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日常
第二百八十二話 たけのこご飯
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バス停まで行くという咲良と一緒に、自転車を押しながら歩く。それにしても暖かくなったものだなあ。
「そんでさ、親は仕事だし、じいちゃんたちは畑仕事行くし、妹はあっちこっち遊びに出るしで、結局、留守番三昧なわけ」
「それなら課題する暇あっただろ」
「来客とかもあるんだよ。それに、遊びに行けない分、ゲームとかするだろ?」
「やることやってしろよ……」
おかげでこっちが大変だ、と言おうとしたとき、ふと、甘い香りが鼻をかすめた。
濃く、やわらかく、甘い香り。これはお菓子とかの香りではないな。何だろう、花?
「なんか甘いにおいする」
「……これ、どっかで嗅いだことある」
スンスンと鼻を鳴らしながら、咲良はあたりを見回す。文房具屋や飲食店、病院と植物の気配はあまりない。
「あ、発見」
と、咲良が見つけたのは濃い茶色の木に咲く真っ白な花だった。西高の入り口付近に、桜にまぎれて佇んでいる。
「ハクモクレンか」
そうつぶやけば、咲良は「あ、知ってんだ」と笑って言った。
「ゲームで出てきた」
その答えに、咲良は少し驚いた様子だった。
「えっ、ハクモクレンとか出てくるゲームって何。めっちゃ風情ある」
花に近寄ると、甘い香りがより濃くなる。なんかお香にも似ている気がする。ものすごく上等な、お金持ちの家の玄関みたいな。それか、めちゃくちゃ煮詰めたバニラの香り。バニラもなかなかの匂いがするんだよな。
「てかお前が知ってることの方がびっくりなんだが、咲良」
「お前の中で俺がどういう位置付けになっているのか分からなくなる時があるぞ、春都」
咲良は苦笑すると、再び歩き出しながら話を続けた。
「ばあちゃんに教えてもらったんだよ。小さい頃はしょっちゅう畑についてってたし、今でも暇があれば手伝ってるし。そういう時にいろいろな」
「ああ、そういうのあるよな」
「な、じいちゃんばあちゃんたちの知識量はすげえよ」
西高近くのバス停に人は少ない。咲良は「じゃ、また明日」と手を振ると、青信号が点滅していた横断歩道を駆け抜けていった。
さて、俺も帰ろう。
「ん?」
自転車にまたがったところで、小さいながらも見慣れた人影を発見した。あれは、ばあちゃんじゃないか?
「ばあちゃん」
「ありゃ、春都。どうしたの」
「図書館にちょっと。ばあちゃんは?」
ばあちゃんの両手には、パンパンに膨れたビニール袋が握られていた。ばあちゃんはこともなげに笑う。
「買い物に行ってたのよ。今日安かったから」
「え、歩いて? この距離を?」
ばあちゃんが握っている袋には、ここからさらに十分ほど歩いた先にあるスーパーのロゴが印刷されていた。
「車は配達に使ってるからね。自転車は荷物が乗り切れないし」
「えー、それめっちゃ大変じゃん。貸して、かごのせる」
自転車から降り、ばあちゃんから一つ袋を受け取る。うわ、ずしっとくる。それに、一袋でかごはパンパンだ。
「もう一つ貸して」
「え? いいよ、大変でしょう」
「大丈夫だから、ほら」
もう一つの袋もなかなかに重い。これ持って家まで帰るって、ばあちゃんは大したもんだ。
「ありがとうねえ」
「ん、大丈夫。通りがかってよかったよ」
今度はばあちゃんの歩幅に合わせて歩いて帰る。今日は安売りがあっていたんだなあ。それにしたって、こんなに買い込むとは。
そういえば母さんから聞いたことがある。ばあちゃんは、物がなくなるのが不安なんだって。だから冷蔵庫の中はいつも充実しているし、戸棚も食べ物であふれている。うちで料理を作ってくれる時も冷蔵庫の中ぎちぎちにしていくし。
そんでもって、それらを全部無駄なく使いまわしていける腕があるのもすごいよなあ。
「いつもこんな買い物してんの?」
黙って歩いている途中、そう聞けば、ばあちゃんは楽しそうに笑って答えた。
「もちろん、車で行くこともあるよ。でも基本は歩きねえ」
だから足腰が強い、ってか。俺、ばあちゃんと同じ歳になって、そんな気持ちでいられるかな。
「……そう」
