一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
303 / 843
日常

第二百九十三話 鶏の照り焼き弁当

しおりを挟む
「うーん」

 昨日の晩に干しておいた洗濯物がまだ湿っている。それもそうか。外は曇天、天気予報は雨、じめじめと蒸し暑く、なんだかすっきりしない。

 かといってクーラーをかけるほどの気温でもない。

「この時期が一番面倒なんだよなあ」

 こんなことなら昨日のうちに乾燥機にかけておけばよかったなあ、などと思いながら生乾きの洗濯物を回収し、乾燥機に突っ込む。学校行くまでには終わりそうにないし、帰って来てから片づけることにしよう。

 こうもじめじめしていると食べ物の管理にもいつも以上に気を遣う。飯は楽しく、おいしく、安全に食えるのが一番だからな。

 雨自体はそこまで嫌いじゃないんだけどなあ。むしろ、雨音がかすかに聞こえてくる薄暗い部屋でまどろむのは好きだ。よく眠れるし、寝起きも悪くない。ただこの湿気だけはどうも好きになれんなあ。心なしか体が重い。

「体が湿気ったみたいな感じだ」

 ソファではうめずがお行儀よく伏せをしている。

 その毛並みは湿気など関係ないというように、とてもつややかだった。



 その異変に気付いたのは、わりと早いタイミングだった。

「なんか今日静かだな」

 誰にともなくつぶやいたその言葉に反応したのは勇樹だった。

「そうか? むしろうるさくね?」

 確かに廊下には教室から出るのをためらうほどの人がひしめき合っている。屋外であるらしかった授業が室内に変更になったとか何とかで、移動教室の人波がえらいことになってんだったか。

 そんな廊下を自分の席で眺めながら、違和感の正体を突き止めようとする。

「なんかそういうことじゃなくて……」

「こういう天気の日ってさあ、音がこもる感じするだろ。なんかそれでうるさい気ぃがすんだよな、俺としては」

「気のせいなんかなあ」

 いや、気のせいではないと思うのだが。

 いつも当たり前のように存在する何かがなくて落ち着かない感じと、その何かがないことで心が落ち着いているところもあるという感じが両方存在する。

「そういえばさ」

 と、勇樹は何げなく話す。

「今日は咲良、来てないよな」

「あ」

「あ?」

 違和感の正体はそれか。

 しかし、昨日はずいぶん元気そうだったのに、今日はどうしたのだろう。休みか。まあ、いつも一緒にいるわけでもないし、クラスでなんかやってんだろ。

「さみしいのか?」

 面白いものを見る笑みを浮かべて、勇樹はそう聞いてきた。

「いや別に」

「そこは少しぐらい悩んでやれよ」

「さみしくはない。ただ、ちょっと落ち着かないだけだ」

「まあ、確かに収まり悪いよな」

 中学までは一日中一人でいることなんて、ざらだったんだけどなあ。



 昼休みになって少ししても咲良は来なかった。休みか、とも思ったが、咲良の席にはリュックサックも鞄もある。たまたま席を外しているだけか?

「一条だ」

 そう声をかけてきたのは、顔は知っているが名前をよく知らない、咲良の友人だった。

「井上なら保健室だぞ」

「あ、そうなん。分かった」

 一応礼を言って保健室の方へ向かう。こないだ俺が保健室で休んでた時、咲良来てくれたし、まあ、様子を見に行ってやるぐらいはな。

 あれ、でもあいつら何で俺が咲良を探してるって分かったんだろ。不思議なこともあるもんだ。

「失礼しまーす」

 保健室の中は廊下と打って変わって快適だった。除湿器か何かがあるのだろうか。じめっとしていない。机で作業をしていた羽室先生が顔をあげた。

「あら、一条君。どうかした?」

「あー、えっと、咲良……井上は?」

「それなら」

 と、先生が指さした先はベッドの方。ちょうどそちらに視線を向けたタイミングでカーテンが開いた。空いた先には、ベッドに腰掛ける咲良がいた。

「咲良」

「あ、春都。どしたん?」

 いつも通りの笑みを浮かべながら、咲良はひらひらと手を振った。

「それはこっちのセリフだ。どうしたんだ、お前」

「いやー、こんな天気だからちょっとしんどくてなあ」

 そう言いながら咲良は足をさすった。ああ、そういえば手術したとか言ってたな。

「足もだけど、なんとなく体調悪くて」

「もういいのか?」

「いや、あんまよくないけど、腹減ったし。今日学食だからさあ」

 しかしその体調じゃ、学食の熱気はしんどいんじゃなかろうか。いつも通りと思ったが、よく見れば、心なしか顔色悪くも見えるし。

「弁当でいいなら買ってくるけど」

「え、いいよ。そこまでしてもらえねえって」

 どうしてこいつはこういう時に遠慮する。

「本音は?」

 咲良は決まり悪そうに笑いながら視線をそらして言った。

「……腹減ったけど学食しんどいなあ、と」

「ん、分かった」

 羽室先生が「保健室で食事をとっていい」と言ってくれたので、咲良にはそこで待っていてもらうことにした。

「おごりじゃないぞ。あとでちゃんと返せ」

 冗談めかして言えば、咲良はやっと納得したらしく「ありがとなあ」と笑った。



 今日の弁当はチキンカツだった。あいつ調子悪いっつってたけど大丈夫かなあ、と思ったが、それを見るなりちょっと顔色が戻った。食欲は元気そうで何よりだ。

 保健室には長机が二つ、長い辺を合わせるようにして二つ置いてあり、パイプ椅子も何脚かあるのでそこで食べる。咲良とは向かい合って座ることにした。

「いただきます」

 俺の弁当は鶏の照り焼きをがっつりご飯の上にのせ、マヨネーズをかけたやつだ。こういう丼っぽい弁当、楽だし、うまいんだよなあ。

 照り焼きの味付けは醤油と酒と砂糖のみ。甘さが強めのたれで、ご飯によく合う。噛みしめれば醤油の香ばしさも立ってきて、鶏肉のうま味も心地よい。皮、焼いてすぐはカリッとしてたけど、ふにゃふにゃになってるな。これはこれでうまい。

 これにマヨネーズが合うんだなあ。しょっぱさとまろやかさが加わって、いいアクセントになる。

「春都のもうまそうだな」

「ん? そうか?」

「俺、カツも好きだけど、鶏はからあげと照り焼きが好き」

 それは分からないでもない。

 何なら、からあげを甘辛いたれに絡めたのもうまいよな。温かいのも冷めたのもどっちもおいしくいただける。今度はそれのっけてみようかなあ。

 そうそう、卵焼きも忘れてはいけない。今日はがっつり焼いたので少しかたいな。まあ、うまいので良しとする。

 冷めてもなおプリプリとした食感の鶏を噛みしめる。ほんと、うまいこと味付けできたな。

 今日の晩、温かい丼で食べようかな。



「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

(完結)私より妹を優先する夫

青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。 ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。 ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

処理中です...