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日常
第二百七十八話 ホットドッグ
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お昼過ぎ、珍しく朝比奈から連絡がきたと思えば「助けてくれ」という。
なんでも今、学校前のコンビニにいるらしい。
「よお、朝比奈」
「……ああ」
朝比奈はくたびれた様子で店内にいた。
事の顛末はこうらしい。春休みになって例のごとく、お姉さんと治樹が連れ立って帰ってきた。そこまではいつも通りだったのだが、せっかく晴れだから、と家の片付けを家族の誰ぞが思いついたらしく、その片付けの間、治樹をどこかに連れ出しておけ、と言われたらしい。
「治樹は?」
「トイレ」
「百瀬の家には行かなかったのか?」
「向こうもきょうだい全員春休みで忙しそうだし」
なるほどなあ。
「咲良は?」
「……子どもが増えるだけだ」
「言えてる」
消去法で俺、というわけか。
「ねー、次さあ……あ、春ちゃんだ」
治樹は濡れた手を朝比奈に突き出し「ハンカチ」と言う。朝比奈は慣れているのか、肩にかけていたカバンからハンカチを取り出した。治樹はそれを奪うように取ると、俺の方を向いた。
「なんでいんの?」
「よお、治樹。相変わらず生意気だな」
「ねー、なんでここにいんの?」
「子守りだ、子守り」
自分で聞いておきながら興味がなくなったのか「ふーん」と治樹は言うと、ハンカチを投げるように朝比奈に渡して、お菓子コーナーへ走って行った。
「おいこら、走るな」
「どれにしよっかなー」
いくつか買ってもらうつもりなのだろうか。あれもこれもと治樹はお菓子を手に取り、やっぱ違うと棚に戻しては、また違ったお菓子を握りしめる。
「一つにしとけ。それより、昼飯買うぞ」
「えー。俺、お菓子を昼飯にする」
「そんなことしたら俺が姉さんに叱られる」
「俺が怒られないならいいし」
何だ、ずいぶん振り回されてんなあ、朝比奈。こないだ行ったときは四人で分担してたからそれなりに相手できてたけど、こりゃ、一人だと手を焼くな。
「おい、治樹」
「なんだ春ちゃん」
嬉々としてお菓子を選び続ける治樹の視線に合わせるようにしゃがめば、治樹は手元のお菓子を眺めながらも、こちらの話を聞いてくれる体勢になった。
「知ってるか。この世の母ちゃんたちはな、世界中のあっちこっちに目と耳を持ってんだぞ」
「意味不明。どういうこと」
「母ちゃんに怒られそうなことを隠れてやっても、絶対にばれるってことだ」
まあ、お菓子を昼飯にするということが絶対に悪いことだとは言い切れないが、飯はしっかり食った方がいい。
助けを求められた以上、何かしないとなあ。
「うそだあ」
と、治樹はバカにしたように言ってくる。ちびの相手をするとき、ここであきらめてはいけない。
「嘘じゃねーって」
「えー、でもどこにも目も耳もないじゃん」
「そりゃそうだ。うじゃうじゃ耳と目が見えたらやべえだろ。それに、ばれたら監視ができなくなる」
「かんし?」
「見張りだ、見張り」
しばらくは信じていない様子の治樹だったが、終始真顔で、低い声で話していたらだんだんその表情が深刻なものになってきた。
「……マジなの?」
「マジ」
その一言の後、少しして、治樹はお菓子を一つに絞ると「向こう見に行く」と、弁当やおにぎりなんかが陳列されてあるコーナーへ向かった。
「まさか本当に効くとは」
真剣に飯を選ぶ治樹に聞こえないように呟けば、朝比奈は「効くだろ、あれは」とぼそっと返してきた。
「一条が真剣に話すと、何でも信じてしまいそうになる」
「えー? 俺そんなかあ?」
「いやもう、本当なんだろうな、と。魔法が使えるって言っても信じるかもしれん」
「大げさな」
