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日常
第二百八十五話 青椒肉絲
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当番のために図書館に行けば、当然、漆原先生に足のけがのことを聞かれた。簡潔に事の顛末を話せば「それは災難だったなあ」とわりと真面目に心配してくれた。
「無理しなくてよかったんだぞ? 階段は大変だろうに」
「いや、教室にいてもやることないんで」
「そうか、無理はするなよ。捻挫を甘く見てはいけない」
しばらくはカウンター当番が中心になりそうだ。まあ、楽だな。
「やっぱ慣れないことはするもんじゃないですね」
背もたれに身を預けため息をつきながら言えば、漆原先生は笑った。
「なんだ?」
「体力つけようと思ったらこのざまですよ」
「まあ、そう言うな」
先生は本を何冊か手に取って立ち上がると、俺の頭を二度軽くたたいて書架整理に向かった。
カウンター業務が中心になるといってもいつもと大して変わらない。借りたり返したりするやつらが来ない限り暇だ。あー、漫画読みたい。
「いったた。ちょっと動いただけでも痛い」
「どうした、一条」
「おー、朝比奈」
ちょうど図書館に入ってきた朝比奈がカウンターをのぞき込む。
「怪我でもしたのか」
「ああ、ちょっとな」
こう何度も同じ説明をするのは疲れる。しかしまあ、心配してくれているのはありがたいのだが。
それにしてもあれだな。同じ説明でも人によって反応が違うものだ。朝比奈は少し眉根を寄せ、まるで自分がけがをして痛みを感じているというような表情をした。
「大丈夫なのか?」
「まーな。日常生活に支障は出まくりだけど、生きてる」
「そりゃそうだが」
「あ、いたいたー。一条~」
やけにテンション高めなやつが来たかと思えば、百瀬だ。百瀬はカウンターに両手をつき、何やらとっておきのことを知ってしまった子どもの様な表情をして言った。
「一条、ケガしたんだって? 井上から聞いたよー。大丈夫?」
「あいつ、勝手に……まあ、大丈夫だ」
そっかそっか、と百瀬は手元にあったチラシを取りながら相槌を打つ。
「犬の散歩で疲れて、足もつれてずっこけたってさあ。なんていうか、春都もそういうとこあるんだね」
「どういう意味だ」
「隙がなさそうでいて、実は意外と抜けてるって感じ?」
百瀬はチラシを元に戻すと、あっけらかんと笑った。
「それじゃ、俺戻るね」
「なんだ。本を借りに来たんじゃないのか」
「一条を見に来ただけ。ケガしたって聞いたから、それの確認、みたいな?」
それじゃ、と百瀬は言いたいことを言いたいだけ言って、あっという間に立ち去ってしまった。
何だあいつは、と思っていたら朝比奈が「あいつはああいうやつだから……」とつぶやいた。
「遠足が不便だな」
返却作業をしていたら、朝比奈が聞いてくる。
「どうするんだ?」
「あー、なんか車で行くんだって」
「え、なにそれ」
ちょっとうらやましい、というような視線を向けてくる朝比奈。すると書架整理から戻ってきた先生が「おお、遠足の話か」と会話に入ってきた。先生はカウンター内の椅子に腰かける。
「車で行く連中は、図書館集合だぞ」
「そうなんですね」
「歩いて行く連中が出発して、一時間かそれぐらいしての出発になる。その間は、自由時間だ。教師陣も先に出発するんじゃなかったかな。ああ、養護教諭は別だが」
何それすっげえ理想的じゃん。ていうか。
「そのまま遠足行かなくていいです、俺」
「はは、正直だな」
言うと思った、と先生は笑った。
「先生は行かないんですか」
朝比奈が聞けば、先生はめんどくさそうにひらひらと手を振って答えた。
