一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百六十五話 チョコレートアイス

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「お邪魔するぜー」

「おう。まあ、上がれ」

 数日後、咲良がうちにやってきた。荷物は思ったより少ない。まあ、一泊だからなあ。

「こっちがお前の部屋な」

 そう客間を示せば、咲良は「お、一部屋使っていいのか?」と嬉しそうだった。

「もう少ししたら買い出し行くぞ」

「どこまで? スーパー?」

「いや、プレジャス」

 スーパーでもいいが、そっちの方が何かと選択肢が多い気がする。バスで行けば多少荷物が多くなってもよかろう。

「おー。いいな! 楽しいなあ、こういうの!」

 咲良からは、うきうき、わくわく、という効果音が聞こえてきそうである。

「荷物持ち、しっかり頼んだぞ」

「おう! 任せとけ!」

 まったく、返事だけは頼もしいな。



 休日、しかも春休みともなれば客はいつにもまして多い。

「で、何にすんの?」

 かごをのせたカートを押してついてきながら、咲良がのんびりと聞いてくる。

「それがなあ、どうしようかなーと思っててなあ」

「え、まだメニュー決めてねえのか。なんかいろいろ何食いたいか聞いてきてたじゃん」

「そりゃそうだけどさあ……」

 なんかいまいち、こう、カチッとはまらないというか。弁当箱の中身が充実しているイメージがわかないんだよなあ。

「えー? からあげは? からあげは入れてくれる?」

「それは当然。俺も食いたい」

「豚の天ぷら!」

「入れる」

「……おにぎり?」

「なんで疑問形なんだ。入れずにどうする」

 やいのやいの言いながら売り場を回っていると、あるものを見つけた。

「……これだ」

「んえ?」

 カートに寄りかかって別のところを眺めていた咲良に、見つけた品を突き付ける。

「おぉ」

「どうよ、これ」

「いいじゃん。なんだっけ、オードブル?」

 そうだ、オードブルである。これがあったのを忘れていた。使い捨てのオードブルの器。この時期にはよく見るのに、思いつかないもんだ。

「よし。これが決まれば後は何とかなる」

「春都のスイッチが入った」

「なんだそれは」

 できればバランスよくしたいものである。野菜もちゃんと入れてな。おにぎりは……別の入れ物に入れなきゃなあ。

「野菜は何がいい、咲良」

「えー? 野菜かあ。うーん、野菜なあ……」

 咲良はのろのろとカートを押し、辺りを見回しながら答える。

「オードブルの野菜っつったら枝豆のイメージだよな」

「それは分かる」

「ポテサラでもいい。スパゲティサラダとかマカロニサラダとか」

「ポテサラはともかくとして、あとの二つはもう野菜の量が減ってきてないか」

 しかし、枝豆はいいな。なんか味付けのアレンジ探してみようかなあ。

 からあげ用の鶏肉はもう買ってあるし、天ぷら用の豚肉もある。枝豆とか野菜は買わないといけない。

 あとなんか揚げるだけとか、焼くだけのないかなあ。チキンナゲットとかどうだろう。

 チルド食品コーナーを眺めていたら、咲良が「なーなー」とカートに寄りかかったまま聞いてきた。

「おやつは買わねえの?」

「後でな」

「ねー、先に見に行っていい?」

 そう言う咲良の傍らを小さな子どもが二人駆け抜けていく。きょうだいらしき二人の手にはキャラクターもののチョコレート、行く先には母親と父親がいた。

 ふと咲良に視線を移す。屈託のない楽しげな表情に、おやつを欲する姿。

「……図体のでけぇ子どもだな」

「なにっ」

 実に不本意そうな表情になった咲良だが、その百面相も子どもっぽく見える。

「後でなんか甘いもん買って食うか。今は少し待ってくれ」

「……なんか子ども扱いしてない?」

 むう、とした表情のまま、咲良はカートにもたれかかる。

「なんだ。じゃあ食わないのか」

「それとこれとは話が別。食うし」

 ほら、やっぱり子どもっぽい。



 プレジャスで甘いもの、といえばドーナツか、ファストフード店のサイドメニューか、あるいはアイスかといったところだ。

 今日はアイスにする。ショーケースに樽ごと並んだアイスは見ているだけでもワクワクする。

「どれにすっかなー」

 列に並びながらアイスを眺める咲良は実に楽しそうである。さっきまでの不機嫌はどこにいったんだか。

 俺はもう決めている。チョコだ。なんか今日は無性にそれが食いたい。

「よし、決めた。期間限定のにしよう」

 アイスはクルクルと器用に専用の器具ですくわれ、カップに入れられる。その様子を見るのが好きだ。なんだか楽しい。

「向こう、座って食うか?」

「ああ」

 アイス屋の近くにはちょっとした休憩スペースがある。荷物も重いし、そこで食う。

「いただきます」

 濃い茶色の、表面が少しとろけた真ん丸なアイス。ぎっちりカップに詰まった感じもいい。うまそうだなあ。

 ひんやりと舌を伝う甘みに、喉の奥のほろ苦さ。あれ、ここのアイス、こんなにうまかったっけ?

 鼻に抜ける香ばしさもたまらない。もっちりとした触感、少ししゃりっとした舌触り。

 思わず夢中になって、一口、また一口と次々食べてしまう。

「春都もなかなか子どもっぽいとこあるじゃん」

 と、咲良がにやにや笑って言ってくる。なんだ、どういうことだ、と思っていたら、咲良は自分の口元を指さした。

「ついてる」

「む」

 ティッシュで口元をぬぐえば、確かに茶色い。いや、めっちゃついてたってわけじゃないし、これぐらい大人でも……あるだろ。

「……そっち、どんな味なんだ」

「これ? なんかねー……めっちゃいいイチゴアイス」

「ま、高いイチゴ使ってるらしいからな」

それこそチョコレートと合わせるとうまそうだ。

しかし、あれだな。今日はこのチョコレートだけで満足だ。さらに、溶け始めたチョコレートアイスはなめらかで、より一層甘みと苦みの味わいが濃く感じられてうまい。

 食いたいものだけを食いたいだけ買って食う。そりゃ、たんまり飽きるほど食うのもいいかもしれないけど、必要なだけ、っていうのも満たされる。

 さて、これからもうひと頑張り。楽しい花見のために、気合を入れますか。



「ごちそうさまでした」

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