一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百七十五話 焼きカレー

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 父さんと母さんが帰ってくると連絡があったのは昨日の晩のことだった。

 どうやら今日の晩に帰ってくるらしい。本当であればもっと遅くなるはずだったらしいが、どうにかして仕事を片付けたのだとか。

 せっかくなので今日は俺が何か作ろう。

 というわけで買ってきたのは砂ずりとやげん軟骨。からあげにするとおかずにもなるし、おつまみにもなるんだ。

 砂ずりは捌かれる前のものを買ってきたので、自分でやらなければならない。

 生肉用のまな板と包丁を取り出し、さっそく取り掛かる。何度も試行錯誤の上、いい切り方を学んだ。

 こう、包丁を滑らせるようにして白い部分に切り込む。できるだけ肉を無駄にしたくない。切った後の白い部分にも身がついているので、それも切る。これは揚げるのではなく炒めるのがうまい。

 この作業を地道にコツコツ続けていく。かなり手も方も疲れるが、うまい飯のためである。

「ふー」

 さばき終えたらからあげのサイズに切り分ける。軟骨の方は何もしなくていい。

 うーん、これだけだと足りないかなあ。サラダでも準備しとくか。

 レタスを洗い、ちぎっていく。単純作業なので、やっている間は思考がいろいろなところに飛ぶ。

 あの新刊はいつ発売だったっけ、とか、こないだのお菓子を食べきっておかないと、とか、父さんと母さん、今回はどんなところに行ったのかな、とか。まとまりのない思考だと自覚しながら、ひたすらレタスをちぎっていく。

 これに散らすはプチトマトとピーマン。ピーマンがあるだけでお店のサラダの味に近づく、と思うのは俺だけだろうか。

 よし、ひとまず準備はこれで良し。

 時計を見る。午前十一時。何かするには中途半端な時間だが、何もしないにはもったいないほどの時間でもある。

 どうしたものかなあ。あ、そういや最近は図書館に行っていない。借りている本もないので別に急ぎではないのだが、久しぶりだと思うと行きたくなる。でもそんな時間はないし。

「そういえば……」

 こないだ回覧板で回ってきてたチラシを見る。ああ、やっぱり。市民ホールのとこの図書館、改修工事終わったんだった。えーっと、リニューアルオープンは……なんだ、もう一週間前に開いているじゃないか。

「行ってみるか」

 帰って来てから昼飯にしよう。



 改修工事が行われた、といってもそのほとんどは目に見えないところのようである。いわゆる耐震工事とか、そういうところだろう。しかし久しぶりに来た地元の図書館はなんだか物珍しい。

 近くに図書館があるというのはいいなあ。もう一つの図書館の方が面積広いし、蔵書数も古い本も多いが、こっちはこっちで便利がいい。

 せっかくだし何か借りていこう。

 改修前とレイアウトは少々変わってはいるが、基本的な構造はほとんど変わっていない。料理本、地元の歴史の本、奥に行くにつれて難しい本が増えていく。

 特にこれといって借りたいものがあったわけではないが、なんとなく目を引いた小説を二冊借りることにした。

 それにしたって腹が減った。今日の昼飯、何にしようかなあ。

 冷蔵庫の中や台所の棚に何があったか考えながら、貸出手続きを済ませて外に出る。

 ほんの少し新緑の香りをはらんだ風がさあっと吹き抜ける。ここは風の通りがいい。

 ちょっとした広場もあるし、今日は気持ちよく晴れているし、読書にはもってこいなのだが、いかんせん、腹が減っている。

 あとでベランダにテーブルでも出して読むとしようか。



 さっさと飯を食いたいところではあるが、がっつりしたものを食べたいので少しだけ手間をかける。

 少し水で湿らせたグラタン皿にご飯をよそい、レトルトのカレーをかける。細かく刻まれた野菜がたっぷりのキーマカレーで、汁気は少なく、少々辛味が強い。香辛料の香りも強いので、空っぽの胃を刺激することこの上ない。さらに今日はウインナーを切って、トッピングする。あー、もうすでにうまそう。

 真ん中を少しくぼませて、生卵を落とす。そして周りにとろけるチーズを散らし、あとはトースターで焼いていく。

 焼いている間にテーブルのセッティングをしよう。

 ベランダに一人掛けの椅子とテーブルを出す。時折トースターの中をのぞき、焼け具合を確認しながら、必要なものをそろえる。

 焼きカレーをのせるおぼんに、スプーン、コップに麦茶。帰りがけに豆乳のフルーツオレを買っておいてよかった。これはパックなのでそのままでいいや。

「そろそろか……いや、まだだな」

 チーズにしっかり焦げ目がつくまで、もう少しの我慢である。

 腹が減っているときは、手っ取り早く飯を済ませたい時と手間をかけてでもがっつり食いたいと思う時と両方ある。この違いってなんなんだろうなあ。

「よっしゃ、いい感じ」

 トースターのつまみを回し、強制的にチンといわせる。

 やけどに気を付けながらおぼんにのせる。ああ、香りが、腹が。

「さて、いただきます」

 風にあおられて香りが鼻腔をくすぐる。早く食べたい。

 まずはチーズとカレー、ご飯とウインナーで。ふうふうと冷まし、少しずつ口に入れていく。

「あつ、あふふっ」

 んー、熱いが、うまいなあ。やはりピリッと刺激的なカレーだが、肉のうま味と玉ねぎやニンジンといった野菜の甘味がちょうどいい。そこにチーズなどというトッピングが加わればもう、もう。

 とろりととろけるチーズはまろやかでありながら、焦げ目の部分は香ばしい。スパイシーなカレーと相まって、牛乳のコクが鼻に抜ける。モチモチ、サク、トロリとした食感の破壊力は計り知れない。

 ウインナーもぷりぷりで、とてもジューシーだ。カレーのひき肉とはまた違った香辛料の風味で、味にメリハリが出る。

 おっと、これで満足してはいけないな。

 満を持して卵を割る。ああー、黄色い滝があふれ出て来た。もったいないようでいて、その実、ワクワクするようで。

 卵のコクとまろやかさが加わって、幾分か食べやすくなったが、それでもスパイスがかすむことはない。むしろ薫り高く、卵と一緒に食べて辛味が軽減されたことで、うま味を感じやすくなったようにも思う。

 白身もいい。淡白な味がカレーの濃さに合う。

 豆乳、合うなあ。フルーティな香りとまろやかさがスパイシーなカレーにちょうどいい。

「おいしいなあ」

「わふっ」

 見ればうめずがベランダの手前、窓のレールに顎をのせてこちらを見ている。

「いい気分だな、うめず」

「わう」

 少々手間はかかったが、作って正解だった。

 さて、晩飯の準備までまだ時間がある。それまでのんびりしようかな。



「ごちそうさまでした」

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