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日常
第二百五十六話 肉うどん
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「さて、花見はいつにするかな~」
放課後、図書館当番でカウンターに座る俺の横には、咲良がいた。キャスター付きの椅子に座ってのんきに鼻歌なんかを歌いながらクルクルしている。
「なんでお前がここにいるんだ」
「えー、暇」
「当番業務、代わってもらうぞ」
「やだ」
咲良はカウンターにうなだれると、眠そうな目で図書室を眺める。
「つーか、代わるっていうほど利用者いねーじゃん」
「それはまあ、そうだが」
かくいう俺もやることがなくて、貸出返却用のパソコンをいじっていた。ある程度なら好きに使っていいと言われているので、蔵書がどうなっているかとか名前を知っている本があるかとか調べる。
「嶋田はいいって言ってたんだろー?」
「あ? ああ、詳しいことは教えろっつってたけど」
「菜々世も来るって言ってたしー。あ、勇樹に言ってねえや」
「俺がどうした?」
なんとまあタイミングよく来るものだ。
「お前も本とか読むんだな」
「失敬な。俺だって読みますー」
と、差し出して来たのは分厚いハードカバーの本だった。へえ、こんなん読むんだ。バーコードを読みこめば、返却画面に赤文字が現れる。
「お前、延滞してんじゃねーか」
と、咲良がへらへら笑って、机にうなだれたまま勇樹を見上げる。
「思ったより難しい話だったんだよ」
「どんな?」
「要約できるほど読み込んでねえ。つーか途中であきらめた」
ああ、なんとなく分からないでもない。どうしても読めない本ってあるんだよなあ。
「延滞したのに読み終わんねーの?」
「やかましい。なあ、それさ、もっかい貸出とかできねーの?」
「延滞してたらできねえな」
「そっかー」
少し残念そうに勇樹は言ったが「仕方ないな」と早々に諦め、こう聞いてきた。
「そういやさっき、俺の名前が聞こえたんだけど。なんかあった?」
それを聞き「あー」と話し出そうとしたら、咲良が先に口を開いた。
「めっちゃ延滞期間が長いやつがいるって話」
「三日だろ、三日。そんな長くねえって。嘘じゃん」
「あはは、ばれた?」
咲良が花見のことを話すと、勇樹はすぐに賛成するかとも思ったが、以外にも少し考えこんだ。
「うーん、部活がどうなるかによるなあ。結構立て込んでんだよ」
「ああ、部活」
咲良と見事に声が合わさる。それを聞いて勇樹は笑った。
「なんだよ、二人して」
「いや、部活という存在を忘れていた」
「俺ら無所属だもんな~」
そうか、部活に所属しているやつらは春休みも活動があるのか。あれ、でも観月何も言ってなかったな。あいつ大丈夫なのか。まあ、あんま気合入ってるわけじゃなさそうだったし、あいつが大丈夫っつってるから大丈夫か。
「おーい、そろそろ帰っていいぞ~」
と、漆原先生が書庫から出て来た。
「こっちの片付けも終わったし、生徒もいないし。暇だろう」
「分かりました」
勇樹も部活に向かうということで、三人そろって図書館を出る。
ぬるま湯のような温度の風が吹き抜け、春の香りが通り過ぎていった。
朝や夕暮れに感じる春の気配はどことなく切ないというのに、昼の日差しはものすごく活動的というか、少なくとも儚くない。
「温度差やべー」
食堂に向かう途中、咲良がそう言って笑った。
春とはいえ、強くなり始めた日差しにずっと当たり続けていれば当然、暑い。しかしいったん日陰に入ったり、室内の日の当たらないところにいたりするととても冷える。
「さっきまで冷たいうどんでも食うかなーって思ってたのに、なんか今は温かいの食いたいもん」
「かつ丼じゃないのか」
「俺、今日はうどんの気分~」
今日は俺も学食の飯を食う。なんか麺が食いたかったのでうどんを食うつもりではあるのだが、温かいのか冷たいのかで悩むところである。
お、なんだ。今日はパンだけじゃなくておにぎりも売っている。
