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日常
第二百五十五話 のり弁
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寺院の入り口とはまた別ではあるが、これまた立派で和風な入り口。インターホンは最新型というのだろうか、カメラもマイクもついているやつで、ものすごく浮いている。
ぐっとボタンを押し込めば、遠くで機械的な音が鳴った。
しばらく待っているとインターホンから声がするでもなく、目の前の引き戸が開かれた。
「いらっしゃーい」
「おう」
出てきたのは観月だった。休みの日ではあるが、ピンとしわのないシャツに毛玉のない袖なしの紺色ニット、黒のスラックスというちゃんとした格好をしている。
かたや俺はいつもこの時期に着ているグレーの薄手のパーカーに長いことお世話になっている深緑色のカーゴパンツときたもんだ。
「ちゃんとしてんな、お前」
「え、なにが?」
「その恰好。休みの日にそんな洋服着たことねえよ」
これまた広々とした玄関に足を踏み入れる。使い古したスニーカーでは申し訳ないようである。あとなんかいい匂いだ。たぶん、線香の香りだろう。
観月は引き戸を締めながら笑った。
「いやー、いつもこんな格好してるわけじゃないよ。留守番頼まれたときだけ。ほら、うちいろんな人来るから」
「まあ、それもそうか」
今日ここにやってきたのは借りていた本を返すためである。
「これ、ありがとな」
「言ってくれたら学校の帰りにでも取りに来たのに。で、どうだった?」
「面白かった。これは買う」
端的な感想ではあったが、観月はうれしかったようで顔をぱあっと輝かせた。
「よかったー! 面白いよね、これ。気に入ってくれるだろうなあとは思ってたけど、うれしいなあ」
「あとこれ、お礼」
改まって用意するのも仰々しいかとも思ったが、昨日行ったカフェのレジ横にいい感じのお菓子詰め合わせが売ってたんだよな。フルーツが入ったパウンドケーキにシンプルなマドレーヌ、それとキャラメルみたいなのがいくつか。これだったらかしこまり過ぎてなくていいだろう。
「えー、わざわざありがとねー。あ、これから急ぐ? よかったら上がっていきなよ」
立ち話もなんだしさ、と言う観月の提案には素直に乗ることにした。
通されたのはちょっとした和室だ。掃除が行き届いているし、温度もちょうどいい。垣間見えるなんともいえない生活感にちょっとだけ心が緩む。
「今日はみんな出かけちゃっててね」
そう言って観月はお茶を出してくれた。こなれてんなあ。
「こんな天気だから来る人は少ないんだけど、留守番頼まれたんだ。そしたらちょうど春都から連絡来てさ、間がいいなあって思ってたよ」
「そりゃよかった」
今日は雨が降るという予報だ。今は降っていないが、湿っぽい空気と空に広がる雲の色は、確かに雨を予感させる。
「そういや咲良が言ってたぞ。みんなで花見がしたいって」
「咲良? ああ、井上君ね」
井上君。なかなか聞きなれない呼び方に少し笑いそうになる。
「いいねー、たこ焼きパーティしたときのメンバー?」
「そこにもう一人、うちのクラスのやつが一人加わる予定だけど」
「賑やかでいいね。えー、それじゃ桜の時季は予定空けとこ」
と言って観月は楽し気に笑った。こいつのコミュニケーション能力もなかなかだよなあと思いながら、出された茶を一口飲む。ぬるめの香ばしいほうじ茶だ。
「どこに行くつもり?」
「あー、参加メンバーが一番集まりやすいところっつってたかな。詳細はまだ未定」
「そっかー、分かったら教えて」
「ああ」
ここにも桜の木が植わっているんだよな。近くに手水場があって、季節になると花びらが浮いてきれいだ。
「そっかー、花見かあ。なに持って行こうかな~」
観月は頬杖をついて言った。自分も足を崩そう。なんかこういう和室で座布団出されたらつい正座してしまう。慣れないのに何やってんだか。
「俺はもう弁当担当って決まってるからな」
「あ、そうなの。楽しみだなー。でも一人でって大変じゃない?」
「ある程度は咲良に手伝ってもらうつもりだ。荷物持ちとか」
料理自体は嫌いではないし、前もって準備できるものは準備しておけばいい。そういうのも楽しみの一つというやつだろう。
「なんか春都、楽しそう」
と、観月がにやっと笑って言った。
「中学の時はそういう集まり、苦手そうだったのに」
