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日常
第二百九十三話 鶏の照り焼き弁当
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「うーん」
昨日の晩に干しておいた洗濯物がまだ湿っている。それもそうか。外は曇天、天気予報は雨、じめじめと蒸し暑く、なんだかすっきりしない。
かといってクーラーをかけるほどの気温でもない。
「この時期が一番面倒なんだよなあ」
こんなことなら昨日のうちに乾燥機にかけておけばよかったなあ、などと思いながら生乾きの洗濯物を回収し、乾燥機に突っ込む。学校行くまでには終わりそうにないし、帰って来てから片づけることにしよう。
こうもじめじめしていると食べ物の管理にもいつも以上に気を遣う。飯は楽しく、おいしく、安全に食えるのが一番だからな。
雨自体はそこまで嫌いじゃないんだけどなあ。むしろ、雨音がかすかに聞こえてくる薄暗い部屋でまどろむのは好きだ。よく眠れるし、寝起きも悪くない。ただこの湿気だけはどうも好きになれんなあ。心なしか体が重い。
「体が湿気ったみたいな感じだ」
ソファではうめずがお行儀よく伏せをしている。
その毛並みは湿気など関係ないというように、とてもつややかだった。
その異変に気付いたのは、わりと早いタイミングだった。
「なんか今日静かだな」
誰にともなくつぶやいたその言葉に反応したのは勇樹だった。
「そうか? むしろうるさくね?」
確かに廊下には教室から出るのをためらうほどの人がひしめき合っている。屋外であるらしかった授業が室内に変更になったとか何とかで、移動教室の人波がえらいことになってんだったか。
そんな廊下を自分の席で眺めながら、違和感の正体を突き止めようとする。
「なんかそういうことじゃなくて……」
「こういう天気の日ってさあ、音がこもる感じするだろ。なんかそれでうるさい気ぃがすんだよな、俺としては」
「気のせいなんかなあ」
いや、気のせいではないと思うのだが。
いつも当たり前のように存在する何かがなくて落ち着かない感じと、その何かがないことで心が落ち着いているところもあるという感じが両方存在する。
「そういえばさ」
と、勇樹は何げなく話す。
「今日は咲良、来てないよな」
「あ」
「あ?」
違和感の正体はそれか。
しかし、昨日はずいぶん元気そうだったのに、今日はどうしたのだろう。休みか。まあ、いつも一緒にいるわけでもないし、クラスでなんかやってんだろ。
「さみしいのか?」
面白いものを見る笑みを浮かべて、勇樹はそう聞いてきた。
「いや別に」
「そこは少しぐらい悩んでやれよ」
「さみしくはない。ただ、ちょっと落ち着かないだけだ」
「まあ、確かに収まり悪いよな」
中学までは一日中一人でいることなんて、ざらだったんだけどなあ。
昼休みになって少ししても咲良は来なかった。休みか、とも思ったが、咲良の席にはリュックサックも鞄もある。たまたま席を外しているだけか?
「一条だ」
そう声をかけてきたのは、顔は知っているが名前をよく知らない、咲良の友人だった。
「井上なら保健室だぞ」
「あ、そうなん。分かった」
一応礼を言って保健室の方へ向かう。こないだ俺が保健室で休んでた時、咲良来てくれたし、まあ、様子を見に行ってやるぐらいはな。
あれ、でもあいつら何で俺が咲良を探してるって分かったんだろ。不思議なこともあるもんだ。
「失礼しまーす」
保健室の中は廊下と打って変わって快適だった。除湿器か何かがあるのだろうか。じめっとしていない。机で作業をしていた羽室先生が顔をあげた。
「あら、一条君。どうかした?」
「あー、えっと、咲良……井上は?」
「それなら」
と、先生が指さした先はベッドの方。ちょうどそちらに視線を向けたタイミングでカーテンが開いた。空いた先には、ベッドに腰掛ける咲良がいた。
「咲良」
「あ、春都。どしたん?」
いつも通りの笑みを浮かべながら、咲良はひらひらと手を振った。
「それはこっちのセリフだ。どうしたんだ、お前」
「いやー、こんな天気だからちょっとしんどくてなあ」
そう言いながら咲良は足をさすった。ああ、そういえば手術したとか言ってたな。
「足もだけど、なんとなく体調悪くて」
「もういいのか?」
「いや、あんまよくないけど、腹減ったし。今日学食だからさあ」
しかしその体調じゃ、学食の熱気はしんどいんじゃなかろうか。いつも通りと思ったが、よく見れば、心なしか顔色悪くも見えるし。
「弁当でいいなら買ってくるけど」
「え、いいよ。そこまでしてもらえねえって」
どうしてこいつはこういう時に遠慮する。
