一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百七十話 りんご飴

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 見上げれば満開の桜。咲いてすぐの頃とはまた違って、少し色が濃いようにも思う。

「俺ちょっと歩いてくる」

 そう言って立ち上がると「俺も俺も!」とついてくる姿が一つ。

「なんか屋台出てるかなーって。気になってたんだよね」

 満面の笑みでそう言うのは咲良だ。次いで、観月も手を挙げる。

「僕も着いてっていい?」

「おー」

 他のやつらはここでのんびりしているとのことだったので、三人で連れ立って並木道へ向かう。

「明後日ぐらいには雨が降るって言ってたし、ちょうどよかったよね」

「そうだな。週末で人は多いが……まあ、今は春休みだからなあ。いつ来ても人出は同じようなもんだろう」

「屋台はどこかなあ。あっちかな?」

 なかなか広い公園内を地図も分からないままに進む。時折、はらはらと目の前にゆっくりと落ちてくる花びらを捕まえようとしながら歩みを進める。

「なかなか取れん」

 と、咲良が少し悔しそうに言う。

「別に取れなくても、支障は、ないけど……さっ。あー、ちくしょう」

「なんだよ、春都もむきになってんじゃん」

「うるさい」

 観月は器用にも何枚かつかむことができたらしい。手のひらの上に濃さの様々な花びらがのっている。

「お前すげーな」

「へへ。まあね」

 しかし、一向に屋台は見当たらない。

「屋台ないのか」

「えー? 花見っつったら屋台じゃね?」

「まあ、近所の公園じゃあ、いつも出てるけど……」

 と、その時ぶわっと風が吹いた。かなりの強さに、あちこちで悲鳴にも似た声が上がる。しかしその声はやがて、歓声に変わった。

「おぉー!」

「きれいねぇ」

「すごい」

 確かにこれはすごい。

 風にあおられた桜は花びらを舞わせ、差し込む木漏れ日と心地よい陽気をまとって幻想的な風景を作り出している。

「わー、すっげー! これ、花びら取り放題じゃん!」

 と、花吹雪の中で手をじたばたさせるのは咲良だ。どうしても取りたいらしい。

「すごいねー」

 観月も眼鏡の向こうの瞳をキラキラさせながら花吹雪を見上げる。

「今日は楽しそうだな」

 そう聞けば観月は一瞬きょとんとした表情でこちらを見たが、すぐにへらっと気の抜けた笑みを浮かべた。

「超楽しい」

「中学んときは心底めんどくさそうな顔してたくせに」

「えー? そんな分かりやすかった?」

「顔が笑ってても目が笑ってねえんだよ。怖いんだよ」

 かく言う俺もなかなかに浮かれているし、楽しみまくってはいるが、黙っておく。

「なー、見ろよ! 大量!」

 花びらのつかみ取りに夢中になっていた咲良が、花吹雪が少し落ち着いたところでこちらにやってくる。

「な?」

 咲良が差し出した両手には確かに桜の花びらがたくさんある。

 しかし、観月と揃って目を向けたのは少し上の方。

「……満開だな」

「? そりゃ花見に来るんだから、桜は満開だろ?」

「そうだね。咲良が満開だ」

 ふわふわと風に揺れる咲良の髪の毛には、周囲の桜の木に負けないほど華やかに、桜の花びらが積もっていた。



 屋台スペースは花見をするところとはまた別になっているみたいだ。こっちにはチューリップが咲いている。

「お、結構出てる」

 公園内ということもあってか、花火大会のようにずらりと並んでいるわけではないが、それでもかなりの数の屋台が軒を連ねていた。

「おー、カラフル綿あめ」

「射的だって。やってみようかな?」

「やめとけ。お前、景品根こそぎ取ってくだろ」

 観月は剣道の腕もすごいが、射的も妙に上手だ。本人は「前世が戦士だったりして」と冗談めかして言うのだが、あながち間違いではないかもしれない。

「何がいいかな。あんまし腹減ってないけど、なんか食いたい」

 人波をかき分けながら三人で進んでいくと、これまたずいぶん華やかな屋台が目に入った。

「フルーツ飴!」

 赤に青、黄色に緑。他にも様々な色の飴をまとったフルーツが、棒に突き刺さった状態で並んでいる。ぶら下げられているのもあるな。りんご、パイン、イチゴ、ぶどう、スモモ。へえ、種類も豊富なんだな。

「俺イチゴにするー。色は……赤!」

 さっそく咲良は屋台に向かう。観月もそれに続く。

「じゃ、僕はぶどうにしよう。何色がいいかなあ。あ、透明あるんだ。それにしよう」

 ここまで明るい色が並ぶと、着色料を使っていないものは目立たないな。

 うーん、悩みどころだが、ここは……

「りんご飴で、透明のやつ」

 カラフルなのは興味あるが、買う勇気は出ない。

 飴を受け取ったら人波を避け、桜とチューリップがよく見える場所で食べることにした。

「いただきまーす」

 屋台のりんご飴なんていつぶりだろうか。

 店でこうこうと明かりを放っていた電飾の熱に温められたか、表面は少し柔らかい。しかしやっぱり歯ごたえはあって、ガリッと衝撃が伝わってくる。ちょっと痛い。

 砂糖の甘さだが濃厚で、煮詰まった味がする。酸味のあるリンゴとの相性がいい。

 リンゴはしゃきしゃきだ。姫リンゴ、だったか。小ぶりのリンゴはかわいらしい。飴と一緒にバランスよく食べたいものだが、難しいなあ。

「ぶどう飴、なんか色違くね?」

「マスカットと紫の、交互に刺してるみたい」

 ぶどう飴はぶどう飴でうまそうだ。イチゴも赤が少々毒々しいが、うまそうに見えるのは何だろう。

 芯に近づくにつれて酸味が増すリンゴ。飴で紛らわそうとするが、かえって酸味を際立たせる。でも、爽やかでいい。

「そういや、飴、箱買いして持ってきたとか言ってなかったか?」

 ふと咲良が思い出したように言う。

「うん、何人かでお金出し合ってね。駄菓子屋で大人買い」

 観月のその言葉に、否応にもワクワクしてしまう。駄菓子屋で大人買い。ちょっとあこがれるな。

 ということはこの後は駄菓子パーティって感じになりそうだな。

 棒に張り付いた飴をがりがりとかじる。アメリカンドッグを食う時もいつも思うが、こういうとこってなんかうまいんだよなあ。

 さて、どんな駄菓子が待っているのやら。楽しみだな。



「ごちそうさまでした」

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