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日常
第二百八十七話 焼きそば
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「明日から仕事だけど……本当に大丈夫?」
朝から何回目の確認だろうか。俺の足を見るたびに母さんはそう言ってくる。ソファに座り、足をばたつかせながら言う。
「大丈夫だって。もうだいぶ痛みも引いたし」
「そういう時が一番危ないのよ。無理するでしょう」
「しないって」
まったく、心配性だな。
「それじゃあ父さんが残ろうか?」
と、父さんまで言ってくる始末だ。そんなに俺は危なっかしいだろうか。
「いいよ、大丈夫」
「うーん」
これだけ言っても「心配」とはっきり顔に書かれている。さて、どうしたもんかなあ。心配してくれるのはありがたいが、ここまで心配されちゃあ、こっちが申し訳なくなるし、逆に心配になる。
「まあ、ばあちゃんも来るだろうし、いざとなったらお店に行くから」
「そうね。まあ、それなら安心だけど」
やっと少し落ち着いたようである。
「それじゃあ図書館行ってくる」
「待ちなさい」
あれ、俺なんか変なこと言った? 父さんにも母さんにも止められたんだが?
「え、なに」
「どうやって行くつもり?」
「歩きか、チャリ……」
「やめなさい。もー、これだから心配なのよ……」
母さんはため息をつき、父さんも苦笑いを浮かべている。
「別にもうほとんど痛くないし、時々痛いぐらいで……」
「だめよ、ちょっと待ってなさい。買い物も行くし、送ってくわ」
留守番よろしく、と母さんが言うと、父さんは「分かった」と快く返事をした。
別にいいんだけどなあ。
本は返すだけなので、大して時間はとらない。
「買い物するときは車で待ってて」
図書館からスーパーに向かう途中、母さんは赤信号で止まったタイミングでそう言った。
「着いてくるよ。荷物持ち」
「そんな怪我してる人連れてけないでしょう」
「いやそんな大げさな」
結局、カートを押す、という条件付きで着いて行くことにした。車で待ってても暇だしなあ。
花丸スーパーよりも広く、衣料品まで取り揃っているスーパーである。こないだばあちゃんが歩いて来てたところだ。たまに出張で海産物の干物やらなにやら売りに来ていることもある。たいていばあちゃんはその日を狙っているらしい。たくましいな。
「春都、今日の晩ご飯、何食べたい?」
「んー……」
何がいいかなあ。
肉、魚、野菜と大抵のものがそろっているスーパーで飯を考えるのは意外と至難の業だ。選択肢が多すぎて迷う。
「……ああ、あれがいい。焼きそば」
「いいね。最近作ってないし、そうしようか」
それなら、と麺が売ってあるコーナーに向かう。
「焼きそば用の麺を見つけたのよねー。ほら、いつもはちゃんぽん麺でしょ」
「そんなんあるんだ」
「それと、ソースね」
「野菜もいっぱい入れてほしい」
「いいよー」
焼きそばは野菜も主役だよな。キャベツ、もやし、ニンジン、玉ねぎ。肉は豚肉が好きだ。
ソースも焼きそば用があるらしい。今まで気にしたことなかったなあ。
「紅しょうがは? いる?」
「いる」
ないならないでいいけど、あると嬉しい。何なら紅しょうがをマヨネーズであえただけ、っていうのもうまい。
あとは他に必要なものを買って帰る。
あー、晩飯楽しみだなあ。
ソースの香りというのは、どうして無条件にワクワクするのだろう。香ばしく、甘い香り。まあそれは当然、食えるという前提あってのワクワクなのだが。
「今日の晩ご飯はなんだ?」
と、父さんが台所をのぞき込む。その体勢はちょっとぎこちない。やっぱ俺を背負ったのが結構きいたんだろうなあ。申し訳ない。
「焼きそば。ご飯はいる?」
「焼きそばとご飯、いいよね。食べる食べる」
そんな会話をする両親を横目に、テーブルのセッティングをする。紅しょうがは別の器に出し、マヨネーズも準備しないと。
「よーし、できたよ。お父さん、持って行って」
「はい」
真っ白な皿に湯気を立てるつややかな焼きそば。もう見た目からしておいしいな。俺もご飯食べよう。
「いただきます」
まずは麺と野菜をいっぺんに。
つるんとした口当たりにもちもち食感の麺、ざくっざくっといい食感の野菜。この食感の違いがたまらなく好きだ。
キャベツはしゃきしゃきで、ソース味の向こうに甘みを感じる。短冊切りのニンジンはごりっこりっとした感じ。生ではないけど、いい食感が残っている。玉ねぎは存在感がないようでいて、その実、甘みがいい働きをしている。そしてたっぷりのもやし。みずみずしいな。
焼きそば用の麺、確かになんか違う。太すぎず細すぎず、食べ応えはあるけどもったりしない。
「ソースおいしいね。いつものと違う?」
と、父さんが聞くと、母さんは頷いた。
「焼きそば用。やっぱり違うよね」
「濃すぎなくておいしい」
確かに、ソースらしい酸味は控えめで、甘みとうま味が強い気がする。そしてソース味にはマヨネーズがよく合う。まろやかになって、口になじみやすい。
紅しょうがは爽やかだ。だから余計に食べてしまう。マヨネーズもあわせれば一瞬、口の中がパニックになる。いろんなうま味が次々出てきて、でも結局ソース味に落ち着く、みたいな。
ご飯も食べれば完璧だな。白米と焼きそばはよく合うのである。
あれ、焼きそばってこんなにおいしかったかなあ。材料まだ残ってるし、今度また作ってみよう。
今度は目玉焼きとかのせてもいいかもな。オムそばもありか。
「ごちそうさまでした」
朝から何回目の確認だろうか。俺の足を見るたびに母さんはそう言ってくる。ソファに座り、足をばたつかせながら言う。
「大丈夫だって。もうだいぶ痛みも引いたし」
「そういう時が一番危ないのよ。無理するでしょう」
「しないって」
まったく、心配性だな。
「それじゃあ父さんが残ろうか?」
と、父さんまで言ってくる始末だ。そんなに俺は危なっかしいだろうか。
「いいよ、大丈夫」
「うーん」
これだけ言っても「心配」とはっきり顔に書かれている。さて、どうしたもんかなあ。心配してくれるのはありがたいが、ここまで心配されちゃあ、こっちが申し訳なくなるし、逆に心配になる。
「まあ、ばあちゃんも来るだろうし、いざとなったらお店に行くから」
「そうね。まあ、それなら安心だけど」
やっと少し落ち着いたようである。
「それじゃあ図書館行ってくる」
「待ちなさい」
あれ、俺なんか変なこと言った? 父さんにも母さんにも止められたんだが?