「本音は?」
咲良は決まり悪そうに笑いながら視線をそらして言った。
「……腹減ったけど学食しんどいなあ、と」
「ん、分かった」
羽室先生が「保健室で食事をとっていい」と言ってくれたので、咲良にはそこで待っていてもらうことにした。
「おごりじゃないぞ。あとでちゃんと返せ」
冗談めかして言えば、咲良はやっと納得したらしく「ありがとなあ」と笑った。
今日の弁当はチキンカツだった。あいつ調子悪いっつってたけど大丈夫かなあ、と思ったが、それを見るなりちょっと顔色が戻った。食欲は元気そうで何よりだ。
保健室には長机が二つ、長い辺を合わせるようにして二つ置いてあり、パイプ椅子も何脚かあるのでそこで食べる。咲良とは向かい合って座ることにした。
「いただきます」
俺の弁当は鶏の照り焼きをがっつりご飯の上にのせ、マヨネーズをかけたやつだ。こういう丼っぽい弁当、楽だし、うまいんだよなあ。
照り焼きの味付けは醤油と酒と砂糖のみ。甘さが強めのたれで、ご飯によく合う。噛みしめれば醤油の香ばしさも立ってきて、鶏肉のうま味も心地よい。皮、焼いてすぐはカリッとしてたけど、ふにゃふにゃになってるな。これはこれでうまい。
これにマヨネーズが合うんだなあ。しょっぱさとまろやかさが加わって、いいアクセントになる。
「春都のもうまそうだな」
「ん? そうか?」
「俺、カツも好きだけど、鶏はからあげと照り焼きが好き」
それは分からないでもない。
何なら、からあげを甘辛いたれに絡めたのもうまいよな。温かいのも冷めたのもどっちもおいしくいただける。今度はそれのっけてみようかなあ。
そうそう、卵焼きも忘れてはいけない。今日はがっつり焼いたので少しかたいな。まあ、うまいので良しとする。
冷めてもなおプリプリとした食感の鶏を噛みしめる。ほんと、うまいこと味付けできたな。
今日の晩、温かい丼で食べようかな。
「ごちそうさまでした」
昨日の晩に干しておいた洗濯物がまだ湿っている。それもそうか。外は曇天、天気予報は雨、じめじめと蒸し暑く、なんだかすっきりしない。
かといってクーラーをかけるほどの気温でもない。
「この時期が一番面倒なんだよなあ」
こんなことなら昨日のうちに乾燥機にかけておけばよかったなあ、などと思いながら生乾きの洗濯物を回収し、乾燥機に突っ込む。学校行くまでには終わりそうにないし、帰って来てから片づけることにしよう。
こうもじめじめしていると食べ物の管理にもいつも以上に気を遣う。飯は楽しく、おいしく、安全に食えるのが一番だからな。
雨自体はそこまで嫌いじゃないんだけどなあ。むしろ、雨音がかすかに聞こえてくる薄暗い部屋でまどろむのは好きだ。よく眠れるし、寝起きも悪くない。ただこの湿気だけはどうも好きになれんなあ。心なしか体が重い。
「体が湿気ったみたいな感じだ」
ソファではうめずがお行儀よく伏せをしている。
その毛並みは湿気など関係ないというように、とてもつややかだった。
その異変に気付いたのは、わりと早いタイミングだった。
「なんか今日静かだな」
誰にともなくつぶやいたその言葉に反応したのは勇樹だった。
「そうか? むしろうるさくね?」
確かに廊下には教室から出るのをためらうほどの人がひしめき合っている。屋外であるらしかった授業が室内に変更になったとか何とかで、移動教室の人波がえらいことになってんだったか。
そんな廊下を自分の席で眺めながら、違和感の正体を突き止めようとする。
「なんかそういうことじゃなくて……」
「こういう天気の日ってさあ、音がこもる感じするだろ。なんかそれでうるさい気ぃがすんだよな、俺としては」
「気のせいなんかなあ」
いや、気のせいではないと思うのだが。
いつも当たり前のように存在する何かがなくて落ち着かない感じと、その何かがないことで心が落ち着いているところもあるという感じが両方存在する。
「そういえばさ」
と、勇樹は何げなく話す。
「今日は咲良、来てないよな」
「あ」
「あ?」
違和感の正体はそれか。
しかし、昨日はずいぶん元気そうだったのに、今日はどうしたのだろう。休みか。まあ、いつも一緒にいるわけでもないし、クラスでなんかやってんだろ。
「さみしいのか?」
面白いものを見る笑みを浮かべて、勇樹はそう聞いてきた。
「いや別に」
「そこは少しぐらい悩んでやれよ」
「さみしくはない。ただ、ちょっと落ち着かないだけだ」
「まあ、確かに収まり悪いよな」
中学までは一日中一人でいることなんて、ざらだったんだけどなあ。
昼休みになって少ししても咲良は来なかった。休みか、とも思ったが、咲良の席にはリュックサックも鞄もある。たまたま席を外しているだけか?
