一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百七十六話 おつまみ

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 からあげは揚げたてに限る、というわけではない。時間が経ったからあげにもおいしさがあるし、だからこそ、からあげ弁当なるものの需要があるわけで。

 しかし、揚げたてのからあげには抗えない魅力があるのもまた事実。

 というわけで、家で食う時はできる限り揚げたてを食いたいものである。今日は風呂あがって揚げることにしよう。

「はい、これお土産」

 夕方ごろ帰ってきた父さんと母さんは、いつも通り大荷物を抱えていた。その整理をしていた母さんから渡されたのは瓶詰めされた柚子胡椒だった。

「今日はからあげって聞いてたからねー」

「ありがとう。そろそろなくなるところだった」

「でしょー」

 瓶詰の柚子胡椒って、やっぱ風味がいいんだよなあ。なかなか使いきれないし、そこそこ値段もするしでなかなか買わないけど。

「はい、じゃあこっちも」

 と、父さんが渡してきたのは真空パックの地鶏炭火焼き。

「その柚子胡椒つけたらおいしいと思う」

「ありがとう」

 せっかくだし、今日出すか。温めるだけでいいみたいだし。

 しかし、今日の晩飯は顎が疲れそうだなあ。砂ずりに軟骨、それに地鶏炭火焼き。

「桜がすっかり散っちゃったねー。次は藤の花かな?」

 ソファで一息つきながら母さんがテレビをつける。ちょうど番組が切り替わるタイミングだったようだ。今日の晩あるらしい、警察密着のテレビ番組のCMが流れた。

「いや、つつじか」

「桜が散るのはさみしいけど、暖かくなるのはいいな」

 両親のそんな会話を聞きながら台所に向かう。粉の準備とかしとくか。

「そろそろお風呂入ると思うよ」

 そう声をかければ二人とも「春都が先に入っておいで」と言った。

「からあげ揚げてくれるんでしょ? だったら先に入って、私たちが入っている間に揚げててくれると嬉しいなあ~」

 冗談めかして母さんが笑うと、父さんも隣で頷いた。

「そっか。じゃ、入ってくる」

「はーい。ゆっくりどうぞ」

 廊下に出て、少し耳を澄ます。いつもはしんとしているものだが、今日はテレビの音も聞こえるし、父さんの話声も、母さんの笑い声も聞こえる。うめずの嬉しそうな足音も軽快に響く。

 あー、なんかいいな、こういうの。好きだなあ。



 髪を乾かすのもそこそこに、早速からあげを揚げていく。

 味付けはシンプルに塩コショウで。片栗粉をまぶし、熱した油にそっと入れていく。途端に静かだった油がはじけ、ジュワジュワと気泡が次々沸いてくる。いいねー、揚げ物、テンション上がる。

 砂ずりも軟骨も、色の変化が分かりにくい。適切なタイミングを見極めるまで苦労したものだ。

「どうかなあ」

 火の通り具合を確認する、という名目で一つ味見を。

 あっついな。うん、でもいい感じだ。プリッとしていながらもしっかり火は通っている。衣もサクサクで、味もちょうどいい。

「あ、春都だけ先に食べてる」

 冷蔵庫にビールを取りに来た父さんがうらやましそうにこちらをのぞいて来た。

「味見。食べる?」

「食べる」

 つま楊枝に刺していくつか渡せば、それはもう嬉しそうにほおばった。

「うん、うん。おいしいね」

「そりゃよかった」

「あー、二人だけずるい!」

 おや、母さんがちょうど風呂から上がって居間に戻ってきたようだ。

「母さんも食べる?」

「食べる食べる~」

 母さんからもお墨付きをもらい、砂ずりはいっちょ上がり。さ、あとは軟骨だ。

 これはカリッカリにした方が好きなんだよなあ。でも、あんまりやり過ぎるとかたくて口が痛くなってしまうからほどほどに。

 うん、いい色。

 それと、地鶏の炭火焼きはどうやって温めるんだっけ。……なになに、おいしい召し上がり方? 何だ、そんなのあるのか。せっかくならおいしくいただきたい。

 そのまま温めても十分おいしいですが、炒めていただくと、よりおいしく……よし、炒めよう。

 油は使わない。中身をそのままフライパンに入れて炒めていく。

 結構な量あるな。おお、炭火で焼いた、特有の香り。いい匂いだ。小さい頃は苦手だったが……楽しんで食べられるものが増えるのはいいことだ。

 あ、砂ずりの切れ端も炒めないとな。

 サラダ、マヨネーズ、柚子胡椒も出したら、準備万端。

「あら、すっごい豪華ね」

「いい匂いだなあ」

「揚げたてのうちに食べよう」

 当然、ご飯は大盛りで。

「いただきます」

 まずは砂ずりのからあげから。レモンかけて食う。

 爽やかな酸味にあっさり塩味、噛むほどに肉の味が染み出してくる。ぷりっこりっとした食感がたまらない。これ、ご飯と食うのがうまいんだ。

 マヨネーズもいい。淡白だからこそ、濃い味も合う。そして柚子胡椒。やっぱり開けてすぐは辛味が強い。しかしそこにさあっと吹き抜けるような柚子の風味が確かにあるので、つい、つけすぎてしまうのだ。

「あ~、ビールに合うね~」

 と、父さんが笑う。母さんも軟骨のからあげと芋焼酎の水割りをしかと味わっている。

 間でサラダを挟む。みずみずしさと青い風味で幾分か口がさっぱりする。ピーマンうまい。プチトマトは思ったより甘く、レタスも冷えておいしい。

 さあ、軟骨はどうだ。

 カリッコリッといい音がする。咀嚼すればぼりぼりと口の中で響き、ほんの少しついていた肉の風味が顔を出す。砂ずり以上に淡白な味わいである。

 砂ずりの切れ端を炒めたのは、ぷりっぷりで食感が楽しい。味も塩コショウでシンプルなものだが、うま味が際立っていい。

 そんで地鶏。そのまま食べてみる。

 おや、思ったより柔らかい。でも皮の部分はこりこりだ。

 肉はほろっとほどけるように柔らかく、皮の部分は歯ごたえがあるものの歯切れがいい。じゅわあ、と染み出すうま味にほのかだが確かな炭の香りが香ばしい。

 柚子胡椒をつけると臭みや癖が少し落ち着く。そして、ご飯が進む。

 見事に鶏尽くし、歯ごたえのあるものばかりで、腹いっぱいだ。だが、なんというか、ここまで幸せに腹が膨れたのは久しぶりかもなあ。

 いやあ、満たされた。



「ごちそうさまでした」

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