一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百七十三話 卵丼

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 今日は一歩も外に出らんぞ。

「うめずとの花見はまた明日な」

「わうっ」

 ソファに仰向けになって窓の外を眺めていたら、うめずがやってきた。ひとしきり頭にすり寄り、満足したら自分のベッドに戻っていった。

 うつぶせになり、スマホを取り出す。

 昨日撮った写真を何枚か父さんと母さんに送り付け、咲良たちから送られてきた写真を見返す。咲良が撮った写真は浮かれたものが多い。観月はなんというか、観光パンフレットに載っているような構図だ。

 こうして見ると人それぞれ特徴出るなあ。朝比奈はそもそも撮った枚数が少ないし、百瀬は、いつ撮った? って感じのやつが多い。守本も写真のお手本のような撮り方をする。観月と似てんだよな、構図が。

 俺のはどう見られてんだろ。

「まあいいや」

 写真フォルダを閉じ、ゲームアプリのアイコンをタッチする。確か今、スプリングフェスだか何だかやってたような。ログボもらっとかないと損だ。

 にしてもなんか口寂しい。何かお菓子でもなかったか。

「あ、そうだ」

 そういや昨日、結局お菓子を食べきれなくて、残った分を山分けしたんだっけ。どこ置いたかな。棚か。

「何があったかなー……」

 スルメにほたて、フルーツ餅は青りんご味。グミは大量だ。糸付きの飴はイチゴがほとんどで、大きい飴は黄色いのが二つ。何味だっけ。チューイングキャンディはコーラ味。ラーメンスナックもある。

「買い過ぎなんだよなあ」

「わう」

「ん? お前は食えないぞー」

 目ざとい……いや、この場合は耳ざといとでもいうべきか。かさかさという音だけでうめずは、おやつではないかと反応する。いつか自分のおやつの音と人間のおやつの音、聞き分けられるようになるんじゃないか。

 ま、いいや。とりあえずチューイングキャンディから食おう。

 一口サイズで食べやすい。少し冷えるところに置いていたせいか、ちょっとかたくて歯が持っていかれそうだ。甘いコーラ味が口に張り付くようである。

「あっま……」

 これはお茶が必要だなあ。おいしいけど。

 グミはねっとりとしていて、容器から引きはがすのに少々手こずる。こっちもかなり甘い。

 たまらずスルメをかじる。甘さとしょっぱさが口の中で喧嘩して一瞬顔をしかめてしまうが、ちょっとしていればスルメが優勢になる。

 かったいんだよなあ、スルメ。うまいことはを立てて噛みちぎり、しんなりしてきたところを噛んで飲み込む。いい味が出るんだよ。

 ホタテの方は甘辛く、そして、食べやすい。ラーメンスナックもしょっぱいなあ。

「そういや今日の晩飯どうしよう」

 家から出たくないが、うちに何があったっけ。冷凍食品もあるけど……今日はなんか違うものが食べたい。うーん、何にしよう。

 とりあえず飴を食う。黄色の飴。

 これは……何味だ? 分かりそうで分からない。酸味があるようで甘みも強く、鼻に抜ける香りが爽やかだ。……あ、パインだ。パイナップル。南国系の味だ。

 まあ色が黄色だし、そりゃそうか。

「あー……」

 ずっと画面を見ていたら目が疲れた。飴を食い終わったらひと眠りしようか。

 昨日も楽しかったけど、やっぱこういう時間が必要だよなあ、俺には。



「あいてっ!」

 体を打ち付ける衝撃で目が覚める。なんだ。

 ……ああ、ソファから落ちたのか。

「いったた……」

 こんなことなら初めから下で寝ていればよかった。ソファの方が寝心地いいんだけど、こういう危険があるんだよなあ。

「わふっ」

「おお、うめず。大丈夫だ」

「わうん」

 正座した脚の上にうめずが前足をのせる。まだ半身に衝撃が残っているので、ちょっと痛い。

 外を見ればだいぶ陽が落ちている。薄暗く、どこか寒々しい空だ。実際、結構部屋の中は冷える。

「こたつが愛おしい……」

 こたつ布団はまだ出しているし、今度はそれにくるまって寝るとしよう。

 フワッフワで気持ちいいんだよなあ。

「……さて」

 そろそろ風呂の準備して、晩飯を食おう。焦る必要はないが、腹が減っている。

 あ、まずはお菓子を片付けないと。



 風呂に入れば幾分か温まった。こないだばあちゃんが持って来てくれた入浴剤、良かったな。お客さんからもらったとか言ってたけど、お湯の色が桜色だし、匂いは控えめで、体がよく温まった。

 風呂でくつろいだら痛みも随分治まったし、晩飯も決まった。

 親子丼、ではなく卵丼。鶏肉を入れないと物足りないかとも思うが、これが案外うまいんだ。

 親子丼を作るときと同じように鍋に出汁を取り、スライスした玉ねぎを入れ、少し煮立ったところでよく溶いた卵を注ぎ入れる。黄金色の出汁の中で、卵がふわふわっと雲のように盛り上がり、とろんと緩む。うん、いいな。

 これをどんぶりに盛ったご飯にのせる。うまそうだなあ。

「いただきます」

 これはスプーンで食べるのが正解か。

 トロふわっとした卵とつゆだくのご飯を一緒にすくい上げる。卵のまろやかなうま味が親子丼よりよく分かる。ご飯の甘味と、出汁のおいしさのバランスがいい。

 玉ねぎの甘味もいいなあ。少しシャキッとした感じ。

 親子丼の方が食べ応えあってうまいと思う時もあるけど、こういうちょっと疲れた時は卵丼のやわらかな口当たりがうれしい。

 ちょっと七味をかけてみる。

 唐辛子の辛みだけではなく、香りが立っていい。ピリッと味が引き締まり、うま味が増す。

 卵丼というものを知ったのは中学の時だったかな。修学旅行の時に昼飯で食ったのがうまくてうまくて。この辺の地域の味付けとはまた違ったけど、あれはあれでうまい。

 しかし、うちの味付けも負けない。甘めで、やさしい。

 今度はまた違った具材を入れてみようかなあ。



「ごちそうさまでした」

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