「一条だ」
そう声をかけてきたのは、顔は知っているが名前をよく知らない、咲良の友人だった。
「井上なら保健室だぞ」
「あ、そうなん。分かった」
一応礼を言って保健室の方へ向かう。こないだ俺が保健室で休んでた時、咲良来てくれたし、まあ、様子を見に行ってやるぐらいはな。
あれ、でもあいつら何で俺が咲良を探してるって分かったんだろ。不思議なこともあるもんだ。
「失礼しまーす」
保健室の中は廊下と打って変わって快適だった。除湿器か何かがあるのだろうか。じめっとしていない。机で作業をしていた羽室先生が顔をあげた。
「あら、一条君。どうかした?」
「あー、えっと、咲良……井上は?」
「それなら」
と、先生が指さした先はベッドの方。ちょうどそちらに視線を向けたタイミングでカーテンが開いた。空いた先には、ベッドに腰掛ける咲良がいた。
「咲良」
「あ、春都。どしたん?」
いつも通りの笑みを浮かべながら、咲良はひらひらと手を振った。
「それはこっちのセリフだ。どうしたんだ、お前」
「いやー、こんな天気だからちょっとしんどくてなあ」
そう言いながら咲良は足をさすった。ああ、そういえば手術したとか言ってたな。
「足もだけど、なんとなく体調悪くて」
「もういいのか?」
「いや、あんまよくないけど、腹減ったし。今日学食だからさあ」
しかしその体調じゃ、学食の熱気はしんどいんじゃなかろうか。いつも通りと思ったが、よく見れば、心なしか顔色悪くも見えるし。
「弁当でいいなら買ってくるけど」
「え、いいよ。そこまでしてもらえねえって」
どうしてこいつはこういう時に遠慮する。
「本音は?」
咲良は決まり悪そうに笑いながら視線をそらして言った。
「……腹減ったけど学食しんどいなあ、と」
「ん、分かった」
羽室先生が「保健室で食事をとっていい」と言ってくれたので、咲良にはそこで待っていてもらうことにした。
「おごりじゃないぞ。あとでちゃんと返せ」
冗談めかして言えば、咲良はやっと納得したらしく「ありがとなあ」と笑った。
今日の弁当はチキンカツだった。あいつ調子悪いっつってたけど大丈夫かなあ、と思ったが、それを見るなりちょっと顔色が戻った。食欲は元気そうで何よりだ。
保健室には長机が二つ、長い辺を合わせるようにして二つ置いてあり、パイプ椅子も何脚かあるのでそこで食べる。咲良とは向かい合って座ることにした。
「いただきます」
俺の弁当は鶏の照り焼きをがっつりご飯の上にのせ、マヨネーズをかけたやつだ。こういう丼っぽい弁当、楽だし、うまいんだよなあ。
照り焼きの味付けは醤油と酒と砂糖のみ。甘さが強めのたれで、ご飯によく合う。噛みしめれば醤油の香ばしさも立ってきて、鶏肉のうま味も心地よい。皮、焼いてすぐはカリッとしてたけど、ふにゃふにゃになってるな。これはこれでうまい。
これにマヨネーズが合うんだなあ。しょっぱさとまろやかさが加わって、いいアクセントになる。
「春都のもうまそうだな」
「ん? そうか?」
「俺、カツも好きだけど、鶏はからあげと照り焼きが好き」
それは分からないでもない。
何なら、からあげを甘辛いたれに絡めたのもうまいよな。温かいのも冷めたのもどっちもおいしくいただける。今度はそれのっけてみようかなあ。
そうそう、卵焼きも忘れてはいけない。今日はがっつり焼いたので少しかたいな。まあ、うまいので良しとする。
冷めてもなおプリプリとした食感の鶏を噛みしめる。ほんと、うまいこと味付けできたな。
今日の晩、温かい丼で食べようかな。
「ごちそうさまでした」
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