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日常
第二百五十四話 フレンチトースト
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「春都、お前朝いなかっただろ」
朝課外が終わるや否や、教室に咲良がやってきた。
「遅刻?」
「予鈴を校門で聞いただけであって、遅刻はしていない」
「あ、そういう。なるほどね」
家近いとそうなるか、と咲良は勝手に納得したようだった。
「いや、俺さ~、昨日すげえ発見してな? それを早く伝えてやろうと思って」
「発見?」
朝課外の片付けと一時間目の準備のために廊下に出ようと立ち上がると、入れ替わりに咲良が席に座った。
「おい」
「早く戻って来て」
「……ったく」
廊下の空気は生ぬるい。最近になって急に気温が高くなったようだ。さっさと片づけを済ませ教室に戻れば、咲良は机の上に出しっぱなしにしていた国語のノートをぺらぺらとめくっていた。
「相変わらず、きれーにまとめてんなあ。あ、落書き発見」
「勝手に見るな」
古典単語帳を軽く脳天に当ててやれば、咲良は「あいてっ」と頭をさすり、のんきに笑った。
「あ、座る? 膝の上」
「遠慮しとく。座り心地が悪そうだ」
「親戚の子どもには評判いいんだぞー」
席を明け渡す意思はないらしい。仕方がないので立っておくしかない。腕を組んで咲良を見下ろした。
「で、発見ってなんだ」
「あーそうそう! それなんだけどさあ」
咲良は少し興奮したように目を輝かせた。
「かき氷専門店あったろ? あそこ今、カフェになってるぞ!」
「知ってる」
「あれ?」
というかこの間行ったんだよなあ、観月と。話した気がしたんだがなあ。
「言ってなかったか?」
「聞いてないなあ」
と、咲良はぐでーっと机にうなだれた。
「えー、じゃあお前は知ってたってことかー」
「うん」
「ちぇー、つまんねーの。せっかくびっくりさせられると思ったのにー」
すねた表情を浮かべる咲良がおかしくて笑ってしまう。まあ、知らなかったとしてこいつが期待するような驚き方はできなかっただろうがなあ。
「残念だったな。ほれ、気が済んだならどけ。そろそろ予鈴鳴るぞ」
「えー? もうそんな時間?」
のろのろと上体を起こし、一つため息をついてから、咲良はもったいぶるようにして立ち上がった。
「え、なに。春都お前なに食ったの」
「あ? あー……パンケーキ」
「うまかった?」
「ああ、まあ」
ふーん、と咲良は何やら考えこみ始めた。
パンケーキ以外にもいろいろメニューがあったよなあ。季節限定とか。こないだはしょっぱいの食ったから、今度行ったときは甘いの食うって決めてる。
やっぱ甘いパンケーキかなあ。でもなんだっけ、フレンチトーストとかもあったな。
家じゃ作んないもんな、フレンチトースト。あれってやっぱ結構甘いんかな。テレビで見たのはだいぶ甘そうだった。でも食ってみたいんだ。
断片的に残っているメニューの内容を思い出していたら、咲良が口を開いた。
「春都さあ、今度の土曜日暇?」
「……まあ、特にやることはないが」
その問いが来るということは、おそらく、そういうことだろう。咲良は笑って言った。
「俺さー、その店行ってみたいんだよねー。一緒に行こうぜ」
やっぱり。この話の流れからして誘ってくるかなーとは思っていたので、あまり驚かない。
休みの日に外に出る億劫さと、甘いメニューへの好奇心。天秤にかけた結果、傾いたのは当然、こっちだ。
「ああ、構わない。行くか」
「やったね。えー、俺何食べよっかなー。なにがあったか昼休みにでも教えてくれよ!」
「あんま覚えてねーって」
「ある程度どんなのがあるのか知りたいじゃん!」
と、その時予鈴が鳴った。
「やべ、ホームルーム始まる。じゃな!」
咲良はさっそうと教室を出て行って、あっという間に廊下から姿を消した。
まったく、騒がしいというかなんというか、嵐みたいなやつだ。
春一番、といってもいいかもしれないな。
開店してすぐ、といっても昼前、午前十一時である。早めに朝食を取ったので腹は減っている。が、がっつり入るほどではない。カフェメニューにはちょうどいい腹具合だ。
客は少なく、席は選び放題だった。
咲良が「窓際がいい」と言ったので、窓際の二人席に座ることにした。外がよく見える。といっても大した景色ではないが。