でも実際、親って隠れてやったことをなぜか知ってんだよな。だからあながち、嘘でもないんだが。
まあいいや。俺らも昼飯買わないと。
治樹たっての希望で、昼飯はコンビニ横の公園で食うことにした。
「いただきます」
「なー、見て。俺な、これ買った」
朝比奈と並んで向かいに座る治樹が見せつけてきたのは二つのおにぎりと一つのサンドイッチだった。ツナマヨとエビマヨ、サンドイッチは生クリームにフルーツときたもんだ。
「食いきれるのか?」
「食える!」
「すごいなあ」
朝比奈はおにぎり二つ。
「……足りるのか?」
「なんか、疲れてのど通らねえ」
まあ、俺もホットドッグ一つなのだが。いざとなれば帰ってなんか食おう。
コンビニのレンジで温めてもらったので熱々だ。パンが少しへたってはいるが、いい香りである。
ふすっ、と空気が抜けるようなパンの食感。ねっとりというか、噛み応えがあって甘みがある。これがウインナーの塩気とよく合うのだ。
シンプルなケチャップとマスタードという味に、なんとなくほっとする。
これに合わせるのはコーラだ。ホットドッグとコーラ、なんだかアメリカっぽい組み合わせというか。
あ、なんだ。みじん切りの玉ねぎも入っているのか。刺激はほとんどなく、甘みとみずみずしさが際立つ。
「なんか悪いな、一条。付き合わせてしまって」
と、朝比奈が申し訳なさそうに言う。その隣では治樹が小さい手と口で一生懸命におにぎりを食べていた。
「や、別に。たまには外に出ろって親にも言われたし」
「まあ……一条は色、白いもんな」
「なんだよ。お前もどっこいどっこいだろう」
そう言えば、朝比奈はいつものように、控えめに笑った。
ホットドックの、最後のひとかけらを口に放り込む。
昼間の日差しがずいぶん強くなってきた。過ごしやすい気候をとうに通り越してしまったようにも思えるほどだ。まだ四月なのになあ。
まあ、季節が過ぎるのはあっという間か。
旬のものは、食えるうちに食っとかないといけないな。
「ごちそうさまでした」
なんでも今、学校前のコンビニにいるらしい。
「よお、朝比奈」
「……ああ」
朝比奈はくたびれた様子で店内にいた。
事の顛末はこうらしい。春休みになって例のごとく、お姉さんと治樹が連れ立って帰ってきた。そこまではいつも通りだったのだが、せっかく晴れだから、と家の片付けを家族の誰ぞが思いついたらしく、その片付けの間、治樹をどこかに連れ出しておけ、と言われたらしい。
「治樹は?」
「トイレ」
「百瀬の家には行かなかったのか?」
「向こうもきょうだい全員春休みで忙しそうだし」
なるほどなあ。
「咲良は?」
「……子どもが増えるだけだ」
「言えてる」
消去法で俺、というわけか。
「ねー、次さあ……あ、春ちゃんだ」
治樹は濡れた手を朝比奈に突き出し「ハンカチ」と言う。朝比奈は慣れているのか、肩にかけていたカバンからハンカチを取り出した。治樹はそれを奪うように取ると、俺の方を向いた。
「なんでいんの?」
「よお、治樹。相変わらず生意気だな」
「ねー、なんでここにいんの?」
「子守りだ、子守り」
自分で聞いておきながら興味がなくなったのか「ふーん」と治樹は言うと、ハンカチを投げるように朝比奈に渡して、お菓子コーナーへ走って行った。
「おいこら、走るな」
「どれにしよっかなー」
いくつか買ってもらうつもりなのだろうか。あれもこれもと治樹はお菓子を手に取り、やっぱ違うと棚に戻しては、また違ったお菓子を握りしめる。
「一つにしとけ。それより、昼飯買うぞ」
「えー。俺、お菓子を昼飯にする」
「そんなことしたら俺が姉さんに叱られる」
「俺が怒られないならいいし」
何だ、ずいぶん振り回されてんなあ、朝比奈。こないだ行ったときは四人で分担してたからそれなりに相手できてたけど、こりゃ、一人だと手を焼くな。
