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日常
第二百八十四話 弁当
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大した距離でもない通学路が、とても長く感じる。
足を引きずりながらの登校は骨が折れるなあ。足の骨は折れてないけど。でも、歩くのしんどい。あー、誰か台車にのせて連れてってくんねーかなあ。
「はあ……」
平坦な道は何とかなったが、階段は鬼門だ。手すりを握って一段昇ってみる。あ、痛い。
「あれー、どしたの。春都」
階段でもだもだしていたら咲良がやってきた。
「よお、咲良か。いや、足が痛くて、階段しんどいなあ、と」
「えー、だいじょぶ? あ、おんぶする?」
「結構だ」
緊急事態で相手が親だったからまだ何とか耐え忍べたものをこの状況で知り合いは当然いるし人が大勢の場所で同級生におんぶされるのは、ちょっと、はばかられる。
いや、別に悪いとは言わないけどさ。それこそ恥ずい。
「気持ちは感謝する」
「じゃあ荷物持ってやるよ」
と、咲良はさっと、リュックサックと鞄を俺から取り上げた。すっと体が軽くなって、だいぶ負担が減った。
「悪いな」
「これぐらい余裕。てか、そんなに悪いならエレベーター使ったらいいのに」
「あれ、先生の許可なしじゃ乗れねえだろ」
図書館がある方の棟にはエレベーターがある。抱えるには重すぎる荷物を運ぶ時とか、階段を上るのに不自由があるときとかなら、許可とって使っていいことになっている。
教室から遠いし、意外と不便なんだよなあ、エレベーターの位置。もともと来客用らしいし、まあ、生徒にとって不便でも当然か。
「ほい、到着」
結局、教室まで持って来てもらってしまった。
「今度から登下校、補助してやろうか」
「いや、もう大丈夫だ。ありがとう」
「そお? なんかあったら呼べよなー」
咲良は笑ってひらひらと手を振ると、自分の教室に帰って行った。
「ふー……」
まさかここまで歩行に支障が出るとはなあ。椅子に座ると何となく落ち着いた。
この調子じゃあ、遠足は歩いて行けそうにないな。確か車で連れてってくれるんだっけ。先生に言わなきゃなあ。
あ、でも、なんかそれはそれで楽しそうだな?
「で、なんでそんな状態になったわけ?」
休み時間にロッカーで荷物の整理をしていたら、通りがかった咲良に声をかけられた。
「それがさあ……」
一応周りを見回し、咲良にもう少し近づくようにジェスチャーをして、声を潜めて話す。
「うめずと散歩した帰りに、疲れて、足もつれて階段でずっこけた」
「まじで?」
「しっ! 声がでかい」
咲良は笑いをこらえるように咳払いをし、ロッカーにもたれかかる。
「散歩で転ぶって……どんだけ遠出したんだよ」
「いや、俺体力ないし、遠足結構遠いし、去年死ぬ思いしたし。だから体力つけようかなーと……」
「でも歩けないじゃん。その様子だと、遠足までに治らないんじゃね?」
「う、それは、まあ……先生に言ったら、問答無用で車で行けって言われたけど」
ふーん、そっか、と咲良は何かを考えるように呟いた。こういう時のこいつは、ろくでもないことを考えているか、やけに冴えたことを言う前かのどちらかだ。圧倒的に前者であることが多い。
「俺も頼んでみようかなー、古傷が痛みますって言ってさ」
「は? 古傷?」
「うん。足の手術したところ。まあ、たまに痛むのは嘘じゃないし……」
「ちょっと待て、手術ってなんだ」
平然と話を続ける咲良に聞けば、咲良はあっけらかんとした様子で「あれ?」と首を傾げた。
「言ってなかったっけ? 俺、足結構な大手術してるよ?」
「聞いてねえ」
「言ってなかったかなあ。てか、結構傷跡すごいし、気づいてるものかと」
だからどうしてこいつは心底どうでもいいようなことで大騒ぎするくせに、結構、いや、かなり重要なことは話さないんだ。気づかなかった俺も俺だけども。
咲良はこともなげに笑って言ったものだ。
「かなり傷跡がすごいからさあ、中学の時は散々いろいろ言われてたよ。春都は何も言ってこねえし、気を遣ってるものだとてっきり」
「いや、むしろ今まで気を遣わずに申し訳ないとすら思っているところだ」