「行かない行かない、学校で留守番さ」
「えー、いいなあ」
朝比奈と声が重なる。それを聞いて先生は、頬杖をつき、面白そうな笑みを浮かべた。
「……君ら本当にやる気ないな。俺が言えた義理ではないが」
「まー、車で行くのは悪くないですけど、行かなくていいなら行かないですよ。人がいない学校の図書館で本読みまくってたいです」
「あわよくば視聴覚室でアニメ鑑賞を」
と、朝比奈が付け加える。いいな、それ。視聴覚室にはスクリーンがあるし、音響もいいし、見ごたえあるだろうなあ。
ま、それもかなわぬ話か。それなら、遠足をできるだけ楽しまないとなあ。
「あ」
今日の晩飯は青椒肉絲とは聞いていたが、これは驚いた。
「肉が細い。たけのこも入ってる。豪華」
「なんか失礼じゃない? その言い方」
と、台所にいた母さんが笑う。配膳をしていた父さんも「パプリカも入ってるもんなあ」と付け加えた。
「いただきます」
普段は薄切りの豚肉にピーマンだけなのだが、今日はずいぶん彩り豊かである。
細い肉だと青椒肉絲らしいよな。とろみのある味付けをしっかり絡ませて、ピーマンと一緒に食べる。豚肉のうま味とピーマンの青い風味、オイスターソースの味がいい。青椒肉絲はご飯に合う。というか、中華は白米が欲しくなる味なんだよな。
さて、たけのこはどうだ。
「あー……食感がいい」
「そんなに?」
「青椒肉絲のたけのこ、好き」
ばあちゃんがたけのこをくれてよかった。濃い中華味をまとったシャキシャキでみずみずしいたけのこはうまいことこの上ない。
パプリカはほのかに甘く、肉の塩気を引き立てる。
青椒肉絲は野菜だけでもうまい。みずみずしさと食感、中華の味付けをされれば、立派なご飯のおかずだ。
でもやっぱり肉うまい。全部一緒に食うのが一番うまい。
がっつり肉と野菜のうま味を味わい、オイスターソースの風味でご飯をかきこむ。あー、最高だ。
あ、足の痛み、忘れてた。
やっぱうまい飯って、いいよな。
「ごちそうさまでした」
「無理しなくてよかったんだぞ? 階段は大変だろうに」
「いや、教室にいてもやることないんで」
「そうか、無理はするなよ。捻挫を甘く見てはいけない」
しばらくはカウンター当番が中心になりそうだ。まあ、楽だな。
「やっぱ慣れないことはするもんじゃないですね」
背もたれに身を預けため息をつきながら言えば、漆原先生は笑った。
「なんだ?」
「体力つけようと思ったらこのざまですよ」
「まあ、そう言うな」
先生は本を何冊か手に取って立ち上がると、俺の頭を二度軽くたたいて書架整理に向かった。
カウンター業務が中心になるといってもいつもと大して変わらない。借りたり返したりするやつらが来ない限り暇だ。あー、漫画読みたい。
「いったた。ちょっと動いただけでも痛い」
「どうした、一条」
「おー、朝比奈」
ちょうど図書館に入ってきた朝比奈がカウンターをのぞき込む。
「怪我でもしたのか」
「ああ、ちょっとな」
こう何度も同じ説明をするのは疲れる。しかしまあ、心配してくれているのはありがたいのだが。
それにしてもあれだな。同じ説明でも人によって反応が違うものだ。朝比奈は少し眉根を寄せ、まるで自分がけがをして痛みを感じているというような表情をした。
「大丈夫なのか?」
「まーな。日常生活に支障は出まくりだけど、生きてる」
「そりゃそうだが」
「あ、いたいたー。一条~」
やけにテンション高めなやつが来たかと思えば、百瀬だ。百瀬はカウンターに両手をつき、何やらとっておきのことを知ってしまった子どもの様な表情をして言った。
「一条、ケガしたんだって? 井上から聞いたよー。大丈夫?」
「あいつ、勝手に……まあ、大丈夫だ」