「え、なに」
「どうやって行くつもり?」
「歩きか、チャリ……」
「やめなさい。もー、これだから心配なのよ……」
母さんはため息をつき、父さんも苦笑いを浮かべている。
「別にもうほとんど痛くないし、時々痛いぐらいで……」
「だめよ、ちょっと待ってなさい。買い物も行くし、送ってくわ」
留守番よろしく、と母さんが言うと、父さんは「分かった」と快く返事をした。
別にいいんだけどなあ。
本は返すだけなので、大して時間はとらない。
「買い物するときは車で待ってて」
図書館からスーパーに向かう途中、母さんは赤信号で止まったタイミングでそう言った。
「着いてくるよ。荷物持ち」
「そんな怪我してる人連れてけないでしょう」
「いやそんな大げさな」
結局、カートを押す、という条件付きで着いて行くことにした。車で待ってても暇だしなあ。
花丸スーパーよりも広く、衣料品まで取り揃っているスーパーである。こないだばあちゃんが歩いて来てたところだ。たまに出張で海産物の干物やらなにやら売りに来ていることもある。たいていばあちゃんはその日を狙っているらしい。たくましいな。
「春都、今日の晩ご飯、何食べたい?」
「んー……」
何がいいかなあ。
肉、魚、野菜と大抵のものがそろっているスーパーで飯を考えるのは意外と至難の業だ。選択肢が多すぎて迷う。
「……ああ、あれがいい。焼きそば」
「いいね。最近作ってないし、そうしようか」
それなら、と麺が売ってあるコーナーに向かう。
「焼きそば用の麺を見つけたのよねー。ほら、いつもはちゃんぽん麺でしょ」
「そんなんあるんだ」
「それと、ソースね」
「野菜もいっぱい入れてほしい」
「いいよー」
焼きそばは野菜も主役だよな。キャベツ、もやし、ニンジン、玉ねぎ。肉は豚肉が好きだ。
ソースも焼きそば用があるらしい。今まで気にしたことなかったなあ。
「紅しょうがは? いる?」
「いる」
ないならないでいいけど、あると嬉しい。何なら紅しょうがをマヨネーズであえただけ、っていうのもうまい。
あとは他に必要なものを買って帰る。
あー、晩飯楽しみだなあ。
ソースの香りというのは、どうして無条件にワクワクするのだろう。香ばしく、甘い香り。まあそれは当然、食えるという前提あってのワクワクなのだが。
「今日の晩ご飯はなんだ?」
と、父さんが台所をのぞき込む。その体勢はちょっとぎこちない。やっぱ俺を背負ったのが結構きいたんだろうなあ。申し訳ない。
「焼きそば。ご飯はいる?」
「焼きそばとご飯、いいよね。食べる食べる」
そんな会話をする両親を横目に、テーブルのセッティングをする。紅しょうがは別の器に出し、マヨネーズも準備しないと。
「よーし、できたよ。お父さん、持って行って」
「はい」
真っ白な皿に湯気を立てるつややかな焼きそば。もう見た目からしておいしいな。俺もご飯食べよう。
「いただきます」
まずは麺と野菜をいっぺんに。
つるんとした口当たりにもちもち食感の麺、ざくっざくっといい食感の野菜。この食感の違いがたまらなく好きだ。
キャベツはしゃきしゃきで、ソース味の向こうに甘みを感じる。短冊切りのニンジンはごりっこりっとした感じ。生ではないけど、いい食感が残っている。玉ねぎは存在感がないようでいて、その実、甘みがいい働きをしている。そしてたっぷりのもやし。みずみずしいな。
焼きそば用の麺、確かになんか違う。太すぎず細すぎず、食べ応えはあるけどもったりしない。
「ソースおいしいね。いつものと違う?」
と、父さんが聞くと、母さんは頷いた。
「焼きそば用。やっぱり違うよね」
「濃すぎなくておいしい」
確かに、ソースらしい酸味は控えめで、甘みとうま味が強い気がする。そしてソース味にはマヨネーズがよく合う。まろやかになって、口になじみやすい。
紅しょうがは爽やかだ。だから余計に食べてしまう。マヨネーズもあわせれば一瞬、口の中がパニックになる。いろんなうま味が次々出てきて、でも結局ソース味に落ち着く、みたいな。
ご飯も食べれば完璧だな。白米と焼きそばはよく合うのである。
あれ、焼きそばってこんなにおいしかったかなあ。材料まだ残ってるし、今度また作ってみよう。
今度は目玉焼きとかのせてもいいかもな。オムそばもありか。
「ごちそうさまでした」
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