「何にするー?」
「俺はフレンチトースト」
「もう決めてんの? さすが」
じゃあ俺は~、と咲良はマイペースにメニューを繰る。
「うーん、よし決めた! すみませーん」
なんでもここのフレンチトーストは豆乳を使っているらしい。メニューを閉じながら咲良に聞いた。
「何にしたん」
「春限定、イチゴたっぷりパンケーキ!」
なるほど、咲良らしいというか。限定品にためらいなく飛びつけるあたり、すごいと思う。
「お待たせしましたー」
お、来た来た。
すげー、なんかプルプルしてる。焦げ目もちゃんとついていて、ほのかにバニラの香りがする。それは、とろりと溶けかかったバニラアイスから来るものだろう。付属の小さい瓶みたいなのには、メープルシロップ、ブルーベリージャム、イチゴジャムがそれぞれ入っている。
「いただきます」
これはナイフとフォークで食うのが正解なのか。結構分厚い。
耳の部分はザクッとしていて、あとは固めのプリンのようである。焼きプリンみたいだ。
「なんかおしゃれだなー。普段の昼飯と全然違う」
「そりゃそうだ」
まずは何もかけずに一口。
あっさりとした甘さにプルトロッとした食感。卵のコク深さが舌に残り、豆乳の香りもちょうどいい。甘さ控えめなのがうれしいな。耳の部分は噛み応えもあって、ジュワジュワうま味が染み出してくる。
メープルシロップをかければ甘さが増して、これもまたいい。なんだか香ばしさが際立つようだ。
ブルーベリージャムはごろっと果肉が残っていて、酸味とフレンチトーストの甘味のコントラストがたまらない。イチゴジャムもプチプチした食感がいい。
満を持してアイス。ひんやりしたアイスのくちどけに、ほのかな温かさが残るフレンチトースト。最高の組み合わせじゃないか。カリカリの耳とも相性がいい。
「フレンチトーストってこんなうまいんだな……」
「一口やるからそっちもくれ」
「ん」
咲良が頼んだやつはいかにもスイーツって感じの甘さだ。生クリームのコクとふわふわの生地、そこにさわやかなイチゴ。うまいな。
しっかし、フレンチトーストのこのうまさたるや。衝撃的だった。
今度家で作り方調べて作ってみようかな。アイスとかジャムもいろいろ準備して。生クリームとかものっけようかな。
うん、絶対作ろう。そうしよう。
「ごちそうさまでした」
朝課外が終わるや否や、教室に咲良がやってきた。
「遅刻?」
「予鈴を校門で聞いただけであって、遅刻はしていない」
「あ、そういう。なるほどね」
家近いとそうなるか、と咲良は勝手に納得したようだった。
「いや、俺さ~、昨日すげえ発見してな? それを早く伝えてやろうと思って」
「発見?」
朝課外の片付けと一時間目の準備のために廊下に出ようと立ち上がると、入れ替わりに咲良が席に座った。
「おい」
「早く戻って来て」
「……ったく」
廊下の空気は生ぬるい。最近になって急に気温が高くなったようだ。さっさと片づけを済ませ教室に戻れば、咲良は机の上に出しっぱなしにしていた国語のノートをぺらぺらとめくっていた。
「相変わらず、きれーにまとめてんなあ。あ、落書き発見」
「勝手に見るな」
古典単語帳を軽く脳天に当ててやれば、咲良は「あいてっ」と頭をさすり、のんきに笑った。
「あ、座る? 膝の上」
「遠慮しとく。座り心地が悪そうだ」
「親戚の子どもには評判いいんだぞー」
席を明け渡す意思はないらしい。仕方がないので立っておくしかない。腕を組んで咲良を見下ろした。
「で、発見ってなんだ」
「あーそうそう! それなんだけどさあ」
咲良は少し興奮したように目を輝かせた。
「かき氷専門店あったろ? あそこ今、カフェになってるぞ!」
「知ってる」
「あれ?」
というかこの間行ったんだよなあ、観月と。話した気がしたんだがなあ。
「言ってなかったか?」
「聞いてないなあ」
と、咲良はぐでーっと机にうなだれた。
「えー、じゃあお前は知ってたってことかー」
「うん」
「ちぇー、つまんねーの。せっかくびっくりさせられると思ったのにー」
すねた表情を浮かべる咲良がおかしくて笑ってしまう。まあ、知らなかったとしてこいつが期待するような驚き方はできなかっただろうがなあ。
「残念だったな。ほれ、気が済んだならどけ。そろそろ予鈴鳴るぞ」
「えー? もうそんな時間?」
のろのろと上体を起こし、一つため息をついてから、咲良はもったいぶるようにして立ち上がった。
「え、なに。春都お前なに食ったの」