「かしわおにぎりだ。俺それとカレーうどんの大盛りにしよう」
「そうだなあ……」
よし、俺もおにぎり買おう。それと肉うどん、大盛り。
券売機のボタンは結構押し込まないと反応しない。それに、券売機にお金を入れてしばらく悩んでいたら自動的に金が返されるんだよな。食堂はスピード勝負なのだ。
「大盛りでお願いします」
「はいはーい」
うちの学校の食堂で一番人気ともうわさされている肉うどん。肉が切れることもあるらしいのだが今日はあるようだ。
日が当たる窓際の席は早々に埋まっていたので食堂の真ん中あたりの席に座る。
「いただきます」
かしわおにぎりは透明のパックに二つ、三枚のたくあんと一緒に入っていた。ちょっと黄色が移っているのがいい。
学食のかしわおにぎりは初めて食うな。ちょっと醤油が濃い目で、甘い。ニンジンにも結構色がついている。鶏肉はほろほろで、うまい。
「なんか家で食う味に似てる」
「あ、そうなんだ」
咲良にとってはこれが普通の味なのか。うちはどっちかって言うともうちょっとしょっぱいんだよな。これはこれでうまいし好きだけど。
さて、うどん。肉の脂が染み出した出汁はうま味たっぷりだ。麺もモチモチで、ボリュームがある。肉はしょうがの風味もきいていて、濃い色の見た目だがあっさりとしている。甘辛い味付けが出汁と麺とよく合う。
そしてかしわおにぎりとうどんの組み合わせ。やっぱこれ、うまいな。
ちょっと甘いたくあんもいい。
「味の違いって、醤油なんかな?」
「どうだろうな。作り方とか、他の調味料も家によって違うだろ」
「確かに」
同じ名前の料理でも、思い起こす味や見た目、作り方は人によって違う。そういう料理って結構あるのかもしれない。おもしろいよなあ、そういうの。
今度は久しぶりにうちでかしわおにぎり作ってみようかな。炊き込みご飯って弁当には向かないからなかなか作らないんだ。
当然、うどんと一緒に、トッピングは何にしよう。
まあ、とにかく今は目の前のかしわおにぎりと肉うどんを堪能しよう。家でも作れる飯だけど、家のとは違う味を楽しめるのも、学食の醍醐味だからな。
「ごちそうさまでした」
放課後、図書館当番でカウンターに座る俺の横には、咲良がいた。キャスター付きの椅子に座ってのんきに鼻歌なんかを歌いながらクルクルしている。
「なんでお前がここにいるんだ」
「えー、暇」
「当番業務、代わってもらうぞ」
「やだ」
咲良はカウンターにうなだれると、眠そうな目で図書室を眺める。
「つーか、代わるっていうほど利用者いねーじゃん」
「それはまあ、そうだが」
かくいう俺もやることがなくて、貸出返却用のパソコンをいじっていた。ある程度なら好きに使っていいと言われているので、蔵書がどうなっているかとか名前を知っている本があるかとか調べる。
「嶋田はいいって言ってたんだろー?」
「あ? ああ、詳しいことは教えろっつってたけど」
「菜々世も来るって言ってたしー。あ、勇樹に言ってねえや」
「俺がどうした?」
なんとまあタイミングよく来るものだ。
「お前も本とか読むんだな」
「失敬な。俺だって読みますー」
と、差し出して来たのは分厚いハードカバーの本だった。へえ、こんなん読むんだ。バーコードを読みこめば、返却画面に赤文字が現れる。
「お前、延滞してんじゃねーか」
と、咲良がへらへら笑って、机にうなだれたまま勇樹を見上げる。
「思ったより難しい話だったんだよ」
「どんな?」
「要約できるほど読み込んでねえ。つーか途中であきらめた」
ああ、なんとなく分からないでもない。どうしても読めない本ってあるんだよなあ。
「延滞したのに読み終わんねーの?」
「やかましい。なあ、それさ、もっかい貸出とかできねーの?」
「延滞してたらできねえな」
「そっかー」
少し残念そうに勇樹は言ったが「仕方ないな」と早々に諦め、こう聞いてきた。
「そういやさっき、俺の名前が聞こえたんだけど。なんかあった?」
それを聞き「あー」と話し出そうとしたら、咲良が先に口を開いた。
「めっちゃ延滞期間が長いやつがいるって話」