この歩幅で、これだけの重い荷物を持って、この距離を歩くのは確かにしんどいだろう。今は季節もちょうどいいが、真夏や真冬はいっとうきつそうだ。
「そういえば今日、ハクモクレン見つけた」
「甘い香りがしたでしょう?」
「うん。すっごいした。なんか今も鼻に残ってる気がする」
そういえば幼いころ、裏の庭で遊んでいるときに似たような香りを嗅いだことがあるのを思い出した。
あの時は確か……別の香りもしていたような気がするんだよなあ。
荷物を運んだお礼にと、ばあちゃんからたけのこをもらった。ちゃんと下処理が終わった、立派なたけのこだ。
それを母さんがみそ汁とたけのこご飯にしてくれた。
「いただきます」
たけのこが食卓に並ぶと、春だなあって気分になる。
まずはみそ汁から。
しゃきしゃきとみずみずしい食感に、コリコリとした感じ。たけのこのうま味と繊維はみそで引き立つ。
たけのこのみそ汁にはいつもわかめが入っている。だから、わかたけのみそ汁、なんて呼んでいる。つるんとして磯の香り豊かなわかめは、山の香り豊かなたけのこと相性がいい。
「そういえば」
と、おもむろに口を開いたのは母さんだ。
「春都が小さいころ、たけのこ掘りに行ったよね」
「ああ、行った行った」
母さんの言葉に同意する父さん。おぼろげながらその頃の記憶があるような、ないような。
「ほら、掘りに行ってさ、裏の庭で火を焚いてね」
「精米するときに出る糠を持って帰ってきたなあ」
あ、そうか。ハクモクレンの香りを上書きするようなあの香り、糠の香り。あれはたけのこの記憶だったか。
納得したところでたけのこご飯を食べる。
みそ汁に入っているのよりもしんなりとしているたけのこには、醤油や砂糖の甘辛さが染みている。一緒に入っているニンジンも目に鮮やかだ。モチモチとやわらかい米の食感、やさしいうま味がたまらない。炊き込みごはんとはまた違う、春の香りがする。
たけのこは、先の方が柔らかくておいしい。でも、下の方のゴリッとした食感も捨てがたい。
今じゃあ、季節を問わず色々なものが食べられるわけだけど、旬のものを旬の時期に食べられる幸せとぜいたくは格別だなあ。
……たけのこの下処理の仕方、今度習おう。
「ごちそうさまでした」
「そんでさ、親は仕事だし、じいちゃんたちは畑仕事行くし、妹はあっちこっち遊びに出るしで、結局、留守番三昧なわけ」
「それなら課題する暇あっただろ」
「来客とかもあるんだよ。それに、遊びに行けない分、ゲームとかするだろ?」
「やることやってしろよ……」
おかげでこっちが大変だ、と言おうとしたとき、ふと、甘い香りが鼻をかすめた。
濃く、やわらかく、甘い香り。これはお菓子とかの香りではないな。何だろう、花?
「なんか甘いにおいする」
「……これ、どっかで嗅いだことある」
スンスンと鼻を鳴らしながら、咲良はあたりを見回す。文房具屋や飲食店、病院と植物の気配はあまりない。
「あ、発見」
と、咲良が見つけたのは濃い茶色の木に咲く真っ白な花だった。西高の入り口付近に、桜にまぎれて佇んでいる。
「ハクモクレンか」
そうつぶやけば、咲良は「あ、知ってんだ」と笑って言った。
「ゲームで出てきた」
その答えに、咲良は少し驚いた様子だった。
「えっ、ハクモクレンとか出てくるゲームって何。めっちゃ風情ある」
花に近寄ると、甘い香りがより濃くなる。なんかお香にも似ている気がする。ものすごく上等な、お金持ちの家の玄関みたいな。それか、めちゃくちゃ煮詰めたバニラの香り。バニラもなかなかの匂いがするんだよな。
「てかお前が知ってることの方がびっくりなんだが、咲良」
「お前の中で俺がどういう位置付けになっているのか分からなくなる時があるぞ、春都」
咲良は苦笑すると、再び歩き出しながら話を続けた。
「ばあちゃんに教えてもらったんだよ。小さい頃はしょっちゅう畑についてってたし、今でも暇があれば手伝ってるし。そういう時にいろいろな」
「ああ、そういうのあるよな」
「な、じいちゃんばあちゃんたちの知識量はすげえよ」
西高近くのバス停に人は少ない。咲良は「じゃ、また明日」と手を振ると、青信号が点滅していた横断歩道を駆け抜けていった。
さて、俺も帰ろう。
「ん?」
自転車にまたがったところで、小さいながらも見慣れた人影を発見した。あれは、ばあちゃんじゃないか?
