283 / 854
日常
第二百七十五話 焼きカレー
しおりを挟む
父さんと母さんが帰ってくると連絡があったのは昨日の晩のことだった。
どうやら今日の晩に帰ってくるらしい。本当であればもっと遅くなるはずだったらしいが、どうにかして仕事を片付けたのだとか。
せっかくなので今日は俺が何か作ろう。
というわけで買ってきたのは砂ずりとやげん軟骨。からあげにするとおかずにもなるし、おつまみにもなるんだ。
砂ずりは捌かれる前のものを買ってきたので、自分でやらなければならない。
生肉用のまな板と包丁を取り出し、さっそく取り掛かる。何度も試行錯誤の上、いい切り方を学んだ。
こう、包丁を滑らせるようにして白い部分に切り込む。できるだけ肉を無駄にしたくない。切った後の白い部分にも身がついているので、それも切る。これは揚げるのではなく炒めるのがうまい。
この作業を地道にコツコツ続けていく。かなり手も方も疲れるが、うまい飯のためである。
「ふー」
さばき終えたらからあげのサイズに切り分ける。軟骨の方は何もしなくていい。
うーん、これだけだと足りないかなあ。サラダでも準備しとくか。
レタスを洗い、ちぎっていく。単純作業なので、やっている間は思考がいろいろなところに飛ぶ。
あの新刊はいつ発売だったっけ、とか、こないだのお菓子を食べきっておかないと、とか、父さんと母さん、今回はどんなところに行ったのかな、とか。まとまりのない思考だと自覚しながら、ひたすらレタスをちぎっていく。
これに散らすはプチトマトとピーマン。ピーマンがあるだけでお店のサラダの味に近づく、と思うのは俺だけだろうか。
よし、ひとまず準備はこれで良し。
時計を見る。午前十一時。何かするには中途半端な時間だが、何もしないにはもったいないほどの時間でもある。
どうしたものかなあ。あ、そういや最近は図書館に行っていない。借りている本もないので別に急ぎではないのだが、久しぶりだと思うと行きたくなる。でもそんな時間はないし。
「そういえば……」
こないだ回覧板で回ってきてたチラシを見る。ああ、やっぱり。市民ホールのとこの図書館、改修工事終わったんだった。えーっと、リニューアルオープンは……なんだ、もう一週間前に開いているじゃないか。
「行ってみるか」
帰って来てから昼飯にしよう。
改修工事が行われた、といってもそのほとんどは目に見えないところのようである。いわゆる耐震工事とか、そういうところだろう。しかし久しぶりに来た地元の図書館はなんだか物珍しい。
近くに図書館があるというのはいいなあ。もう一つの図書館の方が面積広いし、蔵書数も古い本も多いが、こっちはこっちで便利がいい。
せっかくだし何か借りていこう。
改修前とレイアウトは少々変わってはいるが、基本的な構造はほとんど変わっていない。料理本、地元の歴史の本、奥に行くにつれて難しい本が増えていく。
特にこれといって借りたいものがあったわけではないが、なんとなく目を引いた小説を二冊借りることにした。
それにしたって腹が減った。今日の昼飯、何にしようかなあ。
冷蔵庫の中や台所の棚に何があったか考えながら、貸出手続きを済ませて外に出る。
ほんの少し新緑の香りをはらんだ風がさあっと吹き抜ける。ここは風の通りがいい。
ちょっとした広場もあるし、今日は気持ちよく晴れているし、読書にはもってこいなのだが、いかんせん、腹が減っている。
あとでベランダにテーブルでも出して読むとしようか。
さっさと飯を食いたいところではあるが、がっつりしたものを食べたいので少しだけ手間をかける。
少し水で湿らせたグラタン皿にご飯をよそい、レトルトのカレーをかける。細かく刻まれた野菜がたっぷりのキーマカレーで、汁気は少なく、少々辛味が強い。香辛料の香りも強いので、空っぽの胃を刺激することこの上ない。さらに今日はウインナーを切って、トッピングする。あー、もうすでにうまそう。
真ん中を少しくぼませて、生卵を落とす。そして周りにとろけるチーズを散らし、あとはトースターで焼いていく。
焼いている間にテーブルのセッティングをしよう。
ベランダに一人掛けの椅子とテーブルを出す。時折トースターの中をのぞき、焼け具合を確認しながら、必要なものをそろえる。
焼きカレーをのせるおぼんに、スプーン、コップに麦茶。帰りがけに豆乳のフルーツオレを買っておいてよかった。これはパックなのでそのままでいいや。
