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日常
第二百七十七話 ハンバーグ定食
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数日の晴天とは打って変わって、今日は朝から生温かい雨が降っている。
渡したい土産があるからと、今日は店の方に来ていた。裏の部屋に横になり、窓の外を眺める。居間からは父さんと母さんがじいちゃんとばあちゃんに土産の説明をしている声が聞こえてくる。
しとしとと降り続ける雨の行方を眺めるのは退屈しない。窓に打ちつける雨粒、葉を揺らす水滴、水たまりに震えるのは桜の花びらか。
「春都~」
と、こちらの部屋にばあちゃんが来た。
「ん?」
見れば笑って手招きをしている。ゆったりと上体を起こし、立ち上がる。
「寝てた?」
「んーん。どした?」
「お茶入れようと思って。お菓子もあるよ」
自分よりもはるかに小柄で、シャキシャキと歩くばあちゃんの後姿はいつも見ていて不思議な気分になる。
「手伝うよ」
「ありがとう」
並んで台所に立つと、背の高さの差が余計に顕著になる。ばあちゃんの身長に合わせて作ったらしい台所は、少し背が低い。だからここで作業をするときは少しかがまないといけない。
「体勢きつくない? 大丈夫?」
「ん、平気」
まあ、きつくないといえば嘘になるのだが、なんというか、自分がかなり背の高い人になった気分がして嫌ではない。
長いこと使っているはずなのに茶渋が少しもない、きれいな急須に茶葉を入れお湯を注ぐ。
「あ、ありがとー。食べよう食べよう」
いそいそと母さんがテーブルの上に準備していたのは、あまり見慣れないお菓子だった。クッキーにも見えるが、そうとも言い切れない感じ。
「なにこれ」
「ロシアケーキ」
「ケーキ……ケーキ?」
クッキー生地のようなものの中央に赤いジャム。あ、緑もある。チョコがけとかもあるんだなあ。
「いただきます」
とりあえず、一番目を引いた赤いジャムのやつにしよう。
さくっと、ほろほろっとした甘いクッキー生地。それに、ねちっとした食感のジャム。酸味もあるかと思ったが、しっかり甘い。バターの風味もして、いかにも洋菓子って味がする。おいしいな。
これに緑茶を合わせる。なんだか不思議な感じ、まさに和洋折衷。でも、このほろ苦さと甘みが合う。
「ねえ、せっかくだし夜はどこか食べに行かない?」
二つ目のロシアケーキに手を伸ばしながら、母さんが言った。
「そうね。最近行ってないもんね」
ばあちゃんは笑って了承した。じいちゃんも黙ってはいるが首を縦に振っている。
「春都、どこ行きたい?」
「えー……どこって……」
正直チェーン店以外あまり思いつかない。うどんかファストフードか。でもせっかくだし、もうちょい違うもん、普段一人で入らないような店のものが食いたい。
「どこがいいかなあ」
「和風? 洋風? 中華?」
「肉か魚か」
父さんと母さんが畳みかけるように聞いてくる。ちょっと待ってくれ。
俺は今、何が食いたいだろう。肉、魚。なんていうか、こう、がっつりしたの。定食。定食が食いたい。
でも定食屋ってこの辺にあったっけ。
「あ、分かった。あそこ行きたい」
「どこ?」
「はなぞの」
「ああ、いいね」
はなぞの、とはレストランの名前だ。ずいぶん昔からある店で、定食、ランチメニュー、おつまみに酒、デザートと、バラエティ豊かなメニューが揃っている。ただちょっと距離があるのでめったに行かないのだが。
こういう時じゃないと、行くことないよな。
「はなぞの」の店内はレトロというか、全体的に昭和っぽい。
座敷席にカウンター、テーブル席があるが、俺たちはテーブル席に通された。
「さー、何食べよっか」
それぞれに配られたメニューを眺める。からあげ、生姜焼き、エビフライは頭付き。お値段もそこそこだなあ。
