一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
301 / 854
日常

第二百九十一話 チキン南蛮

しおりを挟む
「うぅ~ん……」

 目を覚ませばまだ外は暗い。視界の端にうめずが映り、一瞬自分の家だと錯覚するが、窓の大きさと部屋の雰囲気をぼんやりと認識して、ここがじいちゃんとばあちゃんの家だと思い出す。

 うめずは昼飯食った後に迎えに行ったんだっけ。月曜の準備も済ませてきたから、もう一晩泊れるんだよなあ。なんかうれしい。

 スマホで確認すれば、十二時ちょっと過ぎ。……うん、もう一回寝よう。

「……はぁ」

 寝ようと思うと眠れないのは何なんだろう。眠いのに眠れない。そういう時ってなんだか気持ちが悪い。

 無理して寝ない方がいいか、いやでも寝ないとしんどいし、でも眠れないし。

 などと考えながら布団の中でゴロゴロする。こうなってくると布団の肌触りすらめちゃくちゃ気になってくる。

「眠れねえ」

 上体を起こして外を見る。さっきは気づかなかったが、月が明るい。くっきり影ができるほどだ。

「ふぁう」

「ん?」

 気持ちよさそうにうめずはあくびをし、おもむろに起き上がる。そしてこちらを向くと、もう一つあくびをしてプルプルと体を揺らした。

「起こしたか」

「わう……」

「おお、なんだなんだ」

 うめずは俺にすり寄ってきたかと思えば、ゆっくりと伏せの体勢になり、そしてまた横になって眠りについた。

「なんだそれは……」

 半身に触れる心地良い温度に、ゆったりと眠気の波が押し寄せてくるのを感じた。

 再び枕に頭をのせる。気持ちよさそうなうめずの寝息を聞くうちに、やがて、眠りに落ちていた。



 もう一度目を覚ました時にはもう、空は白み始めていた。うめずはどんな寝相をしていたのか分からないが、俺の隣から足元まで移動している。

 身支度を済ませ居間に行けば、朝飯の準備がされていた。

「おはよう、春都」

「おはよう」

 ご飯にお吸い物、卵焼きと焼き鮭。写真撮って父さんと母さんに送っておこう。

「いただきます」

 炊き立てご飯の温かさがうれしい。卵焼きはほろっと甘い。

 鮭をほぐし、白米にのせ、一緒に食べる。このしょぱさと鮭のうま味がたまらなくおいしい。皮にはマヨネーズをつけて食べる。生臭さが軽減されておいしさが前面にでてくるんだ。

「ねえ、朝ごはん食べてる途中にあれだけど」

 と、ばあちゃんがお茶をすすりながら聞く。じいちゃんは黙々とご飯を食べているが、その声に少しだけ視線を上げた。

「夜は何食べたい?」

「夜? 昼じゃなくて?」

「お昼はトースト」

 なるほど、もう決まってるんだ。じいちゃんはそれになにも文句を言わない。

「夜かあ……」

 お吸い物を飲みながらぼんやりと考える。白だしのうま味がほっとする。

 そういえば寝なおした時、なんか夢見た気がするんだよなあ。なんだっけ。すげえ楽しかった気もするし、目が覚めた時、無性にさみしくなった気もする。

 遊んでたんだったか、いや違う。断片的に覚えていることをつなげていく。

 何かを食べていたことは思い出した。茶色くて、サクサクで、からあげっぽいけどからあげじゃないもの。

 酸味のある香りが特徴的で、でもそれは揚げたそれそのものから香ってくるのではなく、上にかけられたソースのようなものから香ってきていた。あ、分かった。

「チキン南蛮食べたい」

「お、いいよ」

 ばあちゃんは快く笑い、じいちゃんの方を見れば、小さくながら首を縦に振っている。

「それじゃあ手伝ってもらおうね」

「うん。何すればいい?」

「タルタルソース作って」

「分かった」

 ばあちゃんちで食うと、たいていのものが手作りなんだよなあ。すげえや。

 さ、玉ねぎ刻むなら、覚悟しとかないとなあ。



「うぅ……」

 玉ねぎのみじん切りには、いまだに慣れない。

「大丈夫?」

「大丈夫……」

 しかし、うまいタルタルソース、ひいてはチキン南蛮のためである。頑張る以外の選択肢はないだろう。

 玉ねぎの他にもゆで卵を刻む。すべて刻み終わったらマヨネーズで和える。

 そうしている間にも、隣のコンロではばあちゃんが鶏を揚げている。ジュワア、パチチッといい音だ。甘酢は昼のうちにばあちゃんが作っていて、冷蔵庫に入っている。

「春都、ご飯は?」

「大盛りで」

「さすが、よく食べるね」

 手作りのチキン南蛮を前にして、ご飯が小盛で足りようか。

 すっかりいい色に揚がったチキン南蛮。甘酢とタルタルソースは各々で掛ける。付け合わせはキャベツの千切りだ。

「いただきます」

 まずは、揚げたてを一つ。

 甘酢をかけ、タルタルソースをたっぷりと。衣のザクッとした食感に、ふわっとした鶏の口当たり。ほのかに甘く、香ばしい。シャキシャキとみずみずしいのは玉ねぎ。すうっとさわやかな味わいである。

 甘酢は酸味が控えめで、それでいてうま味がある。タルタルにも負けない風味で、鶏の味を邪魔しない。タルタルソースの卵がそのすべてをまろやかに包み込んだ。

「あー、おいしい」

「そう、よかった」

「たまにはいいな」

 と、じいちゃんもしっかりがっつり食べている。

 キャベツにもタルタルをつけて食べてみる。ん、なんとなくコールスローっぽい気がする。

 少し冷えたチキン南蛮をおかわりした炊き立てご飯の上にのせ、甘酢とタルタルをたっぷりかける。キャベツも一緒にいただこうか。

 ホカホカのご飯にギュっとうま味が凝縮したチキン南蛮。温度と食感の差がいい感じである。キャベツも甘酢を吸ってうま味が増し、少ししんなりした衣がジュワッとおいしさを口の中に染み出させる。

 余ったら明日に、とばあちゃんは言っていたが、これは余りそうにないな。

 甘酢が染みたご飯をかきこむ。この瞬間、チキン南蛮食ってんなあと実感するんだ。

 食いたいものを一番うまい状態で食えるって、いいなあ。あ、そういや明日の弁当、ばあちゃんが作ってくれんだっけ。楽しみだなあ。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...