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日常
第二百七十二話 枝豆のにんにく炒め
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「さーて、そろそろ帰るかあ」
お昼過ぎになって、咲良がそう声をかける。
「そうだな」
「片づけよう」
各々でごみを集め、シートをたたみ、すっかり元通りに場所を整えたら帰路に着く。
チラチラと舞う桜の中を行く。人の流れは幾分か落ち着いてはいたが、それでも数は多い。
公園を出たところで、前を行く百瀬が振り返った。
「じゃ、俺らはこの後寄るとこあるから」
「どこ行くんだ?」
咲良の問いに、百瀬は楽しげに答えた。
「近くに業務用スーパーがあるらしいんだよね。お菓子の材料とかも結構そろっているらしいから」
「俺は荷物持ちだ」
と、朝比奈は慣れた様子で付け加えた。
業務用スーパーっつったら、こないだ父さんと母さんと一緒に行ったとこかな。近くにあるんだよな。
しかし百瀬が言った店の名前はそことは違った。
「そんな店があるのか」
「そうそう。他にもいろいろ売ってるらしいよ。冷凍とか、漬物とか」
へえ、なるほど。一度行ってみたいな。
「今日は楽しかった! じゃ、またな!」
「おう。またなー」
しかし、今日は楽しかったが、疲れた。楽しいという気持ちと疲労感は切っても切り離せないものなのだと痛感する。
レールバスまでの道のりが、行きがけよりも長く感じる。
「ふぁ……眠い……」
「お疲れだね」
隣を歩く観月が面白そうにこちらをのぞき込む。
「まあな」
「レールバスで寝たら? 着いたら起こすよ?」
「んー。でも俺、乗り物で眠れないんだよなあ」
前を行く咲良と守本はずいぶん溌溂としている。あのシート、結構重いのに咲良は一人で抱えてるし。
「あいつら元気だなあ」
「僕もあんまり疲れてない」
「若いなあ」
「同い年でしょ」
俺の体力がないだけなのか。
今日は早く寝て、明日はゆっくり過ごそう。
あれだけ元気そうだった三人だが、レールバスに乗ったら一駅進む間に寝てしまった。
起こしてやるっつってたのに、これじゃ世話ねえな。
みんな、車やら電車やらのると眠くなるとかいうけど、俺はそうならないんだよなあ。どっちかっていうと目が冴えてくる。
規則正しい音だけが響く中、ぼんやりと窓の外に目を向ける。満開なのは桜だけではなく、菜の花もそうらしい。レールバスは両脇が黄色に染まる線路の上をゆったりと走り、時折大きく揺れながら終点である俺たちの町まで向かう。
車内に視線を戻す。向かいの席には咲良と守本が座っていて、自分の隣には観月が座っている。咲良はなんというか、器用にバランスを取りながら寝ているが、時々頭が大きく揺れるので気が気じゃない。一方守本は腕を組み、うつむくようにして眠っている。観月は窓枠に頭を預け、すうすうと規則正しい寝息を立てていた。
夕焼けほどではないが、昼過ぎの濃い太陽の光が流れるように差し込み、レールバスの中はまるで暖色の光でライトアップされたアクアリウムのようである。
足をパタパタと動かしてみる。流れゆく光と影の中に、意思を持った生き物が現れたようだ。
「どうやるんだったか……」
手で何かしらの形を作って影絵にしてみる。といっても鳥ぐらいしかできない。ぎこちない羽ばたきの鳥は風に乗り遅れ、とぷんと大きな影に飲み込まれてしまった。うーん、ウサギのやり方を前に知った気がするんだけど、どうやるんだっけ。
しばらく考えてみたが、あきらめることにした。手がつってしまう。
ああ、犬。犬はできる。そういやうめずはどうしているだろう。まあ、じいちゃんとばあちゃんの家にいるなら安心か。すねることもないだろうし。
やがてアクアリウムの水流は穏やかになり、すっかり凪いでしまった。
