一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
271 / 854
日常

第二百六十四話 コンビニ飯

しおりを挟む
 さて、今から寝ようかというころ。

「あ」

 咲良が泊まりに来ると言っていたことを思い出してスマホを手に取る。開くのは家族のグループチャット。

「えーっと……」

 いつもベッドに置いているぬいぐるみを抱え込み、壁を背もたれにしてスマホを打つ。この体勢、スマホとかゲームとかする時、楽なんだ。

 とりあえず送るメッセージには、咲良が泊まりに来たいと言っていることと、花見の件を……

「まあ、なんとなく返事の予想はついてんだけど」

 送信して間もなくして、母さんから返事が来た。

『楽しみでいいんじゃない? いいよいいよー』

 ほら、やっぱり。ノリノリじゃん。

 父さんも文章ではないが、ハイテンションに肯定の意を示すスタンプが送られてきた。

 どうしてこう、うちの両親は子どもの……俺のちょっとしたことで盛り上がれるんだろう。なんか本人より盛り上がってくれるもんだから、張本人である俺は冷静になる。

「ん?」

 母さんから追加でメッセージが送られてきた。

『泊まりに来るなら、来客用の布団を一度出して干しておいた方がいいと思うよ』

「あー、布団」

 となれば、客間の掃除もしとかないと。まあ、時々掃除はしてるし、ばあちゃんが来た時はばあちゃんが部屋中掃除してくれるから汚いってことはないけど。

『分かった。そうしとく』

 そう返事をすると指でオッケーのサインを示した、見たことあるようでないキャラクターのスタンプが送られてきた。

 こういうのって、どっから探してくるんだろう。



「と、いうわけで、オッケーだ」

「よっしゃ! 楽しみだなー」

 修了式のため体育館に向かいながら、咲良に宿泊許可を伝えれば、心底楽しそうな笑顔でガッツポーズをした。その様子を見ていたらしい勇樹が「えー、なになに」と興味深そうに聞いてくる。

「お泊り?」

「おー。今度花見するっつったじゃん? その準備の時に泊まるっつってなー」

「仲いいな、お前ら」

「俺が誘ったわけじゃない。泊まるってのはこいつが言い出しただけだ」

 俺も花見行きたかったなー、と言って、勇樹は体育館シューズが入った袋を大きく揺らした。

「まあ、明日から春休みだしちょうどよかったな。そろそろ見ごろだってテレビで言ってたぞ」

「昼間は暖かくなってきたし、一気に咲いたもんな」

「楽しみだなあ」

 さあっと吹き抜けた風はわずかばかりの冷たさをはらんではいたが、どこか若々しいというか、春らしい香りがした。



 午前中で学校が終わり、という日は一年を通して何回かある。でも特にこの季節、ポカポカ陽気の頃に、そういう早く帰れる日があると嬉しい。なんか一番好きなんだよなあ。

 フワフワと暖かく、歩きながら眠ってしまいそうになる。

「なんか日向ぼっこしてる犬みてえ」

 その眠気を覚ますのは、少しからかうような口調の咲良の声だ。

「なー、せっかく学校終わったんだしさー。打ち上げ行かねえ?」

「打ち上げ? 何をそんな大げさな」

 そう言えば咲良は「別になんだっていいだろー?」と無理やりバス停に向かう方の道へ俺の手をひいていく。

「おい」

「ファミレスでもいいけど、どうせなら花見の時に金は取っときたいし。うーん、どうしよう」

「帰れ。帰って大人しくしてろ」

「つれないなあ……あ、じゃあコンビニ行こうぜ。なんかあるだろ」

 咲良の明るい声に、これ以上抵抗しても体力の無駄だと悟る。せめてもの抗議として盛大にため息をついたが、咲良には聞こえていなかった。

 コンビニはそこそこ混んでいた。さっさと買って、とっとと外に出たい。しかし何買おう。せっかく買うならちゃんと食いたいものを買いたい。

 お菓子? うーん、いっそジュースだけとか。レジ横の総菜も魅力的だ。

 やっぱり無難におにぎりか。結構な種類があるからかなり悩む。のりがパリパリのもいいし、しんなりしたのも捨てがたい。パリパリはコンビニならではだよな。混ぜご飯、ちょっと高めのやつ、巻き寿司、いなり寿司。

「あ、こんなんあるんだ」

 見つけたのは小さな弁当のようなもの。小ぶりのおにぎり二個とからあげ一個、真っ赤なたこさんウインナー、出汁巻き、そしてきんぴらごぼう。おにぎりの具は鮭と昆布。いいじゃないか、これとお茶にしよう。



「あっちで食おうぜ」

 と、咲良が示したのはコンビニ横の公園だ。藤棚にはまだ葉はないが、立派な枝で、いい感じの日陰になっている。

「いただきます」

 まずはやっぱ、おにぎりか。

 これはすでにのりが巻いてあるのでしっとりしている。こっちは……鮭か。思ったよりも具がしっかり入っている。程よい塩気と鮭のうま味、磯の香りが冷えたご飯と相まってうまい。

「咲良は何買ったんだ?」

「新発売のメンチカツバーガー。と、串カツ」

「え、串カツとかあんの」

「あったなあ」

 見事に揚げ物ばかりである。しかし、うまそうに食うなあ。ソース染み染みのメンチカツ。今度買ってみよう。

 さて、次はウインナー。ちょっと塩気が強いがうまい。足を一本ずつ食うのが好きだ。

 からあげはどっちかっていうとフライドチキンみたいな味だ。香辛料の香りがよく、しなっとした衣が香ばしい。肉にもしっかり味が染みている。

「週末にするか、花見」

 と、串カツをほおばりながら咲良が言う。

「いいんじゃないか」

 週末、といっても数日後だ。てことは今日か明日の内に掃除しとかないと。

 昆布は佃煮。甘辛く、ゴマのアクセントがいい。白米によく合うなあ。今度の弁当にも入れようかな。

 卵焼きは出汁巻き。甘めだが、いつもの味とは全然違う。砂糖の甘さではなく、出汁の甘味だ。なんだか触感が硬めのプリンのようでもある。ジュワッとジューシーでうまい。

 全体的に和食なので、冷えた緑茶がよく合う。

「楽しみだなー」

「そうだな」

 あ、そうだ。布団も干しとかないと。

 今日はいい天気だ。気持ちよく干せることだろう。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話

ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。 完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

病弱な愛人の世話をしろと夫が言ってきたので逃げます

音爽(ネソウ)
恋愛
子が成せないまま結婚して5年後が過ぎた。 二人だけの人生でも良いと思い始めていた頃、夫が愛人を連れて帰ってきた……

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

処理中です...