あ、これ。これいいな。
「俺、ハンバーグ定食」
ご飯とみそ汁、それに小鉢とたっぷりの付け合わせサラダ。うまそう。
「いいね、じゃ、頼もうか」
父さんが代表して注文してくれた。
からあげも悩んだけど、今日はハンバーグの気分だ。父さんは鶏の照り焼き定食、母さんは生姜焼き定食、じいちゃんは焼肉定食で、ばあちゃんは野菜炒め定食を頼んだらしい。
「お待たせしましたー」
運ばれてきた定食は、それはもうすきっ腹には魅力的すぎる見た目をしていた。
「いただきます」
ふっくらとしたハンバーグにはきらきらと照明の光を受けてきらめく、香ばしいソースがかかっている。早く食べたいが、焦らすようにとりあえずご飯とみそ汁の蓋を開ける。定食ならではだよな、蓋つき。
みそ汁の具は巻き麩とわかめ。うちの味噌より薄いが、うまい。
和風ドレッシングがかかった、キャベツとレタスを一口。さっぱりしている。
そんでもって、満を持してハンバーグ。つやつやの白米の上に、切り分けたハンバーグをいったん置く。そして、ご飯と一緒に一口で。
ふわっとしていながらしっかり歯ごたえ。肉のうま味がちゃんと分かりつつ、醤油ベースの玉ねぎソースがうまいこと肉の臭みを消している。噛むとあふれる肉汁に、白いご飯。文句なしにおいしい。
ハンバーグだけで食ってみる。より肉らしさが伝わってくるようだ。ソースをしっかり絡めて食うのがうまい。
二切れだけのトマト。酸味でさっぱりする。
「おいしそうに食べるな、春都」
と、向かいに座ったじいちゃんが笑う。
「おいしい」
「そうか」
小鉢はゼンマイを炊いたやつ。苦みは遠く、食感と風味が好きだ。米に合う。
でもやっぱハンバーグ食いたい。ああ、もう残りが少なくなってしまった。食べているのだから当然だ。まあ、名残惜しいからといって食べるのをやめるわけではないのだが。
うまいもんはうまいうちに、おいしくいただく。これ、大事。
こういうのを、至福っていうんだろうなあ。家族そろってうまい飯を食う。俺にとって、これ以上ない幸福だ。
「ごちそうさまでした」
渡したい土産があるからと、今日は店の方に来ていた。裏の部屋に横になり、窓の外を眺める。居間からは父さんと母さんがじいちゃんとばあちゃんに土産の説明をしている声が聞こえてくる。
しとしとと降り続ける雨の行方を眺めるのは退屈しない。窓に打ちつける雨粒、葉を揺らす水滴、水たまりに震えるのは桜の花びらか。
「春都~」
と、こちらの部屋にばあちゃんが来た。
「ん?」
見れば笑って手招きをしている。ゆったりと上体を起こし、立ち上がる。
「寝てた?」
「んーん。どした?」
「お茶入れようと思って。お菓子もあるよ」
自分よりもはるかに小柄で、シャキシャキと歩くばあちゃんの後姿はいつも見ていて不思議な気分になる。
「手伝うよ」
「ありがとう」
並んで台所に立つと、背の高さの差が余計に顕著になる。ばあちゃんの身長に合わせて作ったらしい台所は、少し背が低い。だからここで作業をするときは少しかがまないといけない。
「体勢きつくない? 大丈夫?」
「ん、平気」
まあ、きつくないといえば嘘になるのだが、なんというか、自分がかなり背の高い人になった気分がして嫌ではない。
長いこと使っているはずなのに茶渋が少しもない、きれいな急須に茶葉を入れお湯を注ぐ。
「あ、ありがとー。食べよう食べよう」
いそいそと母さんがテーブルの上に準備していたのは、あまり見慣れないお菓子だった。クッキーにも見えるが、そうとも言い切れない感じ。
「なにこれ」
「ロシアケーキ」
「ケーキ……ケーキ?」
クッキー生地のようなものの中央に赤いジャム。あ、緑もある。チョコがけとかもあるんだなあ。
「いただきます」
とりあえず、一番目を引いた赤いジャムのやつにしよう。
さくっと、ほろほろっとした甘いクッキー生地。それに、ねちっとした食感のジャム。酸味もあるかと思ったが、しっかり甘い。バターの風味もして、いかにも洋菓子って味がする。おいしいな。