駅前の大きな桜には新芽が出始めていることに気が付き、確かに春が過ぎていくのを感じた。
「じゃ、またな!」
玄関で咲良がにかっと笑って言った。
「今度は二泊ぐらいしようかな」
「差し入れ持って来い、差し入れ」
「分かってるよ。じゃ、うめずもまたな」
「わうっ」
咲良が帰ってしまうと途端に静かになる。ちょっと落ち着くな。
「さて、晩飯の準備するか」
「わふ」
今朝の残りの枝豆をにんにくで炒める。ちょっと塩コショウを振るくらいで味付けは完了だ。ご飯が進みそうな香りである。
それと、こういう日のために買っておいた冷凍のあれ。
大きめの器が仕切りで二つに分けられていて、片方にはナポリタン、もう片方にはデミグラスソースのハンバーグが入っている。他にも和風、中華と色々あったので一つずつ買ってしまった。
これをレンジでチンして、ご飯も準備したら晩飯の完成だ。
「いただきます」
まずは枝豆から。初めて作ってみたけどどうだろう。
お、これはうまい。塩気が強めだから、疲れた味覚でもうま味がよく分かる。少しシャキッとしたにんにくを噛めばぶわっと香りが広がる。皮までしっかり味わいたくなるな、これ。いくつかご飯の上に出して、しっかりにんにくものっけて、食べる。うん、申し分ない。
ハンバーグは少しかためだな。この箸から伝わるしっかり目の感触がいい。
コク深いデミグラスソースに肉のうま味。香辛料とかも入っているのだろうか、うちで作るハンバーグよりも薫り高いというか。
野菜の食感はないが、確かに甘みを感じる。玉ねぎかな。
ナポリタンはソースたっぷりだ。甘みが強く、具材は少なめだがおいしい。小さなソーセージはうま味がギュッと凝縮しているようだ。
パラッと入っているピーマンは確かにほろ苦い。
これいいなあ。ご飯のおかずにもなるし、楽だし。
昨日今日と、何日分か凝縮して頑張ったんだ。あと数日はだらけても罰は当たるまい。今度はうめずと花見に行かなきゃいけないしな。
せっかくの春だ。これから先は、のんびり過ごそう。
「ごちそうさまでした」
お昼過ぎになって、咲良がそう声をかける。
「そうだな」
「片づけよう」
各々でごみを集め、シートをたたみ、すっかり元通りに場所を整えたら帰路に着く。
チラチラと舞う桜の中を行く。人の流れは幾分か落ち着いてはいたが、それでも数は多い。
公園を出たところで、前を行く百瀬が振り返った。
「じゃ、俺らはこの後寄るとこあるから」
「どこ行くんだ?」
咲良の問いに、百瀬は楽しげに答えた。
「近くに業務用スーパーがあるらしいんだよね。お菓子の材料とかも結構そろっているらしいから」
「俺は荷物持ちだ」
と、朝比奈は慣れた様子で付け加えた。
業務用スーパーっつったら、こないだ父さんと母さんと一緒に行ったとこかな。近くにあるんだよな。
しかし百瀬が言った店の名前はそことは違った。
「そんな店があるのか」
「そうそう。他にもいろいろ売ってるらしいよ。冷凍とか、漬物とか」
へえ、なるほど。一度行ってみたいな。
「今日は楽しかった! じゃ、またな!」
「おう。またなー」
しかし、今日は楽しかったが、疲れた。楽しいという気持ちと疲労感は切っても切り離せないものなのだと痛感する。
レールバスまでの道のりが、行きがけよりも長く感じる。
「ふぁ……眠い……」
「お疲れだね」
隣を歩く観月が面白そうにこちらをのぞき込む。
「まあな」
「レールバスで寝たら? 着いたら起こすよ?」
「んー。でも俺、乗り物で眠れないんだよなあ」
前を行く咲良と守本はずいぶん溌溂としている。あのシート、結構重いのに咲良は一人で抱えてるし。
「あいつら元気だなあ」
「僕もあんまり疲れてない」
「若いなあ」
「同い年でしょ」
俺の体力がないだけなのか。
今日は早く寝て、明日はゆっくり過ごそう。
あれだけ元気そうだった三人だが、レールバスに乗ったら一駅進む間に寝てしまった。