「あ? あー……パンケーキ」
「うまかった?」
「ああ、まあ」
ふーん、と咲良は何やら考えこみ始めた。
パンケーキ以外にもいろいろメニューがあったよなあ。季節限定とか。こないだはしょっぱいの食ったから、今度行ったときは甘いの食うって決めてる。
やっぱ甘いパンケーキかなあ。でもなんだっけ、フレンチトーストとかもあったな。
家じゃ作んないもんな、フレンチトースト。あれってやっぱ結構甘いんかな。テレビで見たのはだいぶ甘そうだった。でも食ってみたいんだ。
断片的に残っているメニューの内容を思い出していたら、咲良が口を開いた。
「春都さあ、今度の土曜日暇?」
「……まあ、特にやることはないが」
その問いが来るということは、おそらく、そういうことだろう。咲良は笑って言った。
「俺さー、その店行ってみたいんだよねー。一緒に行こうぜ」
やっぱり。この話の流れからして誘ってくるかなーとは思っていたので、あまり驚かない。
休みの日に外に出る億劫さと、甘いメニューへの好奇心。天秤にかけた結果、傾いたのは当然、こっちだ。
「ああ、構わない。行くか」
「やったね。えー、俺何食べよっかなー。なにがあったか昼休みにでも教えてくれよ!」
「あんま覚えてねーって」
「ある程度どんなのがあるのか知りたいじゃん!」
と、その時予鈴が鳴った。
「やべ、ホームルーム始まる。じゃな!」
咲良はさっそうと教室を出て行って、あっという間に廊下から姿を消した。
まったく、騒がしいというかなんというか、嵐みたいなやつだ。
春一番、といってもいいかもしれないな。
開店してすぐ、といっても昼前、午前十一時である。早めに朝食を取ったので腹は減っている。が、がっつり入るほどではない。カフェメニューにはちょうどいい腹具合だ。
客は少なく、席は選び放題だった。
咲良が「窓際がいい」と言ったので、窓際の二人席に座ることにした。外がよく見える。といっても大した景色ではないが。
「何にするー?」
「俺はフレンチトースト」
「もう決めてんの? さすが」
じゃあ俺は~、と咲良はマイペースにメニューを繰る。
「うーん、よし決めた! すみませーん」
なんでもここのフレンチトーストは豆乳を使っているらしい。メニューを閉じながら咲良に聞いた。
「何にしたん」
「春限定、イチゴたっぷりパンケーキ!」
なるほど、咲良らしいというか。限定品にためらいなく飛びつけるあたり、すごいと思う。
「お待たせしましたー」
お、来た来た。
すげー、なんかプルプルしてる。焦げ目もちゃんとついていて、ほのかにバニラの香りがする。それは、とろりと溶けかかったバニラアイスから来るものだろう。付属の小さい瓶みたいなのには、メープルシロップ、ブルーベリージャム、イチゴジャムがそれぞれ入っている。
「いただきます」
これはナイフとフォークで食うのが正解なのか。結構分厚い。
耳の部分はザクッとしていて、あとは固めのプリンのようである。焼きプリンみたいだ。
「なんかおしゃれだなー。普段の昼飯と全然違う」
「そりゃそうだ」
まずは何もかけずに一口。
あっさりとした甘さにプルトロッとした食感。卵のコク深さが舌に残り、豆乳の香りもちょうどいい。甘さ控えめなのがうれしいな。耳の部分は噛み応えもあって、ジュワジュワうま味が染み出してくる。
メープルシロップをかければ甘さが増して、これもまたいい。なんだか香ばしさが際立つようだ。
ブルーベリージャムはごろっと果肉が残っていて、酸味とフレンチトーストの甘味のコントラストがたまらない。イチゴジャムもプチプチした食感がいい。
満を持してアイス。ひんやりしたアイスのくちどけに、ほのかな温かさが残るフレンチトースト。最高の組み合わせじゃないか。カリカリの耳とも相性がいい。
「フレンチトーストってこんなうまいんだな……」
「一口やるからそっちもくれ」
「ん」
咲良が頼んだやつはいかにもスイーツって感じの甘さだ。生クリームのコクとふわふわの生地、そこにさわやかなイチゴ。うまいな。
しっかし、フレンチトーストのこのうまさたるや。衝撃的だった。
今度家で作り方調べて作ってみようかな。アイスとかジャムもいろいろ準備して。生クリームとかものっけようかな。
うん、絶対作ろう。そうしよう。
「ごちそうさまでした」
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