これに緑茶を合わせる。なんだか不思議な感じ、まさに和洋折衷。でも、このほろ苦さと甘みが合う。
「ねえ、せっかくだし夜はどこか食べに行かない?」
二つ目のロシアケーキに手を伸ばしながら、母さんが言った。
「そうね。最近行ってないもんね」
ばあちゃんは笑って了承した。じいちゃんも黙ってはいるが首を縦に振っている。
「春都、どこ行きたい?」
「えー……どこって……」
正直チェーン店以外あまり思いつかない。うどんかファストフードか。でもせっかくだし、もうちょい違うもん、普段一人で入らないような店のものが食いたい。
「どこがいいかなあ」
「和風? 洋風? 中華?」
「肉か魚か」
父さんと母さんが畳みかけるように聞いてくる。ちょっと待ってくれ。
俺は今、何が食いたいだろう。肉、魚。なんていうか、こう、がっつりしたの。定食。定食が食いたい。
でも定食屋ってこの辺にあったっけ。
「あ、分かった。あそこ行きたい」
「どこ?」
「はなぞの」
「ああ、いいね」
はなぞの、とはレストランの名前だ。ずいぶん昔からある店で、定食、ランチメニュー、おつまみに酒、デザートと、バラエティ豊かなメニューが揃っている。ただちょっと距離があるのでめったに行かないのだが。
こういう時じゃないと、行くことないよな。
「はなぞの」の店内はレトロというか、全体的に昭和っぽい。
座敷席にカウンター、テーブル席があるが、俺たちはテーブル席に通された。
「さー、何食べよっか」
それぞれに配られたメニューを眺める。からあげ、生姜焼き、エビフライは頭付き。お値段もそこそこだなあ。
あ、これ。これいいな。
「俺、ハンバーグ定食」
ご飯とみそ汁、それに小鉢とたっぷりの付け合わせサラダ。うまそう。
「いいね、じゃ、頼もうか」
父さんが代表して注文してくれた。
からあげも悩んだけど、今日はハンバーグの気分だ。父さんは鶏の照り焼き定食、母さんは生姜焼き定食、じいちゃんは焼肉定食で、ばあちゃんは野菜炒め定食を頼んだらしい。
「お待たせしましたー」
運ばれてきた定食は、それはもうすきっ腹には魅力的すぎる見た目をしていた。
「いただきます」
ふっくらとしたハンバーグにはきらきらと照明の光を受けてきらめく、香ばしいソースがかかっている。早く食べたいが、焦らすようにとりあえずご飯とみそ汁の蓋を開ける。定食ならではだよな、蓋つき。
みそ汁の具は巻き麩とわかめ。うちの味噌より薄いが、うまい。
和風ドレッシングがかかった、キャベツとレタスを一口。さっぱりしている。
そんでもって、満を持してハンバーグ。つやつやの白米の上に、切り分けたハンバーグをいったん置く。そして、ご飯と一緒に一口で。
ふわっとしていながらしっかり歯ごたえ。肉のうま味がちゃんと分かりつつ、醤油ベースの玉ねぎソースがうまいこと肉の臭みを消している。噛むとあふれる肉汁に、白いご飯。文句なしにおいしい。
ハンバーグだけで食ってみる。より肉らしさが伝わってくるようだ。ソースをしっかり絡めて食うのがうまい。
二切れだけのトマト。酸味でさっぱりする。
「おいしそうに食べるな、春都」
と、向かいに座ったじいちゃんが笑う。
「おいしい」
「そうか」
小鉢はゼンマイを炊いたやつ。苦みは遠く、食感と風味が好きだ。米に合う。
でもやっぱハンバーグ食いたい。ああ、もう残りが少なくなってしまった。食べているのだから当然だ。まあ、名残惜しいからといって食べるのをやめるわけではないのだが。
うまいもんはうまいうちに、おいしくいただく。これ、大事。
こういうのを、至福っていうんだろうなあ。家族そろってうまい飯を食う。俺にとって、これ以上ない幸福だ。
「ごちそうさまでした」
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