「ばあちゃん」
「ありゃ、春都。どうしたの」
「図書館にちょっと。ばあちゃんは?」
ばあちゃんの両手には、パンパンに膨れたビニール袋が握られていた。ばあちゃんはこともなげに笑う。
「買い物に行ってたのよ。今日安かったから」
「え、歩いて? この距離を?」
ばあちゃんが握っている袋には、ここからさらに十分ほど歩いた先にあるスーパーのロゴが印刷されていた。
「車は配達に使ってるからね。自転車は荷物が乗り切れないし」
「えー、それめっちゃ大変じゃん。貸して、かごのせる」
自転車から降り、ばあちゃんから一つ袋を受け取る。うわ、ずしっとくる。それに、一袋でかごはパンパンだ。
「もう一つ貸して」
「え? いいよ、大変でしょう」
「大丈夫だから、ほら」
もう一つの袋もなかなかに重い。これ持って家まで帰るって、ばあちゃんは大したもんだ。
「ありがとうねえ」
「ん、大丈夫。通りがかってよかったよ」
今度はばあちゃんの歩幅に合わせて歩いて帰る。今日は安売りがあっていたんだなあ。それにしたって、こんなに買い込むとは。
そういえば母さんから聞いたことがある。ばあちゃんは、物がなくなるのが不安なんだって。だから冷蔵庫の中はいつも充実しているし、戸棚も食べ物であふれている。うちで料理を作ってくれる時も冷蔵庫の中ぎちぎちにしていくし。
そんでもって、それらを全部無駄なく使いまわしていける腕があるのもすごいよなあ。
「いつもこんな買い物してんの?」
黙って歩いている途中、そう聞けば、ばあちゃんは楽しそうに笑って答えた。
「もちろん、車で行くこともあるよ。でも基本は歩きねえ」
だから足腰が強い、ってか。俺、ばあちゃんと同じ歳になって、そんな気持ちでいられるかな。
「……そう」
この歩幅で、これだけの重い荷物を持って、この距離を歩くのは確かにしんどいだろう。今は季節もちょうどいいが、真夏や真冬はいっとうきつそうだ。
「そういえば今日、ハクモクレン見つけた」
「甘い香りがしたでしょう?」
「うん。すっごいした。なんか今も鼻に残ってる気がする」
そういえば幼いころ、裏の庭で遊んでいるときに似たような香りを嗅いだことがあるのを思い出した。
あの時は確か……別の香りもしていたような気がするんだよなあ。
荷物を運んだお礼にと、ばあちゃんからたけのこをもらった。ちゃんと下処理が終わった、立派なたけのこだ。
それを母さんがみそ汁とたけのこご飯にしてくれた。
「いただきます」
たけのこが食卓に並ぶと、春だなあって気分になる。
まずはみそ汁から。
しゃきしゃきとみずみずしい食感に、コリコリとした感じ。たけのこのうま味と繊維はみそで引き立つ。
たけのこのみそ汁にはいつもわかめが入っている。だから、わかたけのみそ汁、なんて呼んでいる。つるんとして磯の香り豊かなわかめは、山の香り豊かなたけのこと相性がいい。
「そういえば」
と、おもむろに口を開いたのは母さんだ。
「春都が小さいころ、たけのこ掘りに行ったよね」
「ああ、行った行った」
母さんの言葉に同意する父さん。おぼろげながらその頃の記憶があるような、ないような。
「ほら、掘りに行ってさ、裏の庭で火を焚いてね」
「精米するときに出る糠を持って帰ってきたなあ」
あ、そうか。ハクモクレンの香りを上書きするようなあの香り、糠の香り。あれはたけのこの記憶だったか。
納得したところでたけのこご飯を食べる。
みそ汁に入っているのよりもしんなりとしているたけのこには、醤油や砂糖の甘辛さが染みている。一緒に入っているニンジンも目に鮮やかだ。モチモチとやわらかい米の食感、やさしいうま味がたまらない。炊き込みごはんとはまた違う、春の香りがする。
たけのこは、先の方が柔らかくておいしい。でも、下の方のゴリッとした食感も捨てがたい。
今じゃあ、季節を問わず色々なものが食べられるわけだけど、旬のものを旬の時期に食べられる幸せとぜいたくは格別だなあ。
……たけのこの下処理の仕方、今度習おう。
「ごちそうさまでした」
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