一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
268 / 854
日常

第二百六十一話 ガーリックトースト

しおりを挟む
 また急に寒くなった。

「なんだっけ、三寒四温?」

 ひんやりと冷たいガラスに触れ、外を眺める。空はどんよりと重く、今にも雨が降りそうである。

「ああ、違う。春に三日の晴れ無し、か」

 しんしんと伝わる冷気に身震いし、ソファに座ってブランケットを膝にかける。

 こんなことならこたつまだ片付けるんじゃなかったなあ。いや、こたつは暑すぎるだろうか。

 しかしこんなに寒いと動くのが億劫だ。昨日のうちに買い物行っといてよかった。

「はー、冷える冷える」

「わう」

「な、お前も寒いよな」

 うめずはプルプルと首を振ると、軽やかにソファに飛び乗った。そしてブランケットにもぐりこむようにして俺の足にすり寄ってくる。

「お、お前あったかい。あったかいぞ。もうちょいこっち来い」

「わふっ」

 少しブランケットをめくって、ひざの上にうめずを誘う。ぽふっと伏せをしたうめずはちょっと重いがいい湯たんぽだ。

 ゆったりと背をなでる。つるっとした毛並みと温かい背中。なんだか落ち着く。

「なんか眠くなってきたなあ」

 少しうとうとし始めた頃、スマホの通知音が鳴った。なんだ、電話か。

「誰だ……咲良か」

 その音にびっくりしたうめずが上体を起こして顔を近づけてきたので、落ち着かせるように撫でてやるとまた元の体勢に戻った。

「もしもし?」

『あれー、春都。もしかして寝てた?』

「なんで」

『眠そうな声してる』

「眠くなってただけだ。それより何だ」

 そうそう、と電話の向こうで咲良が楽しげに言う。

『花見の場所なんだけどさ、良さげなところいくつか決めたから春都の意見も聞きたいと思って』

 なるほど、そういうことか。

「どこ?」

『えっとなー、まあ、あとで写真とかは送るけどー』

 咲良が挙げた場所の名前は、どこかで聞いたことがあるような公園だった。

「それどこなん?」

『街までは行かないぐらい。レールバスで行ける』

「あー、それならいいんじゃないか」

『な。みんなで一緒に行けるなーと思って』

 道中も楽しみだからさあ、と本当に咲良は楽しそうだ。

「まだ日程も決まってないだろうに」

『こういう時間が楽しいんだよ』

「まあ、分かるけど」

『晴れるといいよなー。そろそろ咲き始める頃かな』

 その言葉に昨日の帰り道を思い出す。

「うちの近くの小学校前にある桜は咲いてたぞ。日当たりがいいとこだけ、いくつか」

『あ、ほんとに? うわー、すぐ満開になるかなー』

「いや、これからまた寒くなるらしいし、長いこと楽しめるんじゃないか」

 そう言えば咲良は『それはいいな!』と嬉しそうに笑った。

『春都の飯も楽しみだな』

「手伝えよ」

『分かってるって。誰が何持ってくるか決めとかないと』

「お前は何持ってくんの」

『んー……』

 しばらくの沈黙の後、咲良は溌溂と言い放った。

『シート!』

「……シート?」

『そ、下にひくシート。絶対いるっしょ?』

 お菓子かジュースかどちらかを言うと思ったが、まさかのシート。思わず黙っているとうめずがスンスンと首元に鼻を近づけてくる。

『あ、お前。こいつ自分だけ金かけないつもりかって思ったろ?』

 咲良のいたずらっぽい声に、ハッと我に返る。

「いや、そうじゃなくて。お菓子なりジュースなり持ってくるかと……」

『冗談だよ。そりゃお菓子とかも持ってくるけどさ、大人数が座れるシートって案外ないだろ? うち、ブルーシートいっぱいあるし、持ってくるよ』

「ああ、確かにそうか」

 うちにあるのはせいぜい三人が座れる程度のシートしかない。

「てかその公園、シートとか敷いていいのか」

『ふっふっふ。そのあたりも調査済みだぜ?』

 と、得意げに笑う咲良。ずいぶん気合入ってんな。

 花見かあ。そういや、家族以外とするのは初めてだなあ。



 咲良と通話を切った後、なんだか小腹が空いていることに気が付く。

 昼飯にはまだ早いが何か食いたい。

「何にするかなー……」

 うめずは膝の上から移動して、自分のベッドに丸まっていた。

 台所の棚を眺める。あるのは食パンと、レトルト食品。うーん、あ、そうだ。

 冷蔵庫からバターを取り出し、小さめの耐熱皿に一かけのせて少し加熱する。食パンは……一枚でいいか。

 少し溶けたらパンに塗って、その上にチューブのニンニクを塗る。あんまり塗り過ぎないようにしないと。

 そしたらトースターで焼く。ガーリックトーストだ。

「フランスパンで作りたいところだが……」

 まあいい。食パンは食パンのうまさがある。

 焦げすぎないように焼いたら完成だ。

「あちち……いただきます」

 四等分に切ったので食べやすい。

 あー、香ばしい匂い。にんにくは適量だとホントいい働きをする。

 ジュワッとバターが染みた生地、香るにんにくは程よく塩気をはらんでいる。もっちもっちと噛めば噛むほどうま味が染み出す。

 耳もカリカリだ。バターがついてない部分ではあるが、それがいい。濃すぎず、物足りなさ過ぎず。パンのうま味も分かっていい。

 これに合わせるのは牛乳。

 何気に合うんだ、これが。にんにくの風味と牛乳のまろやかさ。まあ、グラタンと思えばそうか。

 ちょっと足りないかな、ぐらいの量がちょうどいい。

 しかし、そろそろ本格的に花見メニュー考えないとなあ。何がいいだろう。いっそみんなのリクエスト聞いた方がいいか。

 すっかり食べ終わって腹が落ち着いたころ、自分もなかなかに浮かれているということに気付く。

 まあ、仕方ない。春だもんな。



「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...