一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
280 / 843
日常

第二百七十二話 枝豆のにんにく炒め

しおりを挟む
「さーて、そろそろ帰るかあ」

 お昼過ぎになって、咲良がそう声をかける。

「そうだな」

「片づけよう」

 各々でごみを集め、シートをたたみ、すっかり元通りに場所を整えたら帰路に着く。

 チラチラと舞う桜の中を行く。人の流れは幾分か落ち着いてはいたが、それでも数は多い。

 公園を出たところで、前を行く百瀬が振り返った。

「じゃ、俺らはこの後寄るとこあるから」

「どこ行くんだ?」

 咲良の問いに、百瀬は楽しげに答えた。

「近くに業務用スーパーがあるらしいんだよね。お菓子の材料とかも結構そろっているらしいから」

「俺は荷物持ちだ」

 と、朝比奈は慣れた様子で付け加えた。

 業務用スーパーっつったら、こないだ父さんと母さんと一緒に行ったとこかな。近くにあるんだよな。

 しかし百瀬が言った店の名前はそことは違った。

「そんな店があるのか」

「そうそう。他にもいろいろ売ってるらしいよ。冷凍とか、漬物とか」

 へえ、なるほど。一度行ってみたいな。

「今日は楽しかった! じゃ、またな!」

「おう。またなー」

 しかし、今日は楽しかったが、疲れた。楽しいという気持ちと疲労感は切っても切り離せないものなのだと痛感する。

 レールバスまでの道のりが、行きがけよりも長く感じる。

「ふぁ……眠い……」

「お疲れだね」

 隣を歩く観月が面白そうにこちらをのぞき込む。

「まあな」

「レールバスで寝たら? 着いたら起こすよ?」

「んー。でも俺、乗り物で眠れないんだよなあ」

 前を行く咲良と守本はずいぶん溌溂としている。あのシート、結構重いのに咲良は一人で抱えてるし。

「あいつら元気だなあ」

「僕もあんまり疲れてない」

「若いなあ」

「同い年でしょ」

 俺の体力がないだけなのか。

 今日は早く寝て、明日はゆっくり過ごそう。



 あれだけ元気そうだった三人だが、レールバスに乗ったら一駅進む間に寝てしまった。

 起こしてやるっつってたのに、これじゃ世話ねえな。

 みんな、車やら電車やらのると眠くなるとかいうけど、俺はそうならないんだよなあ。どっちかっていうと目が冴えてくる。

 規則正しい音だけが響く中、ぼんやりと窓の外に目を向ける。満開なのは桜だけではなく、菜の花もそうらしい。レールバスは両脇が黄色に染まる線路の上をゆったりと走り、時折大きく揺れながら終点である俺たちの町まで向かう。

 車内に視線を戻す。向かいの席には咲良と守本が座っていて、自分の隣には観月が座っている。咲良はなんというか、器用にバランスを取りながら寝ているが、時々頭が大きく揺れるので気が気じゃない。一方守本は腕を組み、うつむくようにして眠っている。観月は窓枠に頭を預け、すうすうと規則正しい寝息を立てていた。

 夕焼けほどではないが、昼過ぎの濃い太陽の光が流れるように差し込み、レールバスの中はまるで暖色の光でライトアップされたアクアリウムのようである。

 足をパタパタと動かしてみる。流れゆく光と影の中に、意思を持った生き物が現れたようだ。

「どうやるんだったか……」

 手で何かしらの形を作って影絵にしてみる。といっても鳥ぐらいしかできない。ぎこちない羽ばたきの鳥は風に乗り遅れ、とぷんと大きな影に飲み込まれてしまった。うーん、ウサギのやり方を前に知った気がするんだけど、どうやるんだっけ。

 しばらく考えてみたが、あきらめることにした。手がつってしまう。

 ああ、犬。犬はできる。そういやうめずはどうしているだろう。まあ、じいちゃんとばあちゃんの家にいるなら安心か。すねることもないだろうし。

 やがてアクアリウムの水流は穏やかになり、すっかり凪いでしまった。

 駅前の大きな桜には新芽が出始めていることに気が付き、確かに春が過ぎていくのを感じた。



「じゃ、またな!」

 玄関で咲良がにかっと笑って言った。

「今度は二泊ぐらいしようかな」

「差し入れ持って来い、差し入れ」

「分かってるよ。じゃ、うめずもまたな」

「わうっ」

 咲良が帰ってしまうと途端に静かになる。ちょっと落ち着くな。

「さて、晩飯の準備するか」

「わふ」

 今朝の残りの枝豆をにんにくで炒める。ちょっと塩コショウを振るくらいで味付けは完了だ。ご飯が進みそうな香りである。

 それと、こういう日のために買っておいた冷凍のあれ。

 大きめの器が仕切りで二つに分けられていて、片方にはナポリタン、もう片方にはデミグラスソースのハンバーグが入っている。他にも和風、中華と色々あったので一つずつ買ってしまった。

 これをレンジでチンして、ご飯も準備したら晩飯の完成だ。

「いただきます」

 まずは枝豆から。初めて作ってみたけどどうだろう。

 お、これはうまい。塩気が強めだから、疲れた味覚でもうま味がよく分かる。少しシャキッとしたにんにくを噛めばぶわっと香りが広がる。皮までしっかり味わいたくなるな、これ。いくつかご飯の上に出して、しっかりにんにくものっけて、食べる。うん、申し分ない。

 ハンバーグは少しかためだな。この箸から伝わるしっかり目の感触がいい。

 コク深いデミグラスソースに肉のうま味。香辛料とかも入っているのだろうか、うちで作るハンバーグよりも薫り高いというか。

 野菜の食感はないが、確かに甘みを感じる。玉ねぎかな。

 ナポリタンはソースたっぷりだ。甘みが強く、具材は少なめだがおいしい。小さなソーセージはうま味がギュッと凝縮しているようだ。

 パラッと入っているピーマンは確かにほろ苦い。

 これいいなあ。ご飯のおかずにもなるし、楽だし。

 昨日今日と、何日分か凝縮して頑張ったんだ。あと数日はだらけても罰は当たるまい。今度はうめずと花見に行かなきゃいけないしな。

 せっかくの春だ。これから先は、のんびり過ごそう。



「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
 もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。  誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。 でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。 「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」  アリシアは夫の愛を疑う。 小説家になろう様にも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...