「だいじょぶだって。今のところ日常生活に支障が出るほどじゃないし」
そんなことより、と咲良はポケットに突っ込んでいたらしい財布をちらつかせて笑った。
「昼飯は春都の教室来るからさ、安静にしてろよ?」
何とか午前中を乗り越え、やっとのことで昼休みだ。今日は母さんが弁当を作ってくれている。
「あ、そうそう。俺も車で行くことになったから」
学食で買ってきたらしい弁当とパンを持って、咲良は勇樹の席に座った。勇樹は部活の集まりがあるらしい。ちなみに、勇樹にも足のけがの話をしたら「どんくさいなあ」と笑われた。一応、心配はしてくれたけども。
「あっさり決まったんだな」
「そー。なんか言われっかなーって思ったんだけどさ、むしろ、去年はよく歩いたな、って感心されたよ」
それは俺も思う。
「いただきます」
さて、今日の弁当は、卵焼きにからあげ、アスパラを炒めたものに小さなエビフライとプチトマト。うまそうだ。
まずはからあげを一口。冷えた弁当のからあげはうま味がギュッと凝縮している。しんなりした衣が舌に吸い付き、少しかたくなった肉を引きちぎるようにして食べるのが好きだ。これがご飯に合う。今日は野菜のふりかけがかかっている。これ、甘くてうまいんだ。
「一緒の車に乗れるといいなー。違うやつと乗るのはなんかいやだ。人見知りする」
「お前が、人見知り?」
そう聞き返せば、咲良は、俺だって人見知りしますー、と謎に偉そうに言った。
アスパラはシンプルに塩コショウで炒めてある。みずみずしくて、食感もいい。塩コショウの具合がところどころ濃かったり薄かったりするが、それもまた味というものである。青臭い感じが好きだなあ。
プチトマトは……お、今日のは妙に甘いぞ。朝食ったのも甘かったけど、酸味がないトマトもいいもんだな。
小さなエビフライは衣にまでえびの味が染みているようだ。醤油がかかっているので香ばしい。
卵焼き。あ、なんか久しぶりの甘さ。おいしい。
「遠足で行くとこさ、桜がきれいなんだろ? まだ咲いてるかなあ」
「どうだろうな」
あの辺りは毎年結構長いこと咲いているような気もするが……果たしてどうだろう。
その辺も楽しみだな。あ、弁当は母さんが作ってくれるんだったか。去年は自分で作ったけど、そっか、今年は。
今回の遠足は、楽しめそうだな。足痛いけど。
「ごちそうさまでした」
足を引きずりながらの登校は骨が折れるなあ。足の骨は折れてないけど。でも、歩くのしんどい。あー、誰か台車にのせて連れてってくんねーかなあ。
「はあ……」
平坦な道は何とかなったが、階段は鬼門だ。手すりを握って一段昇ってみる。あ、痛い。
「あれー、どしたの。春都」
階段でもだもだしていたら咲良がやってきた。
「よお、咲良か。いや、足が痛くて、階段しんどいなあ、と」
「えー、だいじょぶ? あ、おんぶする?」
「結構だ」
緊急事態で相手が親だったからまだ何とか耐え忍べたものをこの状況で知り合いは当然いるし人が大勢の場所で同級生におんぶされるのは、ちょっと、はばかられる。
いや、別に悪いとは言わないけどさ。それこそ恥ずい。
「気持ちは感謝する」
「じゃあ荷物持ってやるよ」
と、咲良はさっと、リュックサックと鞄を俺から取り上げた。すっと体が軽くなって、だいぶ負担が減った。
「悪いな」
「これぐらい余裕。てか、そんなに悪いならエレベーター使ったらいいのに」
「あれ、先生の許可なしじゃ乗れねえだろ」
図書館がある方の棟にはエレベーターがある。抱えるには重すぎる荷物を運ぶ時とか、階段を上るのに不自由があるときとかなら、許可とって使っていいことになっている。
教室から遠いし、意外と不便なんだよなあ、エレベーターの位置。もともと来客用らしいし、まあ、生徒にとって不便でも当然か。
「ほい、到着」
結局、教室まで持って来てもらってしまった。
「今度から登下校、補助してやろうか」
「いや、もう大丈夫だ。ありがとう」
「そお? なんかあったら呼べよなー」
咲良は笑ってひらひらと手を振ると、自分の教室に帰って行った。
「ふー……」
まさかここまで歩行に支障が出るとはなあ。椅子に座ると何となく落ち着いた。
この調子じゃあ、遠足は歩いて行けそうにないな。確か車で連れてってくれるんだっけ。先生に言わなきゃなあ。
あ、でも、なんかそれはそれで楽しそうだな?