「おい、治樹」
「なんだ春ちゃん」
嬉々としてお菓子を選び続ける治樹の視線に合わせるようにしゃがめば、治樹は手元のお菓子を眺めながらも、こちらの話を聞いてくれる体勢になった。
「知ってるか。この世の母ちゃんたちはな、世界中のあっちこっちに目と耳を持ってんだぞ」
「意味不明。どういうこと」
「母ちゃんに怒られそうなことを隠れてやっても、絶対にばれるってことだ」
まあ、お菓子を昼飯にするということが絶対に悪いことだとは言い切れないが、飯はしっかり食った方がいい。
助けを求められた以上、何かしないとなあ。
「うそだあ」
と、治樹はバカにしたように言ってくる。ちびの相手をするとき、ここであきらめてはいけない。
「嘘じゃねーって」
「えー、でもどこにも目も耳もないじゃん」
「そりゃそうだ。うじゃうじゃ耳と目が見えたらやべえだろ。それに、ばれたら監視ができなくなる」
「かんし?」
「見張りだ、見張り」
しばらくは信じていない様子の治樹だったが、終始真顔で、低い声で話していたらだんだんその表情が深刻なものになってきた。
「……マジなの?」
「マジ」
その一言の後、少しして、治樹はお菓子を一つに絞ると「向こう見に行く」と、弁当やおにぎりなんかが陳列されてあるコーナーへ向かった。
「まさか本当に効くとは」
真剣に飯を選ぶ治樹に聞こえないように呟けば、朝比奈は「効くだろ、あれは」とぼそっと返してきた。
「一条が真剣に話すと、何でも信じてしまいそうになる」
「えー? 俺そんなかあ?」
「いやもう、本当なんだろうな、と。魔法が使えるって言っても信じるかもしれん」
「大げさな」
でも実際、親って隠れてやったことをなぜか知ってんだよな。だからあながち、嘘でもないんだが。
まあいいや。俺らも昼飯買わないと。
治樹たっての希望で、昼飯はコンビニ横の公園で食うことにした。
「いただきます」
「なー、見て。俺な、これ買った」
朝比奈と並んで向かいに座る治樹が見せつけてきたのは二つのおにぎりと一つのサンドイッチだった。ツナマヨとエビマヨ、サンドイッチは生クリームにフルーツときたもんだ。
「食いきれるのか?」
「食える!」
「すごいなあ」
朝比奈はおにぎり二つ。
「……足りるのか?」
「なんか、疲れてのど通らねえ」
まあ、俺もホットドッグ一つなのだが。いざとなれば帰ってなんか食おう。
コンビニのレンジで温めてもらったので熱々だ。パンが少しへたってはいるが、いい香りである。
ふすっ、と空気が抜けるようなパンの食感。ねっとりというか、噛み応えがあって甘みがある。これがウインナーの塩気とよく合うのだ。
シンプルなケチャップとマスタードという味に、なんとなくほっとする。
これに合わせるのはコーラだ。ホットドッグとコーラ、なんだかアメリカっぽい組み合わせというか。
あ、なんだ。みじん切りの玉ねぎも入っているのか。刺激はほとんどなく、甘みとみずみずしさが際立つ。
「なんか悪いな、一条。付き合わせてしまって」
と、朝比奈が申し訳なさそうに言う。その隣では治樹が小さい手と口で一生懸命におにぎりを食べていた。
「や、別に。たまには外に出ろって親にも言われたし」
「まあ……一条は色、白いもんな」
「なんだよ。お前もどっこいどっこいだろう」
そう言えば、朝比奈はいつものように、控えめに笑った。
ホットドックの、最後のひとかけらを口に放り込む。
昼間の日差しがずいぶん強くなってきた。過ごしやすい気候をとうに通り越してしまったようにも思えるほどだ。まだ四月なのになあ。
まあ、季節が過ぎるのはあっという間か。
旬のものは、食えるうちに食っとかないといけないな。
「ごちそうさまでした」
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