一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
293 / 854
日常

第二百八十四話 弁当

しおりを挟む
 大した距離でもない通学路が、とても長く感じる。

 足を引きずりながらの登校は骨が折れるなあ。足の骨は折れてないけど。でも、歩くのしんどい。あー、誰か台車にのせて連れてってくんねーかなあ。

「はあ……」

 平坦な道は何とかなったが、階段は鬼門だ。手すりを握って一段昇ってみる。あ、痛い。

「あれー、どしたの。春都」

 階段でもだもだしていたら咲良がやってきた。

「よお、咲良か。いや、足が痛くて、階段しんどいなあ、と」

「えー、だいじょぶ? あ、おんぶする?」

「結構だ」

 緊急事態で相手が親だったからまだ何とか耐え忍べたものをこの状況で知り合いは当然いるし人が大勢の場所で同級生におんぶされるのは、ちょっと、はばかられる。

 いや、別に悪いとは言わないけどさ。それこそ恥ずい。

「気持ちは感謝する」

「じゃあ荷物持ってやるよ」

 と、咲良はさっと、リュックサックと鞄を俺から取り上げた。すっと体が軽くなって、だいぶ負担が減った。

「悪いな」

「これぐらい余裕。てか、そんなに悪いならエレベーター使ったらいいのに」

「あれ、先生の許可なしじゃ乗れねえだろ」

 図書館がある方の棟にはエレベーターがある。抱えるには重すぎる荷物を運ぶ時とか、階段を上るのに不自由があるときとかなら、許可とって使っていいことになっている。

 教室から遠いし、意外と不便なんだよなあ、エレベーターの位置。もともと来客用らしいし、まあ、生徒にとって不便でも当然か。

「ほい、到着」

 結局、教室まで持って来てもらってしまった。

「今度から登下校、補助してやろうか」

「いや、もう大丈夫だ。ありがとう」

「そお? なんかあったら呼べよなー」

 咲良は笑ってひらひらと手を振ると、自分の教室に帰って行った。

「ふー……」

 まさかここまで歩行に支障が出るとはなあ。椅子に座ると何となく落ち着いた。

 この調子じゃあ、遠足は歩いて行けそうにないな。確か車で連れてってくれるんだっけ。先生に言わなきゃなあ。

 あ、でも、なんかそれはそれで楽しそうだな?



「で、なんでそんな状態になったわけ?」

 休み時間にロッカーで荷物の整理をしていたら、通りがかった咲良に声をかけられた。

「それがさあ……」

 一応周りを見回し、咲良にもう少し近づくようにジェスチャーをして、声を潜めて話す。

「うめずと散歩した帰りに、疲れて、足もつれて階段でずっこけた」

「まじで?」

「しっ! 声がでかい」

 咲良は笑いをこらえるように咳払いをし、ロッカーにもたれかかる。

「散歩で転ぶって……どんだけ遠出したんだよ」

「いや、俺体力ないし、遠足結構遠いし、去年死ぬ思いしたし。だから体力つけようかなーと……」

「でも歩けないじゃん。その様子だと、遠足までに治らないんじゃね?」

「う、それは、まあ……先生に言ったら、問答無用で車で行けって言われたけど」

 ふーん、そっか、と咲良は何かを考えるように呟いた。こういう時のこいつは、ろくでもないことを考えているか、やけに冴えたことを言う前かのどちらかだ。圧倒的に前者であることが多い。

「俺も頼んでみようかなー、古傷が痛みますって言ってさ」

「は? 古傷?」

「うん。足の手術したところ。まあ、たまに痛むのは嘘じゃないし……」

「ちょっと待て、手術ってなんだ」

 平然と話を続ける咲良に聞けば、咲良はあっけらかんとした様子で「あれ?」と首を傾げた。

「言ってなかったっけ? 俺、足結構な大手術してるよ?」

「聞いてねえ」

「言ってなかったかなあ。てか、結構傷跡すごいし、気づいてるものかと」

 だからどうしてこいつは心底どうでもいいようなことで大騒ぎするくせに、結構、いや、かなり重要なことは話さないんだ。気づかなかった俺も俺だけども。

 咲良はこともなげに笑って言ったものだ。

「かなり傷跡がすごいからさあ、中学の時は散々いろいろ言われてたよ。春都は何も言ってこねえし、気を遣ってるものだとてっきり」

「いや、むしろ今まで気を遣わずに申し訳ないとすら思っているところだ」

「だいじょぶだって。今のところ日常生活に支障が出るほどじゃないし」

 そんなことより、と咲良はポケットに突っ込んでいたらしい財布をちらつかせて笑った。

「昼飯は春都の教室来るからさ、安静にしてろよ?」



 何とか午前中を乗り越え、やっとのことで昼休みだ。今日は母さんが弁当を作ってくれている。

「あ、そうそう。俺も車で行くことになったから」

 学食で買ってきたらしい弁当とパンを持って、咲良は勇樹の席に座った。勇樹は部活の集まりがあるらしい。ちなみに、勇樹にも足のけがの話をしたら「どんくさいなあ」と笑われた。一応、心配はしてくれたけども。

「あっさり決まったんだな」

「そー。なんか言われっかなーって思ったんだけどさ、むしろ、去年はよく歩いたな、って感心されたよ」

 それは俺も思う。

「いただきます」

 さて、今日の弁当は、卵焼きにからあげ、アスパラを炒めたものに小さなエビフライとプチトマト。うまそうだ。

 まずはからあげを一口。冷えた弁当のからあげはうま味がギュッと凝縮している。しんなりした衣が舌に吸い付き、少しかたくなった肉を引きちぎるようにして食べるのが好きだ。これがご飯に合う。今日は野菜のふりかけがかかっている。これ、甘くてうまいんだ。

「一緒の車に乗れるといいなー。違うやつと乗るのはなんかいやだ。人見知りする」

「お前が、人見知り?」

 そう聞き返せば、咲良は、俺だって人見知りしますー、と謎に偉そうに言った。

 アスパラはシンプルに塩コショウで炒めてある。みずみずしくて、食感もいい。塩コショウの具合がところどころ濃かったり薄かったりするが、それもまた味というものである。青臭い感じが好きだなあ。

 プチトマトは……お、今日のは妙に甘いぞ。朝食ったのも甘かったけど、酸味がないトマトもいいもんだな。

 小さなエビフライは衣にまでえびの味が染みているようだ。醤油がかかっているので香ばしい。

 卵焼き。あ、なんか久しぶりの甘さ。おいしい。

「遠足で行くとこさ、桜がきれいなんだろ? まだ咲いてるかなあ」

「どうだろうな」

 あの辺りは毎年結構長いこと咲いているような気もするが……果たしてどうだろう。

 その辺も楽しみだな。あ、弁当は母さんが作ってくれるんだったか。去年は自分で作ったけど、そっか、今年は。

 今回の遠足は、楽しめそうだな。足痛いけど。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...