「で、なんでそんな状態になったわけ?」
休み時間にロッカーで荷物の整理をしていたら、通りがかった咲良に声をかけられた。
「それがさあ……」
一応周りを見回し、咲良にもう少し近づくようにジェスチャーをして、声を潜めて話す。
「うめずと散歩した帰りに、疲れて、足もつれて階段でずっこけた」
「まじで?」
「しっ! 声がでかい」
咲良は笑いをこらえるように咳払いをし、ロッカーにもたれかかる。
「散歩で転ぶって……どんだけ遠出したんだよ」
「いや、俺体力ないし、遠足結構遠いし、去年死ぬ思いしたし。だから体力つけようかなーと……」
「でも歩けないじゃん。その様子だと、遠足までに治らないんじゃね?」
「う、それは、まあ……先生に言ったら、問答無用で車で行けって言われたけど」
ふーん、そっか、と咲良は何かを考えるように呟いた。こういう時のこいつは、ろくでもないことを考えているか、やけに冴えたことを言う前かのどちらかだ。圧倒的に前者であることが多い。
「俺も頼んでみようかなー、古傷が痛みますって言ってさ」
「は? 古傷?」
「うん。足の手術したところ。まあ、たまに痛むのは嘘じゃないし……」
「ちょっと待て、手術ってなんだ」
平然と話を続ける咲良に聞けば、咲良はあっけらかんとした様子で「あれ?」と首を傾げた。
「言ってなかったっけ? 俺、足結構な大手術してるよ?」
「聞いてねえ」
「言ってなかったかなあ。てか、結構傷跡すごいし、気づいてるものかと」
だからどうしてこいつは心底どうでもいいようなことで大騒ぎするくせに、結構、いや、かなり重要なことは話さないんだ。気づかなかった俺も俺だけども。
咲良はこともなげに笑って言ったものだ。
「かなり傷跡がすごいからさあ、中学の時は散々いろいろ言われてたよ。春都は何も言ってこねえし、気を遣ってるものだとてっきり」
「いや、むしろ今まで気を遣わずに申し訳ないとすら思っているところだ」
「だいじょぶだって。今のところ日常生活に支障が出るほどじゃないし」
そんなことより、と咲良はポケットに突っ込んでいたらしい財布をちらつかせて笑った。
「昼飯は春都の教室来るからさ、安静にしてろよ?」
何とか午前中を乗り越え、やっとのことで昼休みだ。今日は母さんが弁当を作ってくれている。
「あ、そうそう。俺も車で行くことになったから」
学食で買ってきたらしい弁当とパンを持って、咲良は勇樹の席に座った。勇樹は部活の集まりがあるらしい。ちなみに、勇樹にも足のけがの話をしたら「どんくさいなあ」と笑われた。一応、心配はしてくれたけども。
「あっさり決まったんだな」
「そー。なんか言われっかなーって思ったんだけどさ、むしろ、去年はよく歩いたな、って感心されたよ」
それは俺も思う。
「いただきます」
さて、今日の弁当は、卵焼きにからあげ、アスパラを炒めたものに小さなエビフライとプチトマト。うまそうだ。
まずはからあげを一口。冷えた弁当のからあげはうま味がギュッと凝縮している。しんなりした衣が舌に吸い付き、少しかたくなった肉を引きちぎるようにして食べるのが好きだ。これがご飯に合う。今日は野菜のふりかけがかかっている。これ、甘くてうまいんだ。
「一緒の車に乗れるといいなー。違うやつと乗るのはなんかいやだ。人見知りする」
「お前が、人見知り?」
そう聞き返せば、咲良は、俺だって人見知りしますー、と謎に偉そうに言った。
アスパラはシンプルに塩コショウで炒めてある。みずみずしくて、食感もいい。塩コショウの具合がところどころ濃かったり薄かったりするが、それもまた味というものである。青臭い感じが好きだなあ。
プチトマトは……お、今日のは妙に甘いぞ。朝食ったのも甘かったけど、酸味がないトマトもいいもんだな。
小さなエビフライは衣にまでえびの味が染みているようだ。醤油がかかっているので香ばしい。
卵焼き。あ、なんか久しぶりの甘さ。おいしい。
「遠足で行くとこさ、桜がきれいなんだろ? まだ咲いてるかなあ」
「どうだろうな」
あの辺りは毎年結構長いこと咲いているような気もするが……果たしてどうだろう。
その辺も楽しみだな。あ、弁当は母さんが作ってくれるんだったか。去年は自分で作ったけど、そっか、今年は。
今回の遠足は、楽しめそうだな。足痛いけど。
「ごちそうさまでした」
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