「そろそろか……いや、まだだな」
チーズにしっかり焦げ目がつくまで、もう少しの我慢である。
腹が減っているときは、手っ取り早く飯を済ませたい時と手間をかけてでもがっつり食いたいと思う時と両方ある。この違いってなんなんだろうなあ。
「よっしゃ、いい感じ」
トースターのつまみを回し、強制的にチンといわせる。
やけどに気を付けながらおぼんにのせる。ああ、香りが、腹が。
「さて、いただきます」
風にあおられて香りが鼻腔をくすぐる。早く食べたい。
まずはチーズとカレー、ご飯とウインナーで。ふうふうと冷まし、少しずつ口に入れていく。
「あつ、あふふっ」
んー、熱いが、うまいなあ。やはりピリッと刺激的なカレーだが、肉のうま味と玉ねぎやニンジンといった野菜の甘味がちょうどいい。そこにチーズなどというトッピングが加わればもう、もう。
とろりととろけるチーズはまろやかでありながら、焦げ目の部分は香ばしい。スパイシーなカレーと相まって、牛乳のコクが鼻に抜ける。モチモチ、サク、トロリとした食感の破壊力は計り知れない。
ウインナーもぷりぷりで、とてもジューシーだ。カレーのひき肉とはまた違った香辛料の風味で、味にメリハリが出る。
おっと、これで満足してはいけないな。
満を持して卵を割る。ああー、黄色い滝があふれ出て来た。もったいないようでいて、その実、ワクワクするようで。
卵のコクとまろやかさが加わって、幾分か食べやすくなったが、それでもスパイスがかすむことはない。むしろ薫り高く、卵と一緒に食べて辛味が軽減されたことで、うま味を感じやすくなったようにも思う。
白身もいい。淡白な味がカレーの濃さに合う。
豆乳、合うなあ。フルーティな香りとまろやかさがスパイシーなカレーにちょうどいい。
「おいしいなあ」
「わふっ」
見ればうめずがベランダの手前、窓のレールに顎をのせてこちらを見ている。
「いい気分だな、うめず」
「わう」
少々手間はかかったが、作って正解だった。
さて、晩飯の準備までまだ時間がある。それまでのんびりしようかな。
「ごちそうさまでした」
どうやら今日の晩に帰ってくるらしい。本当であればもっと遅くなるはずだったらしいが、どうにかして仕事を片付けたのだとか。
せっかくなので今日は俺が何か作ろう。
というわけで買ってきたのは砂ずりとやげん軟骨。からあげにするとおかずにもなるし、おつまみにもなるんだ。
砂ずりは捌かれる前のものを買ってきたので、自分でやらなければならない。
生肉用のまな板と包丁を取り出し、さっそく取り掛かる。何度も試行錯誤の上、いい切り方を学んだ。
こう、包丁を滑らせるようにして白い部分に切り込む。できるだけ肉を無駄にしたくない。切った後の白い部分にも身がついているので、それも切る。これは揚げるのではなく炒めるのがうまい。
この作業を地道にコツコツ続けていく。かなり手も方も疲れるが、うまい飯のためである。
「ふー」
さばき終えたらからあげのサイズに切り分ける。軟骨の方は何もしなくていい。
うーん、これだけだと足りないかなあ。サラダでも準備しとくか。
レタスを洗い、ちぎっていく。単純作業なので、やっている間は思考がいろいろなところに飛ぶ。
あの新刊はいつ発売だったっけ、とか、こないだのお菓子を食べきっておかないと、とか、父さんと母さん、今回はどんなところに行ったのかな、とか。まとまりのない思考だと自覚しながら、ひたすらレタスをちぎっていく。
これに散らすはプチトマトとピーマン。ピーマンがあるだけでお店のサラダの味に近づく、と思うのは俺だけだろうか。
よし、ひとまず準備はこれで良し。
時計を見る。午前十一時。何かするには中途半端な時間だが、何もしないにはもったいないほどの時間でもある。
どうしたものかなあ。あ、そういや最近は図書館に行っていない。借りている本もないので別に急ぎではないのだが、久しぶりだと思うと行きたくなる。でもそんな時間はないし。
「そういえば……」
こないだ回覧板で回ってきてたチラシを見る。ああ、やっぱり。市民ホールのとこの図書館、改修工事終わったんだった。えーっと、リニューアルオープンは……なんだ、もう一週間前に開いているじゃないか。
「行ってみるか」
帰って来てから昼飯にしよう。
