一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百八十六話 遠足の弁当

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「あー、俺もうこのまま図書館にいていいんだけど」

 そう言うのは、カウンターの椅子に座る咲良だ。背もたれにくったりと身を預け、だらしなく腕と足を投げ出している。

「同感だ」

「先生、どうにかならんですか」

「どうにもならんなあ」

 と、詰所にいた先生が頬杖をついて笑う。カウンターから館内を見渡す。薄暗く、とても静かだ。結局、俺たちの他に車で行くのは学年も違う、名も知らぬ二人であった。その二人も友人同士らしく、必然的に俺と咲良は同じ車となった。

「はーい、車組~」

 と、図書館に入ってきたのは羽室先生だ。

「出発しまーす。ほらほら、準備してね~」

「うーす。んじゃ、行ってきますね、先生」

「行ってきます」

「おー。気をつけてな」

 昇降口に向かう途中、咲良が羽室先生に「どっちの車に乗るんすか?」と興味深そうに聞いた。先生は職員昇降口に向かいながら、笑って答える。

「あなたたちと一緒よ。いろいろと荷物を持って行かなきゃいけなくて、あなたたちが乗る方のタクシーの方がトランク、大きいの」

 タクシーで遠足。なんだか響きが優雅である。

「さ、急ぎましょ」

「はーい」

 ひとけのない校舎はなんだかそわそわする。こう、外に出て行ってしまうのがもったいないようである。しかし遠足も楽しみではある。

 まあ、ほとんどドライブだけど。



 車のシートは案外ふかふかで、うちの車よりも車高が低く、景色も違って見えた。

「さすがに桜、咲いてないなあ」

 窓の外を眺めながら咲良がつぶやくと、運転手が「先週まで満開でしたけどねえ」と笑った。

「でも今は、藤の花がきれいですよ」

「ああ、確かに。時季ですねえ」

 それから、タクシー運転手と羽室先生の会話をBGMに、咲良と何でもない話をしたり、外の景色を眺めたりしているうちに、目的地に到着した。途中、歩きの列とすれ違う時は、なんとなく二人そろって身を隠した。

「まだ来てないっぽいですね」

 歩きの連中はまだ到着していないようだ。

「そうねえ。まあ、もう十分もすれば来るでしょう」

「おーい、春都ぉ。こっち来いよ~」

 咲良はもう、ベンチに座ってのんびりしているようだった。

「くつろいでんな、お前」

「気持ちいいぜー」

 咲良の隣に座り、ぼんやりと視線を前にやる。先週まで満開だったらしい桜の木にはもう、若々しい葉が茂っていた。ざわざわと揺れる音、澄み切った風が心地よい。日も暖かく、今日は確かに遠足日和であった。

「遠足って、現地解散だっけ?」

「あー……」

 咲良の問いに記憶をたどる。

「いや、違う。帰ってすぐ解散ってなるだけだ」

「ありゃ、そうだっけ? でもさー、なんかもう現地集合現地解散でよくね? あ、でもそれじゃあ遠足の意味ないか?」

「まあな。それに、一、二時間目は歓迎レクあるし」

 部活動の紹介が主なので、俺の出る幕はないのだが。それこそ、その時間から図書館で待機していたかった。

「バレー部ってあんなユニフォームだったんだな。正直、去年全然見てなかった」

「分かる」

 部活に入る気なんてなかったので、去年は適当に聞き流してたんだよなあ。勇樹がバレー部だって知って、それで初めてまともに部活動紹介聞いたようなもんだし。しかもバレー部だけ。

「お前、去年寝てたろ」

「さすがに歓迎レクでは寝なかった」

「嘘だ」

「嘘じゃねえ」

 桜の名所でもあるこの場所だが、時季を過ぎれば人通りも少ない。でも、それぐらいがちょうどいい。

「……きれいだなあ」

 と、おもむろに咲良がつぶやいた。

「なんかさー、太陽の光がキラキラーッてして、めっちゃきれい」

「確かに、そうだな」

「藤の花ってどこに咲いてんだろうなー」

「帰りに探してみるか」

「いいな、それ」

 車で帰る連中は、歩きの連中が出発してしばらくしての帰還となる。その間は、少し散策してもいいと言われていた。

「老夫婦かよ、お前ら」

 そう声をかけてきたのは百瀬だ。隣には朝比奈もいる。点呼が終わって、俺たちを見つけたらしい。いつの間に到着してたんだ。

「飯食おうぜ」

 その誘いに咲良と目を合わせる。すると咲良は至極真面目に「さて、行くぞ。ばあさん」と言った。「そうですね、おじいさん」と返せば、ノリいいかよ~、と百瀬が笑い、朝比奈もほほ笑んだ。

 まあ、こういうのも悪くない。



 飯を食う場所は決められた範囲内であればどこでもいい。

 幸いにも木陰になっているテーブルと椅子を確保できたので、四人そろって座る。

「いただきます」

 今日の弁当は、ダイナミックにカツがのったものだった。大盛りご飯にカツが二枚。ソースは染み染みで、すりごまも振ってある。

 とりあえずカツだけで一口。しなっとしたところとサクサクのところがある衣、染みたソースが香ばしい。ゴマがあるだけでお店のとんかつっぽくなるな。チキンカツなのであっさりしているが、噛むほどにうまみが出てくるので飽きない。おいしい。

 ご飯には千切りキャベツものっている。みずみずしくていい。ご飯にもちゃんとソースがかけられているのがうれしいな。

「車、どうだった?」

 向かいに座る朝比奈が聞けば、隣に座る咲良が率先して答える。

「すげー優雅。お前ら見かけたときは隠れたけど」

「なんで」

「いや、なんだろう。なあ、春都」

「ああ。なんとなくな」

 さて、次はご飯とカツを一緒に。うん、やっぱりこれこそ最高の形だ。しっとりご飯に吸い付くチキンカツに香ばしいソース味、ゴマの風味。ご飯は冷たいが、噛めば甘い。チキンカツのうま味とご飯の組み合わせは最高にうまい。

 そして、弁当には外せない卵焼き。この甘い卵焼きがあるだけで、どこで食おうと、どんな内容の弁当だろうと、うちの弁当って感じがしてほっとする。

 しかし、カツというのは、揚げたてには揚げたての抗えない魅力があるが、弁当には弁当の譲れないおいしさがある。これだから弁当って、楽しいんだよなあ。お手軽な宝箱とでもいいますか。

 さて、これ食ったら何しよう。一応本は持って来ているが……

 せっかくだし、のんびり自然を楽しむとしよう。



「ごちそうさまでした」

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