起こしてやるっつってたのに、これじゃ世話ねえな。
みんな、車やら電車やらのると眠くなるとかいうけど、俺はそうならないんだよなあ。どっちかっていうと目が冴えてくる。
規則正しい音だけが響く中、ぼんやりと窓の外に目を向ける。満開なのは桜だけではなく、菜の花もそうらしい。レールバスは両脇が黄色に染まる線路の上をゆったりと走り、時折大きく揺れながら終点である俺たちの町まで向かう。
車内に視線を戻す。向かいの席には咲良と守本が座っていて、自分の隣には観月が座っている。咲良はなんというか、器用にバランスを取りながら寝ているが、時々頭が大きく揺れるので気が気じゃない。一方守本は腕を組み、うつむくようにして眠っている。観月は窓枠に頭を預け、すうすうと規則正しい寝息を立てていた。
夕焼けほどではないが、昼過ぎの濃い太陽の光が流れるように差し込み、レールバスの中はまるで暖色の光でライトアップされたアクアリウムのようである。
足をパタパタと動かしてみる。流れゆく光と影の中に、意思を持った生き物が現れたようだ。
「どうやるんだったか……」
手で何かしらの形を作って影絵にしてみる。といっても鳥ぐらいしかできない。ぎこちない羽ばたきの鳥は風に乗り遅れ、とぷんと大きな影に飲み込まれてしまった。うーん、ウサギのやり方を前に知った気がするんだけど、どうやるんだっけ。
しばらく考えてみたが、あきらめることにした。手がつってしまう。
ああ、犬。犬はできる。そういやうめずはどうしているだろう。まあ、じいちゃんとばあちゃんの家にいるなら安心か。すねることもないだろうし。
やがてアクアリウムの水流は穏やかになり、すっかり凪いでしまった。
駅前の大きな桜には新芽が出始めていることに気が付き、確かに春が過ぎていくのを感じた。
「じゃ、またな!」
玄関で咲良がにかっと笑って言った。
「今度は二泊ぐらいしようかな」
「差し入れ持って来い、差し入れ」
「分かってるよ。じゃ、うめずもまたな」
「わうっ」
咲良が帰ってしまうと途端に静かになる。ちょっと落ち着くな。
「さて、晩飯の準備するか」
「わふ」
今朝の残りの枝豆をにんにくで炒める。ちょっと塩コショウを振るくらいで味付けは完了だ。ご飯が進みそうな香りである。
それと、こういう日のために買っておいた冷凍のあれ。
大きめの器が仕切りで二つに分けられていて、片方にはナポリタン、もう片方にはデミグラスソースのハンバーグが入っている。他にも和風、中華と色々あったので一つずつ買ってしまった。
これをレンジでチンして、ご飯も準備したら晩飯の完成だ。
「いただきます」
まずは枝豆から。初めて作ってみたけどどうだろう。
お、これはうまい。塩気が強めだから、疲れた味覚でもうま味がよく分かる。少しシャキッとしたにんにくを噛めばぶわっと香りが広がる。皮までしっかり味わいたくなるな、これ。いくつかご飯の上に出して、しっかりにんにくものっけて、食べる。うん、申し分ない。
ハンバーグは少しかためだな。この箸から伝わるしっかり目の感触がいい。
コク深いデミグラスソースに肉のうま味。香辛料とかも入っているのだろうか、うちで作るハンバーグよりも薫り高いというか。
野菜の食感はないが、確かに甘みを感じる。玉ねぎかな。
ナポリタンはソースたっぷりだ。甘みが強く、具材は少なめだがおいしい。小さなソーセージはうま味がギュッと凝縮しているようだ。
パラッと入っているピーマンは確かにほろ苦い。
これいいなあ。ご飯のおかずにもなるし、楽だし。
昨日今日と、何日分か凝縮して頑張ったんだ。あと数日はだらけても罰は当たるまい。今度はうめずと花見に行かなきゃいけないしな。
せっかくの春だ。これから先は、のんびり過ごそう。
「ごちそうさまでした」
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