確かに、苦手だった。いや、正確に言えば今でも苦手だ。ただ、集まってもいいかなあ、と思えるような奴らだということである。でもそれを言うのもなんかあれなので、茶をあおって言い返す。
「お前も似たようなもんだろ、観月」
「まあ、それはそうだけど。春都あからさまに嫌そうな顔してたじゃん」
「観月もぱっと見は愛想よかったけど、目が雄弁に物語ってた」
それからは中学の時の話やら、高校での近況で盛り上がった。お開きになったのは十二時を告げるサイレンが鳴ったころだった。
今日の昼飯はもう準備してある。正確にいえば予約していた、といったところか。
ネット注文で予約していた弁当を帰りに取りに行き、家で食うという最高の流れだ。外で食ってもよかったが、雨に降られてはかなわない。
それに、家で好きなように弁当を食うのもなかなかいいものである。
「いただきます」
こたつ布団を片付けたテーブルで食う。
弁当屋のラインナップは目を見張るものがあり、悩ましかったがのり弁にした。安いし、結構うまいんだ。
ご飯は大盛り、その上にはのり。さらにその上には白身魚のフライとちくわのいそべ揚げ、つぼ漬けときんぴらごぼう、小さめのからあげがのっている。こののりの下にはおかかも隠れているんだなあ。
付属のソースをフライにかける。やっぱサクサクの内に食いたいよな。
ザクッと衣に染み出す油はうま味たっぷりだ。白身はふわふわとしていて、淡白なのでソースとよく合う。ここをご飯で追いかける。磯の香りとおかかの香ばしさがたまらなく合う。
いそべ揚げはちょっとしなっとしているが、それもまたよしである。青のりの風味は、普通ののりとはまた違った味わいと香りがする。ちくわがうちで使ってるのよりも弾力がある気がするのは気のせいだろうか。甘みもあってうまい。
箸休めにつぼ漬け。カツオの風味がするたくあんだよな、これって。うまい。
きんぴらごぼうは歯ごたえがいい。少量でも風味豊かで、なんとなくみずみずしい。うちのもうまいけど、違った味付けもまた楽しい。
からあげ。皮目が多いしかなりジューシーなのでもも肉だろう。スパイスがちょっときいていてご飯が進む。
のり弁って、意外と頼まないけどうまいんだよなあ。あ、花見弁当、のり弁にしてもいいかも。
自分でトッピングできるようにいろいろ準備して、その場で完成させる、みたいな。うん、楽しそうだ。
この暖かさだと桜が咲くのも時間の問題だ。午後からは弁当のこと、いろいろ考えてみようかなあ。
「ごちそうさまでした」
ぐっとボタンを押し込めば、遠くで機械的な音が鳴った。
しばらく待っているとインターホンから声がするでもなく、目の前の引き戸が開かれた。
「いらっしゃーい」
「おう」
出てきたのは観月だった。休みの日ではあるが、ピンとしわのないシャツに毛玉のない袖なしの紺色ニット、黒のスラックスというちゃんとした格好をしている。
かたや俺はいつもこの時期に着ているグレーの薄手のパーカーに長いことお世話になっている深緑色のカーゴパンツときたもんだ。
「ちゃんとしてんな、お前」
「え、なにが?」
「その恰好。休みの日にそんな洋服着たことねえよ」
これまた広々とした玄関に足を踏み入れる。使い古したスニーカーでは申し訳ないようである。あとなんかいい匂いだ。たぶん、線香の香りだろう。
観月は引き戸を締めながら笑った。
「いやー、いつもこんな格好してるわけじゃないよ。留守番頼まれたときだけ。ほら、うちいろんな人来るから」
「まあ、それもそうか」
今日ここにやってきたのは借りていた本を返すためである。
「これ、ありがとな」
「言ってくれたら学校の帰りにでも取りに来たのに。で、どうだった?」
「面白かった。これは買う」
端的な感想ではあったが、観月はうれしかったようで顔をぱあっと輝かせた。
「よかったー! 面白いよね、これ。気に入ってくれるだろうなあとは思ってたけど、うれしいなあ」
「あとこれ、お礼」
改まって用意するのも仰々しいかとも思ったが、昨日行ったカフェのレジ横にいい感じのお菓子詰め合わせが売ってたんだよな。フルーツが入ったパウンドケーキにシンプルなマドレーヌ、それとキャラメルみたいなのがいくつか。これだったらかしこまり過ぎてなくていいだろう。
「えー、わざわざありがとねー。あ、これから急ぐ? よかったら上がっていきなよ」
立ち話もなんだしさ、と言う観月の提案には素直に乗ることにした。
通されたのはちょっとした和室だ。掃除が行き届いているし、温度もちょうどいい。垣間見えるなんともいえない生活感にちょっとだけ心が緩む。
「今日はみんな出かけちゃっててね」