改修工事が行われた、といってもそのほとんどは目に見えないところのようである。いわゆる耐震工事とか、そういうところだろう。しかし久しぶりに来た地元の図書館はなんだか物珍しい。
近くに図書館があるというのはいいなあ。もう一つの図書館の方が面積広いし、蔵書数も古い本も多いが、こっちはこっちで便利がいい。
せっかくだし何か借りていこう。
改修前とレイアウトは少々変わってはいるが、基本的な構造はほとんど変わっていない。料理本、地元の歴史の本、奥に行くにつれて難しい本が増えていく。
特にこれといって借りたいものがあったわけではないが、なんとなく目を引いた小説を二冊借りることにした。
それにしたって腹が減った。今日の昼飯、何にしようかなあ。
冷蔵庫の中や台所の棚に何があったか考えながら、貸出手続きを済ませて外に出る。
ほんの少し新緑の香りをはらんだ風がさあっと吹き抜ける。ここは風の通りがいい。
ちょっとした広場もあるし、今日は気持ちよく晴れているし、読書にはもってこいなのだが、いかんせん、腹が減っている。
あとでベランダにテーブルでも出して読むとしようか。
さっさと飯を食いたいところではあるが、がっつりしたものを食べたいので少しだけ手間をかける。
少し水で湿らせたグラタン皿にご飯をよそい、レトルトのカレーをかける。細かく刻まれた野菜がたっぷりのキーマカレーで、汁気は少なく、少々辛味が強い。香辛料の香りも強いので、空っぽの胃を刺激することこの上ない。さらに今日はウインナーを切って、トッピングする。あー、もうすでにうまそう。
真ん中を少しくぼませて、生卵を落とす。そして周りにとろけるチーズを散らし、あとはトースターで焼いていく。
焼いている間にテーブルのセッティングをしよう。
ベランダに一人掛けの椅子とテーブルを出す。時折トースターの中をのぞき、焼け具合を確認しながら、必要なものをそろえる。
焼きカレーをのせるおぼんに、スプーン、コップに麦茶。帰りがけに豆乳のフルーツオレを買っておいてよかった。これはパックなのでそのままでいいや。
「そろそろか……いや、まだだな」
チーズにしっかり焦げ目がつくまで、もう少しの我慢である。
腹が減っているときは、手っ取り早く飯を済ませたい時と手間をかけてでもがっつり食いたいと思う時と両方ある。この違いってなんなんだろうなあ。
「よっしゃ、いい感じ」
トースターのつまみを回し、強制的にチンといわせる。
やけどに気を付けながらおぼんにのせる。ああ、香りが、腹が。
「さて、いただきます」
風にあおられて香りが鼻腔をくすぐる。早く食べたい。
まずはチーズとカレー、ご飯とウインナーで。ふうふうと冷まし、少しずつ口に入れていく。
「あつ、あふふっ」
んー、熱いが、うまいなあ。やはりピリッと刺激的なカレーだが、肉のうま味と玉ねぎやニンジンといった野菜の甘味がちょうどいい。そこにチーズなどというトッピングが加わればもう、もう。
とろりととろけるチーズはまろやかでありながら、焦げ目の部分は香ばしい。スパイシーなカレーと相まって、牛乳のコクが鼻に抜ける。モチモチ、サク、トロリとした食感の破壊力は計り知れない。
ウインナーもぷりぷりで、とてもジューシーだ。カレーのひき肉とはまた違った香辛料の風味で、味にメリハリが出る。
おっと、これで満足してはいけないな。
満を持して卵を割る。ああー、黄色い滝があふれ出て来た。もったいないようでいて、その実、ワクワクするようで。
卵のコクとまろやかさが加わって、幾分か食べやすくなったが、それでもスパイスがかすむことはない。むしろ薫り高く、卵と一緒に食べて辛味が軽減されたことで、うま味を感じやすくなったようにも思う。
白身もいい。淡白な味がカレーの濃さに合う。
豆乳、合うなあ。フルーティな香りとまろやかさがスパイシーなカレーにちょうどいい。
「おいしいなあ」
「わふっ」
見ればうめずがベランダの手前、窓のレールに顎をのせてこちらを見ている。
「いい気分だな、うめず」
「わう」
少々手間はかかったが、作って正解だった。
さて、晩飯の準備までまだ時間がある。それまでのんびりしようかな。
「ごちそうさまでした」
13
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる