味が引き締まる。
「この後どっか行くか?」
そう聞けば橘が控えめに「僕ちょっと気になってるところがあって……」と言う。
「じゃ、そこ行くか」
「そうだな!」
「あ、いいんですか。ありがとうございます」
映画以外はノープランだったので咲良も快く了承する。
なんかデザート、食べたいなあ。なんか売ってるかな。
「ごちそうさまでした」
「……なんか一人増えてるぞ」
待ち合せの駅に着くと、咲良は一人ではなく見覚えのある誰ぞと二人で待っていた。
「なんで橘がここに?」
「いやあ、それが……」
へへ、と眉を下げて笑う橘の代わりに、心底楽しそうな表情をする咲良が説明した。
「途中で会って、暇だって言うからさ。連れてきた」
「そんなノリで……橘お前、断れなかったってことはないのか」
「一緒に連れて行ってくださるのであればやぶさかではないのですが、お二人のお邪魔になるのでは、とは思います」
と、流れるように言う橘。まあ、要するに、喜んで着いてきた、ということだな。
「別についてくるのは構わんが」
「よーし、じゃあ、しゅっぱーつ!」
咲良に急かされるようにして電車に乗りこむ。
なんだか慌ただしい一日になりそうだ。
混みあった電車を降りても、駅構内にはこれまた大量の人がいる。
「えーと、劇場はどこかな」
ここは駅そのものが巨大な街みたいなものである。土産物店はもちろん、生活用品が売ってある施設、クリニック、金融機関、郵便局。天高くそびえたつ建物の上の方には住居スペースもオフィスもある。娯楽施設もあるし、本当、なんでもあるんだよなあ。
「こっちだ、こっち」
と、早々に目的地までの道筋を見つけた咲良が手招きをする。それに素直についていくと、橘が不思議そうに言った。
「なんか意外です。一条先輩が引っ張っていくものだと」
「あー、こういう場所は咲良の方が慣れてんだ。いつも行くような場所なら何とかなるけど、年に何回も行かないようなこういう場所は、俺、無理。地図読めない」
「確かに。春都は突拍子もない方向行くことあるよな」
並んで歩く咲良が言うと、橘は少し興味を示すようにして「例えば?」と聞いてきた。咲良はそれに嬉々として答える。
「こことはまた別の駅に行ったときだったかなあ。ほら、でっけえ画面があるとこ」
「ああ、はい。分かります」
「そこからちょっと離れたとこ、でも、バスとか地下鉄に乗るほどには離れていないとこ……まあ、歩いて行かなきゃいけないところに用があって、一緒に行ってたんだけどさ」
その時のことを思い出しているのか、咲良は少し笑っている。なんとなく癪だったのでぺしっと肩を叩いてやれば「暴力反対~」とふざけたように言う。
「で、どうしたんですか?」
「いや、それがさ。目的地に行くまでの道をちゃんと確認したのにさ、春都が行こうとする道、目的地とは明らかに違う方角なわけ。明らかに通らない歩道橋渡ろうとしたり、曲道逆だったり……」
「そんな違わなかっただろ」
「いや、あの時の俺の苦労、知らねえだろ?」
うーん、そんなにかなあ。まあ、確かにちょっとは違ったかもしんないけどさあ。
「へえ、一条先輩も苦手なことってあるんですね」
橘はそう言って笑う。
「そりゃ人間だしな」
「てっきり、一条先輩は完璧超人だと思ってました。何でもスマートにこなすものだと」
スマート、という言葉とは縁遠いのではなかろうか、俺は。
たどり着いた映画館はなんというか、高級な感じだ。いつも行ってる映画館はファミリー向けって感じで、朝比奈とか百瀬も一緒に行ったショッピングモールの中にある映画館はスタイリッシュだったが、やっぱ場所によって雰囲気違うなあ。
「ポップコーンとか買う?」
券売機の行列に並ぶ直前に咲良が聞いてくる。
「どっちでもいいぞ」
「みんなでシェアしません?」
「じゃあ味どうしようか。塩か、キャラメルか、それ以外か」
飲食物の販売コーナーに目を向ける。今はそこまで人は多くないが、今から増えるだろうなあ。
「決めてくれたら、俺、買ってくる」
そう申し出れば橘が「あ、僕が行きますよ」と慌てたように言う。
「先輩は待っててください」
「気を遣わなくていい」
結局、塩とキャラメルのハーフにした。
席順は端から俺、橘、咲良。何もしなかったのでせめてポップコーンは持ってます! と橘が言ったのでそうなった。
小柄な体に大きなポップコーンの器。なんかいつもより幼く見える。
楽しそうな表情でスクリーンへ向かう橘を見、咲良と視線を合わせる。二人して思わず笑ってしまった。
昼飯は施設内にある、一番リーズナブルな店にした。中華料理のチェーン店だ。
「何にすっかな~」
と、咲良が楽しそうにメニューを見、橘もそわそわした様子だ。
さて、俺は何が食いたい。まずはやっぱり餃子だろう。それとご飯。麺は……今日はいいかなあ。なら、餃子定食でいいか。スープとあと一品、おかずが選べる。
ここは麻婆豆腐にしよう。こないだ食ってうまかったんだよなあ。
「決めた? 俺、ラーメン定食にする」
「はい、決めました! 僕はチャーハン定食で!」
「俺は餃子定食」
中華料理屋は注文してから提供までの間が短い気がする。うどん屋もそうだな。待つ時間も楽しいが、早く出てきてくれるのもまたうれしい。
「いただきます」
まずは餃子からだろう。餃子のたれにしっかりつけて食べる。
熱々の餃子。焦げ目は香ばしくカリサクッとしていて、もちもちの部分との歯触りの違いがいい。肉のうま味がジュワっと噛むたびに染み出し、野菜のみずみずしさも損なわれず、たれとしっかりマッチしている。
これを白米で追いかける幸せたるや。
麻婆豆腐はピリッと辛い。これがまたご飯に合うんだ。豆腐にもしっかり味が染みて、肉も臭みがなくておいしい。
「餃子、にんにく増しとかあったな」
気になるよなあ、と咲良はメニューに目を向ける。
「にんにく抜きもありましたね」
「それはそれでうまそうだよな!」
「にんにく抜きのやつは、しょうが多めになってんだな」
スープはワンタンが入っている。つるっとしていて、のど越しがいい。うま味がじわあっと広がるスープの味がたまらない。
そしてもう一度餃子を。少し冷えているが脂っこくない。むしろうまみが凝縮するようだ。ラー油もつけると味が引き締まる。
「この後どっか行くか?」
そう聞けば橘が控えめに「僕ちょっと気になってるところがあって……」と言う。
「じゃ、そこ行くか」
「そうだな!」
「あ、いいんですか。ありがとうございます」
映画以外はノープランだったので咲良も快く了承する。
なんかデザート、食べたいなあ。なんか売ってるかな。
「ごちそうさまでした」
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