そう言って観月はお茶を出してくれた。こなれてんなあ。
「こんな天気だから来る人は少ないんだけど、留守番頼まれたんだ。そしたらちょうど春都から連絡来てさ、間がいいなあって思ってたよ」
「そりゃよかった」
今日は雨が降るという予報だ。今は降っていないが、湿っぽい空気と空に広がる雲の色は、確かに雨を予感させる。
「そういや咲良が言ってたぞ。みんなで花見がしたいって」
「咲良? ああ、井上君ね」
井上君。なかなか聞きなれない呼び方に少し笑いそうになる。
「いいねー、たこ焼きパーティしたときのメンバー?」
「そこにもう一人、うちのクラスのやつが一人加わる予定だけど」
「賑やかでいいね。えー、それじゃ桜の時季は予定空けとこ」
と言って観月は楽し気に笑った。こいつのコミュニケーション能力もなかなかだよなあと思いながら、出された茶を一口飲む。ぬるめの香ばしいほうじ茶だ。
「どこに行くつもり?」
「あー、参加メンバーが一番集まりやすいところっつってたかな。詳細はまだ未定」
「そっかー、分かったら教えて」
「ああ」
ここにも桜の木が植わっているんだよな。近くに手水場があって、季節になると花びらが浮いてきれいだ。
「そっかー、花見かあ。なに持って行こうかな~」
観月は頬杖をついて言った。自分も足を崩そう。なんかこういう和室で座布団出されたらつい正座してしまう。慣れないのに何やってんだか。
「俺はもう弁当担当って決まってるからな」
「あ、そうなの。楽しみだなー。でも一人でって大変じゃない?」
「ある程度は咲良に手伝ってもらうつもりだ。荷物持ちとか」
料理自体は嫌いではないし、前もって準備できるものは準備しておけばいい。そういうのも楽しみの一つというやつだろう。
「なんか春都、楽しそう」
と、観月がにやっと笑って言った。
「中学の時はそういう集まり、苦手そうだったのに」
確かに、苦手だった。いや、正確に言えば今でも苦手だ。ただ、集まってもいいかなあ、と思えるような奴らだということである。でもそれを言うのもなんかあれなので、茶をあおって言い返す。
「お前も似たようなもんだろ、観月」
「まあ、それはそうだけど。春都あからさまに嫌そうな顔してたじゃん」
「観月もぱっと見は愛想よかったけど、目が雄弁に物語ってた」
それからは中学の時の話やら、高校での近況で盛り上がった。お開きになったのは十二時を告げるサイレンが鳴ったころだった。
今日の昼飯はもう準備してある。正確にいえば予約していた、といったところか。
ネット注文で予約していた弁当を帰りに取りに行き、家で食うという最高の流れだ。外で食ってもよかったが、雨に降られてはかなわない。
それに、家で好きなように弁当を食うのもなかなかいいものである。
「いただきます」
こたつ布団を片付けたテーブルで食う。
弁当屋のラインナップは目を見張るものがあり、悩ましかったがのり弁にした。安いし、結構うまいんだ。
ご飯は大盛り、その上にはのり。さらにその上には白身魚のフライとちくわのいそべ揚げ、つぼ漬けときんぴらごぼう、小さめのからあげがのっている。こののりの下にはおかかも隠れているんだなあ。
付属のソースをフライにかける。やっぱサクサクの内に食いたいよな。
ザクッと衣に染み出す油はうま味たっぷりだ。白身はふわふわとしていて、淡白なのでソースとよく合う。ここをご飯で追いかける。磯の香りとおかかの香ばしさがたまらなく合う。
いそべ揚げはちょっとしなっとしているが、それもまたよしである。青のりの風味は、普通ののりとはまた違った味わいと香りがする。ちくわがうちで使ってるのよりも弾力がある気がするのは気のせいだろうか。甘みもあってうまい。
箸休めにつぼ漬け。カツオの風味がするたくあんだよな、これって。うまい。
きんぴらごぼうは歯ごたえがいい。少量でも風味豊かで、なんとなくみずみずしい。うちのもうまいけど、違った味付けもまた楽しい。
からあげ。皮目が多いしかなりジューシーなのでもも肉だろう。スパイスがちょっときいていてご飯が進む。
のり弁って、意外と頼まないけどうまいんだよなあ。あ、花見弁当、のり弁にしてもいいかも。
自分でトッピングできるようにいろいろ準備して、その場で完成させる、みたいな。うん、楽しそうだ。
この暖かさだと桜が咲くのも時間の問題だ。午後からは弁当のこと、いろいろ考えてみようかなあ。
「ごちそうさまでした」
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