「三日だろ、三日。そんな長くねえって。嘘じゃん」
「あはは、ばれた?」
咲良が花見のことを話すと、勇樹はすぐに賛成するかとも思ったが、以外にも少し考えこんだ。
「うーん、部活がどうなるかによるなあ。結構立て込んでんだよ」
「ああ、部活」
咲良と見事に声が合わさる。それを聞いて勇樹は笑った。
「なんだよ、二人して」
「いや、部活という存在を忘れていた」
「俺ら無所属だもんな~」
そうか、部活に所属しているやつらは春休みも活動があるのか。あれ、でも観月何も言ってなかったな。あいつ大丈夫なのか。まあ、あんま気合入ってるわけじゃなさそうだったし、あいつが大丈夫っつってるから大丈夫か。
「おーい、そろそろ帰っていいぞ~」
と、漆原先生が書庫から出て来た。
「こっちの片付けも終わったし、生徒もいないし。暇だろう」
「分かりました」
勇樹も部活に向かうということで、三人そろって図書館を出る。
ぬるま湯のような温度の風が吹き抜け、春の香りが通り過ぎていった。
朝や夕暮れに感じる春の気配はどことなく切ないというのに、昼の日差しはものすごく活動的というか、少なくとも儚くない。
「温度差やべー」
食堂に向かう途中、咲良がそう言って笑った。
春とはいえ、強くなり始めた日差しにずっと当たり続けていれば当然、暑い。しかしいったん日陰に入ったり、室内の日の当たらないところにいたりするととても冷える。
「さっきまで冷たいうどんでも食うかなーって思ってたのに、なんか今は温かいの食いたいもん」
「かつ丼じゃないのか」
「俺、今日はうどんの気分~」
今日は俺も学食の飯を食う。なんか麺が食いたかったのでうどんを食うつもりではあるのだが、温かいのか冷たいのかで悩むところである。
お、なんだ。今日はパンだけじゃなくておにぎりも売っている。
「かしわおにぎりだ。俺それとカレーうどんの大盛りにしよう」
「そうだなあ……」
よし、俺もおにぎり買おう。それと肉うどん、大盛り。
券売機のボタンは結構押し込まないと反応しない。それに、券売機にお金を入れてしばらく悩んでいたら自動的に金が返されるんだよな。食堂はスピード勝負なのだ。
「大盛りでお願いします」
「はいはーい」
うちの学校の食堂で一番人気ともうわさされている肉うどん。肉が切れることもあるらしいのだが今日はあるようだ。
日が当たる窓際の席は早々に埋まっていたので食堂の真ん中あたりの席に座る。
「いただきます」
かしわおにぎりは透明のパックに二つ、三枚のたくあんと一緒に入っていた。ちょっと黄色が移っているのがいい。
学食のかしわおにぎりは初めて食うな。ちょっと醤油が濃い目で、甘い。ニンジンにも結構色がついている。鶏肉はほろほろで、うまい。
「なんか家で食う味に似てる」
「あ、そうなんだ」
咲良にとってはこれが普通の味なのか。うちはどっちかって言うともうちょっとしょっぱいんだよな。これはこれでうまいし好きだけど。
さて、うどん。肉の脂が染み出した出汁はうま味たっぷりだ。麺もモチモチで、ボリュームがある。肉はしょうがの風味もきいていて、濃い色の見た目だがあっさりとしている。甘辛い味付けが出汁と麺とよく合う。
そしてかしわおにぎりとうどんの組み合わせ。やっぱこれ、うまいな。
ちょっと甘いたくあんもいい。
「味の違いって、醤油なんかな?」
「どうだろうな。作り方とか、他の調味料も家によって違うだろ」
「確かに」
同じ名前の料理でも、思い起こす味や見た目、作り方は人によって違う。そういう料理って結構あるのかもしれない。おもしろいよなあ、そういうの。
今度は久しぶりにうちでかしわおにぎり作ってみようかな。炊き込みご飯って弁当には向かないからなかなか作らないんだ。
当然、うどんと一緒に、トッピングは何にしよう。
まあ、とにかく今は目の前のかしわおにぎりと肉うどんを堪能しよう。家でも作れる飯だけど、家のとは違う味を楽しめるのも、学食の醍醐味だからな。
「ごちそうさまでした」
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