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日常
番外編 山下晃のつまみ食い①
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バイト先の本屋はこの町に二か所ある。その本屋単体の店舗と、ショッピングセンター内にある店舗である。
基本、俺がバイトしてるのは前者なのだが、まあ、ヘルプに入ることもある。
『おはよう、山下君』
今朝、バイトに行こうと準備をしていたら店長から電話がかかってきた。
「おはようございます。どうしました?」
『向こうの店舗の手が足りないらしくて。悪いんだが、行ってくれるかい?』
「あー、いいですよ。分かりました」
おそらく体調不良とか急用とかいう理由で休みが重なったのだろう。よくあることだ。
『すまないね。いつも』
「いえ、大丈夫です!」
こんなことでいちいち怒っていては身が持たない。それに、俺も急に休むことが全くないわけではない。
あ、そうだ。昼飯はなんか弁当でも買おうかな。
「お品物、お預かりしまーす……あ、幸輔」
「よう」
レジにやってきたのは顔なじみだった。高校から何かとつるんでいて、大学も同じだ。
「今日はバイト休み?」
「ああ。晃は今日、こっちなんだな」
「ヘルプで入ってんの。あ、袋いる?」
「いや、いいかな」
スタンプカードにスタンプを押し、日付を入れて返す。
「じゃ、また」
「おう。ありがとうございました~」
平日ではあるが買い物客は多い。しかし本屋に立ち寄るのはそのうちの何人かで、立ち寄っても買い物をせず立ち去る人もいる。
たいていは食料品コーナーに用事があるんだろうしなあ。
「山下君、お昼行っといで」
「はーい。お先です」
昼飯はそれこそ食料品コーナーで買った中華弁当だ。からあげみたいなのを甘辛いたれであえたおかずと山盛りご飯。野菜はわずかなのでサラダも別に買うことにした。
「ふー」
休憩用の部屋までの通り――いわゆるバックヤードは薄暗く、いつどんな時でもひんやりとしている。休憩室は従業員共用なので結構広いが、日当たりも悪く蛍光灯の明かりはほの暗い。山積みの在庫、壊れた備品、なんともさみしい雰囲気だ。
パートのおばちゃんたちがうわさ話に花を咲かせるテーブルから離れた場所に座る。
「えーっと……」
マナーモードにしていたスマホを見る。スマホゲームからの通知の他、ニュースとかの通知があるばかりで誰かからの連絡とかはない。とりあえずゲームを開く。
自動で周回をしている間に飯を食う。
中華弁当は種類が結構あるけど、一番これがうまいんだよな。がっつりメニューだし、肉だし、何より甘辛い味で米が進む。
家での勉強が主で、遊びに行くことも少なく、バイト先と自宅の往復が主な外出。
刺激といえばゲームのイベントか、こっちのヘルプで入ったときに食う弁当かといったところだ。
「んん~……」
しばらくはバイトも立て込んでるし、レポートも仕上げなければならない。
「酒飲みてぇ……」
そんなつぶやきはおばちゃんたちの笑い声にかき消されたのだった。
あと一時間で午後五時。バイト終了の時間だ。
この時間は人が多いか少ないか結構差があるが、今日は少ないようだった。
「今日はありがとねー」
レジでこまごまと片づけをしていると、こっちの店舗のリーダーが声をかけて来た。ずいぶん長く勤めているようで、本のタイトルを聞いただけで在庫も配置も瞬時に分かるらしい。
「あーいえ。大丈夫ですよー」
「二人も急に来られないって言うからねえ、来てくれて助かったよー」
リーダーは児童書の方へ片付けに行った。あそこは日に何回も片付けに行かないと無秩序状態になる。
「で、なんでお前はついてきたんだ、咲良」
「えー暇じゃん」
「お前の都合なんざ知らん」
そんな会話をしながら、高校生二人が来た。一人は黒髪短髪で目つきが鋭く、もう一人はふわっとした茶髪でのほほんとしていた。
「でもさー、同じ店ならないんじゃねーの?」
「いや、向こうになくてこっちにあるってことはよくあることだ」
ああ、向こうの店舗に行ってなかった本を探しに来たわけね。確かに面積的にはこっちの方が広いし、在庫も多い。逆に向こうの店舗にしかないのもあるんだけど。
「あ、あった」
黒髪の少年は嬉しそうに笑った。その表情は年相応というか、幼い印象だ。しかし、すぐに取り繕うようにして表情を引き締めるとレジにやってきた。
「お願いします」
「はーい、お預かりします」
黒髪の少年が会計をしている間、もう一人の少年はポスターを眺めていた。
「ありがとうございましたー」
「ありがとうございます」
少年は律儀にお辞儀をして、一緒に来ていた少年に声をかけ連れ立って帰って行った。
こっちのヘルプに入ったときは、帰りにドーナツを買って帰る。今食う分と、家に持って帰って食う分である。
有名チェーン店のドーナツ屋が出入り口付近にある。自分で取って買う形式で結構楽しい。
期間限定のやつも気になるけど、やっぱいつも通りのチョコがけが食いたい。買うのはいつもチョコレート率が高いんだよなあ。それか生クリームたっぷりのやつか、砂糖がけのやつ。
「いただきまーす」
帰る前に腹ごしらえだ。従業員専用の駐輪場から見えるのは田んぼと、ちらほらとある住宅、そして山々。
これを見ながら食うドーナツはなんとなくうまい気がする。
頑張ったーって気分になるというか、この時間だけは何も考えてない。
「はー、うま」
飲み物も買えばよかったかな、と思うのもいつものことだ。