そっかそっか、と百瀬は手元にあったチラシを取りながら相槌を打つ。
「犬の散歩で疲れて、足もつれてずっこけたってさあ。なんていうか、春都もそういうとこあるんだね」
「どういう意味だ」
「隙がなさそうでいて、実は意外と抜けてるって感じ?」
百瀬はチラシを元に戻すと、あっけらかんと笑った。
「それじゃ、俺戻るね」
「なんだ。本を借りに来たんじゃないのか」
「一条を見に来ただけ。ケガしたって聞いたから、それの確認、みたいな?」
それじゃ、と百瀬は言いたいことを言いたいだけ言って、あっという間に立ち去ってしまった。
何だあいつは、と思っていたら朝比奈が「あいつはああいうやつだから……」とつぶやいた。
「遠足が不便だな」
返却作業をしていたら、朝比奈が聞いてくる。
「どうするんだ?」
「あー、なんか車で行くんだって」
「え、なにそれ」
ちょっとうらやましい、というような視線を向けてくる朝比奈。すると書架整理から戻ってきた先生が「おお、遠足の話か」と会話に入ってきた。先生はカウンター内の椅子に腰かける。
「車で行く連中は、図書館集合だぞ」
「そうなんですね」
「歩いて行く連中が出発して、一時間かそれぐらいしての出発になる。その間は、自由時間だ。教師陣も先に出発するんじゃなかったかな。ああ、養護教諭は別だが」
何それすっげえ理想的じゃん。ていうか。
「そのまま遠足行かなくていいです、俺」
「はは、正直だな」
言うと思った、と先生は笑った。
「先生は行かないんですか」
朝比奈が聞けば、先生はめんどくさそうにひらひらと手を振って答えた。
「行かない行かない、学校で留守番さ」
「えー、いいなあ」
朝比奈と声が重なる。それを聞いて先生は、頬杖をつき、面白そうな笑みを浮かべた。
「……君ら本当にやる気ないな。俺が言えた義理ではないが」
「まー、車で行くのは悪くないですけど、行かなくていいなら行かないですよ。人がいない学校の図書館で本読みまくってたいです」
「あわよくば視聴覚室でアニメ鑑賞を」
と、朝比奈が付け加える。いいな、それ。視聴覚室にはスクリーンがあるし、音響もいいし、見ごたえあるだろうなあ。
ま、それもかなわぬ話か。それなら、遠足をできるだけ楽しまないとなあ。
「あ」
今日の晩飯は青椒肉絲とは聞いていたが、これは驚いた。
「肉が細い。たけのこも入ってる。豪華」
「なんか失礼じゃない? その言い方」
と、台所にいた母さんが笑う。配膳をしていた父さんも「パプリカも入ってるもんなあ」と付け加えた。
「いただきます」
普段は薄切りの豚肉にピーマンだけなのだが、今日はずいぶん彩り豊かである。
細い肉だと青椒肉絲らしいよな。とろみのある味付けをしっかり絡ませて、ピーマンと一緒に食べる。豚肉のうま味とピーマンの青い風味、オイスターソースの味がいい。青椒肉絲はご飯に合う。というか、中華は白米が欲しくなる味なんだよな。
さて、たけのこはどうだ。
「あー……食感がいい」
「そんなに?」
「青椒肉絲のたけのこ、好き」
ばあちゃんがたけのこをくれてよかった。濃い中華味をまとったシャキシャキでみずみずしいたけのこはうまいことこの上ない。
パプリカはほのかに甘く、肉の塩気を引き立てる。
青椒肉絲は野菜だけでもうまい。みずみずしさと食感、中華の味付けをされれば、立派なご飯のおかずだ。
でもやっぱり肉うまい。全部一緒に食うのが一番うまい。
がっつり肉と野菜のうま味を味わい、オイスターソースの風味でご飯をかきこむ。あー、最高だ。
あ、足の痛み、忘れてた。
やっぱうまい飯って、いいよな。
「ごちそうさまでした」
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