まあ、なんだかんだいって、いつも通りが繰り返されるっていいことだよな。忘れがちだけど、そういう今に感謝しないとなあ。
さあ、帰ろう。いつも通り。
「ごちそうさま」
基本、俺がバイトしてるのは前者なのだが、まあ、ヘルプに入ることもある。
『おはよう、山下君』
今朝、バイトに行こうと準備をしていたら店長から電話がかかってきた。
「おはようございます。どうしました?」
『向こうの店舗の手が足りないらしくて。悪いんだが、行ってくれるかい?』
「あー、いいですよ。分かりました」
おそらく体調不良とか急用とかいう理由で休みが重なったのだろう。よくあることだ。
『すまないね。いつも』
「いえ、大丈夫です!」
こんなことでいちいち怒っていては身が持たない。それに、俺も急に休むことが全くないわけではない。
あ、そうだ。昼飯はなんか弁当でも買おうかな。
「お品物、お預かりしまーす……あ、幸輔」
「よう」
レジにやってきたのは顔なじみだった。高校から何かとつるんでいて、大学も同じだ。
「今日はバイト休み?」
「ああ。晃は今日、こっちなんだな」
「ヘルプで入ってんの。あ、袋いる?」
「いや、いいかな」
スタンプカードにスタンプを押し、日付を入れて返す。
「じゃ、また」
「おう。ありがとうございました~」
平日ではあるが買い物客は多い。しかし本屋に立ち寄るのはそのうちの何人かで、立ち寄っても買い物をせず立ち去る人もいる。
たいていは食料品コーナーに用事があるんだろうしなあ。
「山下君、お昼行っといで」
「はーい。お先です」
昼飯はそれこそ食料品コーナーで買った中華弁当だ。からあげみたいなのを甘辛いたれであえたおかずと山盛りご飯。野菜はわずかなのでサラダも別に買うことにした。
「ふー」
休憩用の部屋までの通り――いわゆるバックヤードは薄暗く、いつどんな時でもひんやりとしている。休憩室は従業員共用なので結構広いが、日当たりも悪く蛍光灯の明かりはほの暗い。山積みの在庫、壊れた備品、なんともさみしい雰囲気だ。
パートのおばちゃんたちがうわさ話に花を咲かせるテーブルから離れた場所に座る。
「えーっと……」
マナーモードにしていたスマホを見る。スマホゲームからの通知の他、ニュースとかの通知があるばかりで誰かからの連絡とかはない。とりあえずゲームを開く。
自動で周回をしている間に飯を食う。
中華弁当は種類が結構あるけど、一番これがうまいんだよな。がっつりメニューだし、肉だし、何より甘辛い味で米が進む。
家での勉強が主で、遊びに行くことも少なく、バイト先と自宅の往復が主な外出。
刺激といえばゲームのイベントか、こっちのヘルプで入ったときに食う弁当かといったところだ。
「んん~……」
しばらくはバイトも立て込んでるし、レポートも仕上げなければならない。
「酒飲みてぇ……」
そんなつぶやきはおばちゃんたちの笑い声にかき消されたのだった。
あと一時間で午後五時。バイト終了の時間だ。
この時間は人が多いか少ないか結構差があるが、今日は少ないようだった。
「今日はありがとねー」
レジでこまごまと片づけをしていると、こっちの店舗のリーダーが声をかけて来た。ずいぶん長く勤めているようで、本のタイトルを聞いただけで在庫も配置も瞬時に分かるらしい。
「あーいえ。大丈夫ですよー」
「二人も急に来られないって言うからねえ、来てくれて助かったよー」
リーダーは児童書の方へ片付けに行った。あそこは日に何回も片付けに行かないと無秩序状態になる。
「で、なんでお前はついてきたんだ、咲良」
「えー暇じゃん」
「お前の都合なんざ知らん」
そんな会話をしながら、高校生二人が来た。一人は黒髪短髪で目つきが鋭く、もう一人はふわっとした茶髪でのほほんとしていた。
「でもさー、同じ店ならないんじゃねーの?」
「いや、向こうになくてこっちにあるってことはよくあることだ」
ああ、向こうの店舗に行ってなかった本を探しに来たわけね。確かに面積的にはこっちの方が広いし、在庫も多い。逆に向こうの店舗にしかないのもあるんだけど。
「あ、あった」
黒髪の少年は嬉しそうに笑った。その表情は年相応というか、幼い印象だ。しかし、すぐに取り繕うようにして表情を引き締めるとレジにやってきた。
「お願いします」
「はーい、お預かりします」
黒髪の少年が会計をしている間、もう一人の少年はポスターを眺めていた。
「ありがとうございましたー」
「ありがとうございます」
少年は律儀にお辞儀をして、一緒に来ていた少年に声をかけ連れ立って帰って行った。
こっちのヘルプに入ったときは、帰りにドーナツを買って帰る。今食う分と、家に持って帰って食う分である。
有名チェーン店のドーナツ屋が出入り口付近にある。自分で取って買う形式で結構楽しい。
期間限定のやつも気になるけど、やっぱいつも通りのチョコがけが食いたい。買うのはいつもチョコレート率が高いんだよなあ。それか生クリームたっぷりのやつか、砂糖がけのやつ。
「いただきまーす」
帰る前に腹ごしらえだ。従業員専用の駐輪場から見えるのは田んぼと、ちらほらとある住宅、そして山々。
これを見ながら食うドーナツはなんとなくうまい気がする。
頑張ったーって気分になるというか、この時間だけは何も考えてない。
「はー、うま」
飲み物も買えばよかったかな、と思うのもいつものことだ。
まあ、なんだかんだいって、いつも通りが繰り返されるっていいことだよな。忘れがちだけど、そういう今に感謝しないとなあ。
さあ、帰ろう。いつも通り。
「ごちそうさま」
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